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フェニックス(1996GW・九州)その1
宮崎行きマリンエキスプレスはゆっくりと川崎港を離れ、いよいよ旅が始まる。
オフ車では初めての九州、それまでは走れなかった道・行けなかった場所への思いを寄せながら、同室となったライダー達とルービを酌み交わす・・・・
心弾むひとときのハズなのに、今までに無くせつない気持ちで話も上の空。
正直に言えば、気の重ささえ感じる旅立ちだった。
出発のわずか一週間前、布団の上で弱々しく横座りをしているA子に
「今の病状がずっと続いたとしても構わない。絶対に幸せにするなんて軽々しくは言えないけど、A子の事を一生大切にする」
そんなセリフを口にすると同時に、今回が最後のツーリングであると自らに誓っての旅立ちだったのだ。
地図を広げての情報交換やバカっ話が一段落し、深夜の遠州沖を黙々と進むフェリー。
2等タコ部屋で折り重なるように寝入っているライダー達を避けながら、ひとり喫煙ルームに向かう。
どうにも寝付けないのだ。
あけっぴろげな性格で、明るさは誰にも負けなかったA子に異変が起きたのは、新年が始まった頃からだった。
仕事中、突如襲いかかってきた強烈なめまい・吐き気で病院に運ばれ、その時は点滴か何か程度で帰宅出来たのだけれど、それが徐々に、頻繁に起こるようになってきたのだ。
仕事は休みがちになり、体調の良い日に出社しても、いつ訪れるか判らないその症状に脅えて通勤電車に乗る事に不安を感じ、現実に職場でしゃがみこんだまま身動きが出来ない状態に陥る事も何度かあった。
そして次第に、出社どころか一人で外に出る事すら困難になっていく。
あちこちの病院に行っても原因は判らず、怪しげな心霊療法の様な物にさえ頼ろうとするのを止めたりもした。
心療内科へ行ってみる事を薦めて同行。
不謹慎ながら、とても居心地が良いとは言い難い雰囲気の待合室で待つ事しばし、診断の結果は「症状は精神的な要因から来ている」「長くかかるかも知れない」との事だった。
閑散とした深夜の喫煙室、二人のライダーが旅を語っていた。
ジェベルに乗るヒゲのオッサン、そしてKDXの若い兄ちゃん、元々の知り合いでは無いとの事。
しばらく間を置いてから合流し、九州の話に気を紛らわす。
夕方の宮崎港に上陸し、3人で南下して青島近くのキャンプ場に。
もともと海水浴客用のキャンプ場らしく、水場も閉鎖されていて水が出ない。
構うものか!と、民家の庭先の様な場所にテントを張るヒゲジェベル、残り2名もオロオロとテントを張り始める。
ほどなく家主らしいオジサンが現れて
「ここでキャンプかぁ!!一人当たりいくら払って貰おうかなあ・・」
などと言いながらも顔は笑顔である。
「冗談だよ。水はウチの水道を使いなよ!!!」
さすがにGWの九州、時刻の割には日の暮れ方が断然遅い。
「もっとマトモなキャンプ料理を作らなきゃダメだよ!!」
ヒゲジェベルに怒られ、オカズ指南を受けながら晩飯の準備。
まだまだ薄っすらとしたオレンジ色の空には、飛行機雲が格子状に幾重にも浮かぶ。
果てしなく広く感じる、そんな空を見上げながら何気に思う。
「ああ、九州に来たんだな。」
この時点で、やっと旅が始まったという実感が沸いてくる。
翌朝、ヒゲジェベルらと別れて南下し、林道を繋いで大隈半島の突端である佐多岬を目指す。
大谷添林道・姫門林道・万久朗林道・荒西関連林道・内の牧林道・佐田林道・大中尾林道。
ヒゲジェベルが「半日かかる」と言っていた荒西林道は避けたものの荒西関連林道もなかなか荒れているらしい。
ツーリングマップにも「荷物満載では避けた方が良い」と書いてあるけど、どうにかなるだろうとチャレンジする事にする。
姫門林道・万久朗林道と整備されたダートを突き進み、100%ツーリング気分を取り戻した矢先、突如として路面崩落個所に遭遇する。
路肩から崩れ、その裂け目は道全体まで行き渡っている。
大岩が折り重なった部分を何とか通れないだろうか?バイクを降りて歩いてチェックを行う。
全くムリと言う訳では無さそうだけど、もし落ちれば相当なケガをする事になりそうだ。
荷物を降ろせば行けるかも・・
ふとA子の事が脳裏をよぎる。
両親が高齢となってからの子供で、一人娘でもあるA子。
「もう一生直らないのかしら。このままじゃ働けないし、家賃も払えなくなっちゃう。親も歳だからいつまでも面倒見てもらう訳にもいかないし・・」
涙ながらの言葉。
「大丈夫!必ず良くなるよ」
そんな慰めには耳も貸さず
「あたしって、このまま生きていても周りに迷惑かけるだけなのね・・」
「な・何を・・。家賃が払えなかったらウチにおいでよ。オレが養ってやる。」
とっさに出た言葉だった。
この時は、背筋の寒くなるキケンな考えをたしなめる程度のツモリであったし、A子も何も答える事は無かった。
今は怪我で入院する訳にはいかないな・・。
強行突破の為に降ろしかけた荷物をふたたびバイクに積み直し、万久朗林道を戻って大きく迂回する。
佐多岬。
先端が有料道路となっていて、入口にはゲートがあり、夜間は通行止となる。
終点の駐車場から岬までの歩道トンネルも別料金になっている。
前回訪れた際は5分差で夜間通行止めの時刻に間に合わず、夜間と言うには余りにも明るすぎる九州の夕日の下で愕然としたものだった。
そんな遺恨を晴らす為にやってきたのだけれど、辿り着いてしまえば「こんなもんか」程度の感想を残しただけで、それしか行きようの無い方角・北を目指して進む。
気が付くと、ハンドルに付けた安いデジタル時計が動かなくなっている。
いくら気ままな行動とは言え、時刻が全く判らないのは困る。
日没の遅い九州であるだけに、「そろそろテン場をきめようか」と思った時には19時を過ぎていた!
なんてことが、時計を持っていたって有るくらいなのだ。
大根占という街で時計を購入、もちろん一番安いデジタル。
電池交換なんぞを頼むくらいなら買った方がトクなのだ。
そしてこの街で泊まる事に。
ツーリングマップにはマークだけが書いてある、名無しのキャンプ場を目指す。
しかし、地図上では有るハズのキャンプ場が見つからない。
徘徊するうちに、ゲートボール場+ちょっとした公園のような場所に、バイク及びテントを発見。
先客が4〜5名居て、皆ソロだという。
流し場風のものが有るところを見ると、キャンプ場に見えなくも無い。
一番最初にここにテントを張ったやつの決断力は見事だ!などと思いながらも荷物を降ろす。
テントを張り、買い出しに出る。
戻ってくると、先程は居なかったアフリカツインが止まっていて、オーナーらしき男は腐れかけたベンチに小粋に座り、ホップスのロング缶などを妙にカッコつけながら嗜んでいる。
それが「K山商会」との初対面であった。
その夜・・・
結局10人近く集まり、ライダーばかりなので気を使う事の無い宴会となる。
皆、各自のメシを食い終わっって、そろそろ飲みに専念しようかといった頃、唐突に一人の男が・・
「すいませ〜ん。ご飯の炊き方を教えてください!やった事無いんです。」
「道具とか米とかあるの?」
「あります。米も研いであります」
ランタンの灯りに輝く、確かに、どう見ても新品のコッヘル・ストーブ。
しかしその中には、研がれた米が3合も入っているではないか!!
溢れんばかりの水に浸って沈殿している大量の米に、皆が唖然とする。
「そ・そ・それ一人で食べるの??」
「えっ?お茶碗2杯分ぐらいですよ?オカワリ分くらいは余計に研ぎましたけど。ちょっぴり多すぎました?」
「ど・どこがちょっぴりなもんか!!」
「お・おまえ!小学校の時、家庭科さぼったな?」
「米を茶碗2杯分も・・」
「研いでしまったからには、絶対に食えよ!!。米の量を体で覚えやがれ!」
予想外の集中砲火的な大衆の非難に、唖然としながら意味も無く背筋を伸ばして姿勢を正し、そのハズミでオカズに買ってきたコロッケをひっくり返したりする3合くん。
それでも彼は気を取り直し、コロッケについた土を払い落としながら言い切った。
「判りました、全部食べます。だから炊き方を教えて下さい!!」
いよいよNEWストーブの火入れ式となる。
期待に燃える3合くん、瞳の中にはランタンの灯りが揺れている。
そして米の入ったコッヘルを乗せ・・・・
ところが!!
水加減・火加減・火を止めるタイミングなど、人によって指導方法が全然違うのだ。
多くの異なる指示に戸惑いを見せる3合くん。
自分のゴハンを焦がしたZZR1100くんの指示だけは無視しながら、火を強めたり弱めたり・・
けっこう人それぞれのやり方で、みな何となく炊いているのだと実感するうちに、3合くんのメシも見事に炊き上がる。
ただし、彼の試練はここから始まるのだ。
「ちょっと手伝ってくださいよう」
「いらねぇ!!自分で食え!」
そのような会話を繰り返した挙げ句に、結局見事に完食した3合くん。
これ見よがしに空になったコッヘルを逆さにして見せて「ホラッ!!」などと叫ぶものの、その表情はさすがに苦しそうで、それに対する周りの反応も彼の期待を上回るものでは無かった。
翌朝は曇り。
天気予報では悪化する傾向との事だった。
一人で出発し、桜島を時計周りに一周する。
もうすぐでフリダシに戻るちょっと手前の黒神という集落あたりから、山側に向かう道に入ってみる。
そこは山頂までつながる、火山灰の大砂漠だった。
人間の手ではどうする事も出来ずに放置されたままの空間。
伊豆大島の裏砂漠と違ってスピードを上げる訳にはいかないけれど、大岩・小岩をかわしながら走り回ってみる。
やがて、火山灰の上にポツリポツリと模様が出来始める。
遂に雨が降り始めたのだ。
そそくさとその場を離れ、次第に強まる雨を見上げながら、消防団の倉庫の軒先でカッパを着る。
漠然と予定していた霧島方面に向かうのを止め、鹿児島県の東シナ海側の砂浜に出る。
おNEWの安デジタルは、すでに夕方と言える時刻を示している。
砂浜に入って暫し遊びながら、今日はどこに泊まるかを考えているうちに、ふいに道路の方から声が掛かる。
おおっ、青島で別れたヒゲジェベルではないか!!
「いやぁ!二つ目玉のTWだから、もしかしたらと思って。やっぱりキミだったか!」
雨の中、お互いにカッパを着たまま立ち話。
天気が天気なので、ヒゲジェベルは近くの宿に泊まるらしい。
「明日・明後日あたりに、阿蘇の坊中キャンプ場で人と待ち合わせしてるんだけど、良かったらキミもおいでよ!」
そう言い残して、ヒゲジェベルは去っていく。
雨の夜。
海の近くの建設現場風プレハブ小屋で一夜を明かす。
電気がつき、水が出る流し場もあり、ガス台さえもある。狭いながらも快適な我が家なのだ。
「ねぇ、こないだ『養ってやる』って言ったわよね。あれって本気?」
「えっ?う・うん」
「あたし、親に『結婚するって決めた』って言っちゃった」
以前から乗り物には極端に弱く、乗用車はおろかバスにさえ10分と乗ると間違いなく車酔いしてしまうA子。
ツーリングどころか、一緒に旅行に行くにしてもかなりの制約があるだろう。
そんな彼女とは、どんな家に住み、どんな生活になるのか。
今は想像する事が出来ないまま、やたらパシパシとプレハブ屋根を叩く雨の音を聞きながら、手間などいらないハズのボンカレー作りに集中しようとしている九州上陸3日目の夜だった。