市庁舎に入り面会したときに思った最初の印象は、無骨なただのおっさん、だった。
失礼にもほどがあるぞ、と胸中で呟いた瞬間、胸中で光炎剣にため息をつかれた。気にする様子もなく、は書類を渡し、受け取りのサインをもらって市庁舎をあとにした。
『ここからどうする?』
光炎剣はに問いかける。いつもは先を聞くようなことをしない光炎剣が聞いてきたことに、少し驚いた彼だったが、何か考えがあるのだろうと思う。
「聞くってことは考えがあるんじゃないのか?」
『まあな。――、ここで一度テレポートを使ってみてはどうだ?』
光炎剣の言葉に、がぽん! と手を叩く。ルックに手伝ってもらって一度は練習したが、あれから一度もやったことがない。このティントから馬を預けてきた竜口の村までなら短い距離だから失敗しても支障がない。
「えーっと、まずはここから移動した方がいいよな」
『街の外のほうがいいだろう。誰かに見られるのもよくないだろうしな』
光炎剣の言葉に頷き、は街の外へ移動する。
「さて、はじめますか」
『まずは意識を私に。補助は――』
「僕がするよ」
しゅるりと風の音がしたかと思うと、そこにはロッドを持ったルックが立っていた。
「二度目でよく一人でしようと思うね、君は。――無謀なのは知っているけれど、これほどまでとは」
無謀、とまた言われて、は少々むっとしてしまう。
「近くにいたのなら先に出てきてくれればいいだろう?」
むっとしたまま言えば、必然的に語尾がきつくなる。それに動じた様子もなく、ルックは甘えたことを言うなとため息まじりに呟く。
「その頭は戦闘時にしか働かないの? 今はその時期じゃないって言ったはずだよ?」
あぁ、そういえば言っていたな。
は呟いて、あははと乾いた笑いをする。
「さっさとはじめるよ。君が違うところに行きそうになったら引き留める。僕が補助するのはそれだけだから、肝に銘じておいて」
「わかった」
先ほどの呆れた様子はひとつもなく、真面目な顔して言ったルックに、は気を引き締めるようにひとつ頷いた。
「あぁ・・・無事だったみたいだ」
見たことのある風景が目に入り、は安堵の色を浮かべる。それに反論する声が一つ。
「誰が一緒にいると思っているんだい?」
ロッドを持った少年――ルックが風の中から現れ、不機嫌そうな声と表情でを見やる。
「猿も木から落ちるっていうじゃないか」
「できれば、弘法も筆の誤まりと言ってほしかったね」
はあ、と大きくため息をついたルックは、宿へ行くよう促した。
「君と一緒にいると目立つから嫌なんだ」
宿の一室へ入った途端にルックはそう言って、さらに言葉を続けた。
「まだ僕が出る時期(とき)じゃないんだから、あまり無茶なことはしないでよ」
いずれは巻き込まれるその流れは、とうに動き出している。は巻き込まれるのではなく、自分たちを巻き込むのだ――。
「そう言われてもね・・・僕は無茶をしているつもりはないし」
『は自覚していないだけだ』
「光炎剣もそう言っているだろう? これ以上、無茶なことをするようならレックナート様の元に連れて行くよ?」
それは困るなぁ・・・。
はのんびりと声を発し、荷物の中から地図をひっぱり出す。
「まだ行くとこあるしなー。レックナートの元にいれば追われることもないかもしれないけど、自由がなくなるだろ?」
レックナートのいる魔術の島は結界で守られている。命を狙われることは少ないが、自分の好きなように動くことはできなくなる可能性は高い。
「そうだろうね。君の性格なら、なおさら」
「あー・・・やっぱり?」
は地図に小さくバツをいれていく。
サウスウィンドウ・トゥーリバー・ティント。この三つしか行けていない。残りは七日。その間に、マチルダ・グリンヒルへと行かねばならない。一番問題なのはマチルダで、ここは最後に行こうと決めている。
「ルックはどうする?」
短剣を枕もとに置き、は光炎剣をベッドの頭元にたてかけ、防具を取る。今日もう一泊し、グリンヒルへ向かう。グリンヒルのトレーズは才がある。そこへ行く途中で何もなければいいのだが・・・・・・。
「ついていく気も、ここにいる気もないよ」
「そうか。じゃあ、僕は寝るよ」
ベッドへ横になったは、おやすみ、と小さく言って目を閉じた。一分もしないうちに寝息をたてはじめる。
「光炎剣、いつもこんな感じ?」
『まあ、だいたいはな。殺気を向けられれば起きるし、今はルックがいるからな』
「僕が?」
『ルックがいるから深い眠りに入る。信頼に値する人間が傍にいると、いつもこんな感じだ』
気を抜くのだろう、と光炎剣は言った。
ルックはベッドに近寄り、ロッドを持っていない方の手で前髪をさらりと撫でて、小さく微笑む。光炎剣にすら見ることができないその表情はすぐに消え、いつもの無表情に戻る。
「僕は戻るよ。今度は無茶をする前に呼んでくれるとありがたいんだけど」
『わかった、覚えておこう』
光炎剣の言葉に頷き、ルックは風と共に宙へ消えた。
太陽が顔を出したばかりの早朝、は久し振りのすがすがしさを堪能していた。
「光炎剣、もしかしてルック、いた?」
『いや・・・。それがどうした?』
「なんか久々にたくさん寝た気がしたから」
『お前が寝てからすぐに消えたが』
そっか、と呟き、はアンダーシャツの上から胸当てをして、上からもう一枚シャツを着る。革のブーツをはいて、腰のベルトに光炎剣をとめ、黒いマントをはおった。
『行くのか』
今日はいつもより出立が早いと思ったのだろう、光炎剣が問いかけてくる。
「嫌な予感がするからね。――仕事を早く片付けよう」
『ハイランドか?』
「――どうだろう・・・ハイランドというよりかは『ルカ』じゃないかと思う」
『取り込まれるか』
「近いうちに」
は赤い目を細める。風の洞窟でみたルカ・ブライトは、獣の紋章をまだ抑えることができていた。だが近い将来、彼は紋章に取り込まれてしまうだろう。そうなる前に仕事を終わらさなくてはならない。
は荷物を肩にかけると、手袋を両手にはめて部屋の扉を開けた。
部屋を出てすぐ肩越しに振り返り、小さく笑んだ。
「ありがとうな」
小さくつぶやき、は部屋をあとにする。
が部屋から離れたと同時に、やわらかな風が部屋のカーテンをかすかに揺らした。
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