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ブラボーつるおか(1993秋・東北)前編
秋の3連休の初日の朝。
ワタクシは、行楽客で溢れかえった関越道・三芳PAにて、一人で激しくドキドキしていたのだ。
いざツーリングともなると少なからずドキドキするのだけれど、今日のドキドキはそんな簡単なモノではない。
どちらかと言えば、コーフン状態と言ったほうが適切な表現だったかもしれない。
何にコーフンしていたのかと言えば・・・・・・
そう。
間もなくココに到着するハズのアカネちゃんとの、ワタクシにとっては初めての、2ショットお泊りツーリングが始まろうとしていたのだ。
アカネちゃんとは、コイビトという関係ではない。
アカネちゃんがバイクに乗ると言う事は前々から知っていたけれど、別に何とも思わない存在の一人でしかなく、一緒に走る機会も無いまま月日が過ぎ去っていた。
そんなある日、まったくクッダラない出来事が、ナニかを変えてしまったのだ。
ある集まりに、ビックリ系のオモチャを持ってきたヤツがいた。
それは、お年玉袋のようなモノに
『これは珍しい!!ゴキブリの化石!!』
なんて事が印刷されていて、ついつい袋の中をのぞこうとすると・・・・・
ゴム仕掛けで、いきなりバタバタバタッっと音が出る仕組み。
ゴキブリが好きなヤツは余程の変人であると思われ、たいがいの人はビビりまくるシロモノなのだ。
「こ・これは凄い!!貸して貸して!!」
大人げも無く悪乗りしたワタクシは、次々と老若男女にオタケビをあげさせては喜んでると、そこへアカネちゃんがやって来た。
ワタクシは当然ながら、
「アカネちゃん、コレコレ、面白いよ!!」
などと、いささかコーフン気味に手渡し、アカネちゃんも何の疑いも無くソレを開けた途端・・・・
バタバタバタッ!!
「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
アカネちゃんは凄まじい叫び声と共に、マッハの速さでトイレに駆け込んでしまったのだ。
アカネちゃんは、いつまでたってもトイレから出てこない。
ワタクシは大いにタジロぎ、周りの視線を気にしなからも女子トイレの前で立ち尽くす事しばし・・・・・
アカネちゃんがフラフラとトイレから出て来たのは、軽く10分近く待った後だった。
「ゴ・ゴメン!!!大丈夫?」
もう謝るしかないワタクシに、
「うん。もう大丈夫。ちょっとビックリしただけ」
アカネちゃんは弱々しく告げると、今度は泣き出してしまった。
ワタクシは、傷ついたレコードの様に何度も何度も謝りながらも、泣きながら「大丈夫」と繰り返すアカネちゃんのケナゲな姿に、それまで思ってもみなかった感情が湧いてきてしまったのだ。
「アカネちゃんの事は、このオレが守らなければならない・・・・」
なんで、そういう風に繋がるの?
それがフツーの感想だろうし、今となっては自分でもそう思う。
しかし、その時はそう思ってしまったのだから仕方が無い。
まあ、恐らくは
「バイクに乗るオネェチャンとオツキアイし、一緒にツーリングが出来れば嬉しいなぁ」
などといった思いがココロの底にドロドロと堆積していて、たまたま通りがかりのアカネチャンが、ちょっとしたアクシデントからそこにスタックしてしまっただけなのだろう。
だいいちそれまで、アカネちゃんの事をレンアイ対象として想定した事などはカケラも無かったのだから。
思い込んだら一歩ずつ。
まずは複数人数での日帰りツーリングに誘い出す事に成功し、我ながら頑張ったモノである。
アカネちゃんのCBR250、既婚男のRG500、自称イイオトコのRGV250Γ、そしてワタクシのSHADOW1100で日光界隈に向かう事に。
幸いな事に、当日になって自称イイオトコはマシントラブルで欠席し、もう邪魔者は居ないも同然。
勿論ワタクシが仕組んだマシントラブルな訳は無く、神が味方したのだ。
ツーリング自体は、まあソコソコに楽しいひとときではあったけれど・・・・・
一歩進めばもう一歩。
帰りの東北道・羽生PAで、実は出発前から用意していたセリフをホザいたのだ。
「楽しかったけど、アッっと言う間だねぇ。今度の3連休にさぁ、みんなで泊まりで東北にでも行こうよ」
ホントはアカネちゃん個人への誘いなのだけれど、いきなり二人きりでなんて言い出したら、アカネちゃんだって簡単には「うん」と言うまい。
そこでRG500のオヤジの存在が重要なのだ。
その場の流れで話を盛り上げ、アカネちゃんを行く気にさせておけば・・・・・・
後はオヤジの自然消滅を待つばかり。
恐妻家の彼は、いつも
「いいねぇ。行きたいなぁ」
などと苦悩しながら結論を先延ばしし、結局はドタキャンとなる常習犯なのだ。
とにかく、まずは行き先だ。
さて、アカネちゃんには、どんなスポットを勧めるのが効果的だろうか・・・・・・
「オレはムリだなぁ・・・・・」
オ・オヤジィ!!!
ど・どうしたんだ、いつにないスバヤい決断は!!
つ・使えないオヤジだ! 丸めてポイだ!!
しかし、姑息な作戦などは始めから不要だったらしい。
「アラッ?残念ねぇ。アタシは行きたいなぁ」
ア・アカネちゃぁん!! チミはスバラシい!
「悪いねぇ、行けなくて。他に誰か誘ってよ。そうだなぁ、誰がいいかなぁ」
オ・オヤジィ! 余計な事は言うなぁ!
『その場の流れ』は、すでに『運命』と言う名の大河になったのか、そんなオヤジのチンケなセリフなど、あっという間に川面から消えた。
「別に2人だけでも良いわよねぇ?」
ブ・ブラボー!!!!!
話は三芳PAに戻る。
これからココに来るアカネちゃんが、どういうツモリで2ショットツーリングに応じたのかも深くは考えもしないままに、とにかくドキドキの真っ最中なのだ。
好天に恵まれた3連休の初日とあって、PAに入りきれないクルマは本線まで溢れ、バイクだってハンパではない数がひしめいている。
一人で自分のバイクの前に座ってタバコを燻らすオトコや、数名でニコヤカに談笑しているライダー達などの姿をボンヤリと眺めながら過ごすひととき。
「やあ、調子はどうだい?ボクはねぇ、これからカノジョと二人っきりで、オトマリのツーリングなのさ!!」
などと、なんだか妙に優しいキモチで話し掛けたくなる。
ああ、こんなシヤワセなヒトトキが、いつまでも続いてくれたなら・・・・・・
続いてしまったのだ。
アカネちゃんが、いつまでたっても来ないのだ。
携帯電話が一般的なシロモノになるのは、まだまだずぅっと先の時代である。
当時はワタクシもアカネちゃんも、そのようなお大尽グッズを持っている訳もなく、
「道は大渋滞だし、ちょっとくらいは遅れるのかも・・・・」
などと思いを巡らせながら、ただただ来るのを待つしかない。
30分。1時間・・・・・
ま、まさか途中で事故にでも・・・・・
あるいは、待ち合わせ場所を間違えたとか・・・・
か・考えるのは辛すぎるけれど、最初から来る気など無かったとか・・・・
もう居ても立ってもいられず、本線からPAへのアプローチ路のハジッコを歩き、本線まで様子を見に行く。
関越道の本線は、見渡す限りの渋滞のクルマ!クルマ!クルマ!。
ときおり、路肩を走ってくるバイクの姿を、とにかく必死に見つめる。
アレかな?色が違う・・・・
アレかな?オフ車じゃんか・・・
アレこそは!うげぇ、オトコだぁ!しかもヒゲ!!
1時間半。2時間・・・・・
き!きたぁ!!
青いCBRだぁ!!
間違い無くアカネちゃんが乗ったそのバイクは、道端で手を振るワタクシには全く気がつかなかった様子で、キュィィィンとPAの中に吸い込まれていった。
後を追ってアプローチ路を全速力で走って追いかければ、んもぉヘロヘロのゼェゼェで、そんな状態でようやくアカネちゃんとのご対面が叶った。
「待ったぁ?寝坊しちゃったぁ」
お・おいっ!
寝坊は判ったけれど、その前に、何か4文字のコトバが出ないのかい!
そう。「コに濁点」で始まる、4文字の言葉が!!
どんだけ心配し、どんだけイラつき、そしてどんだけアセったのか!ぜぇぜぇ。
いくらなんでも、コレはヒトコト言わねば気が収まるまい。
ワナワナとしていたであろうワタクシの顔色を読み取る事も無く、アカネちゃんはアッケラカンとした口調で・・・・・
「でも、すごい渋滞ね。どこまで続いてるのかしら。どうする?」
「ど・どうするって?」
「出る時間も遅くなっちゃったし、行くのやめちゃう?」
な・なんて事を!!
それだけは悲しすぎる。
「だ・ダイジョーブだよう!!このくらい遅れたって、全然影響なんか無いって!!」
こう言ってしまった以上、もう遅刻を咎める事が出来なくなってしまったワタクシだった。
2台で後先になりながら、ひたすら関越道を北上する。
実際には2時間の遅れは厳しく、SAでの休憩の語らいなどを楽しむヒマもなく、給油だけして走り続けて新潟ICに辿り着けば、メシも食いそびれての遅い午後になってしまった。
今日の予定は、このまま日本海に沿って北上し、海っぺりの由良温泉に漬かりながら日本海に沈む夕日を眺めて鶴岡泊まり。
すでに由良温泉での夕日は極めて厳しくなってしまったけれど、とにかく北に進むしか選択肢は無い。
R113号を走り、新潟東港のクランクを抜け、さらに松林の道を進むうちに、ほどなく日本海が見えてきた。
しきりに左手を伸ばして海を指し示すアカネちゃんの姿がミラーに映るや否や、ワタクシは反射的にバイクを停めてしまった。
そして「海だ海だ」と口々に叫びながら砂浜に降り立てば、目の前はドドォンと日本海。
太平洋側で生まれ育った我々にとっては、日本海は見るだけでもカンゲキだったりするのだ。
水平線ギリギリまで雲ひとつ無く、これは
「海へのサンセットを見ずしてどうする?」
といったアンバイなのだけれど・・・・・・
まだまだソレには時間があるすぎる。
しかし、ココでサンセットを待つ作戦もアリではないか。
なにしろ、じっくりと時間があるのだ。
会話を深めつつ、カンドー的な光景にも後押しされれば、ロマンチックな展開にも・・・・・
そうなれば、もう
「キレイねぇ」
「そーだねぇ」
なんてオトモダチ的な会話だけじゃ済まないハズなのだ。
ううむ・・・・・・!!
「ねぇ、そろそろ行こうよ」
「えっ?もう行くの?」
「だって時間が無いんでしょ?」
「そ・そうだけど、夕日が・・・・」
「これから先はずっと海沿いじゃない。ココで待ってなくたって、どこからだって見えるわよ」
「そ・そうだね」
なんだか思惑が噛み合わないのか、あるいはコチラの思惑を察知してはぐらかしているのか。
道はR345号と名を変えながらも、相変わらずの海岸っぺりの快適な道を北上し、村上の少し手前の瀬波温泉付近に到達あたりで再びバイクを停める。
ココの温泉で、サンセットを眺めるという手があったのだ。
日没まではあと30分くらいだろうか。
「ココで夕日を・・・・」
それを遮るようにアカネちゃんが叫んだ。
「ねぇ、アレ!!」
おおっ!!
力尽きたように赤々とアタマを下げてきた太陽と水平線の間に、怪しげな黒い物体が横たわっているのだ。
「さ・ど・が・し・まぁ!!」
憎むべし佐渡島。
ここで待ち構えていても、夕日は水平線ではなく、佐渡島に沈んでしまう事は間違い無い。
『温泉での夕日』のリカバリーまで奪い取りやがった。
「は・走れぇ!!」
先を競うようにヘルメットをかぶり、再び国道を走り出すしかなかった。
あたりは、もう完全に夕方の様相である。
そんな中、佐渡島の呪縛を避ける地点を求めて、鬼気迫るように走る続ける二人。
なにしろ日本で最大の島、なかなか手ごわいのだ。
走れ走れ走れ走れぇ!!!
程なく、国道脇の路肩には、三脚に固定したカメラを海に向け、サンセットを待つ人の姿が見えた。
「ヤバいっ!日没まで時間が無い!!」
走るほどにカメラの砲列は数を増し、ズラっと10人位が並んでいたりするポイントもある。
「い・いそがねばぁ!!」
もうお気付きだろう。
それだけのカメラが並んでいると言う事は、とっくに佐渡島なんぞは南に離れているのだ。
アセるが余り、そんな事にも気がつかない我々だけが、絶好の水平線サンセットポイントをバカのように走り抜けていたのだ。
走れ走れ走れ走れぇ!!!
鼠ヶ関の手前あたりだろうか。
カメラの砲列が徐々に減り、そして誰も居なくなった路肩に、遂にバイクを停める。
「ダメだ。もう沈んじゃう。アカネちゃん、ココで許して」
「仕方ないわよ。殆ど海に沈むのと変わりないわよ。島に沈む夕日だってステキじゃない?」
「そ・そう言ってくれるとアリガタい・・・・・・」
「でもヘンねぇ」
「な・なにが?」
「佐渡島が、なんだかずいぶん縮んじゃってる」
「えっ????」
そうだったのだ。
絶好ポイントを通過してしまった我々は、事もあろうに、夕日が粟島に沈むポイントまで来てしまったのだ。
ああ、なんという間の悪さ!!!
「ぐぇぇぇぇぇ!!行き過ぎたぁ!!!」
「ズンズン行っちゃうんで、なんだかおかしいと思ったわ・・・」
夕日でカンドー作戦は、見事に失敗に終わってしまった。
しかし気を使ってくれたのか、あるいは最初から夕日へのコダワリが薄かったのか、特に残念がる様子を見せないアカネちゃん。
「行こうよう。お腹もすいたし」
「う・うん」
夕日の残骸の赤い空間に浮かび上がった粟島のシルエットを、未練がましく眺め続けていても仕方ない。
走り出せば、あっというまにあたりは暗闇に包まれ、やがてシーサイドを走っている事さえ忘れてしまいそうな状況となる。
昼飯もマトモに食っていないのに、すっかり遅くなってしまった。
まだ鶴岡までは30キロ近くも走らねばならない。
ただただ前のみを見つめて走りながら、ワタクシは激しく失望していたのだ。
このツーリングのスケジュールはワタクシが作り、「日本海のサンセット」は、前半のハイライトになるハズだった。
コレは天候に大きく左右され、水平線まで雲が無い状態は、むしろ極めて稀なケースだと思われる。
アカネちゃんの遅刻も影響したとは言え、自らのマヌケな失敗で、そんな絶好のチャンスをフイにしてしまったのだ。
自らが見れなかった事などは問題では無い。
アカネちゃんに見せてあげられなかった事が残念でたまらなかった。
もっと正確に言えば、「アカネちゃんと一緒に見れなかった」事を悔やんでいたのかもしれない。
「ゴメン・・・・」
バックミラーに映るアカネちゃんに、独り言のように謝ってみる。
もっとも、ミラーに映るのはアカネちゃんのバイクのヘッドライトの灯りだけだ。
アカネちゃん本人の姿は、その彼女の心の中のように、闇に覆われてしまってハッキリとは見えない。
ワタクシのバイクのヘッドライトは妙に暗く、前方の暗闇の中に作り出してくれる視界は、ボンヤリとした極めて狭い範囲だけだった。
この時のワタクシは、早く鶴岡に着かねばならないアセリ以上に、もっと本質的な事にアセっていたのだろう。
まるで今の自分の視界と同じで、「自分は、アカネちゃんの事を、ホントに気に入っているのだろうか?」なんて肝心な思考は全くの暗闇状態のまま、「何とかしてアカネちゃんに気に入られなければ」といった目先の狭い視野のみを頼りに、ただただ前に走り続けていたのだ。