「これは紋章の発動にかんすることだと思うのですが・・・」
『そうだ。閃の紋章とは、火を纏う光の剣。そして、閃の紋章を扱える人物が対なる紋章を宿して、本来の姿になる』
だが、その対なる紋章の行方がわからぬのだ。
最後にそう星辰剣は付け足した。
「真の紋章同士、共鳴があると」
『発動されていればな。封印の解かれていないものを、共鳴だけで見付けるのは不可能に近い。だが、閃の紋章を完全に手中におさめることが出来れば・・・』
「あるいは、と?」
だが、確率は低い。
星辰剣は低く呟き、に問い掛ける。
『光炎剣を持つきっかけを覚えていないと聞いたが』
「覚えてないよ」
・マクドール率いる解放軍に入る少し前の記憶はある。だが、それ以前のものがない。
「行き倒れていたのを拾われて、気がついたときには左手に火の紋章、右手には光炎剣があった」
がそう言ったとき。
「マッシュ殿!」
大きな足音をさせながらやってきた兵士の様子から、ただごとではないと確信する。
「敵の数は?」
「それが・・・」
「どうしました?」
「数は5千強。ですが南からハルモニアの国旗が見えます。そちらが約1千」
「ハルモニアと手を組んだというのか?」
マッシュは兵士に兵を集めよと命じ、ビクトールをみる。
「兵を揃えて待ってるぜ」
ビクトールはそう言い置いて消えていく。フリックも準備のために兵舎へ向かおうとする。そこをマッシュに止められて。
「をフリックの隊に」
「それでいいのか?」
まだ解放軍に入って間がない人間に、前線に出てもらってよいのか。そういう問い掛けだ。
「かまわないよ」
マッシュのかわりに自身が答え、フリックの後について、彼女もそこから出ていく。
「俺たちのチームは必ず敵の目の前に出ることになる。本当にそれでいいのか?」
「くどいよ、フリック。ただ、南から来ているというハルモニア軍の動きによっては、どうなるかわからないけど」
はフリックの隣を歩きながら、彼には悟られぬように苦い顔をする。だが、それは一瞬。
「あ。そういえば、光炎剣持ってきてなかった」
「常に身につけとけよ」
フリックに諭され、ゴメンと苦笑。
「先に行ってて。光炎剣を持ってくる」
「ああ」
戦況はそれほど難しいものではなく、相手は意表をついて出陣してきたが、戦いの陣営を考えれば『様子見』であることがわかった。
北から攻めてきた帝国軍よりも、南から攻めてきたハルモニア軍の方が厄介だったと、・マクドールは後に語る。
フリックの騎馬隊は帝国軍の歩兵部隊に切り込む。突出した敵部隊。それは未熟さ故か、もしくはなにかの策略か。
「、様子がおかしい。ヤツら、俺たちを一網打尽にできるだけの力を持っているくせに、出し惜しみしている。こちらが斃れるのを待つ様子もないのに、なぜだ?」
こっちが囮で、実はアッチ――とは南をちらりと見やって――が本隊か?
「ハルモニアの1千の兵士。その中で3分の1が神官服を着ている――・・・となると、やっぱり狙いは」
「、か?」
「ん~、どうだろう。絶対の自信はないけど、ほとんど90パーセントくらいは確実かな」
のほほんとした回答に、フリックが意気消沈する。
「おま・・・」
「フリック」
おまえな、とフリックが言いかけたのを遮って、は右手に持つ光炎剣をちらりと見やる。血糊の一滴もないその剣は、の意図を理解しているようだった。
『間違いないだろう。おまえが苛立ち、飛び出してくるのを狙っている。私を携えてな』
光炎剣との二つを同時に捕まえようというのか? それとも、光炎剣を持ち去り、を抹殺するのが目的か。
どちらにしても、これではこちらの不利だ。状況を変えるとすれば、自分たちがまだ余力を残している今しかない。
「頼みたいことがあるんだ」
フリックをちらりと横目で見やる。向こうも今は休憩中なのか、向かってこない。こちらはこちらで、余力があると言っても向こうほどではないと悟っているから、余計な手出しはしない。必然的に一時休戦となっている。
「何だ?」
「僕は一つだけ、自分の胸に刻んだ言葉がある。それを違える気持ちは、今のところ・・・ない。相手の出方次第で、僕は光炎剣の振るい方を変えることになる」
「相手が『ハルモニア』だからか?」
「どうしてそう思う?」
フリックは低く苦く言葉を発する。
「帝国軍に対しては冷静だったのに、ハルモニアを相手に、おまえは少し冷静さを欠いている。普段のなら、俺にそんなこと頼んだりはしない。――それに、光炎剣の言った言葉もひっかかったしな」
――おまえが苛立ち、飛び出してくるのを狙っている。
「察しが良いから好きだよ、フリック」
「そんなところで言われたくないな。そう言ってくれるなら、城に帰ってからにしてくれ」
それは言外に、無事に帰ろうといっている。一緒に、帰ろう・・・と。
「向こうに動きは?」
「今のところ、ありません」
の問いに、兵士が答える。
「仕方ないね。――出るよ」
「出るっておまえ・・・!」
「仕方ないだろ? このままってワケにもいかない。――僕が出れば向こうは間違いなく動く。餌を撒いてやるのさ」
は唇に笑みを浮かべ、紅の髪をかきあげる。
「戦闘準備は?」
『それは私に聞いているのか?』
「これは失敬」
光炎剣の鞘を左手で確認し、はフリックを見る。
「この場所から向こうの陣営に魔法を一発かませる?」
「まぁ・・・一番小さいヤツなら何とかなるかもな」
これが雷鳴の紋章ならばもう少し強い魔法を放つことができるかもしれないが、今、フリックの手にあるのは雷の紋章。一番小さい魔法ということは。
「それでいいから、お願い。隊から離れるよ、僕は。――異存されても困るけれどね」
は馬を一頭借り受け、それにまたがる。
「その馬にはまだ鞍が・・・!」
「かまわない。どうせあそこまでいければいいんだし」
は手綱を握り締める。
「フリック」
「なんだ?」
「――・・・なんでもない。援護を、頼んだよ」
軽く馬の胴を蹴れば、名前を訝しげに呼ぶフリックの声を、まるで振り切るように走り出す。
残されたフリックは、仕方ないと呟き、右手を握り締める。
「ヤツラのリーダーはどこにいた?」
「最前線に」
「そうか」
右手の甲に紋章が浮かび上がるのをフリックは感じる。革のグローブをとれば、きっと眩いほどの光を見ることができるだろう。
――、行くぞ。
「怒りの、一撃・・・・・・!!」
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