「ここは・・・」
目を覚ましたとき、目の前には湖があった。
「目を覚ましたようじゃの」
杖をついた老人が安堵の息と一緒にそう言った。
「ここはトラン湖にある城じゃよ。一週間ほど眠っておったかのぉ」
「解放軍の城・・・?」
そうじゃよ。
彼はそう肯定し、棚にある薬草を取り出した。
「薬湯を作るから飲んで・・・・・・」
老人がそう言いかけたところでかかる声。
「リュウカン先生、彼女の具合は――・・・あ、起きたんだね」
緑色のバンダナに赤い服を来た彼は、リュウカンという老人に問い掛けようとして気付いたらしい。の姿を見つけて微笑む。
「君の友人が心配していたよ」
「友人?」
「うん、ちょっと変わった友人」
はわからず首を傾げる。
「坊ちゃん、連れてきましたよ」
彼の背後からやってきた斧を携えた彼の、その右手にある金色は。
『、寝坊のしすぎだ』
低い声。は剣が喋ったことに驚き、声も出ない。
『はじめてだから驚くのは無理のない話だ』
はそう言えば・・・と記憶を辿る。
ササライとかいう神官に深手を負わされ混濁していく意識の中で、自分の持つ火の紋章を発動させた声と同じような気がする。閃の紋章がどうとか言っていた気がするが、記憶が曖昧すぎる。
『悪いが席をはずしてもらえないか?』
の困惑を理解してか、剣はそう言って皆が部屋から出るのを待った。
『私は光炎剣という。真の紋章の一つ、閃の紋章を宿している。・・・そして、が私の使い手だ』
「私が使い手?」
『私が真の紋章を宿していることは、ハルモニアでも数人しかしらない。あのヒクサクでさえ、気付いたのは私がとあの国を出てからだ』
ハルモニア神聖国。自分のいた国だと言われてもピンとこない。
「あの神官もハルモニアの人?」
『ああ。だが、あいつは我々をここまで逃がしてくれた』
おまえの敵ではない。そう暗に言っているのがにもわかった。
「敵かどうかは私が決める」
言い切ったの元へ、部屋の入口の扉近くにたてかけられていた剣は、ふわりと浮き上がって近づいてくる。
『私はのそんなところを気に入っている』
「そう? ありがと。・・・しかし、これから更に動きにくくなるわね」
呟き、それから思いついたように自分の左手を見遣る。
「傭兵というのも悪くないかな」
今の姿なら傭兵としても通用する。元々、女性的な仕種を身につけていなかったから、女という事実を隠すのも簡単だ。
がそこまで考えたとき、剣は浮いていた体を彼女の座るベッドまで移動させ、その膝の上へぽとりと落ちた。
ベッドへ上体を起こして座っていたは、布団の上へ落ちて来たそれを両手で取り上げる。
「光炎剣、私はしばらく傭兵になって、その間、剣術と魔法の鍛練をする。いいかな?」
『がそれで良いというなら』
「ありがとう」
コンコン。
ノックの音と一緒にガチャリとノブの回らせ扉の開かれる音。黄色い熊のようなガタイの男と、青いマントとバンダナが印象的な優男が現れた。
「悪ぃな、話の最中に」
「まったくだぞ、ビクトール」
「仕方ねぇだろ、フリック。こいつが会いたいってうるせぇんだからよぉ」
どうやら、熊のような男がビクトール、優男がフリックというらしい。
『久しいな、光炎剣』
ビクトールの持つ剣が、その手からはなれてふわりと浮いた。
『星辰剣か・・・50年ぶりだな』
ビクトールは壁に背をもたせ掛け、フリックは入口の外で立ち尽くしている。その両端から覗くはとその付き人。
『まだ不完全のようだな』
『仕方ない。は過去の記憶がないからな』
フリックの後ろから覗き見していたが部屋の中に入ってくる。
「、ここに残って僕と一緒に闘ってくれないかな?」
「坊ちゃん!?」
「グレミオ、大丈夫だよ。は戦力になる」
「坊ちゃんがいいなら、私は止めませんが・・・」
グレミオと呼ばれたの付き人は、少々歯切れの悪い言葉を発する。
「傭兵として雇ってくれるなら歓迎だけど?」
タダでここにいる気はないと、は直球だ。
「いーんじゃねぇのか?」
「決定権はリーダーにある」
このビクトールという男、結構お人よしの性格のようだ。横から口出しする彼を罵っているのか咎めているだけなのか、どうにも判断しがたい声音で言うフリックとは、なかなかの腐れ縁のよう。関係を知らないでさえ、その雰囲気が感じられる。
「真の紋章を持つ光炎剣、その主である。なおかつ、過去の記憶がなくて、知らず追われる存在であるという事実。全部を踏まえたうえで――・・・、君は僕たちの仲間になるべきだよ。それにね、大人数の中にまぎれていれば、君という存在も少しは見えにくくなるはずだよ?」
真の紋章。その言葉をさらりと言ってのけたという少年に、は不信感を抱かずにはいられない。無意識に光炎剣の柄を握っていた彼女に、彼は自らの右手を見せた。
「僕の右手には真の紋章がある。人の命を食ってしまう、呪われた紋章が――・・・。でもこれを守ると約束した。にもきっと、大切にしたいものができるはず。だから、君がいられる限界まででいいから・・・いてくれないかな」
それにね。
が更に言葉を続けようとしたとき、一陣の風が舞い降りた。
「。勝手に僕のことを言わないでもらいたいね」
勝手に人のことをぺらぺら喋らないで欲しいよ。
風の中から現れた彼に、は目を見開く。
「ササライ・・・!」
「ササライ? 人違いじゃないの? 僕とその人がどれだけ似ているか知らないけど、勝手に人の名前を変えないでもらえる?」
緑色の神官服に身を包んだ彼は、不遜な態度でを見やる。
「――・・・ごめん。確かにあなたはアイツじゃない」
でも、どこかで聞いたことのある声だ。
思い出すことができずにいるに、彼は近づいていく。
「君は・だね」
「ルック、知ってるの?」
「知ってるから名前を言ったんだろ」
目の前までやってきた彼は、ルックという名前らしい。これほど口の悪い神官なら覚えていてもおかしくないと思うのだが、にはまるで覚えがない。
「君は108星には入っていないけれど、ここにいることで得られるものがあるはず」
たとえば、命の恩人を殺めた敵を見つけることができる――とかね。
彼の声は、目の前のにだけ聞こえるように、小さな小さな。
『ルック!』
光炎剣がルックを咎めた。それにルックは肩をすくめるだけにとどめて。
「君は強さを求めているんだろ。だったら、ココはうってつけの場所だよ」
ルックは自分の言いたいことだけを言って、また風に紛れるように消えていった。
「――・・・」
「――わかった、協力する。魔法も剣術も、うまくなりたいしね。実践で鍛えりゃ、少しは上達も早いだろうし」
の一言に、は笑顔を見せた。
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