〈私立伝奇学園高等学校民俗学研究会〉

田中啓文




シリーズ紹介

 私立田中喜八{でんなかきはち}学園高等学校、通称“田喜{でんき}学園”に入学したばかりの女子高生・諸星比夏留は、勘違いがもとで民俗学研究会に入部することになった。だが、民俗学研究会の面々はなぜか次々と怪事件に遭遇する。比夏留は得意の古武道の技を駆使し、高校生ながら民俗学の天才・保志野春信と力を合わせて、事件を解決していくが……。

・主要登場人物紹介

諸星比夏留{もろぼし ひかる}1年生。古武道〈独楽〉の達人。ほっそりした体形でありながら、想像を絶するほどの大食い。
伊豆宮竜胆{いずみや りんどう}3年生。民俗学研究会部長で、妖怪・伝説・伝承に詳しい。地面に届くほどの長い髪の持ち主。通称“伊豆せん”。
白壁雪也{しらかべ ゆきや}3年生。古代史・歴史・古文書に強い。相撲部屋の息子で、ちょんまげを結った巨漢。通称“白せん”。
犬塚志乃夫{いぬづか しのぶ}2年生。宗教と人間の関係に興味を持つ。ポニーテールが似合う。通称“犬せん”。
浦飯聖一{うらめし せいいち}2年生。オカルトやトンデモにはまった幽霊部員。黒ずくめで幽霊のような顔立ち。通称“浦せん”。
藪田浩三郎{やぶた こうざぶろう}民俗学研究会顧問。部室で飲んだくれてばかりだが、なぜかフルートの名手。通称“藪爺”。
保志野春信{ほしの はるのぶ}1年生。民俗学に関する造詣は深く、専門誌に論文が掲載されるほど。しかし部員ではない。 
諸星弾次郎{もろぼし だんじろう}比夏留の父親。200キロを越える体重を誇る、古武道〈独楽〉の宗家。民俗学にも関心を持つ。

 “伝奇ファンにも青春小説ファンにも駄洒落ファンにもアピールすべくがんばってみました”という作者の言葉(『蓬莱洞の研究』より)の通り、荒唐無稽な伝奇小説の要素、どこか懐かしく感じられる学園小説の要素、そしていつものダジャレがうまくミックスされた、非常にユニークなシリーズです。

 勘違いから民俗学研究会に入部した主人公・諸星比夏留は、民俗学の知識はほとんどないものの、古武道〈独楽〉の技と人並みはずれた食欲(←これは違うか)で様々な事件に挑みます。足りない民俗学の知識を補うのは、比夏留の同級生にして民俗学の天才・保志野春信で、解決場面での豹変は見ものです。そして、民俗学研究会の先輩たちや、腹に一物ありそうな顧問の“藪爺”、豪放磊落な比夏留の父親・弾次郎など、この二人を取り巻く登場人物たちも個性的です。

 民俗学研究会の面々はフィールドワークに出ることもありますが(「黒洞の研究」・「人喰い洞の研究」・「雷獣洞の研究」など)、主な舞台は学園に隣接する校長の私有地“常世の森”です。立ち入り禁止のこの広大な森の中には、多くの怪しげな洞窟が存在するだけでなく、様々な怪異が潜んでいるようです。それを所有する校長も、何やら思惑を抱えているようですが……。

 奇怪な事件を民俗学とダジャレで解決する、作者の資質が十分に発揮されたシリーズといえるでしょう。





作品紹介

 11篇のエピソードが『蓬莱洞の研究』・『邪馬台洞の研究』・『天岩屋戸の研究』(いずれも講談社ノベルス)の3冊にまとめられています。


蓬莱洞の研究  田中啓文
 2002年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]

「蓬莱洞の研究」
 学園に隣接する校長の私有地“常世の森”では、生徒たちの失踪事件が相次いでいた。彼らは、常世の森の中にある蓬莱洞へ、を探しに行くと言い残して姿を消してしまったのだ。民俗学研究会の面々は、早速森の奥へと潜入するのだが……。
 登場人物たちや舞台背景の説明に筆が割かれ、やや冗長になっているのが難点でしょうか。しかし伝奇部分は、かなり強引に感じられるものの、なかなかよくできていると思います。また、シリーズ全体の中心になっていくと思われる構図が示唆されているのも、興味深いところです。

「大南無阿弥洞の研究」
 一風変わった学園祭“蛭女山祭”の最中に事件は起こった。常世の森に潜り込んだ生徒たちが、巨大な怪物に遭遇したのだ。逃げ帰ってきた生徒は、“オオナム”という言葉を残して意識を失ってしまった。事件の裏には、オオナムチ伝説が……?
 無茶苦茶な学園祭にとんでもない事件と、前作に続いてやりたい放題の感がありますが、後半の展開はまったく予想外でした。

「黒洞の研究」
 新歓合宿のために、東北の黄頭村へとやってきた民俗学研究会の面々。だが、国宝級の壷を所持し、オシラサマを祀るといういわくありげな旅館で、連続殺人事件が発生した。しかも、その最中に、比夏留が何かに取り憑かれてしまう……。
 合宿先で事件に遭遇するという番外編的な作品ですが、前の2篇でやや抑え気味だったダジャレが、これでもかといわんばかりに炸裂しています。連続殺人事件が中心となっているため、一見ミステリ風ではありますが、当然のように解決はダジャレ(しかもかなりの脱力もの)。ある登場人物の使い方が秀逸です。

2003.06.13読了  [田中啓文]

邪馬台洞の研究  田中啓文
 2003年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]

「邪馬台洞の研究」
 定食屋で食事をしていた比夏留は、なぜか入ってきた客に尋ねられる。ヤマタイコクはどこですか?”と――怪我を負って部室に飛び込んできたタイからの留学生は、常世の森の中にある“卑弥呼の石”の近くに、財宝が隠されているのだという……。
 邪馬台国の所在というポピュラーな題材が扱われていますが、この作品で示される“真相”はかなり意外です(どこまで真面目なのかはわかりませんが……)。一方、物語の結末はひたすら脱力を余儀なくされるもの。このしょーもなさが何ともいえません。

「死霊洞の研究」
 常世の森から飛んできた奇怪なクワガタムシを、隣家の三太郎少年にあげた比夏留。だが三太郎は、クワガタムシの生息する死霊洞を目指して森に入り込み、行方不明になってしまった。救助に向かった比夏留たちの前に姿を現した怪物は……?
 一味違ったダジャレが面白い作品ですが、終盤はしんみりさせられる場面も。と思っていると、最後にはやはり脱力。

「天岩屋戸の研究・序説(一)」
 学園に隣接する広大な“常世の森”は、校長の私有地であり、立ち入りは厳しく禁じられていた。ある夜、ハンググライダーで飛んでいる最中に、強風で森の上空へと流されていった生徒の身に、危険が迫る……。
 これまでの話とはかなり毛色の違った、シリーズ最終話「天岩屋戸の研究」へとつながるプロローグです。“常世の森”につきまとうきな臭いものの一端が垣間見え、今までになく緊張感が高まっています。

「人喰い洞の研究」
 民俗学研究会の面々は、不気味な伝説の残る“人喰い洞”のある長安村へ、夏合宿にやってきた。折しも村では、わんこそばの大食い大会が開かれようとしているところだったが、村の子供たちが洞窟に閉じ込められてしまう事件が起こり……。
 事件の結末は、ミステリ的にはいかがなものかと思いますが、なかなか面白いと思います。ある意味メインともいえるわんこそば大会の結末は、こちらの期待を裏切ることのない見事なもので、さらに有名な“アレ”につなげているのがうまいところです。

2005.03.21読了  [田中啓文]

天岩屋戸の研究  田中啓文
 2005年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]

「オノゴロ洞の研究」
 体育祭の準備で遅くなった比夏留は、帰り道に奇怪な殺人事件に遭遇する。赤黒い座布団のようなものに襲われた男が、全身の血を失って死んだのだ。そして現場近くには、赤ん坊を抱いて下半身を血に染めた謎の女性の姿が……。
 このシリーズにしては珍しく、グロ要素が強めなエピソードです。ダジャレの切れ味はやや落ちるようにも思いますが、物語はよくできています。

「天岩屋戸の研究・序説(二)」
 かつて恋人が目にしたのと同じ光景を、この目に焼きつけたい――その思いから、伊豆宮は危険を承知で深夜、常世の森の上空をハンググライダーで飛ぶ。その視界に映ったものは、果たして……?
 「天岩屋戸の研究」へとつながる、もう一つのプロローグ。いよいよ“常世の森”に隠された秘密が明らかになる時が近づいてきます。

「雷獣洞の研究」
 民俗学研究会の冬合宿、目的地は山間の村にある遠雷寺。奇怪な観音像と、近くの洞窟に雷獣が棲んでいたという伝説が伝わるその寺に、怪しげな人々が集う。やがて不可解な殺人事件が起こり、さらに次々と犠牲者が……。
 殺人事件こそ起きるものの、全般的にシリアス度の増した本書の中にあって、かなり脱力度の高いエピソードです。殺人事件の真相につながる手がかりも何ともいえないものですが、最大の見どころはやはり驚愕かつ爆笑のラスト(エピローグ2)でしょう。まさか“○○○ミステリ”だったとは……。

「天岩屋戸の研究・本論」
 3年生の伊豆宮と白壁が卒業を目前に控える中、顧問の薮田は最後のフィールドワークを提案する。それは、常世の森の中にある十字架形の洞窟の調査だった。危険を考慮して、その提案を拒否した伊豆宮だったが……。
 凄絶にして壮大な最終話です。今までのエピソードに少しずつヒントがあるので、物語の展開はある程度予想できたのですが……クライマックスの意外な大技はまさに圧巻。妙に(?)爽やかなラストも印象的です。

2005.04.05読了  [田中啓文]


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