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ぱぱ道

2000年10月

プロローグ

それは9月だった。
翌日に迫った『豊田組・南会津林道祭り』と称する、名前だけは立派だけれど、要するに皆でテキトーに林道をバイクで走って、テキトーにバンガローでどんちゃんやって、テキトーに帰ってくる企画に参加するべく、テキトーに準備をしていたのだった。
当然、我が夫婦もバイクでの参加である。

「ちょっと遅れてるし、まさかとは思うけど、念のため調べてみるね」

薬局でフツーに売ってるブツを持って、トイレに駆け込む朱蘭さま。
そしたら・・・・・・・
何やら小窓状の部分が変色している、薬局でフツーに売ってるブツ。
案の定、ビンゴだったのである。

「な・なんですとぉ?????オリがオトーチャンになるんかぁ!!!!!」


ぱぱへの道

そうとなってはバイクで林道どころではない。
とは言え、これから当分、イロイロと行動に制約が生ずるのは避けがたい事実である。
まあ、超初期だし、今のうちに楽しまなければ・・・・・
急遽、クルマで南会津に。
一泊だけ宴会に参加して、次の日は温泉旅館でまったりと。
まだ駆け出しとはいえ妊婦を相手に卓球なんかも楽しんじゃったりして過ごすのであった。

世の中、キッチリとガマンが出来るのは最初のうちだけである。
何よりもビールが大好きな朱蘭さまへの対応策として大量に買って来たノンアルコールビールも、
「味がイマイチ。ぜんぜんビールっぽくない」
という重大かつ最もな理由によって却下され、医者からは
「仕方ないなぁ。1日あたり350mlまでなら・・・」
などと勝利を勝ち取ったりしたのであった。
最も、こりが完全に守られたかはヒミツである。

ビールごときでこの有様なもんだから、安定期に入ってしまえばコッチのもの。
再び医者を困らせる。
「なんだって?んなムチャしないでよう・・・・・仕方が無い。往復ビジネスクラスなら・・・」
などと再び勝利を勝ち取り、モルジブにだって行っちゃったりしたのであった。


2000年11月



間接的対面

ついに朱蘭さまは妊娠8ヶ月。
隣りのオヤジのスポーツ新聞を覗き見したところ、予定日がわずか4日しか違わない工藤静香の赤ちゃんは女の子であると判明したそうである。
という事は、我が家の赤ちゃんも性別が判明してもおかしくない。
そう。
本日、判明する可能性が高いのだ!!

一般に「エコー」と呼ばれる計器によって、お腹の赤ちゃんを見る事が出来るのだ。
超音波を当て、その反射率の違いを映像化する事により、お腹の様子をチェックする仕組みで、原理的には魚群探知機や潜水艦のソナーと同じである。
しかし、見た事が有るシトはご理解頂けるとおもうけど、こりがシロートには良く判りにくく、アタマや背骨・心臓の動きくらいしかハッキリとは判らず、おマタに何やら突起物がついているかどうかなどはサッパリ判らないのだ。
プロである医者が診ても、へその緒などとの見間違えによって、性別を誤判断してしまうケースもあるとのこと。
米軍の潜水艦が練習船を見落とすくらいだから仕方が無いのかもしれない。
しかし、世の中は進歩しているのだ。
3Dエコーなるものが登場し、こりはまるで誕生後の赤ちゃんの映像を見るように、カラーでバッチリとした写りなのだそうな。
じつは、そりを見るのが今日なのだ!!!
「赤ちゃんの体勢によっては、(性別まで)確認できないケースもある」
とのことだけれど、とにかく楽しみではないか。
しかし、問題があったのだ。


ワタクシどもが通う病院では、普段のエコーでもビデオテープに録画してくれる。
しかし前記のような状態なので、医者の解説なしに家で画像だけを見た所で、なにがなにやらサッパリ判らない。
初めてエコーで心拍確認出来た時、朱蘭さまは思わず
「ダンナも来ているんだけど、一緒に画面を見せてやりたいんですが」
と医者にお願いしたのだけれど、
「今はダメ!!もうすこし週数がすすんだら」
と、断られたそうである。
それには理由があったのだ。
エコーのプローブは2種類あり、テレビなどで見掛ける妊婦のお腹にあてて見るタイプは、胎児がかなり成長してからでなければ使えないのだ。
まだ胎児が小さい時に使うプローブは、妊婦のアソコに挿入しなければならない。
医療行為とはいえ、自分の目の前でカミさんのおマタになにやら入れられているのをダンナには見せる訳にはいかないとの判断で、プローブがお腹タイプに移行するまではダンナはダメとの事だったのだ。
今はお腹からのプローブに移っているけれど、はたして3Dエコーのプローブはどちらなのだ!!
あれだけ鮮明に写っているところを見ると、再びおマタからなのだろうか。
そうだとしたら、ワタクシには見せて貰えないではないか。
あとでビデオを見れば判るとはいえ、一刻も早く、リアルタイムで見たいよう!!!

デンワで確認してみると・・・・
「お腹からです。ダンナも一緒にどうぞ」

やったぁ!!!見るぞぉ!!!
今日は突発早退だぁ!!!


お楽しみの結果は・・・・

「はいっ。今日は3D見るんでしたね。あちらにどうぞぉ。」
通いなれた産婦人科ながら、初めて見る地下室に導かれる。
急な階段を下ると、そこはまるで地下牢のような小部屋ではないか!!
ヌイグルミやオルゴール時計などによってラブリー路線に演出されている玄関や待合室と異なり、殺伐とした業務一辺倒な雰囲気。
『放射線注意』などと、何とも恐ろしいチェルノブイリーな張り紙まである。
なんか夫婦で監禁されて、木馬やらムチやらでシバかれてしまうのだろうか・・・
「おはいりくださぁい。」
我らをいざなうのは、白衣を薄緑っぽくした衣装の若いオネェチャンなのが救いである。
これがもし、黄ばんだ白衣にキティちゃんのアップリケなどを付けた がんじ風だったりしたら、ソッコーで逃げ帰ってしまったであろう。

オネェチャンから簡単なレクチャーを受ける。
そして
「もう、先生から性別は聞かれてますかぁ?」
「いいえ、まだですぅ」
「お知りになりたく無いですかぁ?それならばおマタにはプローブをあてない様にいたしますが」
「知りたくない訳でも無いし、ぜひとも知りたい訳でも無いし・・」
本心は、今日にも判る物なら知っておきたいのだけれど、
「教えとくれよう」
などと息を荒げて目を血走らせるのもカッコ悪く、なんとなく曖昧に答えておく。
まあ、見える時は見えちゃうだろうし。

「はい、そこに横になってお腹を出して」
生え際ギリギリまで、というよりも、若干の茂みが覗くくらいまでパンツを下ろされ、ネチャネチャとゲル状のものを塗りたくられる。
念のために言っておくが、そのような目にあっているのは、当然朱蘭さまであってワタクシではない。
「それでは始めますよぉ。」
軽やかにプローブを手にし、機械のツマミ類をいじくり回すオネェチャン。
おおっ!!単なる下準備の係りのオネェチャンだとばかり思っていたら、豊田組・ぴんぐう技師同様の「テクニシャンねぇちゃん」だったワケですなぁ!!チミわぁ!!。

ピコピコピコォオオオンと、画面に何やら映像が映り始める。
ホントにそんな音がしたわけでは無いのだけれど、あくまでフンイキですぞぉ。
緊張して画面に食い入る我々夫婦!!!
「おおっ!!!こ・こりは!!」


結局、性別は判らなかったのです。
テクニシャンのオネーチャンも頑張ってくれたのですが・・・
左手で顔面をブロック、左足でおマタをブロック。
殆ど、何も見えないに等しい結果となってしまったのです。

それにしても見事なまでのブロックでした。
親に似てコッパズカシがりやなのか。
男の子だったら、K1選手に向いているかもしれませぬ。


3Dエコー



イーシャンテン

すでに3900グラムまで巨大化してしまった我が家のオコチャマ。

フツーであれば、出産が近づいてくれば、徐々に子宮口が開いてくるそうなのです。
しかし、我が家のバヤイは気配すらありません。
当然、そりでは胎児が出てこれません。
また、へその緒を経由して胎児に栄養などを送る胎盤ですが、胎児が居住権を強引に主張して体内で粘り過ぎると、恐ろしい事に、胎盤が石灰化してきて追い出しにかかるそうなのです。
こうなってくると、胎児の居住性が悪化することこの上なし!!
予定日前だと言うのに、我が家のバヤイは、この石灰化も始まりつつあるのです。
そこで、強制的に出産させられてしまう事になったのです。

子宮口に、海草を乾燥させて棒状に固めたものを入れられるそうなのです。
これは体内で水分を吸収し、「増えるわかめちゃん」のごとく膨張するのです。
それによって子宮口がある程度広げられたら、今度は風船なのです。
風船を差し込み、空気を入れられて子宮口をムリヤリ広げるのです。
そりが痛いの何の!!んもぉタイヘンよぉ!!オクサマ!!

どんな痛さなのかって??想像がつきまへんがな。
聞いた話によると「生理痛を強烈にした」様な感じだそうです。
余計に想像が付きまへんがな。

そのまま一晩放置され、朝からいよいよ陣痛促進剤の登場だぁ!!!
この陣痛促進剤、気合を入れて注入しすぎちゃうと・・・・
うげげげげっげのげ!!!
子宮破裂が待っているぅ!!!

んもぉこれ以上は恐ろしくて書けまへん。


などと言いながらも、まあ、平気でせう。


と、思いたい。


リーチ

遂に入院なのです。
陣痛が始まった訳では無いのですが、予定どうりに計画分娩をされてしまう事になったのです。

当分はユックリと夫婦で外食も出来ないであろうから、下町の中華レストランでゴージャス(あくまでも比較的にですよぉ)な昼飯。
陣痛も何も無い訳なので本人は至って元気で、んもぉバクバクと食うこと食うこと。
しかし・・・・・
これから自分の体がシドいメに合うと言うのに、全く不安に動じる事無く楽しげに春巻きなどをつまむ朱蘭さま。
ああ、女性はツオい!!!

15時。
病院に到着。
いつもの検診で通いなれた待合室は、普段と何ら変わりなく妊婦達でごったがえしている。
彼女らは我々が手にした入院用品の詰まったバックなどに視線を向け、
「まあ、あのシトいよいよね!!」
的な、キンチョーの表情がそれぞれに浮かぶ。
オクサマ達よぉ!!勝手にキンチョーするなよぉ!こっちの方がキンチョーしているのだ。

「いらっしゃいませぇ!!どうぞどうぞ!!」
看護婦が登場。
我々の荷物をひったくって、すり足でエレベーターに向かう。
「さぁ、こちらへ。お部屋に案内いたしますぅ」
まるで3流観光ホテルの仲居さんの行動ではないか。

今日生まれたばかりの赤ちゃんがガラス越しに陳列された廊下を進む。
「お部屋はご希望が有りますかぁ??個室とかぁ。特・別・室とかぁ。」
さりげなく「特別室」を強調して、上目遣いに視線を投げかけてくる仲居看護婦。
「フツーでいいですよう」
「さいですか。ケッ」
アタリマエである。
怪我や病気と違い、帝王切開などを除けばお産には保険が適用されないのだ。
一日あたり17000円も高い個室などもってのほか!!
おススメの特別室だと30000円ですぞぉ!!

案内されたのは3人部屋。
まあ、ベットをカーテンで仕切ってある、いわゆるフツーの病院と同じである。
入り口側のベットには荷物が置いてあり、先客がいるらしいけれど今は無人である。
空いている2つのベットのうちの窓際をあてがわれ、とりやえず荷物を置いてレクチャーを受ける。

「ご主人はこのイスに座ってね。312と書いてあるヤツに。こりがこのベットの番号ですからねぇ。私たちは312号室と呼んでます。壁はカーテンだけど、個室みたいでしょぉ?」
どういうリクツなのだ!!

程なく、別の夫婦が連れられてきて、空いている最後のベットにブチ込まれ・・いや、案内されてくる。
茶パツ妻と、フリーター風の夫である。
「・・・・・私たちは311号室と呼んでます。壁はカーテンだけど、個室みたいでしょぉ?」
ついさっき聞いたセリフそのまま!!
まったく台本どおりとしか言い様が無いぞぉ。
少しは工夫したまい。

 「オクサマ方、シャワー室の場所を案内します。こちらへ」
仲居看護婦に連れられて、二人の妊婦が立ち去る。
部屋に残るのはワタクシとフリーター夫。
30秒ほどの長大な時間が経過するも、それぞれの妻は戻ってくる気配は無い。
妙に間が持たず、どちらからともなく
「ども」
「ど・ども」
などと挨拶を交わす。
聞けば、こちらの夫婦も全く陣痛が無く、へその緒が首に絡みそうとの理由で計画分娩になったらしい。
入院も出産も同じ日である。
「ここって、計画分娩が好きらしいっすからねぇ。」
「計画の方が、病院は儲かりまっしぇ!!」
「怪しいっすよぉ。だって、ここに置いてある入院のスケジュール表、『帝王切開の場合』と『普通分娩の場合』に分けて書いてあるけれど、どっちも決まった時刻に入院する事になってますもん。」
「アナタは自然分娩じゃアブナイって言われたのはガセっすかねぇ」


ほどなく妻達が、ヒソヒソと陰湿にホザきあっていた夫達とは好対照に、楽しげに会話をしながら戻ってくる。
どちらも陣痛に苦しんでいる訳では無いので、
「明日は出産だぁ!!こりからタイヘンだぁ!!」
などと言う雰囲気は全く無く、まるで『ブーデーな妻を持つ夫婦の会』の会合のような雰囲気での会話を楽しんでいると・・・・

「ちょっとスイマセン!!!通路をあけてぇ!!」
飛び込んできた看護婦に続き、この部屋の先客らしい女性が運ばれてくる。
おおっ!!!
目を閉じたまま口を半開きにし、顔はまるで土のような色である。
看護婦4人がかりでベッドに移されても、ピクリとも動かない。
あとから無言でついてきた夫と姑らしい人物が、悲壮感を漂わせながらベッドに寄り添うと共にピッチリとカーテンが閉められ、なにやらヒソヒソと説明の声が漏れ聞こえてくる。

な・何があったと言うのだ!!
入院患者をリラックスさせるためだろうか、館内放送で延々と流されていたオルゴール風の音楽が、まるで凍りついた音色にさえ聞こえてくる。

ここはやはり、女性にとっての戦場だったのだ。

予定日頃のハラ



そのとき夫は!!妻は!!

出産予定日2週間前の検診で私は妊娠期間中初のピンチに陥りました。
赤子がデカすぎる! これ以上母体の体重増加は厳禁!!
禁酒もせず、食べたいものを食べたいだけ食べていた生活が祟ったのか、出生時3960gもあったワタクシの遺伝なのか、胎児の推定体重は3800gを超えていて誤差はあるとはいえちとデカすぎる。
とりあえず初めて体重増加しないように心がけ、買い物にも歩いていってビールやら米やら買ってみたり。

そんな努力もムナシク、胎盤の機能低下が心配されるのもあって、予定日前日に強制入院。ひと晩かけて人工的に子宮口を開かせる処置。(生理痛×5〜1くらいの痛さ)


せっかく、お腹を押さえて苦しむ妻を助手席に乗せ、オロオロとクルマで病院を目指す夫という光景を想定していたのに。
そんでもってスピード違反かなんかで白バイに止められ、
「妻がぁ!!コドモがぁ!!」
などと涙ながらに訴え、
「判りました。オトーサン、落ち着いて!!本官が先導しますから」
「有難う御座います、オマワリさん!!我が家の恩人です。これからは家族ぐるみで付き合いましょう!」
「いや、こりも本官のシゴトであります。アタマワルイけど、それなりに頑張ります!」
なんてのもアリのハズだったのに。
なんか拍子抜けの入院だったのだ。



予定日当日朝、超音波での診察の時点で、へその緒が首にからまってるから帝王切開になるかも、と言われ
今から飲食禁止、水も駄目、と言われる。
ただ、へその緒がからまってるっていうのはよくあることで心配はいらない、というお話。
子宮口をさらに開かせる処置をしつつ、9:30陣痛促進剤を点滴。
10:40破水、内診がとても痛い。


なんか実感が湧かないまま、朝から病院に。
同室のフリーター夫も、ソワソワしながらやってくる。
朱蘭さまは、朝からの促進剤で若干ツラそう。
昨日はあんなに元気だったのに、ヘンなヤクで苦しめやがって!
などと夫がうめいても始まらない。
点滴が進むに従って、ますます苦しそうになる朱蘭さま。
コッチは何も出来ず、ただただオロオロするダメ夫を演じるしかない。
いや、演じなくてもホントにダメ夫なのであった。
医者がやって来て、入れ替わりに部屋から追い出される。
コッソリ覗くと、医者が朱蘭さまに馬乗りになり、ゴソゴソとマタグラをイジくっていやがる。
もちろん医療行為なのだけれど、朱蘭さまのツラそうな顔にイキドオリを覚えざるをえない。
一般的に産院というものは、ちょっとした評判の良し悪しで、客(妊婦)の流れがドドっと変わってしまうそうだ。
その為に入院時のメシをゴージャスにしたり、ニコニコ親切な医者を演じたりしているのだろうけれど、もうここまで来たら今更ヨソの病院には行けまいと言うわけか。
もっと優しくしてやっとくれよう。


正午前頃、陣痛逃しに「ふうーっ、ふうーっ」とやってると、同じ病室でやはり昨日から処置をされていた人が入っている分娩室から産声。
えー、もう生まれたの〜? ウ、ウラヤマシイ…
できる限り自然に産みたいと思ってたけど、点滴開始後2時間ちょっとで生まれちゃうなら計画分娩もいいなー、なんて思ったりして。
しかしそれはお隣さん、私はといえば波のようにやってくる陣痛とは裏腹に、赤ちゃんはちっとも下りてこない。
子宮口の開きも、陣痛もいい感じできてるんだけどねー、と言われつつ、帝王切開になる可能性があるとの説明。
へその緒がからまって赤ちゃんが下りてくるにこれない状況とのこと。
確かに、モニターでみる胎児の心拍数が時々異常に下がるのだけど、それは赤ちゃんが苦しい時なんだそうな。
午後1時。
2時半から手術することに決定。


いよいよ分娩室に移される。
立会い出産の許可も得ており、オトーチャンも一緒に入室。
おおっ!!例のオマタ広げベットだぁ!!ナマナマしいよう。
でもそりどころじゃないよう。
陣痛というものは定期的にやってくる。
なんでもない時間帯と、苦しみもがく時間帯が交互にやってくるのだ。
朱蘭さまの言いつけで、それぞれの時間をノートに書かされる。
何に使うのかは判らないけれど、シゴトを与えられたほうが気がまぎれて良い。
おっとぉ!!隣の分娩室から泣き声が!!
フリーター君とこは生まれたぞぉ!!ひとまずおめでとう。
でも・・・
2室ある分娩室のうち、どうやらこちらがメインの部屋らしい。
ほどなく看護婦が、フリーター妻の胎盤らしき物体をトレイに乗せて持ってきやがって、なにやら隅っこの流し台でコソコソ処理していやがる。
見るまいとしたって、ついつい見ちまったよう!オエ〜!!

いやいや、そりどころでは無かった。
我が家の現状を考えると、人様が生み出したモツなどに反応しているバヤイでは無かったのだ。
白熊のような院長が眉間にシワを寄せ、何か言いたげに口をパクパクしているではないか。
「ご主人、ちょっと別室に・・・・」
またまた追い出されるのかと思いきや、白熊院長に連れられてナースステーションのイスに座らされる。
「もうそろそろヤバいですよぉ。切っちゃいましょう。ささささ、ここの同意書にサインを!!」
「ちょ・ちょっと待ったぁ!!そりはカミさんに相談しなければ・・・」
「オクサマには説明しましたよぉ。さっき。」
「さ・さっきって・・・・いつのまにぃ!!」
「んじゃ、分娩室に戻って、もう一度話しましょうか」



なるべくなら切りたくない私達夫婦への説明の中で、へその緒がからまってる子は統計的に活発な子供になる、などとフォローになってるようななってないような?話が出る。
それくらい、おなかの中で動き回ってるからだとか。
ま、ダンナと私の子が品行方正な良い子になるとは期待してないけど。

陣痛促進剤の点滴がただの電解水(?)に変えられ、陣痛の間隔は長くなるけど、自然の陣痛がもう来てるので痛みが波のようにやってくることには変わりなし。
あー、どうせ切るなら陣痛抑止剤打ってくれぇ〜っ!

手術の準備が始まる。
手術なんてどんな種類のものでも「まな板の鯉」状態だけど、陣痛のせいで剃られようが脱がされようが羞恥心どころじゃなくて「ふうーっ、ふうーっ」と痛みを逃すのに忙しい。
麻酔その1を肩に、麻酔その2を腰に注射されてさすがに陣痛はなくなる。


「じゃあ、手術の準備を始めますから、ご主人様は外へ・・・」
さすがに、手術の立会いは許されない。
もっとも、許されたって困る。
まるで床屋の髭剃りセットみたいなものを持ってきた看護婦に、分娩室から追い出される。
おおっ、あれで剃られちゃう訳ね。
いけんいけん!この期に及んで雑念はいけん。
朱蘭さまはタイヘンなのだ。
分娩室のドアが閉められる。
最後にチラっと見えた、横たわったままこちらを見ていた朱蘭さまの姿。
神様ぁ!!なんとか無事でお願いしますぅ。
祈るような気持ちで廊下に突っ立っていると、別の看護婦がイスを持ってきてくれる。
有り難い。
このまま立ってたらブッ倒れそうだ。
昨日の入院の際に見かけた、意識不明のままでベットに運ばれてきた妊婦さんのダンナが廊下を通り過ぎる。
どうやら昨日は、帝王切開の直後だったらしい。
その時の光景が蘇る。
ああ、朱蘭さまも、あんな泥人形のような姿で出てくるのね。
なんかセツないよう。



青い布がかけられ、いよいよ執刀。
血にヨワい私は、目をかたく閉じてなるべく別のことを考える。
今、腹が切られて子宮が切られて…なんて考えただけで貧血おこしそう。
でも、切ってる感じが分かる。
朝ゴハン食べちゃってるせいか、吐き気がする。
間もなく、ぐにぐににゅるにゅる〜っ、という内臓をえぐり出すような熱い強い痛みがあり、ふみゃあ、ふみゃあ、と猫の子の鳴き声…じゃなかった、我が子の泣き声が…!
その後掃除機のような音がしばらくして
「わぁ〜、大きい。立派な男の子ですよー。お母さん、目あけて見て」
朦朧とする意識の中、声のする見ると、これが生まれたての赤ん坊かい、と思うほどコギレイな赤ん坊が…!
単なる親ばか?なだけじゃなく、やっぱり産道を通ってないと紫猿にはなりにくいようです。

その後私は意識を失い、病室に運ばれた記憶もなく、しばらくネムっておりました。
4時半に一度起きたらしいけどはっきり覚えてるのは7時頃?
ただネムっているだけの私の横でダンナがずっと付き添っててくれました。


テレビなどでは廊下をウロウロするオトーチャンの姿が描かれてるけれど、実際には立ってられたもんじゃない。
手術はすぐに終わると聞いたけれど、なんとも長く感じられる時間をただただ過ごす。
「ふみゃあ!!!!!」
おおっ、今の声は!!!隣の分娩室はカラッポのハズだし、こ・こりは!!!!
分娩室のドアから看護婦さんが顔を出す。
「生まれましたよぉ!!男の子ですよぉ!!。赤ちゃんは、今キレイにしますからね。おかあさんは縫合があるからもう少し後でね。」


誕生! 

結局生まれた子の体重は3636g。
だっこやら初乳やらどころじゃなく、まだワタクシは我が子を一目しか見ておりませぬ。
しかも局部とはいえ麻酔の効いた、朦朧とした中で。
朝からすっごい泣き方をしてる子が一人いるんだけど、声が聞こえるばかりでトイレにも行けない私は、あれがウチの子なんじゃなかろーか、母子同室になってからが大変そうだよう、と、何の根拠もないのに取り越し苦労しております。

あー、早く普通のゴハンが食べたい。
何か別の病気で入院している気分であります。



全てが終わった。
長かった十月十日が終わったのです。
まもなく、泥人形と化した朱蘭さまが運び出されて来るだろう。
その様子は、昨日の妊婦さんの様子からも想像が出来る。
恐らく、しばらくは我が子を抱く事も出来ずに眠り続けるであろう朱蘭さま、そして、そんな母親の苦労も知らずに新生児室でクリクリふがふが過ごしている我が子・・・
そんな二人をシヤワセに出来なければ、どこに自分の存在価値がある!!
思わず心に誓う、新生パパなのであった。


母子、初対面

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