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テールランプ(1993秋・福島)


福島YH
ブラボーつるおか】の続編です。


秋の3連休の中日も、すでにドップリと夕闇につつまれていた。
福島市の市街地、さらに郊外を走り抜け・・・・・
後は暗闇ばかりの山道が、目的地の高湯温泉まで続く。
先頭を走るのはワタクシのVT1100、そしてCBR250が淡々と後からついてくる。

そのCBRに乗るのは、アカネちゃんというチンチクリンな女性。
決して美人とは言えないけれど、とにかく明るくて元気一杯さがウリだったりする。
そんなアカネちゃんとの初めての2人だけのツーリング。
関越道でイッキに日本海側まで出て、鶴岡、新庄、山形、米沢と一緒に走り抜け・・・・・
まもなく本日の宿泊地である、高湯温泉に到着しようとしているのだ。


温泉街を少し過ぎた坂の上にあるユースホステルの駐車場には、おびただしい数のバイクが停まっていた。
2台分のスキマを見つけてバイクを押し込んで荷物を降ろす。
「ゴメン。今日も遅くなっちゃったね。疲れた?」
「ぜんぜん! でも、ちょっと冷えちゃった。早く温泉に入りたいわねぇ」
「うん。ココには混浴露天風呂もあるんだよ」
「えっ?ユースホステルなのに?」
「違う違う。下のほうの旅館に、風呂だけ入れてもらうのさ」
「そーよねぇ。おかしいと思った」
「で、一緒に入る?」
「まっさかぁ!!!」

ただのオトモダチであるアカネちゃんに対し、ふとしたキッカケから
「アカネちゃんはオレが守る。シヤワセにだってしちゃうのだぁ!!」
などと勝手に逆上したワタクシは、それを叶える第一歩のツモリで、このツーリングを画策したのだった。
もちろんアカネちゃんは、ただのオトモダチとのツーリングのツモリなのだろうけれど。


ユースホステルという宿は、それなりに宿泊者どおしのコミュニュケーションが楽しかったりもする。
昨晩泊まった鶴岡YHでも、少人数で全員がライダーだった事もあり、大いに盛り上がったのだ。
しかしココは、ちょっとそういう雰囲気ではなかった。
大きなリビングでは、数十人もの宿泊者が数名ずつのグループに別れて語り合っていたりしているものの、我々は到着したのが遅すぎたようだ。
すでに誰がライダーだかも判別不能だし、もともとのグループなのか、ココに到着してから仲良くなった連中なのかもサッパリ判らず、いまさら輪に加われる雰囲気ではない。
コチラはアカネちゃんと一緒だし、別にムリに仲間に入れて貰う必要は無いのだけれど・・・・・
ちょっとアテが外れた事が、ひとつあった。
例の混浴露天風呂まで歩くには距離があり、テキトーに仲良くなった連中のクルマに便乗させてもらおうと考えていたのだ。

「どうする?仕方ないからバイクで行こうよ」
「ええぇ?やだぁ。混浴なんでしょ?」
「全部が混浴じゃないって。」
「アタマ洗いたいから、帰りにヘルメット被りたくないし・・・」
「すっごくキモチイイ露天風呂なんだけどなぁ」
「もっと近くにも、『入浴のみ可』ってホテルがあったじゃない。それでいいわよ」
「その露天風呂が、高湯温泉に泊まる目的の一つだったのに・・・・」
「じゃあ行ってくれば? アタシはYHの風呂だっていいんだから」

仲の良いオトモダチとの泊りがけのツーリングというのは楽しいハズなのだけれど・・・・・
実際のワタクシは、出発してからずっと、ココロを擦り減らしてばかりいた。
それは、アカネちゃんのワガママに振り回された為ではない。
確かにアカネちゃんはマイウェイを進むタイプではあるけれど、それは女性ライダーの標準値を大きく超えてはいないだろう。
むしろワタクシが、「オレが守る」なんて勝手な思い込みに象徴されるような、独善的な押し売り野郎だったのだ。
その割には、その期待に答えてくれないアカネちゃんに対して
「いいから黙ってついて来い」
などと諭す力強さも持ち合わせず、ただただ失望を重ねていたのだ。


結局、徒歩圏内のホテルの半露天風呂につかり、フイに降り始めた雨の中を小走りにユースホステルに戻る。
部屋に戻ってタオルとかを置いてくると言うアカネちゃんより一足先に、まるで学食のような賑わいのリビングに一人で向かう。
すぐに来るであろうアカネちゃんには申し訳ないけれど、ガマン出来ずに湯上がりの缶ビールをプシュっと開ける。
しかし、一缶空いても、まだアカネちゃんが来ないのだ。
10分、20分・・・・・
なんだか間が持たず、同じテーブルに座って一人でツーリングマップルを眺めている男に声を掛け、二言三言交わしていると、やっとアカネちゃんがやって来た。
「遅かったね」
「ゴメン。同じ部屋の女の子達と話が弾んじゃって」
「へぇ。あっ、このカレ、VFRで来てるんだって」
「ふぅん、そうなの。ソッチはソッチで盛り上がってるみたいだから、アタシは部屋に戻ってもいい?」
「えっ?」
「すっごい面白い娘がいるのよ」
「・・・・・・・・」
「いちおう、オヤスミって言っとくわね。明日は何時に出発?」
そりゃないよう。
VFRの男との話なんか、ぜんぜん盛り上がっちゃいないんだよう。

ワタクシのシラけた気配が伝わったのか、VFRの男はソソクサと席を立ってしまった。
もう別の誰かと会話などする気分にはなれず、まだ残っている二本目の缶ビールをチビリチビリと一人で飲む。
リビングの喧騒の中、探り出すように雨音を確認すると、それを理由に
「明日は、もう真っ直ぐに帰ろう」
なんてことも考えた。
なんだか妙に減らない缶ビールの、その重さが憎たらしかった。

吾妻小富士の火口

一夜明ければ、昨夜の雨がウソのような快晴だった。
磐梯吾妻スカイラインを駆け上がれば、その荒涼とした風景とはウラハラに、気分が高揚してくる。
高度を増す程に、眼下の展望が開ける程に、なんだか楽しくて仕方が無い。
昨夜のワダカマリが、この眺望によってウヤムヤになってしまった訳ではない。
夜、毛布にくるまって自問自答しているうちに、自分の浮き足立ったアセリに気がついてしまったのだ。
それに気がついたのは、アカネちゃんへのウラミツラミをひとつひとつ列挙し、ふと
「じゃあ逆に、アカネちゃんの良い所はなんだろう」
などと考えた時だった。
明るいし、元気一杯だし、キチンと走れるし、え〜と え〜と・・・・・
それだけだった。

結局、アカネちゃん自身にホレちゃった訳では無く、バイクに乗るオネェチャンだからオツキアイしたいだけだったのだ。
それに気がつけば話が早い。
投げ槍に「これからも、ずっとオトモダチだ」なんて決め付けずに、アベコベだった順番を正せばいい。
つまり、オトモダチとして一緒にツーリングを楽しみ、自分が真剣に気に入る相手であるかどうかを見定めれば良いのではないか。
何を今更というニブさだけれど、そう悟った途端、ここ数日の暗雲が、イッキに晴れてしまったのだ。


浄土平にバイクを停めて、吾妻小富士の山頂を目指して歩く事に。
標高1700mの山とは言え、駐車場との標高差は大した事が無いから、10分も登れば自慢の火口のフチまで到着する事が出来る。
あまりにもあっけなく登れちゃったので、その直径1.5Km程の巨大アリジゴクを一周しながら、アカネちゃんとイロイロな話をした。
話と言うよりは、アカネちゃんが一方的にしゃべっていたのだけれど。
シゴトの事、家族の事、将来の夢の事・・・・・
図らずも、アカネちゃんの事を詳しく知るには好都合な内容だった。

アカネちゃんの夢を叶える為には、かなり勉強が必要だといった事に話が及んだ時、
「シゴトしながらの勉強って、なかなかキツいわ」
「時間を作るのがタイヘンだろうね」
「でも、今はフリーだから何とかなるわよ」
「フリーって?」
「カレシがいないって事よ」
「ああ、そういう意味のフリーね」
「うん。悔しいけれどね」
「なんでフリーなのが悔しいの?」
「もう吹っ切れたけど、別れる時はドロドロだったんだから!」
何を勘違いしたのか、アカネちゃんはそんな事を言った。
ドキッとした。

アカネちゃんと知り合ってからの数年間、まったくオトコの気配など感じられず、周囲からも
「アカネちゃんって、間違い無くオトコと付き合った事なんか無いぜ」
なんて囁かれていたのだ。
ワタクシは、アカネちゃんがそうだからこそオツキアイしたいと思った訳ではない。
ただ、余りにも唐突に、しかも想定すらしていなかったオトコの影を感じて、どう反応して良いのか判らなくてウロタエてしまったのだ。
その時だった。
「アッ」
前触れの無い突風。
それはまるで山が深呼吸でもしたかのように、アカネちゃんの被っていた帽子を、その火口の中に吸い込んでしまった。

「拾うのはちょっとムリねぇ。ゴメンねぇ・・・・」
アカネちゃんは、もう帽子の無くなったアタマを両手で抑えたまま、火口底まで落ちてしまった帽子とワタクシに交互に目をやりながら呟いた。
アカネちゃんが被っていたのは、ワタクシの帽子だった。
日差しがキョーレツだったので、山に登り始める前にアカネちゃんに貸した帽子。
それは、鈴鹿サーキットを走った記念に入手した、ちょっとお気に入りの品だったのだ。
「仕方ないよ。アカネちゃんが悪い訳じゃないし・・・・」
それしか答えようが無かった。
なんだかアカネちゃんのモトカレに、帽子まで持っていかれてしまった気分だった。

五色沼

磐梯吾妻スカイラインとレークラインを走り抜け、五色沼に到着した。
「あまり遅くなると東北道の渋滞がヤバそうだから、ココをちょこっと眺めたらメシ食って帰ろうぜ」
「うん。任せる」
ボートなんかに乗ったってあまり楽しそうではないので、沼の辺に座り込んで一休みする事に。
エサを与えた訳でもないのに群がってくる水鳥の仕草にクッタクのない笑みを浮かべるアカネちゃんの姿を、ワタクシはボンヤリと横目で眺めていた。
そして
「やっぱり、アカネちゃんと一緒に居るのはシヤワセなのだ」
などと、自分の意志を再確認したツモリになっていた。



猪苗代町のはずれの、通りがかりの食堂に入る。
メニューの中に、甲信越地方の名物だとばかり思っていた『ソースカツ丼』を発見し、迷わずソレを注文した。
2人してカツ丼をハグハグと突っつきながら、吾妻小富士の山上では話題に挙がらなかったアカネちゃんの結婚観を、それとなく聞き出す。
最近結婚した共通の知人の話題を装い、あくまでも不自然じゃないように切り出したのだ。
「やっぱり、結婚式の披露宴ってムダだよねぇ」
「そうそう、アタシもそう思う!!」
「そういうカネは、他に使いたいなぁ」
「そうよねぇ。アタシだったら新婚旅行につぎ込みたい」
「ソレ、賛成。お披露目は、トモダチだけ集めてのパーティーで十分じゃん」
「会費で、けっこう儲かっちゃったりしてね」

妙に意気投合し、アカネちゃんとの価値観が、バッチリと合ったツモリになった。
なんだか上手く行くような気さえした。
しかし、それはそこまでだった。
「でもさぁ、ケッコンってタイヘンだよね」
「何が?」
「全く違う人生を歩んできた2人が、一緒に生活する訳だからね。得る物もあるけれど、その代わり失う物だって・・・」
ワタクシがそこまで言ったところで、アカネちゃんが遮った。
「それは違うわよ」
「えっ?違うって何が・・・・・」
「何も失っちゃダメなのよ。それぞれの生活を、ぜんぶ認めあわなきゃ」
「り・理想はそうかも知れないけれど、全部って言ったら成り立たないよ」
「成り立つわよ。成り立つまで話し合わなきゃ。お互いを尊重しあえば、絶対に方法はあるわよ」
「お互いを尊重しあうからこそ、何かしら相手に合わせなきゃいけない部分だって・・・・」
「ダメ!!そんなの絶対にダメ!!」
「そんなんじゃ、シヤワセな家庭になんかならないって」
「そんな結婚なら、しないほうがマシだわ」

ついには口論みたいになってしまったけれど、コレだけは認める訳にはいかなかった。
このアカネちゃんの考えは、今でも間違っていると確信できる。
もしワタクシがアカネちゃんと結婚し、それが上手くいっている・・ように見えるとしたら・・・・・・
ワタクシは、この旅で味わった苦しさ辛さを、一生背負って生きる事になる。
自分は自分で、すべて好きなようにやっているフリを装いながら。



3連休の最終日だけあって、早くも東北道の渋滞は激しいものとなっていた。
白河を過ぎたあたりから、すでにクルマの列が連なり始めていたのだ。
淡々とスリヌケを続けながら、けだるい時間だけが過ぎていく。
やはり車幅が小さいアカネちゃんのバイクのほうがスリヌケには有利で、気がつくと、アカネちゃんの背中はグングンと前に遠ざかってしまう。
アカネちゃんは、ときおりスリヌケを止めて車列に加わり、遅れがちのワタクシを待ってくれた。
そしてワタクシが追いつくと、ふたたびアカネちゃんはスリヌケを開始し、その背中は小さくなっていく。
手が届きそうになると広がっていくアカネちゃんとの距離。
なんだかこの旅が濃縮されているようで、ヘルメットの中でひとり苦笑する。

この時点でワタクシは、アカネちゃんとの距離感は、絶対に縮まる事は無いと確信していた。
にもかかわらず、まだアカネちゃんとの事を諦めきれずにもいた。
自分の優柔不断さがイヤになりながらも、どうしようもなかったのだ。

給油と一休みの為に那須高原SAで停まった時、ワタクシは賭けに出た。
自分では決めかねている結論を、アカネちゃんの答えでフンギリをつけようと決めたのだ。
それは
「オレと付き合う気があるか?」
なんて直接的な質問をする訳ではない。
いかにも女々しい、まるでインチキ占いやオミクジに運命を委ねてしまうような考え方だった。
「この先もずっと渋滞が続くし、待って貰うのも悪いから、ココからは先に帰る?」
アカネちゃんの答えを待ちながらドキドキした。
「あらそう。じゃあ、先に行くわね。楽しかった」

オミクジの結果は出た。
「もうアカネちゃんの事は諦めるべし」
という答えだった。


殆ど一緒に那須高原SAを出発し、再びスリヌケ走行が始まる。
もう結論が出たにも関わらず、ワタクシは未練がましくアカネちゃんの後姿を追いかけた。
しかし、アカネちゃんの背中は次第に小さくなり、そしてギッチリと並んだクルマのテールランプの光の列に溶けて消えた。

2人だけの『最初のツーリング』は、二日前に家を出た時には予想だにしなかった形となり・・・・・・
そして『最後のツーリング』となって、あっけなくその幕を閉じた。



追記。
それから数年後、風の便りで、アカネちゃんが結婚した事を聞かされた。
相手はやはりバイク乗りの男で、夫婦でツーリングも楽しんでいるらしい。
そのダンナとは、『それぞれの生活を、ぜんぶ認めあった関係』なのかどうかは知る由も無い。
今のワタクシは最愛の妻子に恵まれ、あのときのオミクジの結果は間違いで無かったと強く断言できる。
ただ・・・・・・・
レーサー系のバイクが好きなハズのアカネちゃんが、あのツーリングの直後、当時のワタクシと同じアメリカンタイプのバイクに乗り換えた事を後に知り、ちょっとフクザツな心境だったりもするのだ。

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