ミステリ&SF感想vol.22

2001.05.29
『法の悲劇』 『ifの迷宮』 『未来からのホットライン』 『煙の殺意』 『漂着物体X』


法の悲劇 Tragedy at Law  シリル・ヘアー
 1954年発表 (宇野利泰訳 ハヤカワ文庫HM60-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 巡回裁判中の高等法院判事ウイリアム・バーバーは、晩餐会に出席した帰りに大失態を犯してしまった。酒に酔って車を運転し、高名なピアニストをはねてその一生を台無しにしてしまったのだ。被害者からは多額の賠償金が要求されたが、彼にはそれを支払う余裕はなかった。しかも、事故のことが世間に知れてしまえば、判事を辞職しなければならなくなってしまう。バーバーの苦悩は深まっていく中、さらに不気味な脅迫状が舞い込むようになり、やがて事件が……。

[感想]

 英国の巡回裁判を舞台にした、ユニークなミステリです。まず、序盤で問題の事故が発生するわけですが、その後の事件の進行は意外なほどにゆっくりとしたものです。しかし、そのおかげで巡回裁判の過程が、人間模様を中心としてたっぷりと描かれているため、あまりなじみのないこの制度に対する理解が自然と深まるようになっています。また、どこかユーモラスな登場人物たちの言動も見逃せません。後半、やや唐突に生まれるロマンスも、終盤の展開において重要な役割を果たしています。

 事件の方はといえば、脅迫状に始まって、深夜の襲撃、“毒入りチョコレート事件”、そして最後に殺人事件が起こりますが、うまいミスディレクションが仕掛けられていて、真相はよくできていると思います。特に、犯人が明らかになった後に残る“なぜ?”という問いへの答えは、非常に秀逸です。

2001.05.13読了  [シリル・ヘアー]



ifの迷宮  柄刀 一
 2000年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 最先端医療企業として躍進する〈SOMONグループ〉。その中枢である宗門家で、奇怪な殺人事件が発生した。被害者の女性は、上半身全体と足の裏を暖炉の炎で焼かれていたのだ。被害者を特定するため、早速DNAによる親子鑑定が行われたが、宗門家の娘の一人であることは判明したものの、被害者の亡父の遺髪から採取したDNAが、別人のものと一致してしまう。前代未聞の事態に捜査陣も混乱する中、やがて地下の密室で第二の殺人が発生した。しかも、現場に残された犯人の皮膚片は、DNA鑑定の結果、すでに死亡した第一の被害者のものだと判明したのだ……。

[感想]

 生命倫理という重いテーマとトリッキーな謎を組み合わせた傑作です。舞台となるのは、生命に関わる技術が進歩した近未来の日本。そこでは出生前遺伝子診断がさらに一般的なものとなり、ほとんどの親たちが障害を持つ可能性が高い胎児を中絶したり、あるいは好ましい性質を持つであろう胎児を積極的に選び出したりしています。つまり、出生前に様々な性質に関する遺伝子の選別が行われているのです。
 現在でも一部の遺伝子に関しては出生前診断が行われていますが、ヒトゲノム計画が進行して様々な遺伝子の機能が判明すれば、このような未来が訪れても不思議ではありません。出生前遺伝子診断自体を否定するつもりはありませんが、親が子供を選別するのだということは強く自覚しておくべきでしょう。

 さて、事件の方はといえば、よみがえる死者という奇怪な現象、科学捜査の最先端であるDNA鑑定の裏をかくかのような謎、さらに土砂崩れによって閉ざされた密室など、盛り沢山の内容ですが、いずれも柄刀一らしい大胆なトリックが使われています。真相の一部については、知識があれば読めてしまうかもしれませんが、それでもネタの使い方はよくできていると思います。

 そして事件の真相が解明された後には、生命倫理というテーマへの回帰。このあたりの流れも非常に自然なもので、今までに読んだ柄刀作品の中で、テーマと事件とが最もうまく結びついているように思います。

2001.05.15読了  [柄刀 一]



未来からのホットライン Thrice upon a Time  ジェイムズ・P・ホーガン
 1980年発表 (小隅 黎訳 創元SF文庫663-6)

[紹介]
 スコットランドにある古い館の地下で、時間を超えて情報を送ることができる“タイム・マシン”が作られた――祖父のサー・チャールズから完成を知らされたマードックと友人のリーは、時間間通信のデモンストレーションに驚かされる。だが、それには不可解な現象も付随していた。やがて彼らは、綿密な実験と検証を通じて、時間の秘密を少しずつ解き明かしていく。その一方で、世界は悲劇的な事件に巻き込まれようとしていた。“タイム・マシン”を使って、この悲劇を回避することができるのか……?

[感想]

 時間をテーマとしたSFの傑作であり、“タイム・マシン”の開発・試験・実用化の過程を丁寧に描くことで、科学の面白さを伝えてくれる作品です。
 “タイム・マシン”自体はプロローグですでに作られていますが、この作品の圧巻はそこからです。最初は小規模の実験で動作が確認され、次いで実験結果の検証と仮説・モデルの構築が繰り返されます。この過程が非常にわかりやすく描かれている上に、仮説自体も魅力的で、退屈さを感じさせません。
 後半に起こる事件はカタストロフィともいえるもので、過去を改変してこれを回避することに誰もが賛同するほどのものです。ここに至って“タイム・マシン”は実用化への第一歩を踏み出すことになります。フィクションであるために全体がかなり加速されている感はありますが、研究開発のリアリティを十分に持った作品に仕上がっています。

 もちろん、過去の改変に伴うドラマ自体も魅力的です。特に、マードックの恋人になる(かもしれない)アンのエピソードには、思わず引き込まれてしまいます。

 I.アシモフ『永遠の終り』などと比べると、過去の改変に関する屈託のなさがやや気になりますが、ホーガンの科学に対する楽観主義が色濃く表れた作品といえます。

2001.05.25再読了  [ジェイムズ・P・ホーガン]



煙の殺意  泡坂妻夫
 1980年発表 (講談社文庫 あ22-2)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 泡坂妻夫の初期短編(非シリーズ)を収録した作品集。作品の出来にはややばらつきがありますが、見逃せない作品も含まれています。
 個人的ベストは「椛山訪雪図」ですが、「紳士の園」「煙の殺意」も甲乙つけがたい出来です。

「赤の追想」
 久しぶりに飲もうと桐男を誘った加那子は、最近失恋したことを彼に言い当てられる。問われるままに失われた恋を語る加那子だったが、桐男はその恋に隠された秘密を明らかにするのだった……。
 〈亜愛一郎シリーズ〉と同時期に発表された、ごく初期の作品です。そのせいか、「DL2号機事件」『亜愛一郎の狼狽』収録)などにも通じるような、登場人物の奇妙な心理が描かれています。

「椛山訪雪図」
 謎の画家・憑黄白の手による水墨画「椛山訪雪図」――紅葉で色づいた山を眺める老人の姿を描いたこの水墨画には、ひそかに大きなたくらみが隠されていた。それが明るみに出るきっかけとなったのは、ある殺人事件だった……。
 まず、「椛山訪雪図」に隠された仕掛けが非常によくできています。泡坂妻夫ならでは、というべきでしょうか。殺人事件との絡み具合も絶妙です。そして、すでに「椛山訪雪図」を手放した語り手の思い出話という構成のため、聞き手とと同時に読者もイメージを頭に浮かべやすくなっているように感じられます。

「紳士の園」
 出所したばかりの島津は、刑務所仲間の近衛に誘われて、夜中の公園で“スワン鍋”を食べた。だが、近くで浮浪者が刺し殺されているのを発見してしまい、二人は後かたづけもそこそこに逃げ出した。翌日、事件が報道されないことに不審を抱き、再び公園へとやってきた二人だったが、“スワン鍋”の残骸はおろか、浮浪者の死体までいつの間にかきれいに片づけられていたのだ……。
 ユニークなホワイダニットです。近衛のユーモラスなキャラクターと恐るべき真相が見事な対照をなしています。

「閏の花嫁」
 急に姿を消した毬子から、突然届いた手紙。彼女は遠い島国でマリオと結婚し、王妃となるのだという。結婚式は2月29日、4年に一度の由緒ある祭礼の日に行われることになっていた。自分の方がマリオに好かれていたと信じる加奈江は、釈然としない思いを抱きながらも、毬子に祝福を送るのだが……。
 ミステリというよりは、ショート・ショートのような雰囲気です。オチが見え見えなのが残念です。

「煙の殺意」
 その事件は、犯人が自白した通りの、単なる衝動的な殺人のようだった。テレビ好きの望月警部は現場でも、事件そっちのけで画面に見入っていた。そこには、高級デパート・華雅舎で起きた史上最悪の火災の様子が映し出されていた……。
 この作品についてはあまり書けませんが、傑作であることは間違いありません。とにかく読んでみて下さい。

「狐の面」
 鉱山の街を訪れた山伏一行は、数々の法術を披露し、やがて病人に対する祈祷を行うようになった。法術のタネをことごとく見破りながらも静観していた地元の住職・蓬同師だったが、狐憑きと診断された患者をめぐって、ついに山伏一行に対決を挑む……。
 この作品もよくできています。住職と山伏一行との対決自体も盛り上がりを見せますが、そこに現れる謎もユニークです。また、味わい深い語り口も見逃せません。

「歯と胴」
 殺害した安子の死体は、完全に始末したはずだった。指紋を焼き、ほくろを切り取り、歯を抜いた上に首を切って頭骨も分解した。体は山奥に埋めて、歯と頭骨は海に沈めた。万一死体が発見されたとしても、身元を突き止めることはできないはずだったのだが……。
 珍しく倒叙形式で書かれた作品です。完璧を期したはずの犯人を待ち受けていた落とし穴は意外なもので、秀逸です。しかし、伏線があまりにも微妙すぎるようにも思えます。

「開橋式次第」
 余情橋の開橋式が行われようとするまさにその日、付近でバラバラ死体が発見された。その状況は奇しくも、開橋式の来賓として招かれた警察署長が15年前に手がけた迷宮入り事件とそっくりだった。ただ……。
 泡坂妻夫らしいドタバタのうちに事件が始まり、そして終わってしまいます。謎自体はあまり大したものではありません。

2001.05.27再読了  [泡坂妻夫]



漂着物体X  堀  晃
 1987年発表 (双葉文庫 ほ01-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 宇宙を舞台にしたSF作品集です。連作といえるのかどうか微妙ですが、“エネルギー収支アナリスト”という存在がいくつかの作品に登場しています。エネルギー消費バランスの調査、そして不正なエネルギー使用の摘発が表向きの仕事ですが、実はその裏に重要な任務が……という設定です。初期の傑作群に比べればやや落ちるようにも感じられますが、基本的にはまずまずの出来ではないかと思います。
 個人的ベストは、「青い宇宙服の男」「宇宙牢」

「青い宇宙服の男」
 エネルギー収支アナリストの“私”は、かつての超光速通信実験基地を訪れた。整備士一人だけが残されたこの基地では、最近なぜかエネルギーの消費量が急増していた。整備士が私に告げたその秘密とは……。
 不吉な“青服”――エネルギー収支アナリストに対して、さらなるエネルギーの供給を求める自信たっぷりの整備士の姿が印象的です。そして、それに対する“私”の行動、その理由が秀逸です。

「幽霊船黒丸」
 宇宙船とすれ違う際に微妙にその航路を偏向させる未確認航路偏向物体、通称〈クロウ〉――いつしかそれに幽霊船のイメージが重ね合わされ、宇宙船の乗組員たちの間で語り継がれていた。たび重なる探索の果てにようやく発見された〈クロウ〉は……。
 ゆらぐ太陽のイメージ、そして皮肉な真相が強く印象に残ります。

「揺れる基地」
 辺境の惑星に正体不明の何かが墜落した。惑星上にある基地から送り出された探査球は、宇宙船らしき映像を伝えてきたものの、急にその機能を停止してしまった。そして、調査に赴いた駐在員も……。
 「猫の空洞」『地球環』収録)によく似ていて、悪く言えば焼き直しとも思えてしまいます。こういうネタは好きではあるのですが……。

「五人目の乗客」
 外宇宙を航行中の宇宙船。乗組員たちは任務の合間、退屈しのぎに麻雀を打っていた。だが、メンバーが交代した時に彼らは気づいた。乗組員はもともと4名だけのはずだったのだ……。
 未来・宇宙版“座敷わらし”の物語です。もちろん怪談ではなく、いかにも堀晃という感じの説明がされています。しかし、宇宙船内の麻雀にはやや違和感が……。

「宇宙聖衣」
 超空間航路に突入した瞬間、宇宙船は大きな衝撃を受けた。何か巨大な質量とすれ違ったのか? やがて通常空間に戻ったものの、そこは完全に未知の星域だった。そして前方には、星の光をさえぎる巨大な闇が……。
 これは何というか、小咄に近いようなオチの作品です。そういえば、『エネルギー救出作戦』(新潮文庫・入手困難)にも似たような作品が収録されています。

「背中の操縦士」
 冷凍睡眠から目覚めた時には、すでに背中に取り憑かれてしまっていた。やせた老人の姿をとったその存在は、宇宙船を指示通りの軌道に乗せるよう強要してきたのだ。仕方なくその指示に従ったものの……。
 「シンドバッドの冒険」(でしたか?)中の、“背中に取り憑いた老人にこき使われる”というエピソードを下敷きにした作品です。どうやって“老人”を放り出すのかと思っていたら……。

「時間虫」
 自動操縦装置が警告を発した。格納庫でのエネルギー消費量が異常にはね上がっていたのだ。“積み荷”は眠り続ける男を収容した冷凍睡眠装置だった。状況を調べるため、最後の手段として男を覚醒させたのだが……。
 この作品で描かれている状況は衝撃的です。ラストは不安を感じさせるものですが、さて、どうでしょうか。

「異星の密室」
 ベッドの上で目覚めた“私”は、完全に記憶を失っていた。たった一人でさまよい、出口から地表へと出た私は、宇宙船を捜し求める。やがて私の前に、一人の老人が姿を現したが、老人も私と同じくほとんど記憶を失っていたのだった……。
 皮肉なオチではありますが、さほど目新しくないように思えます。

「宇宙牢」
 開閉する扉によって構成された複雑な迷路が設けられた宇宙牢獄。そこでは脱獄未遂事件が起こったばかりだった。脱獄者は所員を人質にして迷路をくぐり抜けたものの、外部に設けられたバリアーを強行突破しようとして爆死してしまった。エネルギー収支アナリストの“私”は、事件の後に発生した不可解なエネルギー収支の異常を調査するために牢獄を訪れたのだが……。
 宇宙空間に設けられた牢獄、そして脱獄を防ぐための迷路という設定が想像力を刺激します。また、真相につながる伏線がよくできています。

「人面樹」
 惑星上に投下した探査球の一つが機能を停止し、回収に向かった調査員も消息を絶ってしまった。送られてきた映像に映し出されていた奇怪な樹木がかかわっているのか? “私”は後を追って地表へと足を踏み出した。どこか奇妙ななつかしさを感じながら……。
 この作品はちょっといただけません。ネタもありがちなものに思えますし、「揺れる基地」と似ているところも残念です。

「光と闇と……」
 超空間通信中に発生した奇妙な雑音をもとに、宇宙空間を漂う未知の宇宙船が発見された。だが、宇宙船の内部には活動の気配がなく、ただ無数の老人の死体だけが浮遊していた。と、その時、目の前に現れたのは……。
 この作品には、他の作品とのつながりを示唆する記述が含まれています。雑誌掲載の短編がある程度たまってきたので、単行本化を意識してまとまりを出そうとした、というところでしょうか。ラストの場面は強烈な印象を残しますが、その意味がややはっきりしません。ネタバレ感想の方に、一応の解釈を書いておきます。

「漂着物体X」
 銀河系のペルセウス腕とオリオン腕の中間を漂う奇妙な物体。それは小さな黒い円筒だった。そこから発信される微弱な信号に引き寄せられ、次々と消息を絶っていく調査員たち。円筒の正体は何なのか……?
 ラストの作品にしては、やけにあっさりしていて、肩すかしを食わされたように感じられます。

2001.05.28再読了  [堀  晃]


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