ブラウン・ランドーンの方法
四囲に窓がない。片側に一つだけドアがあって、そのドアから更衣室に抜けられるようになっている。更衣室は男女一つずつあり、その脇に看護人のための部屋がやはり男女一つずつある。
 内側はやわらかい灰色である。天井も灰色。光は間接照明である。床一面にマットレスが敷きつめてある。(日本式畳なら申し分なかろう)
 マットレスの上に、やわらかい灰色のジュウタンが1枚ある。そのほかには椅子も鏡も何もおいていない。家具らしきものは一つもない。ガランとした部屋だ。
 神経の緊張に悩んでいる患者とか、腕や脚の麻痺に苦しんでいる患者を、まず更衣室につれてゆく。一枚の白布を渡し、まっぱだかになってもらい、その布で身体をおおって「灰色の部屋」に入れる。
 ドアから入ったとき、白布を取ってドアをしめる。患者は1時間のあいだ、そのまま放っておかれる。
 やわらかな光、灰色の壁と天井、マットレスの上の灰色のジュウタンーーー床につくねんと坐っているよりほかはどうしようもない時間! かれの仕事は「待つ」ことだけだ。「なにか」したくなるまで、ただそのままでいる。
 この部屋に入るまえに、患者は次のような指示を受けている。私はこれを読んだとき、スブドとのあまりの類似性に目をみはるような気持ちであった。秀れた医学者の結論が、東洋の神秘家の方法と期せずして一致したのである。


無意識にいたる3つの条件

 その指示は次の3か条から成る簡単なものである。
(1)雑念が浮かぼうと浮かぶまいと、すこしも気にかけるな(あたまのなかにどんな想念がうかぼうと、それには取り合わぬ)
(2)なにか動きたいような衝動がおこるまで、ただ待つこと
(3)衝動がおきたら、それに従うこと。しかし、それがどんなものであろうと、それについてあれこれ考えることをしない。

 衝動は内から湧いてくる。その力に任せぱなしにして、ただ素直に動いていればよい。
 あなたのなかの「魂」は、ほかのどんな偉い人よりも、あなた自身の肉体の条件をよく知っているのである。現在の状態で、どのような運動をしたらいちばん良いかということを、あなたの魂は知っている!
 その結果は、初めから信じられぬほどだったと、ランドーンは言っている。患者からの内密の報告は驚くべきものだった。
 たとえば、脚がなかば麻痺状態におちいった患者は、最初の3回(1時間ずつ)は何もしたくなかったが、第4回目に右の肩をねじりはじめたのである。
 それは人間がそんな動かし方をするなどとは想像もつかぬような妙な方法であった。脚が悪いのに、運動はとんでもない方向から始まったのである。のちに、胴の右側と背中をひねったり廻したりする運動にかわった。身体をマリのように丸めて、また伸ばしたり、そんな妙なこともやった。
 毎回、なにか違った運動をやらされるのである。もちろん、今度はこういうことをやってやろうなどと考えるわけではない。初めにあげた3つの注意に従って、ただ待つだけのことである。その患者はときどき左の脚を動かしたことはあったが、何週間も悪いほうの脚を動かす衝動はおこらなかった。
 7週間目に、かれは一つの発見をした。この11年間、かってなかったほど見事に、右の脚が動かせたのである!
 4ヵ月以内にその脚は完全な動作をするようになり、強さも左脚に負けなくなった。
 ランドーンはまた別の例を紹介している。それは22歳の青年で、失恋の打撃のため不眠症におちいっていたのである。夜も昼も目をさまし通しであったので、いつ発狂するか分からぬほどであった。
 この患者は最初の一時間で、もう「無意識による解放」を体験して、次のような報告をした。
 「初めは何もしなかったのですが、しじゅう、何か坐るものがほしいなと思いつづけていました。うずくまっているのは、しごく具合がわるかったのです。
 すると妙なことに、私はいつのまにか自分の身体を眺めまわしていました。思っていた以上に、私の身体はよい形をしており、肥り具合も申し分ないことに気づきました。
 次に、両脚を伸ばして仰向けに寝ました。坐っているのが苦しくなって、らくになろうと思ったのです。
 こんどは両腕をひらきました。どうやってその動作を始めたかよく覚えていませんが、とにかく妙なねじりかたで開いたのです。
 次に気づいたのは、Cさんが入ってきて、私をおこした時です。知らないで、眠ってしまったらしいのです!」
 1週間後の報告によると、眠りつくまえに脚と腕をめちゃめちゃに動かすのはおしまいになり、その代わり腹部の筋肉を動かしているのに気づいたそうである。その動作はタテヨコ、左右、縦横無尽というふうで、まるで九つぐらいの少年が面白半分に、どのくらい色々の方向におなかが動くか試してみるようなかっこうだった。それからとたんに眠ってしまったという報告である。


魂は知っている

 見はなんでも知っている、ではない。魂こそ、一人一人の肉体の内部の状態を実によく知っているのである。失恋の想いが脳中枢のどの部分に過剰血液を生じるかということまでよく知っている。
 4週間たつと、この青年は毎日12時間から14時間も眠るようになり、9週間後には精神状態はすっかり普通にもどり、おまけとして全身の健康がすばらしく良くなった。
 そればかりではない。長い灰色の部屋ですごす静かな時間のあいだ、数週間身体の運動が停止し、かわりに頭のなかに人生上の新しいアイディアが洪水のように押しよせてきた。青年のことばを借りれば、「横になるが早いか、自分が創造の神にでもなったような気分でした。実に沢山のアイディアが次々とやってきました」
 4ヵ月後に、かれは生き生きとした幸福な人間になった。「無意識による内的緊張の解放」は、かれの人生まで創り直したのである。