「週末の放浪者」TOPバイク旅>フェニックス その3

フェニックス(1996GW・九州)その3

坊中キャンプ場の宴

雨はあがったものの、重たそうな雲が阿蘇の山頂から流れ降りてくる朝だった。
風が強く、飛び去ったコッヘルのフタを探しているデカ茶男の姿をボンヤリと眺めながら、改めてペグを打ち直す。
ココに連泊する事に決めたのだ。
びしょ濡れのテントを撤収するのは気が重いし、今日はひげジェベルもココに来るかもしれない。
昨日までの不自然な移動の繰り返しにも疲れ、ココでノンビリするのも悪くない。
そして何より、ココはライダーに人気のキャンプ場なのだから。

遅い朝飯を食ってカラ荷で出発し、昨日は断念した日ノ尾峠の山越えダートを走りぬけ、地獄温泉でひとっ風呂。
阿蘇内輪山を越える有料道路は霧に包まれ、火口も草千里も展望は全く無し。
そのままキャンプ場の前を通過し、大観峰に着く頃には空も晴れてきた。
ミルクロードを下って大津の道の駅で一休みしていても、まだ午後3時前。
なんだかココロからノンビリし、ツーリングを楽しんでいるという実感が沸く。
「こんにちわぁ。また会いましたね」
根占のキャンプ場で一緒だった、ジェベルのオタフク顔ネェチャンだった。
オタフク顔を自らウリにしているのか、バイクにオタフクのステッカーを貼っていたりして、なかなかチャーミングなのだ。
「晴れてきて良かったですね。今日はどこまで?」
「瀬の本高原まで行くツモリです」
「へえ。じゃあ、これからミルクロードを走る?」
もし走るなら、風景の影響で実際には登り坂なのに下り坂に見えるミステリーポイントがあるから、ソコでいったん止まってみるとオモシロイよ。
そんな事をオタフクねぇちゃんに教えてあげようとしたのだけれど・・・
彼女は「これからミルクロードを走る?」というセリフに即座に反応し、続きを聞く前に
「はいっ! アタシ遅いですけど、お願いします」
満面のオタフク笑みで答えた。
ミルクロードに誘われたのだと勘違いしたのだ。

結局、この日2度目のミルクロードを走り、やはり2度目の大観峰に。
「瀬の本高原よりも、坊中に来ない?」
そう誘えば、アッサリと来ちゃいそうな気もした。
こんな出来事から始まっちゃうカップルだっているのだろうなと考えながらも、
実際にはドキドキのカケラさえも感じる事は無く、そしてオタフク顔で手を振る彼女と別れた。
なにしろ今回は最後のロングツーリングであり、そしてもう他の女性にトキメく事など許されない立場なのだ。
そんな思いが、彼女のコーナーでの必要以上な減速よりも強く、自らの心にブレーキを掛けたのだろう。


坊中キャンプ場に戻ると、見覚えのあるアフリカツインが駐車場に入ってきた。
やはり根占のキャンプ場で一緒だった、K山商会に違いない。
声を掛けると、
「あっ。なぁんだ、他のキャンプ場に行こうかな」
などと、お約束のようなギャグが返ってきた。

その後も次々と荷物満載のバイク到着してくるのだけれど、少し様子がおかしい。
「おおっ! 来たかぁ」
「お待たせぇ」
すでに到着しているライダー達との会話が、初対面とは思えない内容なのだ。
なんだ、グループなのか。
テネレのデカ茶オトコは撤収してしまったハズだし、頼みのK山商会もホテイ顔の男から
「いやぁ、さっきの峠、速過ぎちゃって追いつけませんでしたよぉぉ」
などと声を掛けられているので、どうやらグループの一員なのだろうか。
だとしたら、孤独な夜になってしまう事になる。

「アッチに合流しませんか?」
K山商会が声をかけてきた。
「えっ? 何のグループなんですか?」
K山商会によると、行きのフェリーで盛り上がったメンバーが、坊中での再会を約束したのだそうだ。
それぞれがその後に出会ったライダーにも声を掛け、本日ココに集合してきたらしい。
「そうすか。でも、勝手に合流するなんて・・・・」
「そんなのカンケー無いっすよ。はやくテントをアッチに移動しちゃいましょう」
K山商会に急かされながら、ズルズルとテントを引きずって移動する。
改めてペグを打っていると、K山商会が一人の男を連れて来た。
「こちら、昨日一緒だった、V-MAXのナリナリさん」
手に持った缶ビールが1〜2本目では無い事を、すでに真っ赤になっている目が物語っていた。


そして大宴会が始まった。
男性陣は
昨日からいるTT250Rレイドの男、
アフリカツインのK山商会、
赤目のV-MAX、
ど根性ガエルのピョン吉のTシャツを着たZZ-R250の男、
ロン毛にバンダナがイカしてるCB750の男、
「がんじー」と呼ばれる、なんだか怪しげなXLR250Rの男、
やはり怪しげな、TDMの男、
妙にダルマっぽい、BMW R1100RTの男、
ホテイ顔の、DRの男、
福岡のチャリダー、
そして、いつのまにか戻ってきているデカ茶の男。

女性陣は
テントも無いのに呼び寄せられた、Serowの女、
その女を自分のテントに居候として呼び寄せた、CBR250Rの女、
茶髪・皮パンがカッコいいCB400SFの女、
なんだかオジョーヒンで、それでいて多弁なSerowの女。

とにかく、異常な盛り上がりの宴会となる。
途中で雨がポツポツと落ちてきてもくじける事無く、何人かから持ち寄られたタープが幾重にも張られた。
その下にギッチリと十数名が寄り添い、まるで難民キャンプの様相を呈しても、その宴のイキオイが衰える事は無い。
ニギワイにかき消される様に、九州に上陸してからウッセキしていたワダカマリが飛び去っていく。

宴が一段落する頃には完全に雨も止み、狭苦しいタープの下から脱出するように人の輪が分散したのを期に、
なんとなく、そのまま近くに居合わせたオジョーヒンねぇちゃん、そしてCBRねぇちゃんと3人の輪になる。
オジョーヒンねぇちゃんとは元々の友達らしいCBRねぇちゃんが、誇らしげに言った。
「カノジョねぇ、帰りのフェリーが川崎に着いた次の日に結婚式なのよ。凄いでしょ?」
「へぇ! ツーリングしてる場合なの?」
「うん。でもね、結婚したらツーリングなんて出来なくなっちゃうから。これが最後かもしれないし」
「ダンナさんになる人は、バイクに乗らないんだ・・・」
オジョーヒンねぇちゃんは、それには答えずオジョーヒンに眉をひそめ、そして笑顔を浮かべた。

同じではないか! 性別は逆だけれど、今の自分と全く同じ状況ではないか!
いつのまにか忘れかけていたA子の存在が、再び脳裏に蘇える。
「実は、自分もコレが最後のツーリングなんだ・・・」
「アラッ、どうして?」
初対面の彼女たちに対し、誰にも相談した事も無かったA子との事が自然と口から出た。
それは、自分でも意外な行動だった。
A子との結婚話の事、A子が極端に乗り物に弱い事・・・
彼女らの聞き出し方が上手かったというよりも、喋る事によって自らが楽になっていったのだろうか、
ほんの少し躊躇した後、A子の病気の事さえも全てをブチまけてしまったのだ。

CBRねぇちゃんは医療関係者らしく、A子の症状に対するアドバイスをくれたりもした。
そしてなによりも、オジョーヒンねぇちゃんの言葉、
「ふ〜ん。あなた、やさしいのね」
これが何よりの救いになったような気がした。
「あのねぇ、ボク、若く見えるって言われるんすよ。いくつに見えますかぁ?」
いきなり乱入してきたホテイ顔のオトコの納豆声によってA子の話題は立ち消えとなったけれど、
すでに全てのワダカマリは消え失せ、A子を支えて生きていく事に決心がついたような気になる。


翌朝、まだまだココに滞在する連中に別れを告げ、ソソクサとテントを畳む。
もう孤独から逃げるようなニギワイに頼る必要は無くなったし、最後の九州ツーリングをキッチリと楽しみたかったのだ。
やはりココから出発するK山商会、そして赤目のV-MAXと共に大観峰に向かう。
K山商会は想像を絶する速さでワインディングを駆け登り、いつのまにかバイクを降りてコチラにカメラを構えていると思ったら、 再びマッハの速さで抜いて行ったりする。
そんな事を2度3度繰り返しながら到着した大観峰は、もう2度と見る事も無い大カルデラの絶景を、心憎いばかりの晴天で演出してくれた。

やまなみハイウエイを少し走り、3台で向かった先は筋湯温泉。
ココでひとっ風呂あび、そして解散する事に。
バイク5台のグループが殆ど同時に到着し、その中のたった一人の男が、4人のオネェチャン達に大声でノーガキを垂れながら我々にチラチラと視線を送ってくる。
話の内容からすると、キャンプ場だかYHだかで知り合ったオネェチャン達をココに引率してきたらしく、
「アンタら、オトコばっかりで楽しい?」
なんてセリフが今にも聞こえてきそうな態度のアンチャンだ。
残念ながらココは混浴ではなく、男湯に入ってしまえば多勢に無勢。
アンチャンは小動物のようにオトナシくなり、コソコソとスミッコで背中を丸めていたのが可笑しかった。

そして風呂あがり。
「帰ってからも、またツーリングに行きましょう」
別れ際、K山商会がサワヤカに言った。
「でも、これが最後のツーリングなんで・・・・」
「ダイジョーブですよ。一泊だって日帰りだって、行こうと思えば何とかなりますよ」
K山商会は輪を掛けてサワヤカな声をあげ、赤目のオトコも黙って赤目でうなずいた。

大観峰での3ショット

由布院を走り抜け、国東半島に向かう。
不自然な丸さで海に突き出した半島を走ってみたかったのだ。
実際には思いのほか単調な道が続き、見え隠れする姫島くらいしかアクセントが見当たらない。
淡々と海をなぞるように走るうちに、いつのまにか終わってしまったのが実感だった。
そのまま海沿いに北上して、中津の街から内陸に進路をとり、今日の宿泊予定地である耶馬溪に。
大分県でも有数の景勝地であり、リッパな話として教科書にも出てきた青の洞門もココにある。
それらの観光スポットが全く気にならない訳ではないけれど、やはり
「ココならば、それなりの人数のライダーも来るだろう」
などといった考えが優先していたのも事実だ。
やはりライダーどおしのバカっ話のキャンプは楽しいし、妙に盛り上がった前夜は別格としても、それなりのキャンプには期待したい。
ところが、そのモクロミは激しく裏切られた。

深耶馬渓も含めて行ったり来たりするものの、マトモなキャンプ場が見当たらない。
いくつか見かけたキャンプ場は妙に閑散とし、そして荒れているのだ。
夕暮れが迫る頃にイイカゲンに断念し、最初に見つけた焼肉屋のような名前のキャンプ場に戻る。
そこは、どこをどう見てもサイトらしきスペースが全く見当たらなかったキャンプ場だ。
「このへんのキャンプ場は、去年の大雨でサイトが流されちゃったのよ」
管理人のオバさんの説明を裏付けるように、大きな管理棟の裏手に流れる山国川の河川敷は大岩ゴロゴロの状態で、 かつてサイトがあったとは思えない状況なのだ。
管理棟と渓流とに挟まれた数メートル幅の裏庭には、2張のテントがヘバリつくように設営されていて、
まるで避難してきた住民といった雰囲気にさえ見える二人のライダーは、それぞれにメシを食い終わった様子だった。

テントの前にまるで葬式用のような太いローソクを立てて、その灯りを見つめながらチビチビと酒を飲んでいた男は、
「今日、四国から上陸してきたんすよ。四国も寂しかったけれど、ココも寂しいっすね」
そのような事をボソボソと呟くと、再び黙り込んだ。
にこやかに声を掛けてきたもうひとりの男との少しばかりの会話も、長くは続かない。
「灯りを持ってないんで、もう寝ます。明日の朝、やまなみでトモダチと合流するんすよ。」
早々に真っ暗なテントに潜り込んでしまった。
そして程なく、太いローソクをテントの外に残したまま、ローソク男もテントの中に姿を消した。

「なんだかうまく行かないなぁ。まあ、どーでもイイヤ」
渓流沿いに流れる風は何となく肌寒く、テントに入りこんで大の字に寝転ぶ。
もう、期待はずれにも慣れてきた。
期待はずれ・・・・
「ねぇ、向こうに行ったら、一緒に行動しようよ」
A子が入社してきたのは会社も景気が良かった頃で、その年の社員旅行は海外だった。
所属部署も違い、それまで業務以外の会話もマトモに交わしていなかったA子から、そのような誘いを受けたのだ。
「えっ? う・うん。いいよ」
なんで自分が誘われたのかは判らないけれど、悪い気はしない。
美人のA子と過ごせるなんて、健全なカノジョ無し男にとっては断る根拠など何も無いではないか。
ひそかに現地の観光スポットを調べたり、アワヨクバな展開まで期待もした。
しかしそれが有効活用される事は無かった。
出発の日が近づいてきてもA子からは何のアクションも無く、こちらからも切り出せないままに旅行当日を向かえ、結局A子は同じ部署のB子らと行動を共にしたのだ。
あの誘いは何だったのだ。
それでも、まるで社員旅行の約束など無かったように、旅行後もA子からの誘いが続く。
美味しいと言われるラーメン屋だったり、近所のお好み焼き屋だったり、そしてそれらには実際に一緒に行った。
あまり興味の無いJAZZの演奏会にも連れて行かれたりもした。
それらは割り勘が基本で、レンアイとかそういうのにハッテンしそうな気配は全く無く、いわゆるオトモダチ街道まっしぐらな付き合いが続く。
まあ、いわゆる「何でも相談できるトモダチ」、そういう方向にハッテンしていったのだ。
それでも、時々「何だか寒いわ」などとオモムロに腕を組んできたりするA子。
そんな行動も、給湯室でA子がB子に対して
「オトコなんて、少し甘えてみせればイイのよ」
などと言ってるのを耳にし、A子の考えはサッパリ訳が判らないまま年月を重ね・・・・
そしてキッカイな症状に苦しむA子との今を迎えたのだ。

再び、フトンに横すわりしたA子の映像がよみがえる。
「信じてもらえないかもしれないけれど、アタシ・・・・・・」
「なに? なんの話?」
「アタシ、今まで男の人と深い関係になった事って無いの」
「ふ・深い関係って・・・・・・」
「そういう行為には興味が無い訳じゃないんだけど、なんだか怖くて・・」
「・・・・・・」
「でも、アナタが最初ならいいと思ってる」


アタマの芯が熱くなり、何が現実なのか、そもそもココはどこなのか、訳が判らなくなってくる。
それを確かめるかの如くテントから外に出ると、ひっそりとした3つのテントの間を川面の風が吹き抜けた。
そんな風のイタズラなのか、主を失ったまま灯され続けていたローソク男のローソクの炎が、ふいに目の前で消えた。
なんだか妙な胸騒ぎがした。

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