書簡集リスト
TOMATOSUN!
                        於天神920528/0138
 独語風に...
 ドイツ語ではないから独言風に、と書くべきだった。
 また、丑寅の勤行かとも思うが、池波正太郎を読んで寝たほうがいいかもしれない。しかし、一言記しておこうと思ってWPに向かい、モーツァルトを聞き出したら、恐ろしい鬼の声が入っていました。それはある日の記録で、あなたに出した手紙のどれかと連合しています。“ヒステリ−を受ける或る亭主の姿”とでも題をつけて保存しても仕方がないから、そのままHHにでも送ろうかな。今、深夜で再生も憚られるので、消しました。音量を上げたら家中が起きてしまいそうな代物。
 反復を嫌う人間の家庭はこんなものです。嵐やら凪やらいろいろ。人間のありのまま。虚飾ゼロ。ただし、このような記録の社会的価値となると、何だか分からない。人を不安と恐怖に陥れるテープだなんて、大抵は消されてしまうだろう。インパクトやショックが必要な人には何かの役に立つだろうが、地獄の響きと言えばそれまでです。
 ほとんどの食業は反復人間向きのもの。創造人間は、決まった考えや生き方というものを壊して、新しいものを発見しよう、作ろうと思って、人生毎瞬、虎視耽々としています。破壊や反抗はその手段にしかすぎないが、寺山のような人は「手段」を「目的」に仕変えてしまった。
 BJのような人間は一つの創造をやったのかもしれないが、すぐそれをパターン化して、みずからそれを限りなく反復することに人生を使ってしまった。擬似的な創造者です。イエズスという創造者は「愛」を言葉と行動で反復したのだろうか。大師たちも、やはりなにがしかの反復をやっている。人間の運命は反復なのか。反復以外に人間の成り立ちようはないのか。せめて、可及的に反復を避けようではないかという提唱をする創造者が出てきたとしても、そればかりを語り行動していたら、やはり周囲からは反復者と見られるのであろうな。
 だが、神は絶対的に反復を嫌うと思う。同じコオロギだと言っても、よくよく調べると一匹として同じコオロギはいないだろう。同じ一匹のコオロギでも、よく聴けば、毎日音色が違うだろうし、同じ日でも朝と晩とでは別の声を出しているだろう。それが自然だが、人間は他の生物と違って、意識して反復を創造しようとしている。同じものを作り出さないと安定しない生き物なのかもしれない。昨日と今日と、やはり同じような顔と性格を周囲に示さないと、他人が安心してくれないから、努力して同じ自分を作って、それを固定しようとするのか。思想を毎日変える人間というものは、やはり狂人の部類なのか。
 しかし、私は私であるしかない、と私は言いたがる。開き直る。他人向きに自分をデザインするのは真っ平だという。しかし、この態度そのものがもうパターンを志向しているのかな。固まってゆくのかな。ある人間にはその人らしい体臭があるとされている。しかし、それに気がついたら、私は、私なら、体臭そのものも変えたいと思う。食物を変えたり、汗をかいてみたり、汗を止めたりして、その他いろいろ工夫して体臭を変えてしまいたい。その人らしさ、癖、個性などというものもどんどん変えてしまいたい。「個性的な人間」だなどと言われて喜ぶ人もいるらしいが、私は何だか馬鹿にされたような気がする。俺にも個性などがとうとう出来てしまったのか、と落胆する。そしてその個性のゼロ化に努力する。しんどいかな。ほっといたほうが楽かな。怠惰のほうが幸せかな。Yみたいに、「私は自分の性格を変えたいなどと一度も思ったことありません」などという人を見ると、つくづく不思議になる。私は性格など、コロコロ変えてゆきたい。そうでもしなければ、自分が自分に飽きてしまって、生きて行くこと自体が面倒になるだろう。
 
                  −1一

 さあ、こんなところで深夜の独言は柊わり。FDのタイトルは.単に「未」としておこう。

 4:22AM。結局、眠りを見失って、こんな時間になっています。本を読みたくもなく、食業など論外。思想が湧くでもなく、ジワジワとウツに追いっかれたような気がするので、これはたまらじとウツ藁を一服のむ。祈りにも乗れず、思考の渋滞と来ると、これは赤信号。薬が効いてきて、もし眠ってしまったら、楽しみにしている「鬼平」に寝過ごしてはたまらないと思っています。ボヤッとしていても仕方がないので、コトバを転がします。電気剃刀を回転させて僅かのひげを剃ったり、所在のないこと夥しい。ときどき思いもかけないときに、コイツはやってくる。全く予想がつかないので、どうにもならない。性格の変化どころではない。それ以前の問題です。気分の波なのです。眠りは救いです。昼間は眠りの波に何度もさらわれて、眠ったり起きたりして食業をやっていたが、そんなときに限って、深夜になるとポカツと不眠の時間が大きな口をあけます。面白くないから面白いことも書けない。女房子供たちは睡眠と覚醒と、規則正しく繰り返していて羨ましい。やはりああいうのがいいです。しかし、もうそういう生活リズムは私には縁のないものになってしまった。寝ようと思って眠れないのであれば、退屈なこと=食業をやればいいのだが、どうにも気が向かない。大体、もう改行ができない状態になっています。想いの切れがないのです。だから、ダラダラと文が続いてゆくのです。
 日田の病院でも眠れない時はいつも廊下の薄明かりのところ(緑の非常口の灯)にワープロを運び出して、皆が起きてくるまで何やら書いていた。今と別に変わりありません。あの3ヵ月は祈りはほとんど出来ませんでした。皆が熟睡している病室で、窓にもたれて戸外の雪の乱舞を見ていた。昭和天皇が亡くなったあの冬です。それからもう3年が過ぎている。何やかや「虎齢」を重ねてきた。きみは6年と書いていたが、日田時代がちょうど半分なのですね。
 3ヵ月の問に何回かソウの波もやってきて、そういう時は必ず療友かナースか看護人と口喧嘩をしていた。そういうとき、一回医者に呼ばれて尻のところにでっかい鎮静剤を注射されたことがあります。あとフラフラして歩けなくなる例があるというので、看護婦が心配して私のあとをついて回っていましたが、別に何ということもなかった。徐々に沈静して行ったようです。
 毎朝、霜柱を踏んで、みなとラジオ体操をやったが、私はお座なりに手足を振らないで、力一杯まじめにやっていたものです。拘置所のときと同じで、飲酒欲求などまるでなかった。あらぬものが見えたり、皆がよく報告する離脱現象もなかった。みな、肝臓治しで毎日点滴を受けていたが、私は一回もやれと言われなかった。例外的な患者で、やはり普通のアル中ではなかったようです。外が明るくなり始め、ウグイスが鳴きだしました。5:08AMです。このタイムをマネーに変える仕事をやればよさそうなのですが、それには全く気が動かない。フラフラになって、もう駄目だという時が来るまで、これを書いているしかありません。劇的なものはカルマが呼ぶというようなことをHHが言っていたが、そうかもしれません。劇で言えば、幕間に私はいるわけでしょう。
 池波正太郎さんの日記を読むと、適当に毎日酒を飲み、上等の食事をあちこちつまむようにして、映画は内外のものを試写室で勤勉に見、画集をひもとき、音楽は

                 −2/5−