「週末の放浪者」TOP>BAKA夫婦がゆく>離島の旅>飛島まんすけ2
飛島まんすけ(2003GW・飛島)その2
岸壁の片隅に寄り添うようにたたずむ、いたいけな我が家族に向かって、容赦なく接近してくるのは純正漁船のジェロニモ船長。
あっあっあっ、来るな来るな来るなぁ!!
などと言ったココロの叫びもむなしく、ついに我々の目の前に接岸しました。
「まんずまんず、ダイビングさおぐってがらぎだんで・・・(以下不明)」
ジェロニモ船長の語りは、半分以上は理解不能だったりするのです。
ここでは、テキトーに翻訳させて頂きますが、あくまでもワタクシの訳が正しいと言った保障は全くありません。
現に、後で聞いたら、朱蘭さまは全く違った意味に解釈していた部分が多々ありました。
「それじゃ、さっそく行こうかねぇ。ホレッ、乗った乗った」
確かに漁船そのものではありますが、あきらかにグラスボートである証拠の、海底を覗くガラス窓“らしき”モノがついています。
なぜ、わざわざ“らしき”と表現しなければならないかといえば、そこにはキッチリとフタがされているのでした。
「いやぁ、今日は忙しかったし、ガラスを磨く事も出来なんだ」
そう呟いたジェロニモ船長。それに続いたセリフは、てっきり
「今からガラスを磨くから、待っててね」
という内容であったと解釈したのですが・・・・
朱蘭さまは
「ガラスを磨いていられないから、このまま行くべよ」
と解釈しておりました。
どうやら朱蘭さまの解釈が正解だったらしく・・・・
ガラスのフタは、最後まで開かれる事はありませんでした。
御積島コースと飛島一周コースと、二通りの観光コースが設定されているハズで、我が家が希望してたのは、乗船時間の短い前者でした。
オコチャマ連れなので、風や波が気になったからです。
しかし、ジェロニモ船長は、何ら確認する事も無く、港を出ると船首を左に向けました。
これは、飛島一周コースに他なりません。
もちろん、料金が高いほうです。しっかりしたものです。
もっとも、ジェロニモ船長は、きちんと我々に提案し、その言語を理解出来ない我々の相槌が、それを認めてしまっただけなのかもしれません。
「ほぉらっ、アレが○×岩、そしてアッチが△▼岩だよぉ」
そのような説明を翻訳するのも疲れてきた頃、船は島の北端を回り、いよいよ真性日本海に入ります。
もちろん、ここまでだってリッパな日本海ですが、とにかく、この先はユーラシア大陸まで何も無い訳ですから、日本本土が見え隠れしていたここまでの日本海とは格が違うのです。
その違いを示すように、一気に波が高くなってきました。
「コッチ側は自然が厳しくて、家なんか一軒もねぇ」
ジェロニモ船長の説明を聞くまでもなく、見るからに荒涼とした島の西側なのです。
3段構えの海岸段丘は、なにぞの造成地に見えなくも有りませんが、まるでコノヨノオワリのような荒崎のゴツゴツ感が、それをキッチリと否定してくれます。
「ボウズ、ホレッ」
ジェロニモ船長がチンケな操舵室から紫色のマフラーを取り出して、我々に差し出します。
風が強いのでオコチャマにかけてやれという事なのでしょうが、我が子はそんなヤワに育てるツモリは無く、丁重にお断りいたしました。
そのマフラーが、妙にバッチかったのも事実ですが。
「んじゃ、ホレッ」
今度は、缶コーヒーをくれました。
これは有難く頂戴いたしましたが、もしコレがルービだっりしたら、どんなに有難かった事でしょう。
もう、涙目でジェロニモ船長の手を握り締め、今後の家族ぐるみでの付き合いまで申し出たかもしれません。
んな訳はありません。
とにかくとにかく、確かに風や波は強いですが、それだけの快適さを感じさせてくれる光景なのです。
いよいよ、ドチザメの巣窟である御積島が迫ってまいりました。
ちょびっと飛島から離れた分だけ、風の強さが増してきました。
たまらず、ジェロニモ船長は紫色のバフンウニ仕様マフラーを再度取り出し、ほっかむりの様に自らのアタマに巻きつけると・・・・
それはジェロニモというよりも、アラブの怪人の様相になってしまいました。
「さっきのダイバーも、ここで潜ったんだよ」
「やっぱり目当てはサメですか」
「ああ。うじゃうじゃいるよう」
「フネの上からは見えませんか?」
「そりゃムリだ」
「そんじゃ、せめて、このガラスのフタを・・・・」
「ホレッ、揺れっから、コーヒーの空き缶はコッチに貰おうか」
「グラスボートだって言うから予約したのにぃ・・・」
「このコーヒーはサービスだからネ」
したたかに、アラブの商人っぷりさを発揮する船長なのでした。
奇怪な形の岩が連なる烏帽子群島には、なんだか南紀白浜の円月島を思わせるような、真ん丸いエグレ穴などもありました。
円月島と異なる点は、そこいらじゅうが鳥フンで変色してる事でしょうか。
とにかくとにかく飛島を中心としたこれらの島々は、何は無くとも鳥・鳥・鳥の島なのです。
やがて船は、出発地点の沢口旅館前に戻りました。
ここでやっとマフラーを外し、再びジェロニモに戻った船長は、
「ありがとね」
妙な節まわしで人の良さそうな笑みを浮かべた後・・・・・
「ん〜、このボーズからカネは貰えないしなぁ」
などと、ほんの僅かに深刻そうな表情を意識的に作り上げ
「じゃあ、アンタらの分だけ。一人1200円で2400円」
これは大サービスです。
アラブの商人では無くなったのが幸いしたのでしょうか。
規則どおりならば、ボーズの有料無料に関係なく、とにかく5人分で6000円を請求されるハズなのですから。
やはり、船長とは家族ぐるみの付き合いが必要なのかもしれません。
もっとも、グラスボートじゃない船のバヤイは、もともとコレが定価だったのかもしれませんけど。
そのへんが不明なので、「家族ぐるみ」は保留としました。
さて、そんな飛島から、いよいよ去る日がやってきました。
帰りの船の出発は昼過ぎ。
酒田から来る便の折り返しで、始発便でもあり最終便でもあるのです。
数々の思い出の仕上げとしては、やはり最後は西村食堂のサザエカレーなのです。
ところが・・・・・・
何と言う事でしょう、西村食堂が休みなのです。
これは困った事になりました。
実は西村食堂以外にも、もう一箇所だけ、メシが喰える所があったのです。
勝浦港のターミナルの3階に、うどんなどの簡単なメニューと、ちょっとしたオミヤゲを売っているコーナーが存在しているのですが・・・・
そこも見事に、今日は閉まっているのでした。
実は、世間一般のゴールデンウイークは前日で終わっていました。
帰りの混雑を避ける為に一日延期したのが、見事に仇となったのです。
たった一日とは言え、観光シーズンを外れた離島の現実が、我々に襲い掛かってきたのでした。
酒田に帰り着くまでの船中を空腹に耐えて過ごしさえすれば、一食ぐらい抜いたってどうにかなる訳はありません。
しかし、何よりも残念なのは、目をつけておいたオミヤゲを買えなくなってしまった事でした。
それは『イカのまんすけ』という、饅頭なのです。
見た目は、完全無欠なる『くりまんじゅう』なのです。
そうです。誰もが知ってる、全国共通のアレです。
もうパクリとしか言いようが無い外観なのです。
しかし『まんすけ』は、『くりまん』のニセモノではありません。
中身が全然違うのです。
なんと、イカ味で醤油仕立てのアンコなのです。
それが、甘さを抑えた、ヒジョーにシビレる美味だったのです。
『イカのまんすけ』の存在は、ターミナルのポスターで知りました。
ついつい買ってみたら、魅了されてしまったのです。
そしてあっというまに食いつくし、オミヤゲにも買って帰ろうと心に誓ったのでした。
てっきり本土の製品で、飛島でも売ってるだけだと思ったのですが、なんと製造販売元が、あの西村食堂なのです。
正真正銘の飛島銘菓だったのです。
ますます気に入ってしまったのです。
名前が違うだけで、どこに行っても同じようなモノがある『●▼の月』なんぞは、『まんすけ』に土下座せねばなりません。
また、地方色や奇抜さに拘るあまりにマズくなってしまった『×△■○』も、もちろん土下座です。
とにかくとにかく、『まんすけ』はエラすぎるのです。
でも、買えないのです・・・・・
昼近くになり、ターミナルの周辺が騒然としてきました。
みぃんな、喰えると思っていた昼飯からあぶれた事に気が付いたのです。
乗船客の殆どを占めるバードウォッチャー達は、2〜3人ずつが組になって、あたりを徘徊しておりました。
「そっちは喰えるところ見つかった?」
「無い。そっちは何かあった?」
そんなアンバイです。
西村食堂、ターミナルの軽食、そしてプレハブの土産物屋・・・
全てが閉ざされている今、喰えるものがある訳がありません。
何件かの商店は、相変わらず北朝鮮デパート状態です。
やがて諦め、ターミナル前の芝生にへたり込む者・・・・
往生際悪く、アッチコッチをふらつく者・・・・・
物欲しそうに旅館の玄関先を覗き込む者・・・・・
ワタクシは、最後のチャレンジに出ました。
もう誰も乗る者の無い酒田市無料レンタルチャリに跨ると、勝浦港を背にして走り出しました。
泊まってた旅館に飛び込み、せめて、せめてルービだけでも入手しようと考えたのです。
「すいませぇん、ごめんくださぁい」
いくつかの旅館の玄関先で叫んでみても、誰一人出てきません。
道を挟んだ海側では、島のオバチャンオジチャンが入り乱れて、なにやら海草の加工に勤しんでおります。
キィコォキィコォなどと音をたてながら、海草を裁断する小さなマシンがアチコチでフル稼働してました。
島の全ての人々がその海草に集中し、いまさら帰る観光客などにはかまっていられないといった状態に見えました。
ただ一人、軒先のイスに座って、そんな光景を眺めているだけのサングラスをかけたオッチャンが居ました。
作業を監視していると言うよりも、もう何もやる事が無いといった雰囲気で、あまり身動きすらしないオッチャンでした。
なんだか浮いてる存在のオッチャンが気になり、ついつい視線を向けると・・・・
おうっ!!
看板も何も無いので判り辛かったのですが、オッチャンが座っているのは明らかに店先で、しかもガラスの冷蔵庫にはルービなどが並んでいるのが見えたのです。
吸い寄せられるように店に入り込もうとすると・・・・・
そのオッチャンは片足がありませんでした。
オッチャンは、明らかに店に入ろうとしているワタクシの存在などには全く関心を示さず、絵本の海賊のような棒だけの義足姿で、ひたすら海を見て座っているだけなのです。
ワタクシは、ほんの0.8秒ほどひるんだだけで、かまわず店に入り込みました。
なぜなら、奥の棚に『イカのまんすけ』が並べられているのに気が付いてしまったからなのです。
ワタクシの手が『まんすけ』に触れるのとほぼ同時に、オッチャンは、体も、そして顔も海のほうに向けたまま
「オイッ!!」
と一言叫びました。
妙に低く、そして重々しい声でした。
アセりました。ビビりました。
恐る恐る、店先のオッチャンに視線を向けると・・・・・
オッチャンの背中越しに、海草を加工している集団の中から、一人のオバチャンが小走りにこちらに向かってくるのが見えました。
「いらっしゃいませ」
オバチャンは、あまりサービス業的ではない口調で、ワタクシがカウンターに置いたルービ、ポテチ、そして『まんすけ』をひとつひとつゆっくりとレジに打ち込んだのでした。
まだまだ諦めきれずにない右往左往する人々を尻目に、ターミナル前の芝生でルービとポテチを頬張りました。
「そっちは何か売ってた?」
「無い。そっちは?」
彼らに、あのオッチャンの店を紹介するには、もう時間が無さそうです。
なぜなら、沖に見えるニュー飛島丸の姿が、もう大きくなりすぎてきたからです。
果たして、あの船には何人の観光客が乗っているのでしょうか。
時刻的には、昼飯を喰い終わっている人は少なそうです。
予約制の旅館の昼飯を注文していない人々は、上陸後に呆然とするに違いありません。
そして、何人かはオッチャンの店に辿り付けるかもしれません。
もっとも、カワキモノしか売ってませんが。
〜 孤島に向かう連絡船には、『都会の常識』を持ち込んではいけない。
そして上陸後は、如何なる『不可解』な、『理不尽』な境遇に晒されても、それに憤慨し、我が身のフビンさを嘆いてはいけない。
島民の側から見れば、気まぐれに訪れ、そして去っていく我々の行動こそが『不可解』『理不尽』であり、その理解に苦しんでいるのだから 〜