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奇術探偵 曾我佳城全集/泡坂妻夫

2000年発表 (講談社)
「天井のとらんぷ」
 天井に貼りつけられたカードの種類、“ダイヤのJ”の意味をレッドヘリングとして、カードの寸法がメッセージになっているというひねられた真相がよくできています。拙文「私的「ダイイング・メッセージ講義」」でも“メッセージの所在(注:この作品ではカード)は明らかだが、何がメッセージなのか不明になっている”例として挙げていますが、あまり見かけないネタであるように思われます。
 さらにそのメッセージが、特定のカードを抜き出す奇術のトリックに直結しているのが秀逸で、冒頭の見事な伏線――“本を開けると、必ず八十九ページが現れる”(8頁)――もあわせて、非常によくできていると思います。

「シンブルの味」
 ミステリでは定番の“顔のない死体”テーマで、発見された死体が別人のものであることは見え見えですが、カール団野がシンブルを飲み込んだことを逆手にとって、犯人自ら“シンブルを飲み込む奇術”を演じることで死体が自身のものと印象づける企みがよくできています。加えて、佳城の亡夫が演じた“時計を壊す奇術”の話が披露されていることで、犯人の無茶な“奇術”が不自然でなくなっているのが巧妙なところです。
 カール団野の(シンブルを飲み込む)“奇術”については完全に伏せられていますが、こちらも佳城の話を聞いた際の態度が伏線となっている上に、百ドル札を燃やす“奇術”のエピソードによってそれが補強されているのが秀逸です。

「空中朝顔」
 朝顔のトリックそのものは、明かされてみるとたわいもないともいえますが、秋子の回想に大半が割かれた、ある意味では倒叙ミステリ風ともいえる物語の中で、最後まで佳城による解明が行われないことによって、その味わいが際立っている感があります。シリーズ探偵であるはずの佳城をいわば狂言回しとして扱うことで、秋子と裕三の恋物語を強く印象づける手法が見事です。

「白いハンカチーフ」
 ある人物の思想を極端に推し進めることで狂気じみた“犯人のロジック”を作り出す、〈亜愛一郎シリーズ〉で顕著な手法が使われた作品で、その“狂気”を補強する伏線が序盤から細かく張りめぐらされているのが周到。とりわけ、番組の間に挿入されるCMまでが伏線として扱われているあたりには、脱帽せざるを得ません。
 というわけで、数々の伏線に支えられた犯人の心理には納得できるのですが、一枚の白いハンカチーフから犯人を取り出す大胆な“奇術”へと持っていく作者の豪腕が何ともいえないところです。

「バースデイロープ」
 結び目の研究やロープ奇術を題材とし、さらにとっくり結びやすごき結びを持ち出すことで、読者の意識を結び目へと誘導しておいて、“犯人がロープを結ぶことができなかった”という意表を突いた真相を用意してあるのが見事です。また、講習会の案内板の偽装などを手がかりとした容疑者の絞り込みもよくできています。最後の犯人の示し方は、〈亜愛一郎シリーズ〉の1篇(以下伏せ字)「黒い霧」(『亜愛一郎の狼狽』収録)(ここまで)に通じるものがあり、印象深い結末となっています。

「ビルチューブ」
 “木の葉は森に隠せ”を地で行く偽装工作ですが、肝心の標的である偽札だけは処分できなかったというのが面白いところ。そして真相を見抜いた佳城が仕掛けた“ずるい”トリックが実に鮮やかです。

「消える銃弾」
 偽弾を使う手順によって、事件の不可解さが強まっているところがよくできていますが、それがダミーのトリックだったというのが非常に面白いところで、奇術のトリックでありながらもそのままミステリのような状況となっています。犯人の仕掛けたトリックは、ラ イールが実際に使ったトリックを下敷きにしたものだったわけですから、(奇術の)ダミーのトリックがそのままミスディレクションになっているといえるでしょう。
 ファンファーレが鳴らなかったという、意外なところから飛び出してくる手がかりも実によくできています。

「カップと玉」
 この作品に登場する暗号は、“数当てカード”や「続たはふれ草」の感応術で示された原理を利用したものですが、“カップエンドボウル”の手順に偽装してあるのが非常に巧妙で、一般人はなかなかおかしなところに気づくことができず、暗号であることが奇術師だけに通じるものになっています。
 後半に登場する宝捜しの暗号も“カップエンドボウル”と同じ原理が使われているため、今ひとつ面白味を欠いている感はありますが、製作者の意図がねじ曲げられたという展開は面白いと思いますし、“卍里投浪”の文字を手がかりに本来の隠し場所を見出す二段構えの解決もよくできています。

「石になった人形」
 毒殺にしては珍しく容疑者のアリバイが成立することで、不可能犯罪の様相を呈しているのが面白いところですが、そのアリバイが腹話術のトリックと密接に関連しているのがよくできています。その大胆すぎるトリックに、思わず唖然とさせられてしまうのは確かですが、腹話術のセオリーに反するマ行やパ行の多用など、しっかりと伏線が張られているあたりは周到です。とはいえ、ジュースを飲みながら話すというのは、さすがにやりすぎの感もあるのですが……。
 “豊三=曲豆三”というのは見え見えですし、その曲豆三を知っている佳城であればその時点でトリックを見抜いたはずですが、自分を頼ってきた曲豆三の意を汲んで復讐を遂げさせたその行動は、作者の他のシリーズ探偵とは一線を画しています。このあたりもまた、最終話の結末を暗示する伏線といえるのかもしれません。

「七羽の銀鳩」
 銀鳩の盗難――というよりもすり替え――から鼠の出没という隠された事実を掘り出し、さらにそれを手がかりに見えない犯罪事件を取り出してみせる手際が鮮やかですし、その犯罪事件が秘密のトンネルを利用した銀行強盗というあたりは、似たような展開をみせるシャーロック・ホームズものの1篇(一応伏せ字)「赤毛組合」(ここまで)へのオマージュともいえます。そしてまた、そもそもの発端であるCM撮影の依頼主の商品・超音波鑿井機が使われていたという結末が、実に洒落ています。

「剣の舞」
 里世子が犯人であることはかなりわかりやすくなっていると思いますが、奇術との接点がなかなか見えてこないことでその動機――あるいはまた“三人目の標的”が誰なのか――が不可解な謎となっているのがうまいところ。そして冒頭のボウルを飲み込む奇術を伏線とした動機が、佳城によって示唆された後に、犯人自身の口からじっくり語られる構成もよくできています。
 事件と奇術との関係はミスディレクションとしても機能しているわけですが、それを逆用して拓野を奇術マニアに見せかけようとする企みも印象的です。

「虚像実像」
 密室状況からの犯人の消失……と見せかけて、実はその場に隠れていたという大胆不敵なトリックですが、奇術のトリックが絡んでいるために犯人の存在が伏せられる一方、奇術師・艮三郎自身は犯人が箱の中に入ったままだったと思い込んでいたため、完全に盲点となっているのが実に巧妙なところです。
 犯人の動機にも印象深いものがありますが、最後の串目匡一の台詞がそこに説得力をもたらすと同時に、佳城に対する狂信的ともいえる崇拝の念を浮かび上がらせているのが何ともいえません。

「花火と銃声」
 犯人の主張するアリバイは、花火大会の間中ずっと屋形船で接待をしていたというもので、主に犯行の時刻に関するものといえます。すなわち、アリバイトリックの中心にあるのは時間に関する錯誤なのですが、しかし“花火大会の間の犯行”というその錯誤が、“被害者の自宅での犯行”という犯行の場所に関する錯誤を前提としているのが非常に面白いところです。そして、犯人にとって致命的な遺留品だった壁の中の銃弾が、逆に犯行現場に関する錯誤を補強することになっているのも巧妙です。
 花火の音によって銃声を隠すのではなく、銃声がなかったことを隠すために花火大会を利用した逆説的な発想が見事ですし、弾痕がなかったことを隠すためにカレンダーを持ち去るというのも同様です。
 一つ難をいえば、犯人が愛人を撃った際の銃声が問題にされていないのが気になるところで、花火の音なしでも付近の住民が銃声に気づかないのであれば“花火大会の間の犯行”と限定する必要もなく、したがって犯人のアリバイがそもそも成立しなくなってしまうのですが……。

「ジグザグ」
 浅子の死体が切断された理由は、都筑道夫〈なめくじ長屋捕物さわぎ〉の1篇(以下伏せ字)「酒中花」(『かげろう砂絵』収録)(ここまで)に通じるところがありますが、作中で浅子と実家の確執が繰り返し印象づけられることで、より切実なものに感じられるようになっています。それに対して、切断した死体をジグザグの中に隠したのが、捜査を混乱させるためでしかないのは物足りないところで、(佳城による謎解きがあっさりしていることもあって)派手な事件の発端に比して竜頭蛇尾の印象を拭えません。

「だるまさんがころした」
 冒頭から凶悪事件がお題かと思わせ、さらに“だるまさん”の財産を狙う陰謀まで持ち出しておいて、最終的に何ともほのぼのとしたハッピーエンドに落ち着く展開が絶妙で、作者らしいとぼけた味わいの1篇です。が、「だるまさんがころした」という手紙の真相には、“女は怖い”(失礼)という印象も……。

「ミダス王の奇跡」
 “足跡のない殺人”のトリックは、先に単行本として刊行された有栖川有栖の某短編(以下伏せ字)「人喰いの滝」(『ブラジル蝶の秘密』収録)(ここまで)を思い起こさせるところがありますが、初出はこちらが先。左右の足跡が一直線に並んでしまうという難点を、モデルの歩き方という形で克服してあるのが見事なところです。それでいて、仕掛けが一箇所裏返しになってしまったという、解明につながるアクシデントを盛り込んであるのも巧妙で、非常によくできたトリックといっていいのではないでしょうか。
 足跡トリックの解明とは別に、犯人の特定につながる手がかりをしっかりと用意してあるのも周到で、“ミダス王の奇跡”になぞらえられた現象の鮮やかさが秀逸です。
 さて、この作品でもう一つ注目すべきなのが事件以外のトリック――登場人物に関するトリックで、横田が“早乙女佳城”を曾我佳城だと思い込んでいる上に、その“早乙女佳城”が事件を解決していることでややこしくなっています*1が、実際には作中に登場する“よし子”が曾我佳城であって“早乙女佳城”は別人、そして“荒岩勇之”は奇術師イサノ*2であり、最終話「魔術城落成」につながる伏線となっています。また、事件の謎を解いたのも“よし子”=佳城で、“ここで焦ってもなるようにしかならないわね。お茶を貰って来るわ”(391頁)という場面で真相を“早乙女佳城”に伝えたと考えられ、それが最後の“わたしなんかただそそのかされただけ。”(395頁)という“早乙女佳城”の台詞につながっています。
 発表順としては、シリーズ2冊目の単行本『花火と銃声』が刊行された後の“第1作”で、最終話を発表するまではまだ随分と間があったわけで、タイミングも含めて大胆な伏線といえるでしょう。

「浮気な鍵」
 施錠されたと見せて開けっ放しという状況が面白く感じられますし、それを実現する鍵のトリックも十分に意表を突いたものだと思います。ただし、鍵をよく調べてみれば誰かがすぐに気づきそうにも思われるのですが……。

「真珠夫人」
 ジャグ小沼田が“真珠夫人”の名前を度忘れしてしまう冒頭の場面によって、かたくなに指輪を受け取ろうとしない心理に説得力が出ているのがうまいところです。

「とらんぷの歌」
 常日頃カードをセットしているとはいえ、“ハート夢城 夏目紅美子”という語呂合わせを確実に思いつくかどうかは少々疑問ではありますが、読者に対しては解決よりも前(461頁)にそれが示されていることで、佳城の解決にも“腑に落ちる感覚”が生じることになるのが巧妙です。

「百魔術」
 一見すると不可能犯罪のように描かれていますが、それがあっさり解明されてしまうどころか、作中の奇術師たちには不可能状況でも何でもなかったというのは、やはりいただけないところです。

「おしゃべり鏡」
 串目匡一は初期の作品「消える銃弾」(1982年初出)の時点で初登場しています。この作品に似たアイデアが『トリック交響曲』(1981年初刊)に収録されたエッセイ「田田囚囚」に登場しているので、“串目匡一”という名の人物を登場させたときから、このアイデアを使うことを想定していたのは間違いないのでしょうが、この作品自体は1999年の発表ですから、恐ろしく気の長い伏線だったといえるでしょう。

「魔術城落成」
 この作品はやはりショッキングでしたが、前述の「ミダス王の奇跡」をはじめとした伏線――「百魔術」ラストの“わたし自身、特別な立場にいたら、ゆり子さんと同じ情動が起こることも、あり得ると思ったのです”(500頁)という台詞などはかなりあからさまです――によって、早い段階から示唆されていたといえるでしょう。

*1: 恥ずかしながら、初読時にはこのあたりがよくわからないままで、猫又大魔王さん・助田雅紀さんにメールをいただいてようやく理解することができました。
*2: 「石になった人形」において、佳城のバラエティホールについての回想の中で、“荒岩イサノ(207頁)という名前が挙がっているのも注目すべきところでしょう。

2000.07.09読了
2010.02.28再読了 (2010.04.11改稿)

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