ミステリ&SF感想vol.126

2006.06.08
『フライアーズ・パードン館の謎』 『痙攣的 モンド氏の逆説』 『アプルビイズ・エンド』 『館島』 『地球帝国秘密諜報員』



フライアーズ・パードン館の謎 Mystery at Fryar's Pardon  フィリップ・マクドナルド
 1931年発表 (森 英俊訳 原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 フライアーズ・パードン館には、その東翼で主人が不可解な死を遂げるという言い伝えがあったが、館を購入した女流作家イーニッド・レスター=グリーンは、言い伝えを笑い飛ばして東翼を自らの居室とする。やがて、財産管理者として雇われて館を訪れたチャールズ・フォックス=ブラウンは、秘書や客人などの住人たちから館で体験した怪現象について聞かされる。そしてある夜、一人書斎にこもって仕事をしていたイーニッドから救助を求める内線電話がかかり、チャールズらが駆けつけてみると、一滴の水もない密室の中でイーニッドが溺死していたのだ……。

[感想]
 P.マクドナルドが“マーティン・ポアロック”名義で発表した作品で、奇怪な伝説の残る館、相次ぐ心霊現象、伝説通りの不可解な死、そして降霊会と、オカルト系古典ミステリ(?)の定番ともいえる要素が盛り込まれています。が、正直なところ、決して出来がいいとはいえません。

 まず、素人探偵をつとめる主人公のロマンスなども含めて、全体的に借り物めいた雰囲気が漂うというか、あまりにも型通りに終始しているきらいがあり、密室での溺死という状況が目を引く以外は面白味に欠けています。また、殺人事件が起こるのがやたらに遅く、盛り上がりのないままだらだらと物語が進んでいくところもいただけません。もちろん、殺人以外の怪現象は描かれているのですが、ほとんどが伝聞である上にさして不可解なものでもなく、それを(時代のせいもあるとはいえ)主人公以外の登場人物が心霊現象と決めつけて怯えているのには興ざめです。

 しかも肝心の事件の謎がまた問題で、少なくとも現代の読者にとっては、その大半がつまらない真相か、あるいはすぐに見通せてしまうという有様。そして降霊会を絡めた解決場面にもさほど見るべきところはなく、ただただ陳腐で強引にしか感じられません。ほぼ唯一の見どころとして想像を超えたバカトリックがありますが、それはあくまでも真相のごく一部にすぎず、ミステリとしてはかなり難があるといわざるを得ないでしょう。

 事件が解決した後の物語の結末も、不自然なまでにあっさりとしたものになっていて、余韻も感慨もあったものではありません。何というか、作者があまり気乗りのしないまま書いてしまったのではないかとさえ思えてしまう作品です。


2006.05.25読了  [フィリップ・マクドナルド]




痙攣的 モンド氏の逆説  鳥飼否宇
 2005年発表 (光文社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 デビュー作『中空』に始まる“鳶山シリーズ”は一体何だったのか――本書は、『本格的 死人と狂人たち』『太陽と戦慄』に別の某作品のテイストを掛け合わせた上、“常識/良識”という名のリミッターを外して心おきなく大暴走し、ついに“彼岸”にたどり着いてしまった作品です。
 基本的には、芸術をテーマとしつつ、ジャーマン・ロック関係のネタ「鳥飼否宇『痙攣的』とジャーマン・ロック」を参照)をふんだんに盛り込んだ、“変”な本格(的)ミステリといったところかと思いますが、そのぶっ飛び具合が半端ではなく、ある意味では“バカミスの極北”ともいえる作品に仕上がっています(これに比肩し得るのは、キャメロン・マケイブ『編集室の床に落ちた顔』くらいかもしれません)。読者を選ぶ作品なのは間違いありませんが、ここまでやってくれれば文句もつけがたく、個人的には大いにツボにはまりました。まさしく“痙攣的”な傑作です。

「廃墟と青空」
 15年前、ただ一度きりのライヴで、ステージ上にプロデューサーの死体を残し、密室状況のライヴハウスからメンバー全員が忽然と姿を消した幻のバンド〈鉄拳〉。綿密な取材によってその〈鉄拳〉の評伝を著した音楽評論家・相田彰に対して、反論しようとする評論家・寒蝉主水は……。
 『太陽と戦慄』(特に前半)を思わせるロック・ミステリ。関係者の証言を積み重ねることで、〈鉄拳〉というバンドに“何だかよくわからないけどすごそうだ”というイメージを与えているところはうまいと思います。トリックは可もなく不可もなくという感じですが、意表を突いた結末に唖然とさせられます。

「闇の舞踏会」
 名だたる前衛芸術家を集めて開かれるアートイベント。寒蝉主水も出席した開催前日のパーティーの最中に、出演者の一人である舞踏家・堀賀舟海が死んでしまう。自殺なのか、それとも他殺なのか。そして現場に残された謎のダイイングメッセージの意味は……?
 芸術家たちの奇怪なパフォーマンスが目を引きますが、それをネタに交わされる芸術談義にもなかなか興味深いものがあります。ミステリとしては、ダイイングメッセージものへのアンチテーゼともいえる多義的解釈が見どころですが、収拾がつかなくなるかと思わせたところで突如襲いくる、最後の一行に愕然。

「神の鞭」
 アーティスト・栗須賀零流が孤島で行うイリュージョン・アート。招かれた多数の観客を前に、〈神の鞭〉と題されたパフォーマンスが始まるが、特等席で見ていたはずの女性客が消失してしまう。混乱きわまる中、さらに恐るべき事態が生じ、それに巻き込まれた寒蝉主水は……。
 このあたりになると、本書が実に油断ならない作品であることがわかってくるのですが、それでもなおこちらの予想をはずしてくるところが只者ではありません。まともな部分と変な部分のミスマッチが強烈です。

「電子美学」
 ――以下、内容紹介は割愛させていただきます――
 ここまでの3篇ではまだ控えめでしたが、ここで一気にシフトアップ。すさまじい不条理感で読者を奈落の底に突き落とす、破壊力抜群の作品となっています。形としては特殊な設定のミステリといえなくもないのですが、あまりにも常軌を逸したガジェットが必笑です。そして徹底的に“現実”が異化された極限状況のもと、登場人物が展開するロジカルな推理にはうならされる反面、何ともいえない脱力感がつきまといます。さらに結末がまたあくどいというか。

「人間解体」
 単行本化にあたって書き下ろされた、「電子美学」を飲み込むようなエピローグ的小品。提示された謎が解かれるという点で、一応はミステリの体裁を保っていますが、もはやそこに力点が置かれていないのは明らか。いかにも前衛芸術といった感じの、読者を置き去りにした破壊的な結末もはまっています。

2006.05.26読了  [鳥飼否宇]
【関連】 『本格的 死人と狂人たち』 『逆説的 十三人の申し分なき重罪人』 『爆発的 七つの箱の死』 / その他〈綾鹿市シリーズ〉



アプルビイズ・エンド Appleby's End  マイケル・イネス
 1945年発表 (鬼頭玲子訳 論創海外ミステリ27)ネタバレ感想

[紹介]
 雪のために列車が遅れて立ち往生したアプルビイ警部は、車内で知り合ったエヴァラード・レイヴンの館で一夜を過ごすことに。同乗していたレイヴン家の面々とともに降りた駅の名前は――馬車に乗り込んで館へ向かう一行だったが、馬車が川に落ち込んでしまい、取り残されたエヴァラードの妹ジュディスとアプルビイの二人は、なすすべもなく流されていく――ようやく館にたどり着いた二人を待っていたのは、先ほどまで馬車を駆っていた御者ヘイホーの死体。首まで雪に埋まったその状況は、エヴァラードの亡父で作家だったラヌルフの小説そのままだった……。

[感想]
 風変わりな登場人物たち、次々と起こるユーモラスな出来事、よくわからないまま進行する事件、そして交錯する小説と現実――という風に、『ストップ・プレス』にかなり似たところのある作品ですが、長すぎず、複雑すぎず、ユーモアがストレートといったような点で『ストップ・プレス』よりはるかに読みやすく、楽しみやすい作品になっています。

 また、『ストップ・プレス』ではアプルビイ警部が基本的に悪戯を傍観する立場にあったのに対して、本書では最初からドタバタにどっぷりとはまっていることも、読者が物語に入り込みやすくなっている一因ではないかと思われます。特に、冒頭からアプルビイ警部がようやく館にたどり着くまでの展開(結構長い)は、抱腹絶倒といっても過言ではありません。

 事件の方は、小説の内容が現実に再現されるというものですが、『ストップ・プレス』と違ってその意味や目的は不明なまま、全体がとらえどころのないものになっています。そのせいもあって、様々な解釈が可能となっており、また実際にいくつものユニークな仮説が提示され、読者を飽きさせません。

 とどまるところを知らない騒動の果てに待ち受ける、何とも皮肉きわまりない真相は印象的。しかしさらに、それに止めを刺すかのような強烈な結末は、まさに絶品です。終わってみれば徹頭徹尾ユーモラスな、実に楽しい作品といえるでしょう。


2006.05.29読了  [マイクル・イネス]




館島  東川篤哉
 2005年発表 (ミステリ・フロンティア)ネタバレ感想

[紹介]
 地元・岡山では有名な建築家・十文字和臣が瀬戸内海の小島に建てたのは、巨大な螺旋階段を有する六角形の奇妙な館だった。その和臣が、螺旋階段の下で死体となって発見されるが、なぜか死因は転落死ではなく墜落死。和臣が墜落した場所が見つからないまま、捜査が暗礁に乗り上げて半年。和臣の妻・康子は、その館に事件の関係者らを招く。その中には、康子夫人の親戚である若手刑事・相馬隆行と、同じく親戚の私立探偵・小早川沙樹も含まれていた。その二人が康子夫人の依頼を受けて事件の調査を始めた矢先、密室状況の屋上で新たな殺人事件が発生する……。

[感想]
 ユーモラスな本格ミステリを書き続ける作者の、今のところ唯一の非シリーズ長編(といっても、これもシリーズ化されそうな気がしますが)。ボケ役とツッコミ役が比較的はっきりと分かれた〈烏賊川市シリーズ〉、ボケ役ばかりの〈私立鯉ヶ窪学園探偵部シリーズ〉に対して、本書ではボケ役とツッコミ役が適宜入れ替わるという風に差別化が図られている……かもしれません。

 さて事件の方は、奇妙な館に見合ったなかなか奇妙なもので、物理的に不可能な墜落死という冒頭の謎は魅力的です。また、続く現在の事件も、ややインパクトには欠けるものの、不可能性の高いものになっています。そして、カバーや帯の紹介文に記された“大トリック”という言葉に偽りはなく、それらの現象を演出する実に豪快なトリックには一見の価値があると思います。

 ただし、アイデア倒れ気味というのはいいすぎかもしれませんが、トリックにいささか難があるのも事実です。中心となる部分は面白くはあるものの、トリックを支える部分には少々無理があり、加えて(不可避ともいえるのですが)手がかりがあからさまにすぎるためにトリックがかなりわかりやすくなっているのが残念。もっとも、それだけフェアに書かれているともいえますし、犯人を特定する手がかりや手順は非常によくできていると思います。

 実際のところ、最も驚かされるのは館が建てられた理由で、その馬鹿馬鹿しくも壮大な真相には圧倒されます。また、その真相に関わる背景がよく考えられているところも見逃せません。ただそれだけに、館が建てられた理由の解明→トリックの解明という謎解きの順序が、何とももったいなく感じられます。とはいえ、これも話の流れからみて仕方ないところではあるのですが……。


2006.05.30読了  [東川篤哉]




地球帝国秘密諜報員 Agent of the Terran Empire  ポール・アンダースン
 1965年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF1545)

[紹介と感想]
 “宇宙の007”とも評される(ただし発表はジェイムズ・ボンドよりもこちらが先)、地球帝国の秘密諜報員ドミニック・フランドリー大佐の痛快な冒険を描いたスペースオペラです。繁栄を経て退廃の時期を迎えた地球帝国にあって、来るべき落日を予期しながらも任務に全力を尽くし、かと思えば楽しむべきところはしっかりと楽しむ主人公のフランドリーは、十分な魅力を備えています。また、P.G.ウッドハウスの作品に登場するジーヴスがモデルとなった(らしい)従僕のチャイヴズや、フランドリーのライバルとなる敵対種族のアイキャレイクなど、脇を固めるキャラクターも印象的です。
 本書には、シリーズ初期の作品の中から、短編3作と長編「〈天空洞〉の狩人」が収録されています。

「虎口を逃れて」 Tiger by the Tail
 意識を取り戻したフランドリーは、自分が囚われの身となっていることに気づいた。地球帝国への侵攻を企てる類人種族{ヒューマノイド}・スコーサ人の捕虜となってしまったのだ。何とかしてスコーサ人の企みを瓦解させなければならない。かくしてフランドリーは、得意の弁舌と機転を頼みに孤独な工作活動を開始した……。
 記念すべきシリーズ第1作。いくら相手が比較的純朴(?)とはいえ、舌先三寸で敵対種族を手玉に取り、たった一人で翻弄していく様子は見ごたえがあります。

「謎の略奪団」 Warriors from Nowhere
 地球帝国辺境星域の都市に来襲し、破壊と略奪の限りを尽くして去っていった正体不明の略奪団。だが、彼らにさらわれた人々の中には、皇帝陛下の最愛の孫娘が含まれていたのだ。指令を受けたフランドリーは、有能で忠実な従僕のチャイヴズらとともに、姫君奪還という危険で困難な任務に赴いたが……。
 何といっても、この作品から登場する従僕のチャイヴズが魅力的。ジーヴスものは未読なのでよくわかりませんが、ドロシイ・L・セイヤーズ作品の従僕バンターを思わせるところがあります。主人公のフランドリーを食ってしまうほどの活躍ぶりからは目が離せません。

「好敵手」 Honorable Enemies
 地球帝国と敵対するマーセイア帝国との中間に位置するベテルギウス星系では、両陣営のスパイたちが様々な活動を展開していた。そこへ送り込まれたフランドリーはしかし、未だかつてなかった障害に直面する。敵方が送り込んできたアイキャレイクという名のスパイに、次々と一枚上手を行かれてしまうのだ……。
 その特殊な能力でフランドリーを窮地に陥れるライバル、アイキャレイクが初登場。物語の展開はおおむね予想通りですが、思いがけずほろ苦いものが残るラストが印象に残ります。

「〈天空洞〉の狩人」 Hunters of the Sky Cave
 植民惑星ヴィクセンが、突如現れた未知の敵によって占領されてしまった。状況証拠から、低温高圧の水素の中で生活するイミル族が関わっているとみられたが、今まで地球帝国と対立することなく、木星に入植まで果たしているイミル族が、一体なぜ? 調査に訪れた木星で奇禍に遭い、九死に一生を得たフランドリーは、やがて単身脱出してきたヴィクセン住民のキットとともに、ヴィクセンの解放を試みるが……。
 長編だけあって背景やディテールがしっかりと描き込まれ、奥行きが増しているのは魅力ですが、プロットが複雑になりすぎてすっきりしないものになっているように感じられます。また、後半のフランドリーの窮地が自業自得としか思えないのも難点でしょうか。

2006.06.02読了  [ポール・アンダースン]


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