ミステリ&SF感想vol.23

2001.07.11
『タウ・ゼロ』 『魔術ミステリ傑作選』 『自殺じゃない!』 『葦と百合』 『伝道の書に捧げる薔薇』


タウ・ゼロ Tau Zero  ポール・アンダースン
 1970年発表 (浅倉久志訳 創元SF文庫638-05)

[紹介]
 50人の男女を乗せて、32光年彼方の乙女座ベータ星を目指し、バサード・ラムジェットで航行する宇宙船〈レオノーラ・クリスティーネ号〉。順調に見えた旅程の最中、不測の事態が発生した。生まれたばかりの小星雲と衝突し、エンジンの減速システムが破壊されてしまったのだ。ひたすら加速し続ける宇宙船の中、乗組員たちの運命は……?

[感想]

 “止まることができず加速し続ける宇宙船”という、ある意味シンプルなアイデアをもとに、壮大なスケールのドラマが展開される傑作です。

 この壮大さを生み出しているのは、単に“止まれない”というだけでなく“加速し続ける”という設定です。宇宙船の速度が光速に近づいていくことで、“ウラシマ効果”(船内の時間の流れが遅くなる)が生じるとともに移動距離も増大し、乗組員たちの旅路が空間的にも時間的にもスケールアップされているのです。これほど途方もない旅を描き出せるのは、SFならではでしょう。

 そしてその船内では、乗組員たちの様々な人間模様が繰り広げられます。“空飛ぶ棺桶”に閉じ込められ、さらに相次ぐ苦難にさらされる乗組員たちの絶望。その中にあって、生きることを決してあきらめようとしない主人公・カール。時には自ら憎まれ役になることも辞さず、乗組員たちを叱咤激励し、生きる希望を与えようと奮闘し続ける彼の姿は、強く印象に残ります。極限状況の中で生きることの意味を考えさせられる作品です。

2001.06.11再読了  [ポール・アンダースン]



魔術ミステリ傑作選 Whodunit? Houdini?  オットー・ペンズラー編
 1976年発表 (中村能三 他訳 創元推理文庫170-1・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 魔術(奇術)が絡んだ犯罪を描いた短編13篇を収録した作品集です。とはいえ、いわゆるミステリだけでなく、「登りつめれば」・「パパ・ベンジャミン」など怪奇・幻想色の強い作品も含まれています。
 個人的ベストは、「この世の外から」「ジュリエットと奇術師」

「新透明人間」 The New Invisible Man (カーター・ディクスン)
 窓越しに向かいの建物を眺めていた男は、テーブルだけが置かれた何もない部屋の中で、手袋がピストルを握って老人を射殺するのを目撃した。果たして透明人間の仕業なのか? しかし、男が慌てて現場に駆けつけてみると、死体は影も形もなかった……。
 中心となるトリックはあまりにも有名ですが、決してそのトリックだけに頼った作品ではありません。副次的な怪現象の解決やプロット自体もよくできていると思います。
 なお、この作品は『不可能犯罪捜査課』にも収録されています。

「この世の外から」 From Another World (クレイトン・ロースン)
 心霊術に傾倒する大富豪が、内側から紙テープで目張りのされた部屋の中で、ナイフで刺されて死んでしまった。死体のそばに昏倒していた女心霊術師に容疑がかかるが、真の凶器は室内になかったということが判明して……。
 内側から目張りのされた密室内での殺人という状況は、C.ディクスン(J.D.カー)との競作です(こちらは『爬虫類館の殺人』をご覧下さい)。双方を比べると、トリックにそれぞれの持ち味が十分発揮されていることがよくわかります。特にこの作品では、いかにも奇術師ならではのトリックがよくできています。

「スドゥーの邸で」 In the House of Suddhoo (ラドヤード・キプリング)
 スドゥーの息子はペシャワルで病にかかっていた。彼は、邸に住む印章彫りの男が魔術で毎日息子の病状を伝えてくれるという。男が行う魔術を目にした“わたし”は、それがぺてんにすぎないことを見破ったのだが……。
 謎解きの要素はほとんどありませんが、事件の発生を予感させるラストが印象に残ります。

「登りつめれば」 Rope Enough (ジョン・コリアー)
 何の変哲もないロープが空中にまっすぐ伸びていくというインドのロープ奇術。それを馬鹿にして笑い飛ばしていた男が、インドに渡ってその奇術を身に着けることになった。天に向かって立ちあがったロープを登っていく男。その天辺に待っていたのは……。
 ミステリというよりは寓話のような、奇妙な味の作品です。オチも何ともいえません。

「盲人の道楽」 Blind Man's Buff (フレデリック・A・アンダスン)
 隠れた犯罪の達人・ゴダールがメンバーとなっているクラブで、盲目の魔術師・マルヴィノが魔術を行うという。密室に閉じこめられて5分間で見事に姿を消すことができたら、メンバーの財布であれ何であれ、その間に手に入れたものをすべて自分のものにできる約束だというのだ。マルヴィノ当人からその話を聞かされたゴダールは……。
 財布を手に入れるのは手先の早業で、脱出トリックは拍子抜けです。ゴダールとクラブのメンバーたちの賭けのあたりがやや面白く感じられます。
 なお、この作品は、F.A.アンダースン『怪盗ゴダールの冒険』(国書刊行会 ミステリーの本棚)に「目隠し遊び」という題名で収録されています。

「時の主」 The Lord of Time (ラファエル・サバチニ)
 数々の秘術を用いて、枢機卿にまんまと取り入った大魔術師・カリオストロ伯爵。それを不快に思った枢機卿の甥、ド・ゲメネ公爵は、カリオストロ伯爵と対決しようとするが……。
 幻想小説なのかどうか、判然としない作品です。それにしても、枢機卿に取り入ったカリオストロ伯爵の意図はよくわかりません。

「パパ・ベンジャミン」 Papa Benjamin (ウィリアム・アイリッシュ)
 ある夜、こっそりとバンドのメンバーの後をつけたリーダーのエディは、パパ・ベンジャミンが行うヴードゥー教の秘儀を目撃することになってしまった。その場を取り繕うためにとりあえず仲間に入ったエディだったが、やがて彼が裏切ったとき、パパ・ベンジャミンは……。
 ある意味予想通りのラストではありますが、そこに描かれている恐怖は強く印象に残ります。

「ジュリエットと奇術師」 Juliet and Magician (マニュエル・ペイロウ)
 妻のジュリエット、そして助手のベナンシオとともに、舞台に立つ奇術師・方{フアン}。だが、方が口を結ばれた袋からの脱出を行っている最中に、ベナンシオが短剣で刺されて死んでしまったのだ。「誰のせいでもない、自分で殺った」という不可解な言葉を残して……。
 不可能状況での殺人を描いた作品です。トリックは面白いと思いますが、解決があっさりしすぎているのが難点でしょうか。

「気違い魔術師」 The Mad Magician (マクスウェル・グラント)
 大事な約束を控えていながら、魔術師ノーギルは強引な招待を受けて、奇術を研究しているというカラドック教授の邸を訪れた。だが、そこで相手の罠にかかり、箱の中に閉じこめられてしまったのだ。しかも、ノーギルを追ってきた助手のミリアムまでもが囚われの身となってしまった……。
 “マクスウェル・グラント”というのは、次のウォルター・B・ギブスンの筆名で、作品自体の雰囲気もどことなく似ているように感じられます。ノーギルが箱の中から脱出する手段はユニークです。終盤の展開は予想外ですが、あまりフェアではありません。

「パリの一夜」 One Night in Paris (ウォルター・B・ギブスン)
 奇術師ルブランから、膨大な奇術道具のコレクションを邸ごと買い取ったグレート・ジェラード。だが、彼本人しか開けることができない特製の錠がかかった部屋の中に、いつの間にかルブランの死体が転がっていたのだ。容疑者となったジェラードは……。
 ジェラードに罪をかぶせようとする犯人の計画はかなり緻密なものですが、ジェラードの方が一枚上手でした。密室トリックがなかなか面白いと思います。

「影」 The Shadow (ベン・ヘクト)
 魔術王ザラストロは、20年来憎んできた男を殺すつもりだと語った。相手は、やはり奇術師のリコ。彼はザラストロと愛する妻との間に巧妙に入り込んできて、二人を破滅させてしまったのだ……。
 ザラストロの淡々とした語り口が印象的です。ラストの見せ方がうまいと思います。

「決断の時」 The Moment of Decision (スタンリー・エリン)
 魔術師レイモンが近所に引っ越してきた時から、ヒュウの災難は始まった。ヒュウの大事なものを次々と奪っていくレイモン。ヒュウはついに、レイモンに勝負を挑む。地下室に閉じこめられ、首枷で壁に固定された状態から脱出できるかどうか、賭けを持ちかけたのだ。その結末は……?
 結末が付けられていないリドル・ストーリーです。プロットもさることながら、対立を通じて鮮やかに描かれているヒュウとレイモンの人物像が印象的です。そしてスリリングな終盤。ヒュウの最後の決断は果たして……?

「抜く手も見せず」 The Hand Is Quicker than the Eye (E.S.ガードナー)
 盗難事件の上前をはねて一部を懐に入れ、残りを人々に恵んでしまう、泥棒相手の詐欺師、レスター・リース。今回の獲物は、あるパーティの席上で盗まれた、高価な真珠のネックレスだった。パーティーの出席者たちが豪華客船に乗り込んでホノルルへと向かうことを知ったリースは、素人手品師として乗船し、ネックレスを狙うのだが……。
 話があちらこちらへと展開し、どうなることかと思いましたが、最後はしっかりと着地しています。リースの家の執事を勤めながら、リースの様子を探っている隠密警官のスカトルがいい味を出しています。リースに軽くあしらわれてしまう様子が何ともいえません。

2001.06.22読了  [オットー・ペンズラー 編]



自殺じゃない! Suicide Excepted  シリル・ヘアー
 1939年発表 (富塚由美訳 国書刊行会 世界探偵小説全集32)ネタバレ感想

[紹介]
 マレット警部が旅先のホテルで知り合ったディキンスン老人は、翌朝、睡眠薬の飲み過ぎで死亡していた。検死審問では自殺の評決が下されたが、残された家族は老人が自殺したとは信じられなかった。自殺では保険金が支払われないこともあって、老人の息子スティーヴンとその妹アニー、そして彼女の婚約者マーティンは、独自に事件の調査に乗り出した。やがて、事件の当日ホテルに宿泊していた客の中に、何人かの不審な人物がいたことが明らかになり……。

[感想]

 犯人探し以前に、まず殺人事件であることを立証しなければならないという、一風変わったミステリです。とはいえ、やることはホテルの宿泊客の中から怪しい人物を探し出すというもので、通常の犯人探しとあまり変わりません。このあたりは設定を十分に生かしきれていないように思えます。

 しかし、スティーヴンたちの調査が行き詰まったように見えたあたりから、事件は予想外の展開を見せます。マレット警部の再登場と突然のクライマックス、そして急転直下の解決。やや唐突にも感じられますが、皮肉な真相はよくできています。

2001.06.27読了  [シリル・ヘアー]



葦と百合  奥泉 光
 1991年発表 (集英社文庫 お25-2)ネタバレ感想

[紹介]
 現代文明を捨て、自然との共生を求めるコミューン〈葦の会〉。学生時代に参加していた式根は、15年ぶりに級友の時宗、そしてかつての恋人・翔子に会おうと、ブナの森の奥深くを目指す。しかし彼を待っていたのは、荒廃した無人の入植地跡だけだった。二人は一体どこへ消えたのか?――やがて起こる怪死事件、そして幻想。その果てに式根が見出したものは……。

[感想]

 密度の濃い文章でありながら驚くほど読みやすく、終盤近くまで面白く読むことができました。しかしながら、最後がいただけません。

 この作品は、式根の視点で進行する本編と、“ぼく”の視点で進行する〈Praludium〉・〈Intermezzo〉・〈Finale〉、そして末尾に置かれた〈Fragments〉が錯綜する構成となっていますが、いわゆるメタフィクションとは違うように思えます。というのは、すべてを包含する上位(=メタ)の視点が明確には存在しないように思えるからです。つまり、この作品では“奥泉光が書いた『葦と百合』”という大きな枠は存在するものの、作中の事象はすべて同じレベルに位置し、その中でいくつもの“現実”が並行して描き出される“パラフィクション”とでもいうべきかもしれません。

 しかし、あらゆる色の絵の具を混ぜ合わせると灰色になってしまうように、この作品では相反するものを含む様々な事象が同じレベルで記述されているため、結果として作品全体の虚構性が強調されてしまい、“ある種の現実を構築する”という、フィクションの重要な機能の一つが失われてしまっているように思えてなりません。

2001.07.02読了  [奥泉 光]



伝道の書に捧げる薔薇 The Doors of His Face, The Lamps of His Mouth  ロジャー・ゼラズニイ
 1971年発表 (浅倉久志・峯岸 久訳 ハヤカワ文庫SF215・入手困難

[紹介と感想]
 「怪物と処女」などの掌編から「伝道の書に捧げる薔薇」などの中編まで、15篇を収録した作品集です。内容の方もユーモラスな作品から泣ける作品まで、バラエティに富んでいます。作品の出来にもばらつきがあるように感じられるのはご愛敬でしょうか。
 個人的ベストは、「十二月の鍵」「伝道の書に捧げる薔薇」

「その顔はあまたの扉、その口はあまたの灯」 The Doors of His Face, The Lamps of His Mouth
 金星の海に潜む巨大な魚竜“イッキー”。金持ちの冒険家が生け捕りにしようとしたが、ことごとく悲惨な結果に終わっていた。そして今、ジーンとカールが“イッキー”に挑む……。
 SF釣り小説ですが、今ひとつ面白さがわかりません。作中で描かれている征服欲には、やや辟易させられてしまいます。

「十二月の鍵」 The Keys to December
 生まれ落ちるときに、高重力の寒冷惑星に適応可能な猫形態に改造されたジャリー。しかし、植民するはずだった惑星アリヨーナルは新星の爆発で全滅し、ジャリーの体に適した世界は存在しなくなってしまった……。
 運命に翻弄されるジャリー。しかし、過酷な現実に対して彼の選択する行動は、あくまでも気高く、胸を打たれます。

「悪魔の車」 Devil Car
 電子頭脳と数々の武器を備えた特製の車“ジェニー”に乗って、〈大西部道路原〉を飛ばすサム。標的は兄の仇、人々を襲う野生の車のリーダーとなっている、巨大な黒いキャディラックだった……。
 黒いキャディラックとの遭遇、そして対決があっけなく感じられるので、もう少し長い方がよかったと思うのですが。

「伝道の書に捧げる薔薇」 A Rose for Ecclesiastes
 地球人として初めて、神秘に包まれた火星人の文明を直接目にすることを許された若き詩人、ガリンジャー。美しい火星の舞姫・ブラクサと出会い、に落ちてしまった彼は……。
 美しくも悲しい恋を描いた傑作です。一輪の薔薇というモチーフによって、その美しさが一層強調されています。

「怪物と処女」 The Monster and The Maiden
 春と秋に怪物の神に捧げられる処女のいけにえ。長老のリリクはその風習に反対するが……。
 オチは何となく予想できますが、リリクの最後の台詞が印象的です。

「収集熱」 Collector's Fever
 収集家の叔父のために、知性を持った鉱物〈ストーン〉を手に入れようとする男。だが、その裏には一つの思惑があった……。
 面白い作品ですが、ラストがやや唐突なのが残念です。

「この死すべき山」 This Mortal Mountain
 40マイルもの高さを誇る、宇宙で最も高い山“灰色の乙女{グレイ・シスター}。登山家として名高い“わたし”は、メンバーを集めてこの山に挑むが、山は様々な手段で抵抗してきたのだ……。
 SF登山小説ですが、山の抵抗にもかかわらず、あまりにもあっさりと登頂に成功しているように思えてしまいます。また、「その顔はあまたの扉、その口はあまたの灯」にも通じる征服欲が鼻につきます。

「このあらしの瞬間」 This Moment of the Storm
 惑星〈ティエラ・デル・シグナス〉の都市“ベティ”を突然襲った大嵐。警官の“わたし”は市長とともに事態の収拾につとめるが……。
 パニック小説かと思いきや、何ともいえず切ないラストが待っています。

「超緩慢な国王たち」 The Great Slow Kings
 グラン種族の王であるドラックスとドランは、銀河系の他の惑星に生命がいる可能性について、何世紀もの間ゆっくりと考え続けてきた。そしてようやく、家臣のロボットを探検に送り出したのだが……。
 国王たちの緩慢ぶりがユーモラスに描かれています。哲学的なようでいて笑える作品です。

「重要美術品」 A Museum Piece
 世の中に受け入れられない芸術家・スミスは、ついに自分自身を芸術とすることを決意し、美術館に忍び込んだ。微動だにしない状態で彫像のふりをし続けるスミス。しかし、そこで遭遇したのは……。
 自分自身を芸術作品として展示してしまうというアイデアは面白いと思いますが、意外に深遠な方向へと展開されています。

「聖なる狂気」 Divine Madness
 強烈な悲嘆にとらわれ、時間を逆行するという特殊な発作を起こすようになった男。ところが、ある日突然逆行が止まらなくなってしまい……。
 短いながらも、よくできた作品です。ラストがお見事。

「コリーダ」 Corrida
 弁護士のキャシディは何者かに追われていた。命がけのゲームは、やがて……。
 「怪物と処女」にも通じるような味わいの作品です。

「愛は虚数」 Love is an Imaginary Number
 “おれ”は失われた記憶を取り戻した。時空を越えてここから脱出し、今こそ“やつら”との戦いを再開するのだ……。
 人類を間に挟んで永遠に続けられる争いが、非常にコンパクトにまとめられています。主人公の正体は……。

「ファイオリを愛した男」 The Man Who Loved the Faioli
 死期の近づいた人々のもとへやってきて、一月の間あらゆる楽しみを与え、そして命を奪っていくというファイオリ。〈死者の谷〉に住むジョン・オーデンのもとに姿を現したファイオリの娘・シシアは……。
 アイデアは面白いと思いますが、シシアをもう少し魅力的に描いてほしかったところです。

「ルシファー」 Lucifer
 死に絶えた都市に戻ってきたカールスンは、動力室へと足を運び、作業を続けた。そして……。
 非常に短いながらも、SFならではの魅力を感じさせてくれる作品です。ラストのカールスンの台詞も強く印象に残ります。それにしても、題名の意味がよくわかりません。

2001.07.09読了  [ロジャー・ゼラズニイ]


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