〈情報サイボーグ・シリーズ〉

堀  晃




シリーズ紹介

 〈宇宙遺跡調査員シリーズ〉と並ぶ堀晃のSF短編シリーズで、肉体を改造して情報処理装置との複合体となった情報エリート・情報管理官たちの活躍が描かれています。彼らは左脳を情報処理装置に置き換えられ、ネットワークに接続することで〈情報省〉に集積された情報を自由に引き出して利用することができます。

 本来、情報を一手に握ったエリートであるはずの彼らですが、意外に人間味のある存在として描かれています。例えば、人類の舞台が宇宙へと広がっていくにつれて、一時的にネットワークを離れた状態での活動を余儀なくされる場合が多くなっていくことで、巨大な存在から切り離されて個人に戻る喪失感のようなものを抱いていたり、あるいは〈情報省〉が中央集権的な色彩を強めていくのにともなって、個人としての野心をはぐくんでいたりするなど、人間的な側面が際立つような状況が取り上げられています。

 また一方で、「蒼ざめた星の馬」「宇宙葬の夜」などでは“肉体の死”と“人工頭脳の死”のギャップ、すなわち“二段階の死”という、情報サイボーグ特有の深刻な問題が描かれています。この問題を緩和するために導入されている“停止問題”というアイデアが秀逸です。

 つまりこのシリーズは、人間を超えた部分と人間であり続ける部分とをあわせ持った特異な存在を、その異質さから人間的な悲哀までも含めて描ききったものといえるのではないでしょうか。そして、彼らの末路「恐怖省」のラストに暗示されています。その存在は、ほんの一瞬だけ未来史に咲いたあだ花といえるのかもしれません。




作品紹介

 現在のところ、全部で12篇の短編が発表されています。これらはすべて『地球環』にまとめられていますが、もともと「最後の接触」・「骨折星雲」『太陽風交点』に、「地球環」・「宇宙猿の手」・「猫の空洞」『梅田地下オデッセイ』に、「恐怖省」・「蒼ざめた星の馬」・「過去への声」・「宇宙葬の夜」『恐怖省』にそれぞれ収録されていました。

 またシリーズ番外編として、「イカルスの翼」『太陽風交点』収録)があります。これは、情報省の爆破を企てた男が小惑星イカルスに流刑にされ、そこでどのように生き延びるか、という物語です。


地球環  堀  晃
 2000年発表 (ハルキ文庫ほ1-1)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 〈情報サイボーグ・シリーズ〉の作品をほぼ発表順にまとめた作品集。「虚空の噴水」・「柔らかい闇」・「バビロニア・ウェーブ」が単行本初収録です。

「恐怖省」
 膨大な情報を掌握するエリートである情報サイボーグたちは、地球再開発計画の尖兵として様々なプロジェクトを動かしていた。だが、密かに進行していた〈情報省〉の異変に彼らが気づいた時には、すでに手遅れだった。かくして、凄惨な“狩り”が始まったのだ……。
 函数を使った暗号、そして戦闘時の緻密な計算など、情報エリートとしての特性を生かした情報サイボーグたちの行動には、非常に興味深いものがあります。

「地球環」
 地球を取り囲む5つの衛星に搭載された有機脳。それは情報省が進める〈雑音計画〉の一環だった。しかし、有機脳のもとになった細胞を提供し、自らも補助脳を介して有機脳に接続された情報サイボーグ・鳥井は、いつしか奇妙な“虫”に悩まされるようになっていた……。
 “雑音”から意味のある情報を抽出しようという〈雑音計画〉がユニークですが、さらにその情報処理に有機脳を使って……というアイデアが秀逸です。そして、最後に炸裂するイメージの余韻が印象に残ります。

「最後の接触」
 情報省では、〈人体利用計画〉の一環として、二つの実験が計画されていた。一つは恒星間無人探査装置への人脳の搭載、そしてもう一つはワープ・シップの操縦装置への筋肉系の利用というものだった。そして条件に適合する男が選び出され、手術を受けたのだが……。
  脳と筋肉系の分離にはおぞましいものを感じてしまいますが、分離された後の構成は非常に面白いと思います。結末はほぼ予想できるところではありますが、そこへ至る過程に工夫が凝らされています。

「骨折星雲」
 羽ばたく蝶のように直角に折れ曲がって見えるその銀河は、〈骨折星雲〉と呼ばれていた。コンピュータによるシミュレーションでも作り出すことのできない、自然発生ではあり得ない形状のその銀河へと、調査に向かった情報管理官マキタ。そしてそこで遭遇したものは……。
 折れ曲がった銀河という壮大なスケールの奇想には驚かされます。そしてその背後に隠された秘密にも。
 なお、主人公のマキタは「バビロニア・ウェーブ」に登場した宇宙飛行士で、後に情報サイボーグとなる手術を受けたようです。

「宇宙猿の手」
 太陽系の辺境で発見された“それ”は、巨大な手首に似ていた――〈神の手〉と名付けられた“それ”はやがて、調査に訪れた情報管理官レビイに語りかけてきた。レビイに無限の“可能性”を提供することができるというのだ。その申し出を受けたレビイは、着実に地位を高めていったのだが……。
 怪奇小説「猿の手」を下敷きにした作品ですが、レビイがはまり込んでしまった状況がよくできています。また、レビイと“私”の情報に関する指向の違いが印象的です。

「猫の空洞」
 事故で漂流中の宇宙船、その船内には一匹の“猫”がいた――情報省から依頼を受けた峰は、情報管理官サリムとともに遭難した宇宙船に乗り込み、その“猫”――〈ラーゴ猫{キャット}を捕獲しようとする。だが、予知能力を持つかのように振る舞う〈ラーゴ猫{キャット}〉は……。
 記憶に関するユニークな理論、そしてそれに基づく存在である〈ラーゴ猫{キャット}〉が魅力的です。予知能力を超常現象として扱わず、それなりの理論を組み立てているところはさすがです。

「蒼ざめた星の馬」
 “未知の知的生命が太陽系内に入り込んでいるらしい”――その噂は、宇宙空間で生活する人々の間に広まっていた。そんな中、太陽系辺境で情報管理官が相次いで行方不明になるという事態を受けて、年老いた情報管理官が土星軌道へと旅立つ。“青白く輝く宇宙船”を求めて、……。
 この作品では“二段階の死”というシリアスな問題が扱われています。”老境を迎えた情報管理官の姿、そして悲哀に満ちたラストが印象的です。

「過去への声」
 開発計画途上の海王星基地で、些細なミスから大事故が発生した。情報管理官たちはこの事故を防ぐため、現在の情報を過去へ送ることで過去を“修正”する〈F計画〉――フィードバック・プロジェクトを進めようとしたのだが、事態は予想もしなかった方向へと進んでいく……。
 この皮肉な結末は「宇宙猿の手」とよく似ています。J.P.ホーガン『未来からのホットライン』とは違う理論のようですが、同じような現象が起こっているところに興味をひかれます。

「宇宙葬の夜」
 主星が赤色巨星化の兆候を見せ始め、今まさに滅びを迎えつつあるタルポス星系の観測ステーションで、情報管理官の死亡事故が発生した。調査艇の操縦士である“私”は、情報省から派遣されたバートンと名乗る“検屍官”とともに現地に赴くが、バートンの目的とは……。
 アイデア、プロットともにすぐれた傑作です。“検屍官”という存在、”そして情報サイボーグの“停止問題”が非常に魅力的です。

「虚空の噴水」
 〈星相解析士〉の“私”は、“泉のほとりに浮かぶ惑星”――惑星デュナスにある、完全に破壊された基地を訪れた。基地からの最後の通信は、生命の存在を告げるものだったのだ。空を覆う巨大な螺旋状の“噴水”の下、“私”たちは調査を続けていたのだが……。
 この作品は厳密には〈情報サイボーグ・シリーズ〉ではありません。どこか情報サイボーグに通じるところのある〈星相解析士〉が主人公となっていますが、〈宇宙遺跡調査員シリーズ〉に似た雰囲気もあります。天空の“噴水”のイメージが鮮やかです。

「柔らかい闇」
 おおかみ座方向の空間に突如広がった巨大な〈闇〉。二次元のフィルム状の構造を持ち、高速でその面積を拡大していくそれは、〈大風呂敷{big-furoshiki}と名付けられた。そして今、情報管理官ロビンが〈大風呂敷{big-furoshiki}〉の調査に向かう……。
 宇宙空間に広がる〈大風呂敷{big-furoshiki}〉という設定が秀逸です(ネーミングはもう少し何とかならないか、と思いますが)。また、その誕生のメカニズムも面白いとおもいます。

「バビロニア・ウェーブ」
 太陽系から3光日の距離に発見された巨大なレーザーの光束。“バビロニア・ウェーブ”と名づけられたそれは、無尽蔵のエネルギー源として利用されるようになっていった――宇宙飛行士のマキタは情報管理官・ライリーとともに、ダムキナ送電基地で発生した異常を調査するために、“バビロニア・ウェーブ”へと向かったが……。
 長編版『バビロニア・ウェーブ』に先駆けて、いわばパイロット版として発表された作品です。長編版には情報サイボーグは登場せず、マキタが主人公となっています。
 短編版でも“バビロニア・ウェーブ”という存在の途方もなさは伝わりますが、やはりそのスケールに比べて分量が物足りなく感じられます。

2000.10.17読了  [堀  晃]


黄金の羊毛亭 > シリーズ感想リスト作家別索引 > 情報サイボーグ