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フロントライン(2003夏・小笠原)その1

南島

進め! おがさわら丸

「今年の夏休み、小笠原に行ってきます」
それに対する周囲の反応は、意外なモノだった。
「へぇ!いいなぁ」
などと言われるのは想像どおりなのだけれど・・・・・
多くの連中は、それに続いて
「飛行機で?」
なんて聞いてくる。
船でしか行けない事を知っている少数派であっても、片道25時間の船旅である事を告げると一様に驚く。
どうやら伊豆諸島あたりと同感覚なのだ。

それだけでは無い。
東京から1000キロも離れた南の島まで、たった一隻の船で行ったり来たりしている訳だから、当然、毎日出航できるハズが無い。
通常期の場合で、例えば土曜日に船が出たとする。
25時間かけて船が父島に到着するのが日曜日。
そのまま船は父島で3泊し、水曜日に父島を出航。
そして木曜日に東京帰還である。
翌日の金曜日に再び父島に向けて出航・・・・
つまり、船が出るのは6日に1回という状態なのである。

結局、6連休をゲットし、うまい具合に船のタイミングが合ったとしても、島内ではたった3泊。
現地でまるまる一日使えるのは、僅か2日間というありさまである。
これを、小笠原では『1航海』と呼ぶ。

もっと滞在したければ、自分の乗ってきた船を見送り、再び東京から折り返してきた船で帰る事になるのだけれど・・・・・
その場合、東京に帰り着くのは翌週の水曜日。
出発してから10日後と言う事になる。
11連休が必要なのだ。
これを、小笠原では『2航海』と呼ぶ。

そういう事実を認識して初めて、
「へぇ!いいなぁ」
などと感激してもらいたい。
それほど、フツーのサラリーマンが小笠原へ行くのはムツカシいのだ。

母島の海

小笠原は、前々からぜひとも行きたい場所だったのだ。
しかし
「島内3泊じゃ勿体無いし、11連休はちょっと・・」
などと二の足を踏むうちに、月日は過ぎ去っていく。
そんなある日・・・・・
通りがかりの旅行代理店で、使えそうな年末年始の小笠原ツアーを発見したのだ。

そのツアーの日程は行き帰りを含めて5日間なので、通常の1航海よりも一日短くなってしまうけれど、何かと魅力的な内容だった。
定期便の『おがさわら丸』は約6600トン。シャワーしか無い風呂無し舟で、多客期は極めて混雑すると聞く。
風呂の有無はともかく、難民状態の混雑は幼児連れには厳しい。
それに比べ、このツアーは何と、14000トンもの大型フェリーでの航行なのだ。
これはユッタリと出来るに違いない。
しかもフェリーだから、なんとクルマで乗船することが出来ると書いてある。
小笠原に到着後、現地での宿泊はフェリーの中との事だけれど、それならそれでかまわない。

「豪華フェリーでの、小笠原年末年始クルーズ」。

良いではないか。
さっそく旅行パンフを頂いて、早くも心は小笠原の空の下!!
ええもんめっけたでぇ!!!
待ってろ、南国の初日の出!!
キサマを舐めるように眺めながら、朝っぱらからタップリとルービを飲んでやるのじゃぁぁぁ!!!

しかし・・・・
よくよくパンフレットの中身を読んでみると・・・・
なんとも使いようの無い、アフォなツアーだったのだ。

パンフレットの片隅に細かく書かれた注意書きを読むと・・・
「大型フェリーのため、父島に接岸することが出来ません」
などと書いてあるではないか!!!
とゆーことは、当然、クルマは上陸できる訳も無く、船内に積み殺し。
自宅から乗船までの、荷物運搬車としての機能しか果たせないのだ。
何のためのフェリーなのじゃぁ!!
ご丁寧に小笠原沖まで連れて行かれながらも、その後はサッパリ活躍の場が無いクルマ。
んもぉダメダメのムダムダ。

ところで・・・
クルマはともかく、まさかニンゲン様まで積み殺しですかい??
恐る恐るパンフレットを読むと・・・
「島に上陸するための小型船舶(通船)を運行いたします」
と書かれている。
ふむふむ。そりはアタリマエ。そうじゃなきゃダメすぎる。
んにゃ?
「通船は、朝と夕方の決まった時間に運行します」
にゃにおう!!!!頻繁に運行せんのかい!!
乗り遅れたら、船内もしくは島内でクギヅケかい?
忘れ物をしたらオシマイかい?
んざけんなぁぁぁ!!!
こりでは、難民船・おがさわら丸よりも悲惨な、囚人監禁船ではないか!
つかの間の仮釈放的な上陸なんぞ、くそくらえじゃぁぁ!!

「停泊場所は、東側を山で遮られるため、海上からの日の出はご覧になれません」

んなことどうでも良いわい。勝手に行きなさい。

おがさわら丸を見送る船団

そんな事もあって、ますます小笠原への思いが募る日々が過ぎ・・・
2003年の夏を迎えるに当たり、待ってましたの状況が訪れたのだ。
ごく近年になって、おがさわら丸の運行に変化が見られた。
小笠原人気に答える為なのだろうか、GWや盆休みなどの多客期、船は父島に到着した日にトンボ帰りをするハードスケジュールを繰り返し、とにかくピストン運行をして便数を増やす作戦に出た。
そのピストン3航海分の運行が、うまい具合に
「お願い!小笠原に来て来て!!」
とでもお願いされちゃったみたいに、我が家の夏休み9連休に、期間も出航日もピッタリとハマってしまったのだ。
もちろん、こちらとしては願ったり叶ったりの状態で、迷う余地は無い。
このチャンスを逃したら、今度はいつ行ける事やら。
と言うわけで、遂に遂に、念願の小笠原を目指す事となったのだ。


出航の日が刻々と迫り、日に日に高まるワクワク感!!
と裏腹に・・・・・
イヤなヤツも、日に日に迫ってきたのだ。
その名は台風10号。
フィリピン沖あたりをフラついているのは気がついていたけれど、気がつけば、
「よっしゃぁ、ボチボチ行きまひょか?グフフフフ・・・」
みたいな感じで、コチラを目指して動き始めたのだ。
そして遂に・・・・
まさに出航の日時、関東あたりに大接近する予報となってしまった。

果たして船は出るのだろうか。
小笠原海運の公式HPを見てみると
「出航、欠航の判断は、出航前日の正午に発表する」
と書かれていて、その結果を待つしか無い。
待つしかないけれど、心穏やかに茶をすすって待てるような悟りを持ち合わせてはいない。
悪あがきで、一般旅行者の『小笠原旅行記』みたいなHPを次々と見てみると、
「おが丸は、生活物資を運ぶ重要な航路なので、絶対に欠航しない」
などと、思わず擦り寄りたくなるような記載のあるHPもあったけれど、なぜ一般人がそこまで断言出来るかがギモンだったりもする。
案の定、他のHPには
「予約してたおが丸に欠航されて、どーしたこーした・・・」
なんてのもキッチリとあるのだ。
さらにさらに、参考にと眺めた北海道や九州行きの長距離フェリーは、すでに欠航便が出ている状態で、ついには伊豆諸島行きの船の欠航も決まり始め、なんだか絶望的となる。

運命の、出航前日の正午。
台風10号は着実に接近してきていて、もう回避のしようがない位置にふんぞり返っている。
おそるおそる小笠原海運のHPを・・・・・・
おおっ!!出航だぁ!!
ただし、
「出航時刻を21時に遅らせます」
とある。定刻は10時なので、11時間の遅れだ。
予選落ちだけは免れた状況なのだけれど、手放しでは喜ぶ訳にはいかない。
だって・・・・・
台風が消え去る訳では無いのだ。
現に、その『出航決定』の記載と共に
「波の状況を見ながらの運行で、父島への到着は、更に遅れる場合も有ります。」
などとも書かれているのだ。
11時間後に、果してどれほどに台風余波の大波が静まっているのであろうか。
コレは、いわゆる、『行くも地獄、行かぬも地獄』の状態だったりして、
「行かなきゃ良かった・・・・」
などと泣きが入る結果にならなければ良いのだけれど・・・・・


とにかくとにかく、出航の当日を迎える。
本来の出航時刻の10時、台風10号さまは北陸あたりにいらっしゃる。
そして、ご丁寧に日本列島に沿いながら北東に進む律儀さ。
「出航の21時までには、とっとと遠くに行っちゃってね。いや、竹芝までの移動時間なんかもあるから、なるべく早めにね。」
などと哀願しながら・・・・
穴蔵に隠れる小動物のように、弱々しく我が家で過ごす。
波予報のHPなんてのがあって、それを見ると太平洋は大波を示すまっ赤っ赤の状態である。
そんなモノを頻繁に見たって、それで何が変わると言う事は無いけれど、ヒマだから、ギリギリの時間までとにかく見る。


横殴りの雨の中、まるで一時避難所にでも逃げ込む被災民のように、大荷物を抱えて駅に向かう。
陸上の交通機関は特に台風の影響は出ておらず、ゆりかもめにもフツーに乗れて竹芝桟橋に。

竹芝桟橋のターミナルに辿り着いてみれば、まさに難民避難所の様相なのだ。
荷物を抱えた旅客が右往左往し、特にダイバーらしき連中などは、
「日頃の防災の準備はバッチリさ」
とでも言いたげな巨大荷物を抱きかかえるようにして、ロビーのスミッコにうずくまっていたりする。
そんなこんなで、伊豆諸島方面への船が軒並み欠航している割には、妙にごった返している。


いよいよ乗船開始の案内が流れた時には、すでに乗船口は長蛇の列。
我が家にとって好都合な日程であるという事は、世間様にとっても好都合なのはアタリマエで、この便は今年最高の乗客数だそうだ。
台風に晒され、共に立ち向かう同士が多い事は嬉しいのだけれど、あんまり混むのはウザすぎる。
ウワサによれば、混雑した時のおが丸は難民船状態だそうで、通路などにムシロを敷いて寝たなんて聞いた事もある。だからこそ、少しでもマシな場所を求めての行列なのだろう。
しかし!!
しかぁし!!
我が家は余裕なのだ。グフフなのだ。
そう。身分不相応にも一等を予約していたのだった。
なにも、お大尽気分を味わおうと言う訳ではない。
なにしろ、そんなギューギューのタコ部屋状態に、2歳児を晒すのは、なかなかチビシい。
泣く、ワメく、ミを出す、そのような事態から、何ら落ち度の無い善良な乗船客を守らねばならない。
我が家の都合というよりは、周囲への気配りなのだ。


さて、その一等室に入ってみれば、なんとも快適空間。
細長い部屋の両脇に2段ベッドが二つ並んだ4人用の個室で、奥の窓際は小上がり風に一段高くなっていて、座卓と座椅子が並んでいる。そして、なんとテレビまである。
こじんまりとした旅の宿みたいで、ついつい嬉しくなっちゃうのだ。
売店脇の階段下に陣取ってレゲエ状態になってたアンチャンどもには申し訳ないけれど、
キッチリとくつろいで、備え付けのお茶セットを横目にルービをいただく。
もちろん、ルービは自前だけれど。

午後九時、いよいよ出航。
波はあまり気にならない程度だけれど、あいかわらず風は強く、デッキに出るドアは閉鎖されている。
夜景を眺めに外に出る気にもならずに快適空間にこもってウダウダとすごすうち・・・・・
おおっ、更に快適な事実が判明しやがった。
この部屋の定員は4人なのに、ほかに部屋に入ってくる客がいないのだ。
貸切ではないか。
ダータで乗ってる2歳児を含めても、3人で4つのベッド。すっげぇ得した気分。
オコチャマが、おもいっきり臭いミを出したところで、誰にも気兼ねしなくて済むし、
親が、あ〜んなコトを始めちゃったってヘーキなのだ。


結局、船が大きく揺れる事もなく・・・・
というよりも、まったく揺れなかったという状態のまま、サワヤカな朝を迎える。
予定では、八丈島の沖合いあたりを航行してるハズである。
どうれ、ひと眺め・・・・・・・・
こ・これは・・・・・
沖合いどころか目の前に陸地があり、しかも、八丈島とは思えない程にハッテンしているのだ。
何が、何がどうなってしまったのだ!
ココはどこなのだ!!

ほどなく、船内放送にて驚愕の事実が判明したのだ。
「おはようございます。ただ今、横浜沖に停泊中です。」
な・なんと!!
「波の状況を見ながら待機しておりました。」
そ・そうれすか・・・・・
「これから東京湾を出て、父島への到着は翌朝6時頃の見込みです。」


ボーゼンと朝飯を食ううちに、やがて野島崎が見えてくる。
それとほぼ時を同じくして、ブキミなキシミ音をたてながら、船が大きく揺れ始める。
それまでクリクリと部屋の中を走り回っていたオコチャマは座り込み、苦痛に顔を歪めて苦しみ始めたのだ。
船酔いに違いないけれど、本人にとっては理由すら判らない辛さなのであろう。
それが判ってもどうしてやる事も出来ない。
ついさっきまでは快適空間だった一等室の中で・・・・・・
先の見えないこれからの展開に、なすすべが無いまま、
ただただ親子3人で寄り添って不安に怯えるのであった。


おがさわら丸の一等船室
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