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みちのくわらし(1995GW・東北)

湯治場の露天風呂

御所掛野郎】の続編です。


貧しくて高速道路にも乗れず、延々と東北地方の国道を南下中のワタクシ。
立ち寄った温泉で置き引きに遭い、ココロもフトコロも一抹の寂しさを抱えての走行だった。
そろそろ今宵のテン場を決めようと、道端にバイクを止めてマップルを見つめる。
どうせなら温泉が近くに有る所が・・・
そして選んだのが、このキャンプ場だった。

川添いに登っていくと数キロ間隔で次々と現れる温泉は、それぞれに違う名前を名乗っているものの、これを一まとめにして有名な温泉郷を形成している。
立派なホテルから古風な湯治場までが入り交じる中から、入浴だけを受け入れてくれそうな宿を見定めながら前進し、とりあえずはテントを張ってから再び戻って来ることにする。

最後の温泉旅館を通り過ぎて数キロ、民家も何も消えたドン詰まりのダム湖のほとりに、目指すキャンプ場があった。
ひなびた、半ば放置された様なキャンプ場を想像していたのだけれど、なんとも整備された
「青少年御一行様、合宿にどうぞ」
みたいな立派な設備なのだ。
広大な敷地は奇麗なフェンスで囲まれ、入口近くには研修センターのような立派な建物がデーンと鎮座している。
そこに立てかけられた案内図には、幾つもの広いサイトが点々と描かれているのに・・・
まったく人の気配というものが無い。
果して営業していないのだろうか、それとも完全予約制なのだろうか・・・
半分だけ開かれている入口の鉄製スライド式門扉の前にたたずみ、恐る恐る中を覗き込むと、係員らしき男が研修センター風の建物から出て来る。

「やぁ、キャンプかい?OKさ。オートバイってキモチいいだろぉ?」

ボーイスカウト衣装のサワヤカ野郎が前歯を光らせながら微笑む光景が似合いそうだけど、実際に現れたのは、相当疲れきったジイサマだった。

「よぐぎだねし。んだば、うげずげを・・・」

いかにも公営っぽい、妙にキッチリとした書類にいちいち記入させられ

「んだば、テントはごごにずぞすざすすんだべした(意味不明)」


とにかく、指定されたサイトに向う。
林の向こうに広がる芝生には、相当数のテントが並んでいる。
入口や研修センター付近の閑散とした雰囲気からすれば、こんなに大量のテントは意外だった。
しかし、なにか不自然なのだ。
妙に隣同士が密着し、扇状に固まっている三角テント。
全てが同じ型式であり、横には「第○○回・宝くじ」などと書かれている。
どうやら常設テントらしく、受付のジイサン以上に疲れ切って薄汚れていた。
もちろん人の気配は全く無い。
もしかしたら設営以来、一度も使われていないのかもしれない。


広大なサイトにたった一人。
そんな中で自分のテントを設営する。
備え付けの木製のテーブルを便利に使える位置を選んで張り終ってから気がつけば、全ての無人常設の入口がこちらを向いている。
なんか大勢に注目されているみたいだけれど、どうせこんな常設テントを使うヤツは居るまい。
それどころか、なんだか今夜は全く一人なのかもしれない。

「なぁんだぁ。誰も来そうにもないなぁ。なんかツマラナイなぁ・・」
風呂の支度をしてバイクに跨る。
すでに研修センターのドアは閉められ、全ての灯りも消されている。
もうジイサンは街に帰ったのだろうか。
そしたらまったく一人きりじゃないか・・・・
「誰でもいいから来てくれないかなぁ」
その時は確かにそう思ったのだ。
その夜の出来事などは想像も出来ずに。


数キロほど川添いの道を下り、一番近い温泉旅館に入る。
旅館と湯治場を併設していて、それらは玄関からすぐに分けられていた。
目指す風呂は湯治場を通り抜けた奥。
ジジババが捨てられているように転っている大部屋や、こじんまりとした個室、そしてまるでコンビニのごとく自炊用品や食材が並ぶ売店の前を通過し、露天風呂に到着する。
川面が見渡せる、ちょっぴり熱めの大きな湯船で、しかも混浴なのだ。
嬉しいことに「水着・バスタオル禁止」などとも書いて有るけれど、そんな注意書きなど無関係なオババが漬っているのみ。
そんな中でくつろぎながら、
「いっそ、ここに泊まった方がよかったかなぁ」
などと考え始める。


すっかり夜となり、街燈など有るはずも無い山道を登ってキャンプ場に戻る。
もしかしたら、風呂に入っていた間に誰かが到着してるかな・・
そんな期待も空しく、そこには、扇型に並ぶ常設テントとカナメの位置のワタクシのテントが、ヘッドランプに照らされて闇の中に浮かぶだけだった。
メシとルービを業務的にこなし、それでも有余る時間。
この季節のみちのく山中は肌寒く、そそくさとテントに入り込んでチビチビと日本酒をあおる。
「いったい何時になったのだろうか」
その時だった。
遥か遠くを、人が歩く音が聞こえる。
だれじゃ?管理ジイサンが残っていて、見回りでもしているのだろうか??
程なく、足音は通り過ぎる。
「ええぃっ。酒だ酒だぁ!!!」
進まない時間、進む酒・・・・・

それからしばし、今度は複数の足音が!
しかも接近してくるぞぉ!!
やがて何人もの子供たちの笑い声まで聞こえてくる。
その声は、最大接近したと思えた途端に、急に静かになる。
な・なんなのだぁ!
ま・まさか座敷わらし(注1)なのかぁ!
あ・あのぉ、ここはキャンプ場ですよぉ!



翌朝。
朝日の中で、入口をバタつかせている常設テント。
もちろん誰も居ない。
「おはよぉ」
イキナリの背後からの声に、思わず2〜3滴チビると、声の主は管理ジイサンだった。
「お・おはよぉございます」
「よぐねむれだがぁ?なぐごはいねがぁ(意味不明)」

「あ・あのぉ、夕べは他にキャンプしてたシトは居ますかぁ?」
聞かない方が良い様な気もしながら、ついつい聞いてみる
「いね。あんだだげだ」
などと答えが返ってきたら、まさにミステリーで、稲川淳二を呼ばねばならない。
しかし、実際の答えは
「おぐのサイトに、家族連れがひどぐみいだ」
という事だった。
なぁんだぁ、その家族連れの足音と声だったのかぁ。
ほっと一安心し、ちょっぴり残念な気持ちも残しながら、そそくさと撤収を開始する。

奥のサイトの方向から、その家族連れらしいクルマがノソノソと走り出てくる。
「オマエらぁ、脅かしやがってぇ!!」
もっとも、勝手に脅されただけなので、家族連れには何の罪も無い。

堕餓死仮死!
明らかに、そのクルマにはオコチャマは一人しか乗っていないのだった。


************(注1、座敷わらし)************


みちのく方面に伝わる伝説で、旧家の奥座敷などに出没する子供の幽霊。
近年でも多数の目撃談が寄せられているらしい。
しかし、古い曲家自体が減少した現在では、いったいどこに居るのだろうか。
水子の霊とされているが、怨み辛みを訴える事は無く、楽しそうに遊んでいるとのことだ。
決して悪い霊ではなく、座敷わらしが現れた家には幸運が訪れるとも言われている。

怪しげなキャンプ場

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