AZの金銭征服
 とにかく、AZシリーズは一個の魂の成長の記録である。現在のこの瞬間でこの「成長」の「断面図」をつくり、その図を研究することによって、誰でもそれぞれの益を得るはずである。しかしもっと深く、人間の魂の秘密に参入するには、研究というだけでなく、やはり私という「河」にサオをさして、ともに人生の「流れ」を体験することが必要である。
 金銭ひとつの問題にしても、これはやはり、私が烈しく貧乏に体当りした体験を共に生きなければ、ほんとうには分るものではないと思う。
 静岡県のO医師はやはり『AZの教祖』の批評として、
 「貧乏は売物にならない。物や金は徳につくもの」
 と信じていると、書いてきている。これは意外な批評であったので、その後も頭にのこっていた。「貧乏を売物にする」気持ちなど全くなかった私であるが、たしかにあれほど赤裸々に私の窮乏状態を書けば、昭和初期の私小説の作家と同じ一族に見なされるのも仕方ないかもしれない。
 しかし、くり返して言う。私にとって、貧乏はウリモノではなかった。人々の同情にすがってお恵みにあずかろうという乞食根性で、自由価出版を始めたのではなかった。私は、何よりも豪奢に生きたいと願い、私の本も、ヘリコプターで金貨をふりまくように世間に提供したかった。反対給付を全く予想せずに、販売行為をおこなうことは、純粋の贈与行為と本質的に何の差異もないはずである。すくなくとも、税務署の対象にはならない。
 自由価出版を始めたとき、私は別に、ふところ工合が良くなったから、この挙を決行したわけではなかった。この「無謀の挙」がもし神に嘉(よみ)せられ、人々の支援をうけられるものであれば、永続するし、そうでなければ、一冊だけでストップするべき性質のものであった。
 しかし、ついにシリーズも第五巻を数えるにいたり、いま私は読者への豪華なプレゼントとして、「金銭から自由になる道」を説いている。しかも、高い壇からの説教者のごとくではなく、またビューウィックの中にふんぞり返るブルジョアとしてでもなく、貧乏文士の子に生まれ、学生生活をし三人の子を抱え、親と弟を養い。「新生」を五本ずつ買ったような過去から抜け出した「自由人」として、この「自由への書物」を書いている。

 私の道には、教育や学歴は必要ないし、才能や幸運も必要ない。「物や金は徳につくもの」というのは真理であろうが、私の立場は、徳の薄い人間にとっても、この書が豊かな慈雨であるようにと願って筆を執っていることである。
 貧乏はウリモノにならないのと同様に、金持もウリモノにならない。私が如何に「この世」的に成功しているかを書きつらねても、なにびとも救われないであろう。私は自分の生活が自由であることを誇示して、他の不自由人を見下げるような書き方はしたくない。私も過去において相当の不自由人であった。また今から十年後になって、十年前の自分をふり返れば、やはり、一九五九年のころの私はなんと不自由な生活を送っていたことだろうと、うたた感慨にふけるかもしれない。人間とはそういうものである。ヘルマン・ヘッセが言ったようにわれわれはいつも「途上に」存するのである。

 私の建てた株式会社英瑞カンパニーは、十一月四日から中央区日本橋室町四の六に移った。神田駅から数分、神戸銀行の裏のほうである。『AZの教祖』の18章に紹介した竹馬の友松田生詩が、専務として、すべてを取り仕切っている。今まで私の家庭と同居して、子供たちがオフィスに入り込むと「コラッ」と怒鳴られていた約二年の生活も終結を告げた。来春、皇太子に赤ちゃんがお生まれになることに少しおくれて、私にも第四子が与えられる。身重の妻にとっても、ふたたび「家庭」にもどった私の家は、ひとしお幸福の色を深めたようである。
 内容と形式の両方において、私は「カネを追いかけていた」時代にハッキリ訣別し、「カネに慕われる」生活に入ったようである。
 儲ける努力――これは業(カルマ)のほどける課程として必然のひとこまかもしれない。一生、これをやって、ヘトヘトになったすえ、老いさらばえてゆく人たちも、世間には沢山いる。徳薄き故に、とさげすみたもうな。かれらは道を知らないからである。
 人生は、もっともっと別のものであるはずだ。
6.AZの最後っ屁
 イタチのヤツだったら、どんな大イタチだってせいぜい一里四方が臭くなるぐらいで収まるだろうが、AZのサイゴッペだったら、天地宇宙がもうもうたる臭気に含まれ、生きとし生けるものことごとく悶絶して死に絶えるかもしれん、と大見得を切ったのはいいが、昔のことわざにも「イタチの無き間のテン誇り」
 というのがある。
 テンとは貂、動物の名だ。思うにイタチとテンは仇敵の間柄らしく、イタチがいないまにうんと威張っておくということだろう。
 イタチとは私。
 テンとは出版屋である。
 いや逆かな。臭いほうを相手に押しつけるとするか。
 とにかく、私はこの6章を突き返されて、マンナカの「あとがき」を書き出したのはいいが、お礼言上のつもりがとんだ憎まれ口になりそうだ。だからやはり「最後っ屁」ということにして――。
 この6章、実は「着せかえ人形」みたいなもので差し替えである。出版屋さんがどういう風の吹き廻しか、この本を面白いと持って行って、よくよく熟読玩味したら、どうもこの6章が面白くない。なぜかというと、題も題、“見よ、この商法!”と景気のいいタイトルで、ある革命的商法、つまり外ならぬこの本のAZ的売り方を説明したからである。
 つづめて言うと、私という奇物は、この資本主義という仕組みが気に入らず、生産者―問屋―小売店―消費者というモノの販売ルートをぶちこわし、本の生産者である著者がどこかで三十万ほどオカネをせしめて、二千冊も自分で印刷して、全国の小売書店に配ってタダで売らせる。そして読者のなかでこの本をヒントに「金銭征服」をなしとげたら、一人一人から五百円、千円とケチなことは言わぬ、読者がもうけた額(百万でも一千万でも)の半分も頂こうと、トテツもなく虫のいいことを考えたのである。
 それだけならいいが、出版屋なる人種をコキおろしたり、書籍の取次屋、つまりオロシ屋をコテンコテンにこきおろす(シャレもいい加減にせい!)所業に及んだ。そこへもってきて、十一月の声をきくと、突然たいへん物分りのいい出版屋さん(おお、この敬語!)があらわれて、この本を引っさらって行ったというわけ。
 いくら何でも自分の悪口を言われたり、大切な取引先の取次ぎさんが糞みそやられたんでは気色が悪いし、だいいち商売が立ちゆかないではないか。
 そこでバッサリ首切り命令が下る。生産者たる私は、ねじり鉢巻で、小切手ならぬ玉稿の改ザンにとりかかる。頃もよし、悪事に適した深夜作業である。
 しかしねえ、読者諸君! ここで決してガッカリせず、次の章からは安心して読んで下さい。幸運にして、この書物はこの章以外は、ノー削除、ノー伏字である。これほどイキのよい本はいまだかって日本の出版史上に現れたことがなかった。従って、このような本を現在の商業ルートにのせることを決意した出版屋さんは、驚くべき大英断を下したわけだ。この本は版を重ねるであろう。耳から耳へと『AZの金銭征服』の評判ははてしなくひろがってゆくからだ。