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秘境列島(2005GW・トカラ列島)その1
吐喝喇(トカラ)は招く
コドモの頃から地図好きだったワタクシ。
当時の我が家には、たぶんオヤジが騙されて買わされたと思われる、専用ラックを含めれば洗濯機ほどの大きさの
「平凡社百科事典・全26巻」
などという物体があった。
そのフロクの「別冊・日本全図」のページをめくっては、北海道から沖縄までを眺めながらドキドキしていたものだ。
特に、
「これでもかっ!」
なんて感じで大小様々な島々が果てしなく連なる南西諸島は、まるでオコチャマ寿司セットのように魅力的だった。
そんな地図好きコゾーにとってのトカラは・・・・・・
奄美大島・沖縄本島・宮古・八重山などの大物スターに隠れた、どうでもいい存在。
個性派スターである屋久島を南西諸島に含めるためのツナギ的な存在で、前出のオコチャマ寿司セットで言えばカンピョー巻きにも等しく、オマケ・数合わせ的な存在だったのだ。
なんだかチンチクリンだし、だいいち『吐喝喇』の読み方も判らない。
交通公社の時刻表にも出てこないから、フツーのヒトは行けない島だとさえ思い込んでいた。
そしてオトナになってからは、その存在さえも忘れていたのだ。
「トカラ列島に行ってきたよ。良かったよぉ!」
とある夫婦の鬼嫁が、そんなメールを送って来た。
「トカラ? トカラってどこだ?」
ワタクシは、さっそく地図を開いてみた。
もうとっくにデカブツ百科事典など無く、ごくフツーの日本地図だった。
しかし、いくら探しても見つからない。
「え〜と、ココは渡嘉敷だし、コッチは渡名喜島だし・・・・・トカラなんて無いじゃんかよぉ」
そのネーミングから沖縄の離島だと勘違いをし、沖縄ばかり探していたのだから見つかる訳が無い。
自力での発見を断念し、鬼嫁に聞いてみる。
「トカラってどこ? 沖縄だよねぇ・・・・」
「ええっ? 何言ってんの? か・ご・し・ま・け・ん。屋久島の下のほうを探してごらん」
「どれどれ・・・・おおっ、コレかぁ!!」
そこにあったのは、あの懐かしきカンピョー巻の島々だった。
しかし、その時のワタクシにとっては、その島々はカンピョー巻では無かった。
すっかり忘れていたけれど、何年か前にテレビで見てヒジョーに印象に残っていた島が、たしかそのあたりだった事を思い出したのだ。
「あのさぁ。そのへんにちょっと気になる島があるんだけど、それってトカラ列島の島かなぁ?」
「どんな島?」
「現役の活火山があって、温泉が沸いてて、海っぺりの露天風呂が秘境っぽくてキモチよさそうな島。」
「うん、そうそう。ソレって諏訪之瀬島でしょ? トカラよトカラ!」
さっそくインターネットで諏訪之瀬島を調べてみると・・・・・・
白い噴煙を揚げる大きな火山、
その山裾と海との間にヘバりつくような小さな集落、
そして、なんだかちっぽけな飛行場。
おおっ! 間違い無い! あのアコガレの島ではないか!!
さっそく、トカラに向けての計画を練る。
トカラ列島は、良く言えば「未開の自然」、悪く言えば「究極の過疎」なのだそうだ。
列島が『十島村』という一つの自治体を形成しているのだけれど、総人口は700人にも満たず、一番人口の多い中之島でさえ180人程度しか住んでいないのだ。
しかし、そんな事は問題ではない。
離島を訪ねるという事は、小笠原の母島の民宿のオッチャンが言っていたセリフ、
「この島は、自力でジャングルを突き進むのが好な人にしか楽しめない島なんだよ。クルマが無い、メシを喰う所が無い、夜に人が歩いてない、なんて苦言を言う連中は、この島には来て欲しくない。」
コレが正論なのだ。
栄えた島に行きたいのならば、湘南の江ノ島にでも行けばイイではないか。
しかし、その母島でさえ400人、青ヶ島だって200人は島民がいるのだから、かつて経験の無い過疎の島を体験する事になる。
そんなトカラ列島に行くには船便しかない。
鹿児島港を夜に出航する「フェリーとしま」は、深夜に屋久島の脇をすりぬけ、
口之島・中之島・平島・諏訪之瀬島・悪石島・小宝島・宝島
トカラ列島の7つの有人島を丹念に寄港し、2便に1便は奄美大島まで行っちゃう、往年の国鉄長距離鈍行列車のような、とにかくゴクローさまな航路なのだ。
しかし、出航するのは週に2回だけで、全ての島に上陸しようとすると、長大な日数が必要となる。
村営のチャーター船というのがあり、ソレを使えば自由に行き来できるのだけれど、目玉が飛び出すくらいでは済まないほどに高額なのだ。
従って、パズルのようにフェリーをヤリクリして日程を決めるしかない。
その結果、我が家の休みのスケジュールでは、南下したり北上したりを繰り返して、なんとか3島が限界だった。
さっそく、朱蘭さまとの上陸ドラフト会議を開く。
まず、朱蘭さまの案。
「まずは、ダイビングしたいから中之島。」
「ふむふむ。」
中之島はトカラ列島最大の島で、行政上の中心的存在でもある。
ダイビングショップがある島はココと宝島だけらしく、日程的に宝島には2泊出来ないので、自動的に中之島上陸は決定となった。
「それから宝島。ココはあのイギリスの冒険小説の『宝島』のモデルなんだって。」
「なるへそ。」
宝島はトカラの有人島では最南端であり、なんとなくハジッコってのは外せない気がする。
ガイドブックを見ても、他の島よりも観光スポットは多そうだ。
「それから・・・・・なんだか面白そうだから悪石島」
ううむ。
なかなかスバラシい選択だけれども、そのままアッサリと3島が決定しては困る。
やはり、アコガレの諏訪之瀬島には行きたいではないか。
その為には、どこかの島を割愛させなければならない。
「あのぉ、なんで悪石島なの?」
「ホラ、見て。ココは『仮面神ボゼ』の島なのよ」
ボゼとは、悪石島のお盆の祭りに登場する神様なのだ。
『ボゼマラ』という名前どおりのワイセツな棒を手にして集落内を走り回り、女性を襲っては顔にスミを塗りまくるのだそうだ。
当然ながらニンゲンが演じている訳だけれど、なんとも特異なのはそのイデタチで、仮面・腰蓑などなどが全く日本離れしている。
むしろミクロネシアっぽいその姿は、なんともキッカイで魅力的ではある。
「でもホラ、『ボゼ祭り』は旧盆だって書いてあるから、行っても見れないよ」
「いいのよ。もしテレビとかでボゼ祭りを見た時に、『ああ、あの島だ』なんて思い出せたら楽しいじゃない」
「う・ううむ・・・・・・・じゃ・じゃあ、宝島は外せないかなぁ」
「なんで? どこに行きたいの?」
「お願い! 諏訪之瀬島!」
哀願はアッサリと受理され、船の日程とのヤリクリの結果、
諏訪之瀬島に1泊、次に中之島で2泊、そして宝島に1泊という、なかなか強行なスケジュールとなった。
一度でも船が欠航になったら日程がメチャクチャになり、ヘタしたら帰って来れなくなってしまうけれど、その時はその時なのだ。
「温泉に行きたいの? 3歳のコドモもいるんでしょ? タイヘンよぉ」
宿を予約した際に、諏訪之瀬島の民宿のオバチャンが言った。
その温泉は、船でしか行けないという秘境の温泉の事だ。
「何がタイヘンなんですか?」
「キチンとした船着場に上陸する訳じゃないし。アンタ達だって磯靴が必要よ。持ってる?」
「コドモはオンブします。ヘーキですって。で、フツーのスニーカーじゃダメですか?」
「う〜ん。オトォサンに聞いてみなければ判らないけれど・・・・」
「判りました。磯靴、買ってでも行きたいです」
「それから、必ず行ける訳じゃないからね。波が静かな時じゃないとダメなんだから。それでもいい?」
「いいですいいです」
そうは言ったものの、わざわざ磯靴を買ってムダになったらバカらしい。
未練がましく、カイシャの釣りオヤジに聞いてみる。
「磯の岩場から上陸するって? そりゃ瀬渡し船と同じだなぁ。スニーカーじゃ滑るぞぉ」
「やっぱり磯靴じゃないとダメっすか?」
「その為にわざわざ買うんなら、地下足袋でイイじゃん。」
「地下足袋ですか・・・」
「地下足袋イヤか? ゼイタク言うなよ。あとは、ちょっと高いけどスポーツサンダル。フツーのビーチサンダルじゃダメだぞ」
なるほど。
スポーツサンダルならば磯靴や地下足袋と違い、他にもなにかと使えそうだ。
着々と準備が進み、全ての手配が終わった頃・・・・・・・・・
なんとなく気になっていた違和感が、イロイロと調べるうちに矛盾へと成長し、ついに決定的なモノになった。
「テレビで見たあのアコガレの火山島は、諏訪之瀬島ではない!」
そうだったのだ。
確かに諏訪之瀬島は火山島で、秘境の温泉もある。
しかしテレビのレポーターは、その島へは飛行機で訪れていたではないか。
しかも、問題の露天風呂は、瀬渡し船などでは行っていなかったハズだ。
それじゃ、あの島の正体はどこなのだ。
答えはアッサリと見つかった。
それは屋久島の北側に浮かぶ、硫黄島だったのだ。
おおっ、何と言う事だ。
一目惚れした相手をデンワでクドき、やっとデートの約束に漕ぎつけたら、待ち合わせ場所に来たのは別の女性だったなんて気分ではないか。
しかし、いまさら変更もヘチマも無い。
それは手間ヒマのメンドクサさの問題だけではなく・・・・・・・・・
『待ち合わせ場所に来た別の女性』のほうが、明らかに魅力的だったのだ。