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痙攣的 モンド氏の逆説/鳥飼否宇

2005年発表 (光文社)

 本書に収録された各エピソードは、いずれも“モンド氏”と“アイダアキラ”の物語となっています(下の一覧表参照)。

 モンド氏アイダアキラ備考
「廃墟と青空」寒蝉主水こと入村徹相田彰寒蝉主水:謎解き / 相田彰:殺害される
「闇の舞踏会」寒蝉主水(こと会田昶)会田昶寒蝉主水:犯人? / 会田昶:推理
「神の鞭」寒蝉主水英田暁寒蝉主水:死亡 / 英田暁:謎解き
「電子美学」モンド氏(モンゴウイカ)愛田亮モンド氏:謎解き? / 愛田亮:殺害される
「人間解体」モンド氏(モンゴウイカ)クラウス殿下(Aida aquiraxどちらも謎解きとは無関係

 各エピソードにおける“モンド氏”と“アイダアキラ”の役割の変化は、何だか意味ありげではあるのですが……。

 なお、“アイダアキラ”の元ネタは、「廃墟と青空」の冒頭に引用されているライナーノーツの筆者・間章(Aquirax Aida)だと思われます。また、イカにはいくつかの属がありますが、“Aida属”は存在しないようです。

「廃墟と青空」
 寒蝉主水も指摘している(52頁)ように、空気人形がしぼむ時の力で銃の引金が引けるとは考えられない(逆ならまだしも)ので、相田彰の解決には無理があるでしょう。
 一方、寒蝉主水が明かした真相はまずまず。ザッポがベースを弾けること(17頁)やエフェクトボックスについての説明(20頁)などの伏線もあることですし。
 ラストの寒蝉主水の行動には驚かされました。この時点では、本書はこういう趣向――寒蝉主水が探偵であり犯人である――の作品集なのかとも思ったのですが……。

「闇の舞踏会」
 “檐木貫”という名前の元ネタは、「電子美学」の冒頭に引用されているライナーノーツの筆者・椹木野衣だと思われますが、“野衣”(→ノイ!(バンド名))を“貫”(→カン(こちらもバンド名))に変えてあるところがしゃれています。
 ダイイングメッセージについては、シンプルなものであるために様々な解釈が可能になっているところが面白く感じられます(下のリスト参照)。かなり強引なものもありますが、“デジタル信号”や“有無”あたりはよくできていると思います。
  • ○× : デジタル信号 → 八木愛刻
  • OX : 牛 → 伴鰤人
  • ○× : 有無 → ウム鈴木
  • ○+ : ♀ → 山本裕子(八木愛刻)
  • ○〆 : エンとカン → 檐と貫 → 檐木貫

 ラストの一行、“寒蝉主水こと、本名会田昶は”(147頁)という記述には愕然とさせられました。ここにきて、登場する“寒蝉主水”がすべて別人である、という趣向なのかと思いましたが……。

「神の鞭」
 満月を消すイリュージョンでは、トリックはまずまずといったところですが、潮位という手がかりが非常によくできていると思います。一方、メインともいえる〈神の鞭>関連では、瀬古銀子が騙す側の人間であったことが示された時点で、“栗須賀零流”の正体まで見当がついてしまうところが少々残念です。
 そしてこのエピソードでは、ついに“寒蝉主水”の本名が明かされないまま、三途の川を渡ってしまうという壮絶な結末に意表を突かれました。

「電子美学」
 ここまで、次のエピソードに移るたびに予想を覆されてきましたが、これはまたすさまじいエピソードです。何といってもイカですよ、イカ! 西澤保彦『人格転移の殺人』を凌駕する超絶設定も、老田美香による論理を駆使した推理も、イカが絡むと途端にいかがわしく感じられてしまいます(そもそも、〈スクィド〉の形(229頁の図)が……)。そしてイカの“モンド氏”が謎を解き明かす(?)場面は、あの怪作『昆虫探偵』を彷彿とさせるもの。まさに霞流一もびっくりの“イカミステリ”です。
 “モンド氏”が示した、“アイダアキラ”には入村徹・椹木貫・瀬古銀子の三人を殺す動機があるという逆説的な解決は、なかなか強烈です。ただ、“アイダアキラ”の一人である副所長・愛田亮までもが殺されているところは、やや美しさを欠いているように感じられます。もっとも、“痙攣的”な“美”とはアンバランスなものなのかもしれませんが。

「人間解体」
 「電子美学」の“夢オチ”を引き継ぐエピソードで、“「クラウス殿下はヒトの肉が大好物です」/「いままでにも入村さんや椹木さん」/「それに銀子さんも」/「食べています」”(304頁)という砂井田と八田の台詞をみると、副所長・愛田亮の存在はなかったことになっているようです。
 クラウス殿下を殺した凶器は、R.ダール(以下伏せ字)「おとなしい凶器」(ここまで)の系列に属するものといえますが、前例(テレビ朝日の刑事ドラマ『相棒』:2003年10月29日放送の「殺人晩餐会」)を知っていたので、残念ながらすぐに見当がついてしまいました(笑える真相ではありますが)。
 それよりも、ヒトの肉を食べ、“美”について考える“クラウス殿下”の姿が衝撃的です。

・全体構造について

 まず、他の作品の登場人物でもある谷村警部補らが登場している「人間解体」は、作中の現実レベルでの物語と考えられます。そして、これと整合する「電子美学」のラスト(所長であるクラウス殿下が老田美香を〈ハローガロ〉から救出する場面)も、作中の現実レベルと仮定します。

 次に、前述の砂井田と八田の台詞(304頁)から“副所長の愛田亮”なる人物は現実には存在しないと推測できるので、「電子美学」における“愛田亮”が登場する部分は、すべて〈ハローガロ〉による仮想現実だと考えることができます。一方、入村徹・椹木貫・瀬古銀子の三人は実在するようですが、「廃墟と青空」「闇の舞踏会」「神の鞭」はそのまま仮想現実と考えていいでしょう。そして“愛田亮”が実在しないとすれば、「電子美学」冒頭の“アイダアキラ”が三人に話しかける場面(222頁半ばまで)もまた仮想現実だということになるのではないでしょうか。

 ここで、「人間解体」における“クラウス殿下”(Aida aquirax)が“ヒトの意識にダイヴする”(295頁)という記述をみると、「電子美学」に登場する〈スクィド〉のようなシステムが実在し、少なくとも“ヒト―イカ”のインターフェイスが確立されているものと考えていいでしょう(“ヒトの肉を食べる”ことが“ダイヴ”ではないのは、“ヒトの肉を食べた瞬間にも同じような感覚を味わうことができるから”(301頁)という“クラウス殿下”の台詞からも明らかではないでしょうか)。

 そうすると、仮想現実に登場する“アイダアキラ”(相田彰・会田昶・英田暁・愛田亮)とは“ヒト―イカ”のインターフェイスに組み込まれた“クラウス殿下”の(擬似)“人格”だとも考えられ、結果として下の図のような構造が浮かび上がってきます。

〈現実〉
「電子美学」結末・「人間解体」
〈仮想現実1〉
「廃墟と青空」
「電子美学」冒頭
(入村 徹・“クラウス殿下”)
 〈仮想現実2〉
「闇の舞踏会」
「電子美学」冒頭
(檐木 貫・“クラウス殿下”)
 〈仮想現実3〉
「神の鞭」
「電子美学」冒頭
(瀬古銀子・“クラウス殿下”)
 〈仮想現実4〉
「電子美学」中間部
(老田美香・“クラウス殿下”)

 そして、「廃墟と青空」から「神の鞭」までの“寒蝉主水”は、所長のクラウス殿下が“モンド氏”にちなんで仮想現実に組み込んだ設定とも考えられます。「電子美学」における“モンド氏”の存在が宙に浮いてしまう感はありますが、“愛田亮”として仮想現実に登場していた“クラウス殿下”が途中で(“殺された”のを機に?)“モンド氏”という設定に乗っかったとも解釈できるのではないでしょうか。

 なお、この解釈が正しいという保証がまったくないのはもちろんですし、解釈しようとすること自体が野暮だということもいうまでもありません。

2006.05.26読了

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