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密室の如き籠るもの/三津田信三

2009年発表 講談社ノベルス(講談社)
「首切の如き裂くもの」

 烏が凶器などを持ち去るというネタはさすがに使い古されている感がありますが、“烏勧請”*1という神事に絡めたトリックはなかなか愉快なものですし、その“予行演習”が深代の目に“人魂”と映ってしまうという付随的な効果も興味深いところです。また、阿武隈川先輩の名前が解決のきっかけになっているのは面白いと思いますし、解決直前に〈人の儀〉(『凶鳥の如き忌むもの』を参照)に言及されているのも伏線の一環といえるかもしれません。

「迷家の如き動くもの」

 家のように大きなものを物理的に消失させるのは困難なため、ミステリにおける家の消失トリックは“心理的な消失”が大半だといっても過言ではありません*2が、この作品ではそこに“物理的な消失”も組み合わされているのが面白いところ。また、“心理的な消失”の原因となった位置・方向の誤認の背景に村同士の境界争いという事情が用意され、説得力が高まっているところがよくできています。

 発端の現象に怪談が次々とかぶせられていくという構造が、位置関係の誤認から目をそらすミスディレクションになる一方で、その中に“犯人”を明らかにする手がかりが潜んでいるあたりも見事です。

「隙魔の如き覗くもの」

 写実的な絵を現実の光景だと誤認させるトリックは脱力ものですが、その裏づけとなる犯人の画才が過去の〈隙魔〉のエピソードの中でさらりと提示されているところが巧妙。そして何より、犯人が〈隙魔〉という現象――さらにはそれに遭遇した多賀子の行動――を、トリックを成立させるための要素として計画に組み込んでいるのが興味深いところで、結果としてSFミステリに通じる魅力が備わっています。

「密室の如き籠るもの」

 作中の“密室講義”では、密室の犯罪が【(1)犯行時、室内に被害者だけがおり、犯人はいなかったもの。/(2)犯行時、室内に犯人と被害者がいたもの。/(3)犯行時、室内に被害者も犯人もいなかったもの。】の三通りに分類されています。これに対して事件の真相は、【(4)犯行時、室内に犯人だけがおり、被害者はいなかったもの。】であり、上記の分類のいずれにも該当しないものとされていますが、これが(3)の形式的なバリエーションにすぎないことは明らかで、やや詭弁めいた印象が拭えないところではあります。

 とはいえ、真相から読者の目をそらす手法としてはなかなかよくできていると思いますし、(3)と(4)に共通する重要なポイントである犯人を庇うため”(300頁)という被害者の動機が、被害者の特異な人物像によって巧みに隠蔽されているのも見逃せないところでしょう。そして、事件の真相を見抜いた刀城言耶が、被害者の“一瞬の表情”をもとに組み立てた“偽の真相”が非常に秀逸です。

*1: 歌野晶午『放浪探偵と七つの殺人』に収録された、その名も「烏勧請」という短編と読み比べてみるのも一興かと。
*2: その例外となる代表的な作品としては、国内作家(作家名)泡坂妻夫(ここまで)の短編(作品名)「砂蛾家の消失」(『亜愛一郎の転倒』収録)(ここまで)が挙げられるでしょう。

2009.04.20読了