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南国大尽(2001冬・モルジブ)その3

コレが、ドーニと呼ばれる渡し舟

飛行機の窓には、我らのモルジブでの住まいであるヒルトンのリゾート島が眼下に見える。
ランガリ島とランガリフィノール島、ややこしいネーミングの二つの島から成り立つモルジブヒルトン。
共に周囲2Km程度の小さな島で、二つの島の間は、長さ800m・幅3mの橋によって結ばれている。
橋の中央に水上飛行機用の桟橋があり、そこに東屋風の屋根がある以外は全くむき出しの木造橋だ。
環礁という自然の防波堤の中に浮かぶ島なので、そんな程度の橋で十分なのかもしれない。
現に、どちらの島も周囲は全て砂浜で、人工の防波堤など全く存在していないのだ。

いよいよ着陸態勢に入り、それまでは比較的にノンビリと菓子などのやりとりをしていた操縦士のスキンヘッドと副操縦士のサンダーバードの動きが再び慌しくなる。
どうやらサンダーバードは一人前では無いらしく、ここまでスキンヘッドからいちいち指示を受けていたのだ。
しかし、肝心なところは是非ともスキンヘッドにやって頂きたい。
海面につんのめって大前転なんてのはカンベンして欲しい。
願いが通じたのか、最初からそのツモリだったのか、おもむろに気合の入った表情で操縦管を独占して操作し始めるスキンヘッド。
あまり関係無さそうなスイッチをテキトーに入れたり切ったりしているサンダーバード。
そんなこんなのうちに、にわかに差し迫る海面。
ちょっとした衝撃とともに、両脇の窓からは激しく水しぶきがあがる。
ジェット機が着陸する際の逆噴射の時の圧迫感を感じさせる事も無く、自然に止まるのを待つようなユッタリとした減速の後、そのまま船にでも乗ったようなノンビリペースで桟橋に向う水上飛行機。
ほどなく、スタッフ達が待ち受ける桟橋に接岸した。

「いらっしゃいませぇ。モルジブヒルトンにようこそ」
日本人スタッフのオネーチャンのお出迎えのお言葉は、まるでデニーズのようなセリフながら、重みが全く違うのは言うまでもない。
ダイビングねーちゃん達はダイビングショップの日本人にいちゃんに連れ去られ、他の外国人達はそれなりのスタッフの元に集められている。
「こちらへどうぞ」
日本人スタッフねぇちゃんに東屋の一角に引っ立てられたのは、我が夫婦と見合い夫婦。
「こちらの2組の方は、ダイビングはされないんでしたよね?」
そんな言葉の裏に、
「ケッ。せっかくモルジブに来て、ダイビングもしないのぉ?」
などというあざけりの気配を密かに感じ(たような気がして)、
「にゃ・にゃにおう!!オリは出来ないけれど、ホントは朱蘭さまは!朱蘭さまわぁ!!」
などとワナワナするヒマも無く、島の案内を聞かされる。

メインの島がランガリフィノール島であり、そちらにフロント・メインレストラン・メインバー・予約制の水上レストラン・ダイビングショップ・お土産屋・各種レジャーの受付カウンター・プール・ホントに使うヤツがいるのか疑問なテニスコートなどがある。
もう一つのランガリ島の共用設備と言えば、朝昼食のみが食えるアリラウンジという小さなレストランだけ。
しかし、けっしてランガリ島はオマケの島ではない。
島での宿泊は借り切りのコテージで、陸上コテージであるビーチヴィラはランガリフィノール島に、高級とされている水上ヴィラはランガリ島にある。
つまりランガリ島は、高級宿泊客しか立ち入る事の出来ない、お大尽の島。
ニセ大尽ながら、我が家ももちろん水上ヴィラを予約しているのだ。

陸上ヴィラにご宿泊の一般人の皆様が橋を歩いてランガリフィノール島に向う後ろ姿を見送りながら、お出迎えのドーニが近づいてくるのを優雅に待つ。
ほどなく、公園の貸しボートを巨大化させて屋根だけつけた感じの「ドーニ」と呼ばれる船がやってくる。
もちろん動力はついていて、ポンポンと喘ぎながら桟橋に辿り着くや否や、お揃いの青いスカートのような物を着込んだ現地人のスタッフ達が次々と荷物を積み込む。
朱蘭さまの手をとって乗船させてくれるのは西洋風な気配りなのだろうけれど、ワタクシの手までとってくれるのはコッパズかしい。
おんやぁ?見合い夫婦まで乗込んできたぞぉ?
チ・チミらも水上ヴィラだったのか。
何の事だか判らないけど負けないぞぉ。


水上ヴィラでございます!

ランガリ島のお大尽達が、メインのランガリフィノール島に出向く際、いちいち700mの橋を歩いて渡るのは大変だ。
その為に、このドーニが二つの島を頻繁にピストン輸送している。
この便は、到着した我々お大尽を迎える為に水上飛行機の桟橋まで寄り道したのだ。
ランガリフィノール島から乗ってきたと思われる先客は、ダイビングスーツを着込んだオネーチャンが一人だけだった。
日本人のような違うような・・・・
我々やスタッフと言葉を交す事も無く、飄々と座っている東洋人ネェチャン。
「あのオネーチャン、一人でダイビングしてたのかなぁ」
「一人じゃ潜っちゃいけないのよ」
「そうなの?なんで?」
「そういうキマリなの!!」
何とも澄み切った、コバルトブルーの海。
淡々とドーニが滑るように進む水面は穏やかで、沖合いの環礁に砕ける白波などを無言で見つめている見合い夫婦。
航路の脇には、ドーニの水路を確保する為だろうか、無人のシュンセツ船がポッカリと係留されている。
朱蘭さまとボソボソ会話する以外には、ドーニの疲れたエンジン音しか聞こえてこない。
「あたしだって、沖縄に一人でダイビングしに何度も行ってるよ。向こうのショップでツアーに参加すればいいんだから」
「なるほどねぇ。でも、一人でここに泊まるなんてリッチだねぇ」
「う〜ん、ここって一人で泊まれるのかしら。ダイビングだけが目的だったら、もっと安い所に泊まるなぁ」
「そうだよねぇ。ここって、ムチャクチャ高いしねぇ」
所詮はニセお大尽夫婦、結局はカネの話に結びついてしまうのだ。


ハンモックなんかもございます

程なく、ランガリ島に到着。
アリラウンジの目の前の桟橋に降ろされ、そのままアリラウンジの中でレクチャーを受ける。
壁が半分くらいしか無い作りで、九十九里あたりの海の家を高級化&トロピカル化したような、なかなか居心地の良いたたずまいだ。
『ほな、ヴィラに案内しますねん。荷物は後で運んどきまっせ。ボチボチ行きまひょか』
現地人スタッフの後について砂浜を進む。
ここから先は水上ヴィラに宿泊するお大尽しか立ち入れない領域で、はしゃぎながら歩く我が夫婦、そして時折業務連絡を交わしながら付かず離れずギクシャクと歩く見合い夫婦。
道は海岸を離れ、背の低いジャングル風の小道を進めば、ニワトリの親子が前を横切る。
丸太と荒縄で作られたベンチやハンモッグ越しに再び見えた海、その向こうに我らが水上ヴィラの姿が見えた。

砂浜の海岸から10m程沖の海上に、ヤシの葉ぶき屋根・板張りの壁のログハウスが立ち並んでいる。
このリゾートの【自然から賜った秘島】という歯の浮くようなコンセプトに準じて作られた外観であって、室内は木目調を基本とした高級な作りだった。
70平米は有るであろう立派なコテージで、なんとここにはバスルームさえ有る。
全く水が出ないモルジブにあっては、贅沢極まりない設備なのだろう。
フロが有るだけでもスバラシイのに、バスタブのデカさといったら、我が家の3倍もある。
こりは朱蘭さまと一緒に入れと言っているようなものだ。
ウオーキングクロゼットの中に、タオル地のガウンと共に浴衣がぶら下がっているのが思わず笑える。
恐らく欧米あたりのリゾート客は、これがモルジブ民族衣装だと思い込んで、ピッチリ着込んで目を細めてくつろいでいることだろう。
3人は寝れそうなダブルベッドのある居間は、こんなの2人で使って良いのかと思わずフロントにデンワしたくなる程の広さだ。
「床にごろ寝すれば20人は確実に泊まれる」
などと考えてしまうのは、ボンビーなライダーの宿命だろうか。
バルコニーに出る。
木製のサマーベッド、パラソル付きの円形テーブル、3mくらい下にある海面に降りる階段まである。
見るからに涼しげに澄んだ海を挟んで、目の前のランガリフィノール島や遥か沖合いに転々と浮かぶ島々の眺めを目の当りにし、居ても立っても居られなくなって冷蔵庫まで走る。
これから昼飯を食いに行かなければならないと言うのに、んもぉルービ無しでは生きていけないシュチュエーションだったのだ。


こんなに広くて!   天井も高い!

バルコニーにはサマーベッド!  ちょっとシナビたフルーツも!


ここに滞在中のメシは、3食共レストランで食べる事になっている。
ルームサービスで部屋で食べる事は出来るけれども、そこまでお大尽になってしまってはかえってツマラナイ。
レストランはランガリフィノール島にあり、こちらお大尽専用島であるランガリ島のアリラウンジでも、朝昼は食べる事が出来る。
但し、各食事時間が決められており、ヘンな時間に行ってもレストランは開いていない。
「好きな時間に食えないのかよう!!キャンプセットを持っていって、浜辺で勝手に作って食おう」
などという案も日本で考えていたけれど、マジで準備してきたとしても、絶対にその様な事が出来る様な雰囲気ではない。
もちろん、食材などは島で売っていない。
島全体が一つのリゾートホテルのようなものなのだ。

探検がてら、ドーニを使わずに歩いて橋を渡ってメインレストランまで行く事にする。
桟橋を通り過ぎ、橋までは南国風の木々の間の道を進む道は、砂地なので健康にも良さそうだ。
現地人スタッフとすれ違うと
『どうでっか?楽しんでまっか?』
かならずにこやかな声が掛かる。
足元を連れ立って歩くニワトリの親子を指差し
『あれがモルジブバードですねん』
お約束ギャグながら、とにかく皆ひょうきんで明るいのだ。
モルジブは植民地支配された歴史が無く、外国人に対する服従心や敵対心などが無い国民性なのだそうだ。
それに加え、主従関係を感じさせる日本の高級接客業に見られる下僕的サービス精神とは考えが違うらしい。
まるで我が家に友達を迎えているような、一緒に楽しもうと言った雰囲気のフレンドリーさが心地よい。

橋に辿り着く。
海を渡る長大な木の道の向こうに見えるランガリフィノール島を目指し、とぼとぼ歩く。
北半球なので季節的には冬なんだろうけど、さすがに赤道間近の南国、日差しは強烈で
「日焼け止めは忘れずに。水を頻繁に飲まないと熱射病になりますよぉ」
といった係のオネーチャンの注意も説得力がある。
しかし、汗ダラダラ湿気ネトネトの東京の夏などと異なり、爽やかな海風を受けて決して暑さを感じない。
1月のモルジブは乾季にあたり、一年で最も好シーズンなのだそうだ。
後ろから来た荷物運び用のバギーを避ける為に橋の端っこにへばりつけば
『えろーすいまへん。気分はいかがでっか?』
などとノドカな声をあげて走り去る。

ランガリフィノール島に初上陸し、そそくさとメインレストランに向う。
アリラウンジよりは遥かに高級感は有るとは言え、やはりオープンタイプのレストランだった。
高級そうな椅子やテーブルが並べられていても、地面が砂地なのが気持ち良い。
クーラーなどは無いけれど、ヤシの葉ぶき屋根からぶら下がった古風な扇風機の方がかえって快適なのだ。
レストランでのメシは、バイキング方式だった。

モルジブで自給できる食糧は、海産物と一部の島で栽培されているスイカだけだそうで、他は水を含めて全面的に輸入に依存している。
リゾートでのメシも全てがスリランカなどからの輸入で、輸送事情の悪かった時代には、運び込んだ食料のうちの半分しか使い物にならない事もあったそうな。
また、イスラム教国である為に、モルジブ人シェフは豚肉料理に不慣れで、そんなこんなの事情により、どのガイドブックを見ても
「モルジブでのメシには、まったく期待してはいけない」
と結論づけられている。
はたして我々には、いかなる食生活が待ち受けているのだろうか。
地球の歩き方に記載されていた「ヒルトンのメシだけは、なかなかイケてる」といった記事だけが唯一の望みなのだ。

さっそく大皿を手に、食い物を取りに行く。
ヌヌヌ・・・・
立食パーティーやらニポンのホテルなどのバイキングに比べ、これだけ豊富に食い物が並んでいるバイキングを見た事が無い。
ありきたりの西洋料理から、現地風食い物から、和食だってスリランカ航空の機内食などは土下座しそうな本格的刺し身。
デザート類だけだって当分生きていけそうな種類と量だったりする。
でも、見かけに騙されてはいけない。
味が問題だ。
どりどり・・
ン・ンマいではないか!!!
特に、4種類もあるカレーが大満足!
「インド風は激辛」というイメージを覆す、コクのある絶品なのだ。
これをオカワリしないというのは犯罪的行為に違いない。
こうなってくるとバイキングのデメリットである「食い過ぎ」という落とし穴に、帰国するまで毎食とも陥ってしまう事は決定的となった。


夕べは時差で寝不足だし、今日の午後はバルコニーでヒルネ&読書という計画が、我が家の賢明な選択なのだ。
明日からのお遊びに備え、ダイビングショップでシュノーケリングセットを借り、ドーニで水上ヴィラに戻る。
小さな鮫が右往左往する波打ち際を歩いてコテージの中に入ると・・・・
おおっ、こりは!
「新婚旅行の御夫婦へ、支配人からプレゼント」
などとメッセージが残されていて、フルーツバスケット・Tシャツ2枚・予約制水上レストランのお食事券などがテーブルに置かれていた。
やったぁ!!
しかし、これは全く予期せぬプレゼントだった訳ではない。
ガイドブックにそれらしい事が書いてあり、伏線はあったのだ。
到着したばかりの時に書かされた宿帳(というのは余りにも日本旅館みたいな表現だけど、ようするにそういう類のヤツ)には、氏名の他に結婚年月日を記入する欄があった。
我々夫婦が入籍したのは半年以上前の6月なのに、もしやと思って、結婚日を11月と書き込んでおいたのだ。
この作戦が有効だったのか、あるいは正直に書いても平気だったのかもしれないけれど、とにかく新婚様だけの御利益にありつけたのだ。
これを喜ばない様では、ニセお大尽の名がすたる。
若干しなびたフルーツとは言え、貰い物には謙虚に感激するべきなのだ。


「ねぇ、ガマン出来ない!!早くぅ!!」
朱蘭さまがせがむ。
明るいうちから何やら始めようと言う訳ではない。
海が大好きな朱蘭さま、目の前の海を明日までオアズケにしておく事が出来なかったのだ。
ソッコーで水着に着替え、バルコニーで足ヒレを付けようとすると
「ダメ!!こんな所で付けちゃ。階段を降りれないでしょ」
「そ・そうなの?」
ワタクシはシュノーケリングは初めてで、もちろん足ヒレも着けた事がない。
水中メガネと足ヒレを持ち、バルコニーから階段を降りる。
そこの水深はヒザ上30cmくらいで、さざなみが洗う最下段に座って足ヒレを装着。
「よぉしっ、いくぞぉ!」
「ダメ!!足ヒレつけたら、歩く時は後ろ向きなの。つんのめっちゃうでしょ?。んもぉ世話が焼けるぅ!!」
「は・はぁ・・」
「水中メガネの中にツバを垂らしてガラスに塗り付けて。何でって?くもり止め!!!」
イロイロとムツカシイのだ。


妊婦だって泳ぎます

いよいよ泳ぎ始める。
水が澄んでいる事もあるけれど、こんなに海中をバッチリと眺めながら泳げるなんて、なんともフシギな感覚。
水中メガネだって初めてなのだ。
サンゴの粉が体積した砂に覆われた海底は真っ白な砂漠の様で、ポツリポツリと点在する岩の周りには、あまり見慣れないカラフルな魚が群れをなす。
透明なサンマが受け口になったようなフシギな魚、
真っ白なのにワザワザ黒い斑点を一つだけ付けた失敗作のようなアジ、
とにかく見ているだけで面白い。
すれ違った魚に視線を向けようとしてちょっこっとアゴを引いた途端、ゴボゴボっと海水がシュノーケルの先から浸入してくる。
ウゲゲゲゲゲ!!!!
余裕で背の立つ深さなので、思わず立ち上がって口からシュノーケルを外す。
こりはツラい。
再び泳ぎ始めては、ついつい気を許して海水進入の繰り返し。
フツーに泳いでいても、ちょこっとずつ進入してくる海水と唾液が混じったものが徐々にたまってくるし、こりはどうしたら良いんだよう。
水中カメラで次々と魚の姿を追っている朱蘭さまは、海面から完全に潜ったりしている。
いったいシュノーケルに入り込んだ水はどうやって・・・・
「どうしたの?」
「か・海水がぁ!!ツバがぁ!!呼吸がぁ!!」
「あのねぇ、息はユックリと吸って、強めに吐き出すの。そうすれば溜まった水は吹き飛ばされるから」
「ふむふむ。」
「潜った時は、吐き出す空気の余裕があるうちに浮上して、ボワッと吐くのよ」
「なるへそ。ボワッっとね。」

時折、潜りの練習なども織り交ぜながら、徐々に沖に向かって進む。
真っ白く浅い海底には容赦なく南国の日差しが照り付けて、海の色をエメラルド色に変えている。
数十メートルくらい先に、海面が一気に青黒く変化するラインが延々と続いている。
どうやら、あのあたりから急激に水深が深くなっているようだ。
「あそこまで行ってみようよ」
そこはまるで大きな川の土手を思わせるような急激さで、一気に深まりとなる砂地の急斜面だった。
この先の海底は全く見えない。

小学校の時に通っていたスイミングクラブでの事を思い出す。
たまたまいつも泳いでいたプールが使えず、飛び込み競技専用のプールで泳がされた事があった。
そこは水深5m、当時のワタクシにはは信じられない程に深いプールだった。
屈折の影響か、プールサイドに辿り着いて手をかけたツモリがまだまだ泳ぎきっていなかったりして、あれ?っと思って立ち上がろうにも、プールの底は遥か足の下でユラユラとゆらめいているのみ。
普段なら平気で泳げる連中が次々と溺れてしまったのだ。
しかし今は、足がつかないどころか全く姿の見えない海底。
まるで宇宙を漂っているような、怖くもあり面白くもあり、なんともフシギな光景に思わず身震いする。
「戻ろうよう。何か有ったら怖いよう」
忘れていた!!
朱蘭さまは妊婦だったのだ。


コトバも出ない、モルジブの夕景

環礁に打ち付ける波の向こうに夕日を見ながら、ふたたびランガリフィノール島まで夕食を食いに出かける。
いざ遊びだしてしまえば眠いだの疲れただのは一気に吹き飛んで、あっというまに2時間は泳いでいたのだ。
こりはビールもンマいに違いない。
そそくさとメインレストランの籐イスに座り、テキトーにオカズをかき集めてからウエイターを呼ぶ。
「びーるぅ!!びーるをおくれよう!!!」
『幾つでっか?』
「一つでいいですぅ」
妊婦である朱蘭さまは、大好きなビールをガマンしているのだ。
医者からは一日350CCまでと制限されている。
昼にもちょこっと飲んじゃったし・・・・・
ワタクシの分だけを注文し、そこから何口かを飲もうと言う作戦だった。
しかし、そこに突っ立ったまま動こうとしないウエイター。
「あのぉ・・・・ビールをひとつぅ・・・・・・」
見上げると、伊東四郎のようなウエイターが、ただただニヤニヤしながら我々を見下ろしている。
『お客はん、ホントに一つで良いんでっか?』
おおっ!!このオヤジ、昼飯の時の事を覚えていやがった!!!
昼飯の時も、同様な作戦でビールを一つだけ注文したのだ。
ところが、予想外のメシの美味さにガマンが出来ず、ソッコーで
「すいませぇん!!やっぱりもう一つぅ!!」
などといった出来事があった。
『ビールの数は、ちょこっと食ってから決めた方が良いですねん』

イスラム教国であるモルジブでは、国民の飲酒は許されていない。
もちろん観光客である外国人がリゾートで飲む分には問題は無いが、ガイドブックによると、リゾートでも酒を扱うシゴトはスリランカ人が使われているとの事。
この伊東四郎の国籍は判らないけれど、とにかくどのウエイターもひょうきんで明るい。
家族連れの小さな子供をあやしたり、とにかくイロイロと見ているだけでも楽しそうなのだ。



けっきょく3杯くらいのビールを飲み、夜の海をドーニに揺られて爽快な気分でコテージに戻る。
クーラーは付いているけれど、そんなものよりも自然の風の方が気持ちが良い。
開放された窓から見える夜空は薄く霞がかかっっているのか、満天の星と言うほどの事も無い。
東京よりは少しはマシといった程度の数の星空の中で、たいして星座を知っている訳も無いワタクシにも判るオリオン座が堂々と居座っている。
南国気分に浸っているとは言え今は1月、夜空の盟主がオリオンである事に変わりは無い。
しかしその位置は、日本で見るのと違って殆ど頭上に近い。
そんな高い位置からでは、さすがのオリオンであっても、リゾートでの始めての夜を過ごす我々夫婦の様子を覗き見る事は出来ないのだ。

ヒルトンでの夜はこれから
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