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要塞島上陸作戦(2004夏・青ヶ島)その1

洋上のカルデラ、青ヶ島

なぜだか定刻より1時間も早く、かめりあ丸は八丈島の底土港に着岸した。
ドドンドドンと鳴り響く出迎えの八丈太鼓に急き立てられてしまったのだろうか、満員だった乗船客達は先を争うように次々とそれぞれの行き先に消え・・・・・・
我が家族だけが、イッキに閑散とした岸壁にポツンと取り残されてしまった。
上陸のカンゲキのあまり立ち尽くしてしまったとか、ココで口アングリの物体を発見した訳ではない。
もちろん、寝過ごして終点まで来てしまい、路頭に迷っている訳でもない。
これから乗るべき船を捜し、辺りをキョロキョロと見回していたのだ。
その船の名は還住丸。
ここ八丈島から、伊豆諸島最南端の孤島である青ヶ島に向かう船なのだ。


もともと我が家が目指すハズだったのは、同じ伊豆諸島でも御蔵島だった。
伊豆七島と呼ばれる島の中でも最も過疎の島で、近年はイルカと一緒に泳げるというのがウリの、いわゆるドルフィンスイムでブレイクした、あの御蔵島である。
ちなみに伊豆七島とは、大島、利島、新島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島の事を指し、意外にも式根島は含まれていない。
もともと新島と式根島は一つの島であり、江戸時代だかに津波に襲われて二つの島に分離してしまったそうなのだ。
従って式根島は新島の子分扱いで、七島には数えてもらえない。
しかし、竹芝ターミナルで見かけた東海汽船のポスターでは、ちゃっかりと式根島が七島に名を連ね、代わりに御蔵島がはじき出されていた。
その理由はカンタンに想像が出来る。
東海汽船が竹芝から船を運航している島に限れば式根島を数に入れて七島となり、三宅島から別会社の船で渡らなければならない御蔵島はヨソモノ扱いなのだろう。
そんな訳だから、東海汽船の都合で選ばれた七島は、ビミョーにメンツが異なるのだ。

でも、今はちょっと事情が異なる。
火山噴火の影響で、三宅島が全島避難の状態となってしまったからだ。
有毒の火山ガスが発生しているという理由で、一般人は三宅島に行く事は出来ない。
それはそれで仕方の無い事なのだろうけれど・・・・・
三宅島からの船便だけが頼りの御蔵島は、道連れにされて渡れなくなってしまっても困る。
そこで、竹芝から三宅島経由で八丈島まで運行されていた東海汽船の船が、御蔵島に立ち寄る事になったのだ。
従って、先ほどの東海汽船ルールで現状の七島を決めるならば、式根島も御蔵島も数え、三宅島を外さなければならなくなるけれど、それは余りにも意味が無い。
(ちなみに、週に何便かは八丈島行きが三宅島にも寄港するのだ。もちろん関係者しか乗下船できない。)

御蔵島

七島のメンバーがどこかは別として・・・・・・
とにかく、前々から気になっていた御蔵島まで乗り換え無しで行ける現状は、なかなかのチャンスではないか。
思い立ったが吉日で、苦労しながらも何とか船の予約をゲットした。
しかし、世の中は厳しかったのだ。
島に9軒しかない宿は全て予約が満杯で、我が家が入り込む余地が無い。
3歳児連れでナベカマ担いでのキャンプもシンドイなぁと思ったら、そのキャンプ場も予約で満杯なのだ。
「まあ、予約が出遅れた事だし、御蔵島を断念するのも自業自得だなぁ」
などとスナオに諦めようと思ったら・・・・・
ネット上で、驚愕の事実を見つけてしまった。

ソレによると・・・・・
ドルフィンスイムが大ブレークしてからの御蔵島は、ハイシーズンには宿が取りづらい事で有名なのだけれど、
「なんとか宿が取れたんで行ってみたら、実際には空きだらけだった」
って事が、珍しくない光景だというのだ。
コレは、ドルフィンスイムのツアー会社が、先を争うように早々と大半の部屋をキープしてしまうからだとか。
そして人数が埋まらなかった分を、直前になってからキャンセル。
なかには、当日朝にFAXでキャンセルしてくる会社もあるというのだからヒドイ話だ。
離島なので当日の飛び込み客が来る訳も無く、結果的にポロポロと空きが出ちゃう事になる。

宿にしてみれば、そんな会社でも大事なお得意様なんで、御蔵島独特の厳しいキャンセル料金を請求するのが精一杯なのだろう。
(予約日の15日前からキャンセル料金が発生し、その時点で宿代の50%が請求される)
まあ、ツアー会社から見れば、客からキャンセル料を徴収するので痛くも痒くも無いのだろう。
結局、宿と個人客が泣きを見る事になる。

これが事実ならば、ちぃっと許しがたい。
今回の御蔵島行きは断念したけれども、今後の事が気になるではないか。
さっそく、独自に調査してみる事にする。
調査と言っても大した事は無く、御蔵島観光協会にデンワしてみたのだ。

「とんでもない。どこの宿も、そんなムチャなツアーの予約は受け付けていませんよ」
「ホントっすか? 実際に島の宿のHPに、ツアー会社間での予約のタライ回しの自粛を求めてる記載があるじゃないですか」
「客が殺到するのは夏だけなんですから。どこの宿も、そんな大切な時期に部屋を空けるような事はしませんって。そんな事をやったら自殺行為ですよ」

ううむ。説得力が有るような無いような。
しかし、そのような『キープ&ドタキャン』の可能性のある事実を、実際に目撃してしまったのだ。


それは、八丈島行きの船に乗る当日の、竹芝ターミナルのチケット売り場だった。
御蔵島行きを断念したワタクシは、事前に予約を八丈島まで延長した上で、『御蔵島・八丈島行き』と書かれた窓口に並んでいた。
いつも思うのだけれど、船のチケット売り場と言うのは、窓口での一人あたりの所要時間が妙に長いのだ。
案の定、2人前に並んだオバチャンも、
「何で、今になってそんな事を聞く! 係員もいちいち答えるなぁ!」
なんて言いたくなるようなヤリトリを、延々と続けていやがる。
やっとの事で、1人前に並んだアンチャンの番になった。
手際よく、シャキシャキと頼むよぉ。

この地回り風のアンチャンはフツーの一般客では無いらしく、何やらブ厚い名簿のようなモノに目をやりながら、テキパキと予約番号を告げている。
コレならば、早く終わるかと思ったら・・・・・・
窓口の係員に対して、信じられない事を言い放ったのだ。
「御蔵島まで14人の予約のハズだけど、7人に変更ね」
な・なにおう!!
アンタ、ウワサのドルフィン関係者ですかい?

かめりあ丸(八丈島・底土港)


まあ、何はともあれ・・・・・
せっかくゲットした船の予約を生かした上で、何やらオモシロそうな島にも行こうと言う事で、今回の青ヶ島行きが決定したのだ。
青ヶ島までは、八丈島で船を乗り換えて、更に2時間半ほど南下しなければならない。
実は、この船がクセモノで、青ヶ島に上陸できるのかは運しだいだったりする。
いや、船のせいではなく、青ヶ島の港の問題だ。
サンゴ礁に囲まれている訳でもなく、大きな入江の無い火山島ばかりの伊豆諸島の島々に着岸する船は、とにかく波との戦いなのだ。

大島や八丈島などは大きな港を二つ持ち、その日の風向きや波の具合によって港を使い分ける事が出来る。
しかし御蔵島や青ヶ島などは人口が少なすぎ、あまり港にカネをかける訳にはいかないのだろう。
オマケにどちらの島も周囲は断崖絶壁ばかりで、港を作ろうにも場所が限られてしまう。
そんな訳で、一つの港でイッパツ勝負するしかない。
従って、その港がダメなら即欠航だし、船が港の目と鼻の先まで辿り付いていながら、着岸できずに引き返してしまう事もある。
実は青ヶ島にはメインの三宝港とは別に、大千代港という第二の港が存在する。
しかしこの大千代港には、今まで一度も船が接岸できた事が無いと言うのだからオドロキではないか。


とにかく、船に乗らなければ話が先に進まないけれど、その船の姿が見当たらないのだ。
人気の無くなった岸壁を離れ、オトォチャン1人で偵察に出る事にする。
戻りの東京行きの客でゴッタがえす底土港ターミナルで聞いてみれば、
「島の反対側の八重根漁港から出るよう」
との事。
「そうですか。で、今日は出航出来るんですかねぇ」
「うん。時間どおりに出るって聞いてる」

定刻どおりならば、あと一時間半ある。
さっそくタクシーで島を横断し、八重根漁港に着いてみれば・・・・・・
ソコには漁船のオヤダマみたいな船がデンと構えていて、確かに還住丸と書いてある。
百トンちょっとの船で、旅客定員は40人程度。
青ヶ島までは日曜を除いて毎日一便、2時間半で到着するらしい。
もっとも、ソレは状況が良い場合の事であって、波しだいで頻繁に欠航してしまい、欠航率50%前後だと言うのだからタイヘンな事だ。
しかし、かめりあ丸は「条件が良ければ寄港」と言っていた御蔵島にも問題なく着岸できたし、八丈島付近でも殆ど揺れていなかった。
もちろん船の大きさは違いすぎるけれど、見た目にも大きな波などは見受けられず、コレならば無事に青ヶ島まで到着出来るに違いない。

漁船のオヤダマ、還住丸(八重根漁港)

事前に確認した時に「予約は不要」と言われた通り、仮設プレハブ小屋のキップ売り場に現れたのは、我が家3人の他は島のオッチャン風が4〜5人だけだった。
「何だ。明らかに観光客なのはウチだけかい」
なんて思っていたら・・・・・
大きなリュックを背負った5人組が、ドヤドヤとキップ売り場になだれ込んで来た。
大学生風の彼らは、なぜだか全員がスカーフまでオソロイのボーイスカウトのユニフォームを着ていて、その割にはコドモを引率していないのがフシギだ。
1人が全員分の乗船名簿を書いているのを、どういうツモリだかリーダー風がホームビデオで撮影しているのも面白く、なんだかドリフの探検隊みたいなのだ。
そのドリフの乗船名簿に、係りのオバチャンがクレームをつけた。
「アラ、あんたたち、宿泊先の欄が書いてないじゃないの」
「えっ? オレら、旅館には泊まらないっす。キャンプっす」
「あらそう。じゃあ、キャンプ場って書いてよ」
「は、はあ」
「宿泊先が決ってない客は乗せるなって、ウルサく言われてるんだから。」

そうか。彼らはキャンプなのか。
やはり、ドリフの探検隊なら旅館なんかは似合わないのだ。

後に地獄絵と化す、還住丸のイス席

船の中央にある入り口を挟んで、船尾側は座敷、船首側は3人並びの座席が2列に4つづつ並んでいた。
座敷は島民風の客に占拠されてしまい、我が家は座席の最後列に座った。
他に座席の部屋にいるのはドリフの5人だけで、彼らは最前列に足を投げ出してくつろいだ格好で座り、目の前にあるテレビに映し出された高校野球を見ながら大いに盛り上がっていた。

程なく出航。
案の定、波は穏やかで、大きなスパンの上下動を静かに繰り返すだけだった。
カミさんの朱蘭さまもイネムリを始め、オコチャマもイスに転がって眠そうにしている。
不自然なほど唐突に海から突き出した火山島である八丈小島を眺めながら、オトォチャンもついついウトウトしてしまうスバラしい航海・・・・・・・・
のハズだった。
八丈小島。この頃は平和だった


異変が起きたのは、出航してから1時間ほどだっただろうか。
なんだか、大きなウネりを感じて意識が戻った。
「少し揺れてきたかなぁ」
などと考えながら、ふたたび意識を失いかけた時・・・・・・・・
すでにテレビも消されていて、どうやらドリフも全員寝静まってしまった静寂の中で、なんだか朱蘭さまだけが激しくカラダを動かしている気配を感じた。
なんだろうかとソチラを眺めてみると、寝ぼけマナコにボンヤリと映ったのは・・・・・
ゲロまみれになったオコチャマを抱きかかえ、自らも返りゲロを浴びながら、必死にシートやオコチャマを拭いている朱蘭さまの姿だった。
なんだ、オコチャマが吐いたのか。
何が起こったのかが判ったので、安心して再び目を閉じる。
って・・・
ココで始めてカンペキに目が覚めた。
おいおい!!なんてこった!


慌てて飛び起き、2人掛りでオコチャマを着替えさせたりシートや床を拭いたりする中、船は大きくウネり続けた。
八丈島と青ヶ島の間には黒潮反流というクセモノの流れが渦巻き、大揺れゲロゲロの難所だったのだ。
「ゴメんよう。コドモの異変に気がついて第1弾はビニール袋で受け止めたんだけど、まさかすぐに第2弾が・・・」
ワタクシも朱蘭さまも船酔いはしないタチだけれど、我が子のモノとは言えゲロの後始末をしていると、さすがにアタマがクラクラしてきた。

これはタイヘンな事になった。
まだまだ半分も来ていないのだ。
夫婦で共倒れになったらヤバいので朱蘭さまを寝かせ、あとはオトォチャンが頑張る事にする。
頑張ると言ってもオコチャマを別のシートに寝かせ、ビニール袋を手に構え続けながら、早く青ヶ島に到着するのを祈る事しか出来ない。
そんな矢先、ドリフの1人が唐突に立ち上がり、ドドドドっとトイレを目指して突進していった。
その1人がトイレから戻ってきてシートにゴロンと転がると、入れ替わるようにもう1人がトイレに消えた。
さらにもう2人は少しでも楽な姿勢を求めたのか、相次いでノソっと起き上がったかと思ったら、そのまま床に横たわってしまった。
座席の部屋は、まさに地獄絵図と化してしまったのだ。

200メートル近い断崖絶壁(青ヶ島)


島影は徐々に近付いてきて、船は遂に島の西岸に沿うように進み始めた。
それがまたアゼンとするような断崖絶壁で、山のテッペンからイッキに海に落ち込んでいる。
200メートル級の絶壁に囲まれている島である事は遠景からも想像出来たけれど、こうやって間近から眺めると激しく圧倒される。
そんな岸壁のアチコチに巨大な崩落個所が見られ、つい今しがた崩れたばかりのような新鮮なヤツなんかもあり、よくぞこの島に港を作ったモノだと感心してしまう。

どんな港であろうとも、とにかく早く上陸したい。
目の前にデーンと構えた巨大要塞のようなこの島の実態を、早くこの目で見たいのだ。
しかし、それだけではない。
オコチャマの第3弾のキョーフと、そしてドリフのウメキ声に包まれたこの船室から、一刻も早く開放されたいキモチのほうが実は大きい。

島影に入ってからは波もキモチだけ収まったような気もするし、後はこのままの状態で島の南端の三宝港に到着するのだろう。
しかし・・・・
オコチャマの背中をさすりながら
「あと少し、あと少し」
と念仏の様に唱え続けるワタクシは、ここで駄目押しの艦内放送を聞いてしまった。
「あと20分ほどで三宝港ですが、着岸できなかったら八丈島に戻ります」
なんという事だ。

最後まで眠り続けていたドリフのリーダーが目を覚まし、
「なんだなんだ、オマエら、どうしたんだ」
などと声をあげ、クタバり果てた隊員達を見回すと・・・・・
介抱するどころか、ノタウチ回る隊員どもの姿をビデオ撮影し始めるリーダー。
この船室では唯一、精気に満ちたニンゲンである彼の、その薄笑いがブキミだった。


どこまでも断崖絶壁。果して上陸できるのか?
2へ

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