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キッド・ピストルズの醜態/山口雅也

2010年発表 (光文社)
「だらしない男の密室 ――キッド・ピストルズの醜態」
 “だらしない男”こと被害者のコーエンが、単なる《片づけられない》症候群ではなく前向性健忘症であることは、同じく前向性健忘症を扱った小林泰三の作品*1を先に読んでいたこともあってかなり早い段階でわかりましたが、さらにもう一人の前向性健忘症患者、ノーマンを組み合わせた構図には驚かされました。やや強引ではありますが、もともと同じ王立総合医療センターの患者だったこともありますし、キッドが指摘している三通の同一原稿などは強力な手がかりといえるでしょう。
 そしてもちろん、何の変哲もない殺人事件に前向性健忘症を組み合わせることで、C.ディクスン『ユダの窓』のパターン、すなわち“無実の人物が死体とともに閉じ込められた密室殺人”に見せかけてあるのが非常に秀逸。特に意識を取り戻したばかりのノーマンの視点で描かれた1章が巧妙で、“居心地の悪い記憶の欠落感”(20頁)“記憶の糸を手繰ろうと”(20頁/21頁)といったキーワードだけでなく、“その無残な老人の顔に、まったく見覚えがなかった。”(21頁)“この部屋の中の男は”(23頁)など、後の“一回会った”(40頁)という証言と矛盾する読者への手がかりをもちりばめつつ、最後にはギャラガー弁護士の“作家が口にした突飛な話に嘘はないように思えた。”という印象に加えて、地の文でとどめを刺すように“実際、その奇妙な紙片に見覚えがないという哀れな作家の言に嘘はなかった。”(いずれも24頁)と“保証”してあるのが見事です。
 キッドによる解決の裏に、“操り”の構図が隠されていたという最後のオチも見事。とりわけ、“どっちに転んでも全部忘れちゃう”(84頁)というピンクの指摘がなかなか強烈です。

「《革服の男{レザーマン}》が多過ぎる」
 「《革服の男》が多過ぎるという題名で、《革服の男》が何人も存在することが示唆されているのがもったいないところで、懸命に革服を作っている人物(フランクの弟ジェフリー)はあからさまに“本物”でないとしても、表に現れている《革服の男》――収監されているエド・ゴーモンはもちろん、ジルが目撃した《革服の男》も犯人ではないことが予想できてしまうきらいがあります。
 とはいえ、目撃された《革服の男》がミニクーパーの左側から乗り込んだという手がかりから導き出される“主客の逆転”は実に鮮やかですし、キッドがその手がかりに気づく伏線がゴーモンとのやり取りの中に埋め込まれているところがよくできています。
 そして、“犯人がなぜ死体の皮を剥がなければならなかったのか”を出発点にした推理もよくできていますし、“ダビデの星”を“籠目紋”と見せかけたトリックも巧妙です。

「三人の災厄の息子の冒険 ――キッド・ピストルズの醜態、再び
 キンロス博士の“新しい心理学的方法論を導入した実験的且つ革命的なシステム”(213頁)という台詞や、【殺人鵞鳥の空間という章題、そしてその“空間”内で展開される物語の様子などから、舞台が仮想現実であることはかなり見え見えであるため、終盤に検討される【ピンクの大きな謎とキッドの小さな謎】も面白味を欠いているのが難点。
 そしてキンロス博士の“計画”の目的も、個人的にはやや微妙。“どの人格が犯人なのか”という謎は興味深くはあるのですが、例えばR.J.ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』などとは違って各人格が独立した存在ではありませんし、推理という点で物足りない*2のが残念なところです。

*1: ネタバレにならないところでは、「盗まれた昨日」『天体の回転について』収録)が挙げられます。
*2: もっとも、引き合いに出したR.J.ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』でも、さほど厳密な推理が行われているわけではないのですが。

2010.10.24読了

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