ミステリ&SF感想vol.77

2003.12.31
『笑い陰陽師』 『降伏の儀式』 『大鴉殺人事件』 『宇宙飛行士ピルクス物語』 『納骨堂の多すぎた死体』



笑い陰陽師  山田風太郎
 1967年発表 (講談社ノベルススペシャル・入手困難

[紹介]
 泰平の世の中にあって、町角で占い師を営む元甲賀忍者の果心堂と、元伊賀忍者の妻・お狛。そんな彼らのもとを訪れる人々の一風変わった悩みを受けて、好奇心と実験精神に満ちた果心堂は甲賀忍法の実践をもってその解決を図る……のだが、お狛が懸念する通り、果心堂の余計なお節介は毎回大きな騒動を引き起こすことになってしまう……。
 「忍法棒占い」・「忍法玉占い」・「忍法花占い」・「忍法紅占い」・「忍法墨占い」の5篇を収録。

[感想]

 本書は忍法笑い陰陽師』と題されていた時期もあったようですが、最終的には忍法帖であることをイメージさせない現在の題名に落ち着いています。そしてその内容もまた、忍法帖としてはかなり異色の部類に入るのは間違いないでしょう。

 まずはやはり、全編を貫くあっけらかんとした明るさ。風太郎忍法帖の代表作にみられる殺伐とした雰囲気や、忍者たちの悲哀などとはまったく無縁の、ナンセンスでとぼけた味の物語になっているのです。そもそも、物語の骨格自体が忍法による戦闘という見慣れたフォーマットから外れているところからして、明らかに他の代表作とは一線を画しているのですが、中心となるのが忍法による悩みの解決、しかも下ネタとくれば、シリアスな方向へ向かわない(悩みを抱えた本人は大まじめなのですが)のも当然といえるかもしれません。

 必然的に、本書に登場する忍法は、強力な“武器”というよりも純粋に奇蹟(というのはいいすぎかもしれませんが)を起こす“魔法”としての性格が強いものになっているのですが、正直なところ、このあたりはやや物足りなくも感じられます。風太郎忍法帖の代表作においては、忍法そのものの奇想天外さに加えて、(一部を除いて)それが戦いの中で“いかにして破られるか”という、個々の忍法が内在する弱点を逆手に取った面白さも見逃せないのですが、残念ながら本書にはそれが欠けています。もちろん戦いが存在しないことも原因ではあるのですが、本書に登場する忍法そのものの性質によるといえるのではないでしょうか(本書で騒動を招いているのは、忍法の破綻ではないのですから)。

 このように、忍法そのものには多少の難点があるように思えるのですが、それを補って余りあるのが、作者が楽しんで書いた結果と思われるノリのよさと破天荒さです。『甲賀忍法帖』の忍法解説などでも、医学的知識と奔放な想像力の組み合わせによっていい意味での荒唐無稽さが発揮されていましたが、本書は全編がそれを追究したような形になっています。加えて、作者自身が語り手として頻繁に登場し、皮肉やギャグを飛ばすなど、まさにやりたい放題。それでいて、終盤にはしんみりさせられる部分もあり、作者の持つあらゆる要素を強引に一冊に詰め込んだというべきなのかもしれません。

 風太郎忍法帖としてはあくまでも異色の怪作ですが、一読の価値があるのは間違いないところです。

2003.11.25読了  [山田風太郎]



降伏の儀式(上下) Footfall  ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル
 1985年発表 (酒井昭伸訳 創元推理文庫SF654-4,5)

[紹介]
 土星の環に発見された異常現象。それは、はるか彼方の星系からやってきた異星人の存在を示すものだった。やがて姿を現したその巨大な宇宙船に対して、地球からの使節が送り込まれる。だが、その異星人〈フィスプ〉の目的は、地球侵略だったのだ。圧倒的な戦力で宇宙空間を制圧し、やがて次々と地上に降下してきた〈フィスプ〉たち。壊滅的な打撃を受けた人類は、全面降伏を勧告されながらも、最後の力を振り絞って反撃に転じようとするのだが……。

[感想]

 L.ニーヴンとJ.パーネルのコンビが、異星人の地球侵略という古典的なテーマに真っ正面から挑んだ大作です。とにかく物語としては、侵略目的で襲来した異星人によって壊滅的な打撃を受けた地球人が、何とか反撃を試みる、というただそれだけ。しかしそれが、政府や軍の関係者(米ソ)、新聞記者、災厄を乗り越えようとする一般市民、SF作家(!)、そしてもちろん当の異星人など、様々な視点を通じて多面的に、しかも克明に描かれることで、大ボリュームにふさわしい厚みのある物語になっています。

 そのあたりは主に、レーガン政権にも関わっていたとされるパーネルの確かな知識と描写力によるものと思われますが、その上に展開されるいかにもニーヴンらしいアイデアもまた魅力的です。まずはやはり、主役ともいえる異星人〈フィスプ〉の造形の見事さが挙げられるでしょう。徹頭徹尾シリアスな物語に対して、思わず笑みを誘われてしまう〈フィスプ〉の姿が奇妙なミスマッチ感覚を付け加え、全体として印象深いものになっています。そしてその思考様式も、人類とは明らかに異質ながら理解は可能という絶妙のラインです。さらにいえば、ミステリ好きなニーヴンらしく、宇宙船内での殺“人”事件というおまけまでついているのもうれしいところです。

 ボリュームのわりにエピローグがないのは残念ではありますが、それによって際立つラスト(特に最後の4行)が鮮やかな印象を残しています。最後まで二人の持ち味が十二分に発揮された、傑作といっていいでしょう。

2003.11.27 / 11.28再読了  [ニーヴン&パーネル]



大鴉殺人事件 The Shattered Raven  エドワード・D・ホック
 1969年発表 (山本俊子訳 ハヤカワ・ミステリ1186・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 アメリカ探偵作家クラブ(MWA)受賞パーティにおいて年間読者賞を受賞し、壇上に上がってスピーチを始めようとした、有名なテレビ解説者のロス・クレグソーン。だが、彼を待ち受けていたのは、轟音とともにマイクから発射された弾丸だった。力尽きる寸前に彼は、賞品である陶製の像――エドガー・アラン・ポーの大鴉――を司会者の手から奪い取り、床に叩きつけて粉々に打ち砕いたのだ。多数の探偵作家の眼前で行われた大胆不敵な殺人に、クラブの副会長にして元私立探偵のバーニー・ハメットが捜査に乗り出した……。

[感想]

 短編の名手であるE.D.ホックの数少ない長編の一つですが、アメリカ探偵作家クラブを舞台とし、実在のミステリ作家も数多く登場させた、何ともマニアックな作品です。探偵役であるバーニーが、ダイイングメッセージについてフレデリック・ダネイ(エラリイ・クイーン)に相談するくだりなどは、思わずニヤリとさせられてしまいます。

 ミステリとしては、冒頭で読者に対して犯人の名前が明かされるという趣向がまずユニークです。といっても倒叙形式ではなく、別名で知られている犯人の正体を探っていくことになるということになるわけです。そしてその手がかりとなるのが、砕かれた大鴉像というダイイングメッセージですが、これ自体はかなりわかりにくく、やや難があるというべきかもしれません。

 しかし、最後に明かされる犯人の正体は非常によくできています。と同時に、さりげなく全体が考え抜かれているところも見逃せません。短編が得意とはいえ、長編が苦手なわけではないという、作者の力量を十分に示す佳作といえるでしょう。

2003.12.03読了  [エドワード・D・ホック]



宇宙飛行士ピルクス物語 Opowiesci O Pilocie Pirxie  スタニスワフ・レム
 1971年発表 (深見 弾訳 早川書房海外SFノヴェルス・入手困難

[紹介と感想]
 主人公である宇宙飛行士のピルクスが遭遇する様々な事件を描いた連作短編集です。『宇宙創世記ロボットの旅』ほどではないものの、ほのかなユーモアと風刺精神に満ちた寓話的なエピソードが並んでいます。一部の作品は謎解きを中心としたミステリ風ですが、その謎解きそのものはあくまでもSF的なものになっています。

「テスト」 Test
 宇宙飛行士訓練生のピルクスは、ついに試験飛行に臨むことになった。トラの巻を密かに握りしめて宇宙船に乗り込んだピルクスは、しかし、予期せぬトラブルに悩まされる。そして……。
 相次ぐトラブルに慌てふためくピルクスの姿がどこか楽しい、訓練生時代のエピソードです。最後のオチは今となっては古典的にも感じられますが……。

「パトロール」 Patrol
 宇宙空間の各空域で行われるパトロール任務。ところがある空域で、パトロールに出た飛行士が帰投しないという、原因不明の事故が相次いだ。そして今、その空域に到達したピルクスが遭遇したのは……。
 パトロール中の宇宙船が次々と消息を絶ったのはなぜなのか、という謎を中心としたミステリ的な作品です。その真相はかなり強引ではありますが、鮮やかな印象を残します。

「〈アルバトロス〉号」 Albatros
 豪華貨客船〈タイタン〉号で旅行中のピルクス。と、その時、事故を起こして危険な状態にある宇宙船〈アルバトロス〉号から、救助信号が送られてきたのだ。付近の宇宙船はこぞって現場に急行するが……。
 宇宙船の事故をスリリングに描いた作品であり、それだけでしかないように思えます。宇宙飛行士とはいえ、一乗客にすぎないピルクスは傍観者に徹するほかなく、物語は何となく終わりを迎えます。

「テルミヌス」 Terminus
 中古の宇宙船を買い入れ、船長となったピルクス。だが、その船は、かつて大事故を起こした有名な船だった。そして船内には、唯一生き残ったロボットが、そのまま搭乗していたのだが……。
 宇宙船内で起こる“幽霊騒ぎ”を描いた作品です。残酷ともいえるほどあっけない幕切れが印象的。

「条件反射」 Odruch Warnkowy
 月の観測基地に勤務する二人の観測員が、なぜか食事の準備中に宇宙服を着て外出し、それぞれ別の場所で命を落としたのだ。原因解明のために、天文物理学者とともにピルクスが送り込まれたが……。
 本書の中でもかなり長い部類に入る、中編といってもいい作品です。ピルクスが現場の観測基地にたどり着くまでがやけに長いのですが、ユーモラスに描かれるピルクスのキャラクターや、月世界の克明な描写が、なかなか飽きさせません。また、“マリー・セレスト号”を思い起こさせる状況や、小出しにされる伏線(のようなもの)など、かなりミステリ色が強い作品です。皮肉な真相もさることながら、思わずニヤリとさせられるラストがよくできています。

「狩り」 Polowanie
 月面に落下した隕石の影響で、新型のロボットの人工頭脳に障害が発生し、殺人機械と化してしまった。月に滞在中のピルクスは、行きがかりから部隊を率いてロボットを追いつめていくが、最後の瞬間に……。
 スリリングな追跡劇と、皮肉な結末が見事です。

「事故」 Wypadek
 惑星調査終了の前日に、行方不明となってしまったロボット。一体どこに、そしてなぜ? 地面に残された痕跡をたどって探索に赴いたピルクスらは、思わぬ場所でロボットを発見することになった……。
 SFならではのユニークなホワイダニット(?)。何とも考えさせられる結末です。

「ピルクスの話」 Opowiadanie Pirxa
 怪しげな会社が編成したやくざな乗組員たちに悩まされながら、何とかおんぼろ宇宙船を飛ばしていたピルクス。隕石警報を受けて警戒中に、彼が発見したものは……。
 ピルクスの一人称で書かれた作品です。淡々とした語り口と、スケールの大きな内容とのギャップが印象に残ります。もちろん、何ともいいようのない結末も。

「審問」 Rozprawa
 事故に遭遇した土星探査船〈ゴリアテ〉。ピルクス船長をはじめ、九死に一生を得た乗組員たちを集めて、宇宙法廷が開かれた。事故の原因は、ピルクス船長が受けた極秘任務にあるのか、それとも……?
 極秘任務によって疑心暗鬼が生じた宇宙船内で、一体何が起こったのか。頭が混乱しそうな状況の中で奮闘するピルクスの心理が印象的です。

「運命の女神」 Ananke
 火星に滞在中のピルクスは、最新の自動操縦装置を搭載した新型巨船が着陸寸前に起こした大事故の、原因を調査する専門委員会に加わることになった。委員会が紛糾する中、ピルクスがたどり着いた真相は……?
 ひとり真相に到達したことで、追いつめられてしまったピルクス。彼の行動は是か非か。難しいところです。

2003.12.16読了  [スタニスワフ・レム]



納骨堂の多すぎた死体 A Nice Derangement of Epitaphs  エリス・ピーターズ
 1965年発表 (武藤崇恵訳 原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 かつての領主であるジャンと妻のモーウェンナの遺体をおさめたトレヴェッラ家の納骨堂が、200年ぶりに開かれることになった。この歴史的な出来事を前に、田舎町は騒然としていた。当地に滞在中のパディ少年ももちろん、冒険の予感に胸を躍らせていたのだが……。ついに開かれた棺の重い石蓋の下にはジャンの遺体はなく、代わりにトレヴェッラ家で庭師をつとめていた男の真新しい死体があったのだ。しかも、さらにその下からもう一つ、死後数年を経た身元不明の男の死体が発見された。そして、モーウェンナの棺の中にも異変が……。

[感想]

 200年前の棺から発見された真新しい、しかも多すぎる死体という魅力的な謎と、主役の一人であるパディ少年が、事件と時を同じくして持ち上がった家族の危機を乗り越えて、しっかりと成長していく様子を描いた魅力的な物語。しかしながら、これら二つの要素はほとんど絡み合うことがなく、結果として今ひとつまとまりがよくない作品となっているのが残念なところです。

 開かれた納骨堂の中の状況は、領主の遺体の消失、その妻の遺体の異常な様子、そしてあるはずのない二つの遺体の出現と、四つもの遺体が絡んでいる上に、現代ミステリと歴史ミステリの複合体ともいえる魅力的な謎になっています。密室状況こそ拍子抜けではあるものの、全体の真相はなかなかよくできています。ただ、前述の理由もあって謎解きがかなりあっさりしているのが非常にもったいなく感じられます。

 物語は、過去の事件の謎解きを経てパディ少年を主役としたクライマックスを迎えますが、その後にようやく、本来ミステリとしては中心であるはずの現代の事件の謎解きが、唐突に、かつひっそりと行われます。このあたりも、焦点が定まらないという印象を強める一因となっています。改善のしようはあったと思うのですが……。

2003.12.22読了  [エリス・ピーターズ]


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