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オリオン日記(2002夏・西表島)その7

白保の海岸

8/17(土)

遂に、別れの朝がやって来た。

アタフタと朝飯を食い、荷造りやらチェックアウトを済ませると同時に、船浦港までの送迎のクルマもスタンバった。
いるもて荘のクルマで、オカミサンと息子が乗り込み、我々を待っているのだ。
他に交通手段も無いので、コレを逃したらヤバく、見慣れた風景への別れの挨拶もおぼつかないまま、とにかくクルマに乗る。
いざ出発かと思ったら、いるもてオバちゃんが尋ねてくる。
「船のキップは持ってるの?」
「いいえ、まだです」
そういえば船浦港には、キップ売り場のような建物は無かった。
果たしてどこで売っているのだろうか。
まさか、またまた、やまねこレンタカーだろうか。
そりゃ忙しすぎる。
などと考えているうちに
「じゃあ、ウチで買ってけば良いわ」
ほう。宿で売ってるのね。
そりゃ便利な事だ。

帰りの船は時間通りに船浦港に到着し、上陸する客と入れ違いに船へのタラップに足を掛ける。
ああ、これで西表島の陸地ともお別れだ。
感傷に浸るワタクシをせかす様に、港まで同じクルマに乗ってきた、いるもて荘の息子が我が家の荷物を船の中まで運んでくれる。
こりゃ助かる。
なんとも嬉しい大サービスだと思ったら、どうやら息子もこの船で石垣島に渡るらしい。
ついでだったのだ。
でも、アリガタイ事には変わりないので、中サービスとして感謝しておく事にする。

いよいよ出航。
さすがにジャングル探検の船とは桁違いな速さで、面白楽しかった西表島も、いつもそこにいてくれた鳩間島もバラスも、あっという間に思い出の彼方に消え去っていく。
遠ざかる西表島の山々、徐々に迫り来る石垣島の山々。
すでに後方には鳩間島の姿は無く、まっ平な小浜島や竹富島などがビュンビュンと真横に流れていく。
前方の石垣島の海岸線の一部分だけが、他の大部分とは異なった動きをしてると思ったら・・・・・
それは大きな船が、石垣島を背にして航行していたのだった。
グングンと巨大化してきたその船体には、大きく『ARIMURA』と書かれ、台湾航路の客船に違いない。
なにしろこちらは高速船。
はるばる台湾からやって来た客船を一瞬にして抜き去り、そして客船はみるみると後方に小さくなっていく。
お疲れ様、お先にぃ、ってな気分である。
でも、いつの日か乗ってみたい船だったりする。

木陰はキモチいい

ついに石垣空港に到着してしまった。
八重山の玄関口である石垣空港は、もちろん八重山の出口でもあった。
ここからイッキにヒコーキで東京に連れ戻されるのも、何か虚しい。
実際には那覇経由なので、八重山との別れは必然的だとしても、沖縄との別れにはもう1ステップ残されている。
ただし時間的に空港から出る事は不可能で、沖縄とも事実上のお別れとなってしまうのだ。
ああ、次に訪れられるのはいつの日か・・・・

急遽、最後の悪あがきで白保の海岸に向かう事にする。
ここは、世界的にも指折りな規模の青サンゴが有名で、新石垣空港の候補地になった事でも話題となった場所である。
そこいらへんを盛り込んだ(?)椎名誠の映画のロケ地でもあり、朱蘭さまも是非とも行きたかった場所なのだそうだ。
空港にカンバンが出ているレンタカー屋にデンワをすると、ソッコーでワンボックスが迎えに来た。
連れて行かれたのは離島桟橋の近くの店で、桟橋から空港まで乗ったタクシー代と乗車時間を丸々損した事になる。

2時間だけという契約で軽自動車を借り、とにかく早く白保に行かねば。
しかし、係りのオッチャンがチャイルドシートを取り付けるのに苦戦し、なかなか出発できないのだ。
「もうテキトーで良いですよう」
「そうはイケんですじゃ」
「ああああ、時間が時間が時間が・・・」
八重山時間には慣れてきたけれど、それが通じるのは空港の外までなのだ。
ヒコーキはキッチリとした時刻に飛ぶに違いない。
しかし白保を諦めてしまったら、わざわざレンタカーを借りた意味が無くなってしまう。
従って、白保には意地でも行かねば損なのだ。

ごくフツーの地方都市といった感じの石垣島の街中を走る。
ここが島である事を感じさせてくれないばかりか、妙に賑々しく見えるのは、西表島から戻ってきたばかりだからだろう。
軽自動車なりの速度ながらも、とにかく国道をひた走る。
ガソリンスタンドの客寄せだろうか、あまりにも場違いで過酷な、ケダモノの着ぐるみを着てのキャンペーンを横目で眺めて、こちらも暑苦しさを感じたりしてるうちに、徐々にイナカ度が高まっていく。
そして、小さな漁村の集落のような路地を入ったところが、待ちに待った白保の海岸だった。

サンゴで出来た船着場(白保)

キョーレツな日差しの照り返しに輝きながら、なんとキレイな海の色なのだろうか。
寄せる波は沖合いの環礁に砕け散り、環礁に守られた内海の穏やかな海面は、サンゴの密集度によって鮮やかな濃淡を示す。
日本庭園のように、大きな岩をポツポツと並べて作られた素朴な防波堤の中には、このへんの民宿が副業でやっている小さなグラスボートが3隻ほど浮かんでいる。
青サンゴを海上から観察したり、程よい所でシュノーケリングさせてくれたりする船で、それはとても魅力的なのだけれど、いかんせん我々には時間が無い。
残念ながら、楽しげに振舞う客を乗せて次々と出航していくのをボーっと見ているだけなのだ。
そんな船が沖合いに出て行った後は、環礁に砕ける波音だけが遠くかすかに聞こえてくるだけの、ホンットにノドカとしか言い様の無い風景である。

「あっちぃだろう。コッチに来なさい」
ボンヤリと海を見ながらたたずんでいた八重山ジィサンに誘われて木陰に座れば、信じられないくらいに涼しげな快適空間なのだ。
しかし、着実に帰らなければならない時刻が迫ってくる。
イヤだよう。
でも仕方が無い。東京には日常が待っているのだ。
でも、その「日常」ってのはナニモノなのだ。
それは上司の名前か?
違う。
シゴト相手のカイシャ名か、そこのお偉いさんの名前か?
そりも違う。
それでは庄屋さまかお代官様の名前か?
むろん違う。
そしたら「日常」の正体は・・・・・
それは「誰に対して」「何の為に」言っているのかも忘れかけたイイワケを、惰性で呟いているだけのようなモノなのかも知れない。


静寂を破って、ビキニの水着姿のオネーチャンが二人、バタバタと走ってくる。
「お〜い、もう船は出ちゃったよぉ」
八重山ジィサンが二人を制す。
どうやら、グラスボートに乗り遅れたらしい。
「えええっ?そぉなんですかぁ?」
水中マスクを鷲づかみにしたまま立ち尽くすオネェチャン。
「ホレ、もうあぁんな向こうに行っちょる。見てみなさい」
見たって仕方なかろうに、八重山ジィサンが示す指先の彼方を、まぶしそうに見つめるオネェチャン達。
そこへ、歩くに等しい速さながらも、格好だけは走っているツモリらしいオババがやって来る。
オネェチャン達が泊まっていた、民宿のオカミの八重山オババらしい。
「あんたたち、やっぱり遅刻しちゃったのぉ。困ったわねぇ」
「そぉなんですぅ」
「仕方ないわねぇ。シマブクロさん、この娘達をお願い出来ない?」
八重山ジィサンに何やら頼み込む、八重山オババ。
「いいよ。」
「あんたたち、良かったわねぇ。シマブクロさんが船で追っかけてくれるって。ジィサンだけど腕は確かよぉ。安心していいから」
「えっ?ホントですかぁ?お願いしますぅ」

どうやら、この八重山ジィサンは現役の漁師らしい。
日本庭園風の防波堤の中に停泊している自分の小船で、グラスボートを追いかけるツモリらしいのだ。

「それじゃシマブクロさん、よろしくね。ビキニの娘さんだからってヘンな事しちゃダメよぉ。水着の脇をホドいちゃえば、ポロっと出ちゃうんだから」
「ガハハハハハ」
ヨボヨボと防波堤まで歩いたジィサンは、いきなり腰まで海につかると、妙にキビキビした動作で自分の船を桟橋に着け、オネェチャン達を乗せる。
そして、軽やかなエンジン音を轟かせ、あっというまに沖に向かって消えていく。


静寂が戻り、再び、八重山の海と空だけの光景となる。
そして、もう完全にタイムリミットである事を朱蘭さまが告げる。
それにしても、何とも良い旅であったのだろう。
一人旅とは違った、家族ならではの楽しみ方を満喫できた一週間だった。
朱蘭さまはもとより、オコチャマだって十分に満足してくれたに違いない。
オコチャマには、もちろんこの旅の記憶は残らないだろけど、今の彼には彼なりの楽しみを味わえたのだから、それで良いではないか。
う〜ん。
オトォチャンとしては、自己採点で95点もあげちゃおうかなぁ。

そんなワタクシの自己満足を、キッチリと鋭く切り裂いてくれたのは、先ほどの八重山オババであった。
木陰のベビーカーにちょこんと座っている我がオコチャマの存在に気づいた八重山オババ。
「あらっ、こんな小さな子が居たのぉ。ボク、どっから来たの?」
「東京からですぅ」
1歳児のオコチャマが答えられるハズはなく、代わりにオトォチャンが答える。
それでもオババは、あくまでもオコチャマに問い掛ける。
「へぇ。パパとママとどこに行ってきたの?」
「西表島に行ってましたぁ。」
もちろん、コレもオトォチャンの答えである。
オババは、まるでここにはオコチャマしか居ないがごとく、しかも外国人と会話でもしているような大げさな身振り手振りでオコチャマに語りかける。
「おやまぁ、西表にねぇ。まったくねぇ。親の都合で連れ回されて・・・・可哀想にねぇ」

シュパシュパシュパシュパッ!!グサグサグサグサ!!

こうしてワタクシの八重山の旅は、自意識過剰という正体を浮き彫りにされ、
切り裂かれ、砕け散り、青サンゴの海に沈んでいったのであった。

さらば八重山

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