ミステリ&SF感想vol.51

2003.01.07
『非在』 『黄金の灰』 『コンピュータ・コネクション』 『殺しも鯖もMで始まる』 『人間がいっぱい』


非在  鳥飼否宇
 2002年発表 (角川書店)ネタバレ感想

[紹介]
 奄美大島の海岸に流れ着いたフロッピーディスクには、奇怪な日記が残されていた。未確認生物を探索する大学生のサークル一行が、人魚の存在を求めて古文書に記された“沙留覇島”へと渡り、“朱雀”や“人魚”を目撃する顛末が書かれていたのだ。だが、日記はそれで終わりではなかった――メンバーの事故死、失踪、そして殺人事件を告げるSOS。フロッピーを拾った猫田夏海は、学生たちが実際に行方不明になっているのを確認し、警察に届け出るが、“沙留覇島”に該当すると思われる島には、学生たちの姿は影も形もなかった……。

[感想]
 幻想的な雰囲気に彩られた、非常に凝った構成のミステリです。まず、序盤に提示される日記には、人魚や朱雀、仙人といった非現実的な存在が登場しており、いかにも怪しげな雰囲気を漂わせています。その中で事件が起こっているのはお約束といってもいいところですが、問題の学生たちが訪れた“沙留覇島”が存在しないというのがユニークです。つまり、事件の舞台からして“非在”となっているわけで、この“舞台探し”がこの作品では謎解きの前菜といった感じで効果的に使われていると思います。

 主人公たちが“発見”した問題の島に到着してからは、さらに次から次へと謎が登場し、事件の様相も二転三転していきます。このあたりが非常に面白いところではあるのですが、その反面、やや雑然とした印象を受ける原因にもなっています。謎の提示と解決のバランスがあまりよくないといえばいいでしょうか。特に、中心となる謎の一つなど、現象も解決の手順もわかりにくいものとなっているのが残念です。また、かなり露骨に暗示されているために、解決場面でのサプライズが減じてしまっている謎もあります。

 とはいえ、非常に多くの謎が惜し気もなく注ぎ込まれた佳作であることは間違いないでしょう。最後まで割り切れないままで残されるかと思われた謎が、エピローグで合理的に解決(明示されているわけではありませんが)されつつも、不思議な余韻を残しているところも印象的です。

2002.12.24読了  [鳥飼否宇]
【関連】 〈観察者シリーズ〉



黄金の灰 The Gold Ash  柳 広司
 2001年発表 (原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 子供の頃からの夢を実現するために、41歳にして長年打ち込んできた商売を投げ出し、伝説の都市〈トロイア〉の発掘に後半生を賭けるハインリッヒ・シュリーマン。彼は妻のソフィアとともに、オスマン・トルコの片隅でギリシア人の作業員たちを使って発掘を続けるうちに、遂に〈トロイア〉の存在を証明する黄金の財宝を発見した。だが、こっそりと住居に運び込んだにもかかわらず、黄金発見の情報が漏れ、武装した兵隊の一団に住居を包囲されてしまう。そして、厳重な監視の中で黄金は消失し、落石の起こった発掘現場では死体が発見されたのだ……。

[感想]
 伝説の都〈トロイア〉を発掘したハインリッヒ・シュリーマンを主役とした歴史ミステリです。まず、主役のシュリーマンが何ともエキセントリックなキャラクターとして描かれているのが目につきます。倣岸で計算高く、子供のように単純。しかし、金儲けの秘訣を問われて“事実を見ること、そして推理”と答えるあたりは探偵向きでしょう。この作品では、そのシュリーマンがトロイア発掘の際に遭遇した(という設定の)事件の謎に加えて、シュリーマン自身の人生に隠された謎が扱われています。

 黄金の消失や殺人事件の謎などは、有名な古典ミステリのネタをうまく取り入れた本歌取りともいうべきもので、ミステリファンであればニヤリとさせられるのは間違いないでしょう。しかし単にそれだけではなく、犯人の心理とうまく結びつけることで、非常に印象的な結末を作り上げているところがお見事です。その犯人の心理の中核をなす犯行の動機もよくできていて、ホワイダニットとしても秀逸といえるのではないでしょうか。

 ただ、このような事件の真相がシュリーマン自身の謎とうまくつながらず、二つの謎が独立した状態であるため、作品全体がややまとまりを欠いたものになってしまっているのが非常に残念です。

2002.12.27読了  [柳 広司]



コンピュータ・コネクション Extro  アルフレッド・ベスター
 1974年発表 (野口幸夫訳 サンリオSF文庫39-A・入手困難

[紹介]
 不老不死となってしまった不死人{モールマン}の一人・ギグは、天才的なコンピュータ技師・ゲス博士をグループの新たなメンバーに迎えようと、密かに彼の命を狙っていた。だが、冷凍睡眠状態の宇宙飛行士を冥王星へと送る実験を進めていたゲス博士は、帰還してきた飛行士たちが両性具有の胎児と化してしまうという異変に遭遇し、その分析中に急死してしまう。その遺体は直ちにコンピュータ・センターへと運ばれ、手術の結果、ゲス博士は不死人として復活したのだが……。

[感想]
 メインのストーリーは“コンピュータの反乱”という手垢のついたものですが、それを彩る背景が何ともものすごいことになっています。不老不死となってしまった歴史上の有名人たち、すっかり変化してしまった言語、居留地でドラッグを作りマフィアとわたりあうチェロキー族、唐突に登場するエイリアン(?)……。これらがあまり説明もなしに物語にぶち込まれ、全編がひたすらめまぐるしい展開となっています。特に言語についてはかなり無茶苦茶な状態で、訳者の苦労がうかがえますが、慣れれば意外に読みにくさは感じられません。主人公やヒロインがかなり魅力的に描かれているのもこれに一役買っています。

 特に後半になると、ややご都合主義的な展開が目立つのが気になるものの、物語の進行は一段と加速していきます。それでいて、バタバタとすべてが収まるべきところへ収まるかのようなラスト。まさに怪作としか表現しようのない作品です。

2003.01.02読了  [アルフレッド・ベスター]



殺しも鯖もMで始まる M for Murder & Mackerel  浅暮三文
 2002年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 小川にイワナ釣りにやってきた老人が発見したのは、あまりにも奇怪な死体だった。連れてきた猟犬が必死に掘り起こす地面、その下にはぽっかりと空洞があいていたのだ。その中には餓死した男の死体、そして“サバ”という謎の文字が……。何者かが地面を掘って死体を埋めた形跡はまったく見当たらず、捜査陣は頭を抱えるばかり。被害者は有名な奇術師であり、三人の弟子たちとマネージャーが容疑者と目されたが、葬儀のために集まった彼らが雪の山荘に閉じ込められた夜、第二の密室殺人が起こる。そして現場には“ミソ”という血文字が残されていた……。

[感想]
 不可解な警句を吐き続ける探偵役、「なんだ、ほりゃ」が口癖の老人、しきりに女房を気にする、姿を見せない刑事……奇妙な登場人物たちがかもし出す、どこかとぼけた感じの雰囲気。そして、意外にオーソドックスな作りのミステリ部分。両者の取り合わせが、何ともいえない独特の作品世界を作り上げています。その中心に位置するのはやはり、“サバ”と“ミソ”という、本気なのかどうなのか疑いたくなるような謎のメッセージでしょう。その最終的な真相にはかなり無理が感じられるものの、鮮やかな解き方には感心させられます。

 密室の謎の方は、どちらも一風変わったものになっています。特に第一の事件である“土中密室”の突飛な状況、そして力業というべき豪快なトリックが目をひきますが、密室を構成する動機がうまく考えられているところも見逃せません。全体的にみて、なかなかユニークなミステリに仕上がっていると思います。

2003.01.04読了  [朝暮三文]



人間がいっぱい Make Room! Make Room!  ハリイ・ハリスン
 1966年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF652・入手困難

[紹介]
 世界の総人口が70億を越えた1999年夏。3500万もの人口を抱え、水や食料の不足、あるいは凶悪犯罪の増加など、深刻な環境悪化に悩むニューヨークで、今日もまた殺人事件が起きた。だが、ありふれた事件と違って被害者が大物だったために、事件を担当するニューヨーク市警のアンドルー・ラッシュ刑事のもとには様々な圧力がかかってきた。かくして、日に日に厳しくなっていく状況の中で、ラッシュ刑事の孤独な捜査が始まった……。

[感想]
 人口爆発による環境悪化が進んだ近未来(すでに過去になってしまいましたが)ディストピアを描いた作品であり、また未来を舞台にした警察小説でもあります(謎解きはありませんが)。特に第二部に入ると、日に日に悪化する環境の中で、生活に追われながら捜査を続ける主人公・ラッシュ刑事の苦しみも一際大きなものになっていきます。未来への警鐘として書かれた作品である以上、当然ともいえますが、どこまでも救いのない物語です。

2003.01.05読了  [ハリイ・ハリスン]


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