フリックが放った一撃に、一陣の風が加勢した。ギリギリで届かなかったそれが、敵陣の一部にヒットした。
「は無茶苦茶だね。勿論、青雷・・・・・・君もね」
「わかってるさ」
フリックの隣に風が舞う。姿はないが、それが生意気な風の使い手であると知れた。
「君の援護は不本意だけどやってあげるよ」
小さな竜巻の中に人影。
「雷撃球を放てるね? と聞きたいところだけど、それはあとに取っておいた方がいいからね・・・仕方なく、前衛に出てあげるよ」
少し部隊を後退させ、魔法部隊を射程圏内ギリギリまで進めておいた方がいいね。
風の中から現れたルックは、そうフリックに提案する。彼の意見が正しいと判断したフリックは、自身の騎馬部隊の後退を命じ、自分はルックと一緒に魔法部隊に残ると言った。
ハルモニアの部隊のいる場所は、ここから約1キロ離れたところにある。馬で行けばそれほどの距離ではない。
魔法部隊と一緒に行動していたが、ルックが不意に空をあおいだ。
「どうした?」
フリックの問いかけに、ルックが空をあおいでいた顔をそちらへ向けた。
「他の誰かでは意味がない。・・・君でなければ」
フリック。君が最後の砦になるのかもしれない。
ルックは胸中で呟くが、それを声にすることはない。
「わかっている」
胸中がわかったのか、彼は右手を握り締めて言った。
「君のそういうところが嫌いだ」
憮然な表情と口調に気づいたフリックが、少しだけ苦笑を交えてルックを見る。
「傭兵には基本だからな」
戦には欠かせないものなのさ。命の駆け引きだからな。
の走り去った、そして、自分が向かっている方へ視線を向けると、フリックは苦く笑ってからルックへ目配せした。
もうすぐ、が敵陣へ到着する。
「やっぱりあんたなんだな」
「」
敵陣の前へ、馬を止めながら左の腰にある光炎剣を抜く。
「――・・・君のその格好は」
「調べてんじゃないのか? そっちの情報網は立派らしいしな」
女らしさの欠片もなく、彼女は――いや、彼は傭兵となってしまっていた。
「どうして、君はそんな・・・・・・」
「傭兵みたいな、か?」
くくく、と喉の奥で笑う。
「自分を捨てて生きる意味があるからそうしてるだけ。・・・前のことなんか関係ない。今、こうしていることが真実」
「君とは戦いたくない。大人しく従って欲しい」
声の主は、一度会っている神官。名をササライと言ったか。
「戦いたくないのなら――なぜ、戦場へ来た!」
が叫び、柄を握り締めてそれを振り上げようとしたとき。
「雷撃球!」
「切り裂き!」
同時に二つの声がした。
雷撃球の後ろから、幾分加減した切り裂きが走ってきた。雷を風が後押しをしているよう。
「ルックの仕業だな。こんな芸当、誰にでもできるわけがない」
はその二つが兵を直撃している間に、左手を握った。
火の紋章の最高魔法を放つつもりだ。
「守りの天蓋」
兵の中から声がして、雷と風の紋章が弾き飛ばされた。
雷撃球は弾け消え、膝を突く神官の姿が視界の端に映った。
「あの雷撃球はあんたが?」
聞けば彼は小さくだがはっきりと頷いた。
「よくやったよ。・・・助かった」
右手に集中しながら視線も向けず言えば、彼の顔が少しだけ和らぐ。
――そう、その顔ができるなら、戦場でも生きていける。
「ササライ、僕は言ったはずだ。聞いていないとは・・・言わせない」
怒りが魔法に飛び火しているかのように、左手の甲が輝きを増した。
「君は勘違いをしている。彼を殺したのは僕たちじゃない」
「僕には関係ないね。君自身が手を下してなくても・・・僕は僕の大切なものたちを汚されたくない!」
自分は恩と仇で返したのと等しい。その、自分に対しての憤りと、相手に対しての怒りが、その拳にはこめられている。
『、ダメだ。憎しみや悲しみに支配されては・・・!』
光炎剣がに厳しく言うが、既に時は遅かったようだ。
左手の火の紋章は発動し、負の感情を飲み込む。
火は炎へ、炎は災いへ転ずる。ましてや、彼女の右手には閃の紋章を宿す光炎剣。光炎剣の意思とは関係ない次元で、火と閃が交じり合う。
右手に持つ剣の刀身にまとわりつき光っているのは、まさしく炎。その紅蓮は、彼女の赤をも消していく。
「やめろ・・・! 、その紋章をそのまま解放してしまったら、君の命が・・・!」
ササライが慌てたように叫ぶが、には届いていない。
「僕ではダメだ。僕では・・・!」
こうなった責任の一端は僕にある。だからこそ、止めたい。なのに、僕では無理だと――こんなに無力なのだと、事実をつきつけられてしまう。
ササライは自分が敵としか見られていないことに落胆する。
「切り裂き」
落ち着いた声と共に、緑色の神官服がに向けて魔法を放った。
「容赦しないな、おまえ」
激しい音をたてて、紅蓮を風が制した。風圧で飛ばされ散々になった炎は、小さく燻る火となった。
「手加減して暴走されるのと、手加減しないで暴走をとめるのと、どちらがいいんだい? 青雷」
風の魔法か元から持っているものか。どちらにしろ、ルックはフリックよりも先にこの場へ移動し、フリックは彼が消えたあと、馬をとばしてここまで来たのだ。
「悪かったよ。・・・をどうする?」
彼女は不意をつかれて弾き飛ばされ、二人より少し前方に倒れている。
「決まってるだろ? 連れて帰るのさ」
「じゃあ、俺が囮になる」
フリックは場数を考慮にいれて名乗りをあげたが、ルックは是と言わない。
「切り裂き!」
「守りの天蓋」
ルックの風の魔法を、ササライの土の紋章が遮る。こんな状況なら、間違いなく剣術も魔法もできるフリックの方が有利だ。
「青雷、はまだ正気に戻せる。光炎剣が自我を持っているから」
フリックはいまだ炎を燻らせているのそばまで駆け寄り、片腕で抱く。
「、しっかりしろ!」
ルックはロッドを取り出し、空へ掲げた。
「おまえはそんなにヤワじゃないだろ?! 、おまえは約束を違えるのか?」
一緒にあの城へ帰ろう。言外に含めたそれに、おまえは気づいていたんだろう?
ぴくり、との右手が痙攣を起こす。
「、皆が待ってる。おまえの仲間たちだ。――待ってるんだ・・・。こんなところで立ち止まってどうする?」
「――待って、る・・・・・・」
「!!」
フリックが名前を呼ぶと彼女の目が開き、腕がフリックの髪に伸びる。
「聞こえてるよ、ちゃんと。・・・大きな声出さなくても」
ごめん、心配かけたね。
言いながら掬うフリックの髪。その手を掴まれて、彼のマントで体を覆われる。
「無茶をするな」
フリックに体を支えてもらってようやく立つことができる。
「支えててやるから、やりたいコトをやっとけ」
「さっき無茶するなって」
「おまえが大人しくしてるタマか? やられたらやりかえすんだろ?」
「当たり前」
「それでこそ、だ」
「いい加減にしてくれない? もうそろそろ、こっちも手一杯なんだけど」
魔法というものは、放つ回数が限られている。ゆえに、敵の前線に出すのは不向きなのだ。
「ルック、一発かまして構わない?」
「大きい魔法を放つなら、フリックと一緒に」
「一緒に?!」
フリックが声をあげたが、があぁ、と納得したように声をあげた。
「レベル4の魔法を一緒に放てば、魔法の融合ができるんだ」
「そんなことができるのか」
「! そんなこと詳しく説明してる暇なんてないんだよ? 僕も万能じゃない。いい加減にしてくれない!?」
ルックが見かねて言い放つ。いつも冷静な声音が、少し焦っている。少し話し込みすぎたようだ。ここまで攻撃を防いでこれたのは、きっとルックだからだろう。
「みんな、巻き添え食うなよ!」
フリックが左腕でを支えたまま、右手を握った。は支えられたまま光炎剣の柄を両手で握り締める。
「光炎剣、媒体になれる?」
『それが私の役割だ』
「上等!」
の唇に、弱いながらも笑みが見える。
「」
抱き支えている状態だから、フリックの声が小さくてもにしっかりと届く。
視線だけをそちらに向ければ、彼は青いバンダナを靡かせながら言った。
「悪い、手袋を取ってくれ」
「ちょっと待って」
あまり時間をかけていられないから、思い切り乱暴に、フリックの右手にある手袋をはがし取る。見えた手の甲には、雷の紋章が浮かび上がっていた。
――、帰ろう。・・・一緒に。
――勿論。
『フリック、の手に自らの右手を重ねよ』
光炎剣の声がフリックにも聞こえ、彼は驚きながらもゆっくりと彼女の両手に紋章を発動しつつある右手を重ねた。
『私が二人の力を融合し導く。――紋章を心の中で唱えよ』
――大爆発。
――雷撃球。
『我は火と雷を紡ぐものなり。――滅せよ。火炎陣』
光炎剣の低い声が詠唱を唱え終わったとき、膨大な力の放出があった。敵の中心に向けて雷が落ち、周りに火炎が飛び散る。
「くっ・・・」
が唇をかみ締めた。膝から崩れ落ちそうになるのをフリックの腕がしっかりと支えている。
「フリック、。皆のところに帰ろう。――あれだけの魔法を食らえば、暫くは沈黙するはずだから」
「あぁ。、馬に乗れるか?」
「む、無理」
珍しくも弱気になったに、ルックがロッドを向けた。
「今は眠った方がいい」
「俺もそれには賛成だ」
フワリと風が舞う。甘い香りがしそうなその風に攫われ、の身体から完全に力が抜け切る。
「おっ、と」
思わず両手で抱きとめたフリックに、ルックがようやく詰めていたのだろう息を吐いた。
「相変わらず無茶をする・・・」
「人のことは言えないだろう?」
ルックも相当量の魔法を放っている。人のことを心配している場合ではないのは、フリックとて同じだが。
「馬に乗せて帰るのと、テレポートとどっちが負担が少ない?」
「そうだね・・・。体に負担じゃないのは、馬だね。テレポートは空間移動だから」
「わかった。ルック、おまえ馬は?」
「僕は自分の魔法で先に帰るよ」
言ったが早いか、彼は風の魔法で掻き消えてしまった。
「おーーーい!」
背後から、ビクトールの声がした。
「遅い!」
「わりぃわりぃ」
「――まぁ、無事に終わったからいいけどな」
フリックはをビクトールに任せ、馬に乗る。それから彼女を受け取って。
「眠っちまうとまったくの女なのにな」
ビクトールの感想に思わず頷く。
「役得だよなぁ、フリック?」
意味深な声音に彼は明後日の方を向いて、知るか! と言い放ち、それから馬の胴を蹴った。
「あとのこと、頼むな」
「あぁ、任せておけ」
フリックが消えたあと、そこに残されたのはビクトールが引き連れてきた部隊と、一発の魔法でほとんど壊滅状態となったハルモニアの部隊。どちらが優位にいるかなど、一目瞭然だ。
「おまえさんたち、どうする? まだ応戦するかい? まぁ、俺としてはどっちでもよいけどなぁ・・・さっきアッチ――帝国軍のことだ――で散々コケにされたからな。皆、鬱憤タマってんだ」
応戦するわけでもなく、回避ばかりをしてくる帝国軍の群れに、ビクトールは少々嫌気がさしていた。時間稼ぎとわかっていて、それでもそれにノるように軍師に言われたから、仕方なくやっていたのだ。
今はそれも必要ない。帝国軍は撤退していった。向こうの思う壺、という演技を続けた憂さ。そういったものをぶつけてやりたい気分もある。だが、目の前の彼らは撤退と言い放ち、立ち去っていった。
「ちっ。残念だったなぁ・・・。ちったぁ思いっきり戦わせろよ」
鬱憤の溜まった隊長に、部隊の兵士たちは個々でため息をついた。
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