無より
もなし、署名すらないという手紙を時々もらうことがある。そういう人の神経を疑う。うっかり者にしては度が過ぎる。
 時間空間は認識の形式であると、むかし谷口雅春が言った。三つ目の「間」である人間も同じ形式かもしれない。僕とか君とか彼とか彼女とかの「人間」もまぼろしであり、実体はないのだと言い切ることも可能だろう。みんなマ−ヤ−(幻妄)である。俺でも誰でもいいじゃないか。時間・空間・人間の「三間」はみな無視して、ボヤボヤ生きようじゃないかという提言もあるかもしれない。しかし、その逆に、すべてを精密に意識して生きようという主張もあってよいのではないか。 「むかし、或るところに或る人がおりまして、或ることをしました。おわり。」それでは話にならない。私は話らしい話をしようと思って、生まれてから30冊近い書物と、5万通を越す手紙を書いてきた。そして、すべてになるべく具体性を持たせて、なるべく通じるように言語と論理を明晰にしてきた。そして、建て前と本音の関係も、可能なかぎり明らかにしてきた。キリストの黄金律という最高の建て前も、それが実行されていない現実を自分と周囲に見て、その通りに報告・記述してきた。人を殴れば殴られるというごく当たり前のことも、骨身に染みるまで体験して納得してきた。それで何度も入牢(ジュロウ)の憂き目にも遭ってきた。そこまでやらないと分からないのは馬鹿だよと言われるが、たしかに馬鹿だった。馬鹿は死ななきゃ直らないかもしれないが、少なくとも生きているうちに馬鹿を馬鹿と知りたかった。(私の戸籍名は鹿が左に来る。そのお隣りは隣の右だ。)
 「地獄の沙汰も金次第」という言葉も知っていたが、納得がいかないので、金なしの非力(ヒリキ)人生をやってきた。アル中の恐ろしさもみずから体験した。すべて体験主義の人生だった。まだ体験していないのは「死」だけである。この最大の冒険だけが一つ残っている。これはゆるゆる、あるいは急激にするつもりだ。
 神のことはしょっ中考えてきた。そして、無解決である。分かるはずはないというのが結論だ。理解不能にしても、成神はできそうだ。理解を外せば神になれるかもしれない。神が引っ張ってくれればの話であるが。(これはメ−ヘル・ババの問題に関連する。)
 人には可能なかぎり、優しく親切にしよう。それは本音になっている。
 末期(マツゴ)が来て、「ああ、いい人生をやった!」と、心の底から言いたい。これも、願いとしての本音である。
 イカキ先生から始まったあの小説の締めくくりはできないが、気にかかっている所だけを少し書いておこう。例の砂丘講演会には、林参先生が幽体を飛ばして、縁もゆかりもない10人の夢枕に立ち、集合場所と7月15日午前10時という時刻を知らせることにしたかったのだ。しかし、それはほとんどサイババの領分である。林参先生にそんなことができたと書いたところで、読者は信用しないからやめてしまった。完全な絵空事になってしまうからね。
 この本の次に何を書くって? それは未定だ。貧困脱出(それが来るか来ないかは不明)まではこの「私家版」を書き続けるだろう。食業で忙しくなれば、この著述は休止だ。失業すればまた書く。いわばこれ、失業本みたいなものだ。
 砂丘講演会には、一人大金持が現れることになっていた。私の人生にもそういうことがないかなあという淡い願望からである。万一、そんなことにでもなれば、私は食業をやめて、大説家として大説ばかりを書いているだろう。小学校に上がる前から原稿紙の升目を埋めていた人間だから。
 作曲や絵などもやりたいが、短い人生でどこまでやれるものだろうか。いくらジェネラリスト願望が強くても、結果的には誰でも何かの専門家にされてしまう。
 あと5行書いて、この章を終わりにしよう。
     1.読者よ、私に電話や手紙をください。
     2.読者よ、私に活動させるための金品を送ってください。
     3.読者よ、私に著述の材料を提供してください。
     4.読者よ、私に要求してください。
     5.読者よ、安心立命してください。


55.おわりに
                                        在天神940309/0855
 私の「私家版」本は1993年3月から書き出したものである。
 商売嫌いの私は、この著作群をプレゼント経済のシステムに乗せて、縁のある人に配布しようと思った。幸い、大阪のマツシマ・トオルさんがそれに協力してくれた。どういう本がすでに簡易装丁で頒布されているかは、下記のトオルさんに問い合わせてもらいたい。また、私の原稿料ならびにトオルさんの造本資材エネルギ−料は、ともに金銭に換算できないから、読者のほうでそれぞれの真心の金品をプレゼントしてもらいたい。私にもトオルさんにも、あるいは一方だけでも、あるいは黙殺でも構わない。殺されると痛いし、殺したほうにも報いが来るなどと脅し文句は並べないほうがいいね。とにかく、この「私家版」を通じて、なるべく沢山の人々と終生の友になりたいと思っている。また、この「大説」に出てくる現実の兄弟姉妹たちがお互いに仲良くなり、個人の「城壁」を取り払って、助け合い、ともに精神的・物質的に豊かになってもらいたいと願っている。
 この同胞関係に名前のつけようがない。組織を作っていないし、これからも作らないからだ。とりあえず、X同胞会とでもしておこうか。会でない会である。
 トオルさんは世話人代表という格である。国連風にいえば、「X同胞会事務総長」かな。
  松嶌徹さん
  562−0012大阪府箕面市白島2−21−34パラビラ302
  電話0727−24−7694

 私の娑婆名と住所と生年月日その他を最後に記す。(現在に直す−−H13・2・24)
  十菱麟(ジュウビシ・リン)
  634−0822奈良県橿原市鳥屋町1−5−6
  電話0744−28−4731
  1926年(大正15年)7月15日東京阿佐谷村出生
  過去に妻3人・愛人若干名・子供22人、目下独身


終歌


     をはりてもつきてもうまるいのちかなこしをるるともつなぎあらたに

     暖冬に今年の不作あるまじと裏の畑に種子まかむかな

     天候は神の支配のもとにあり米の不作はなしとは言へず

     飢饉には鳩麦よしと人に説き我も作らむ平和の麦を

     米なくばパンとうどんを小麦粉もなければ鳩の麦ぞこれある

     春立ちて立たぬ己れの嘆きをば色散り里の恋に求めむ

     色々の暮らしを立つるはらからの夢のなかにぞ我はありたき