ミステリ&SF感想vol.68

2003.08.04
『甲賀忍法帖』 『時間外世界』 『殺意の団欒』 『新本格猛虎会の冒険』 『アイスワールド』



甲賀忍法帖  山田風太郎
 1959年発表 (講談社文庫 や5-7)ネタバレ感想

[紹介]
 大御所徳川家康は、二人の孫のどちらを三代将軍とすべきか悩んだ末、それぞれの命運を忍者たちに託すことにした――かくして、甲賀と伊賀の精鋭十人ずつによる忍法勝負が始まったのだ。人別帖にその名を記された総勢二十人の忍者たちは、いずれ劣らぬ奇怪な忍法の使い手ばかり。だが、一族同士の積年の遺恨を乗り越えて愛を育み、祝言を間近に控えた恋人たち、甲賀弦之介と伊賀の朧は、いまだ知る由もなかった。人別帖の中に、二人の名前が記されていることを……。

[感想]

 山田風太郎による忍法帖の原点で、甲賀忍法帖』という題名になってはいるものの、中身は甲賀と伊賀の忍法勝負です。将軍家の後継者争いの代理戦争という設定ですが、当の忍者たちがその事実を知るのは勝負も終盤になってからで、外部からの介入もほとんどありません。つまり、忍法勝負そのものが、外部の要因に影響されることのない、いわば純粋な“ゲーム”として描かれているといえるでしょう。

 にもかかわらず、代理戦争という設定には重要な意味があります。史実(二人の孫のどちらが三代将軍となったのか)と組み合わされることで、勝負の行方(甲賀と伊賀のどちらが勝つのか)は最初からわかる人にはわかるようになっています。つまり、本書では倒叙ミステリと同様、結末を明かしておいてそこに至るプロセスで勝負するというスタイルが採用されているのです。

 そして、そのプロセス、すなわち忍法勝負という“ゲーム”の中身そのものが、圧倒的な面白さを備えています。バラエティに富んだ奇怪な忍法自体もよくできているのですが、特筆すべきは対戦における組合せの妙でしょう。純粋な戦闘能力よりも忍法同士の相性のようなものが重視され、最大限の面白さを発揮するように配置されているのです。しかも、ある種のハンディキャップを設けることでバランスが調整されている部分もあり、全体として非常によく考え抜かれているといえます。

 このように、忍法勝負のゲーム性が徹底的に追究されているのに加えて、戦う忍者たちもそれぞれに印象深いキャラクターとして描かれています。弦之介と朧の恋が物語の重要な位置を占めていくのはもちろんですが、それ以外にも恋愛・因縁・野望が絡み合い、非常に魅力的な物語が作り上げられています。山田風太郎による忍法帖の原点にして、ほとんど非の打ち所のない傑作です。

 なお、この作品を漫画化した、せがわまさき『バジリスク』(講談社)は、原作の魅力を損なうことなく、さらに随所に好アレンジが加えられ、こちらも傑作となっています。忍法帖のファンは必読でしょう。

2003.07.28再読了  [山田風太郎]



時間外世界 A World Out of Time  ラリイ・ニーヴン
 1976年発表 (冬川 亘訳 ハヤカワ文庫SF653・入手困難

[紹介]
 200年間の冷凍睡眠から目覚めたコーベルの意識は、犯罪者の体に移植されていた。しかも彼は、再生してもらった代償として、たった一人で恒星間宇宙船に乗り込まなければならなかったのだ。だが、コーベルは最後の最後で〈国〉{ザ・ステート}を裏切り、目的地を変更して銀河系の中心へと旅立った――
 ――そして300万年後、太陽系へと戻ってきたコーベルを待ち受けていたのは、大きく変貌した地球の姿だった。そして、文明は半ば崩壊し、人類もまた……。

[感想]

 非常に壮大なSFです。主人公のコーベルは、200年間の冷凍睡眠を経て恒星間宇宙船に乗り込み、“ウラシマ効果”によって300万年後の地球へと戻ってくることになります。まさに、途方もないスケールの“浦島太郎”といえるでしょう。物語は、冷凍睡眠から目覚めたコーベルが宇宙へ旅立つまでのディストピアSF(第1章)、銀河系の中心へと向かうコーベルの旅を描いたハードな宇宙SF(第2章)、そしてすっかり変貌した300万年後の地球を舞台にした冒険SF(第3章〜)という具合にがらりと変わっていきます。

 第1章は、冷凍睡眠から目覚めたコーベルを待っていた、西暦2190年の管理社会〈国〉の容赦のない扱いが中心となっています。コーベルに対する検査官の物言いは徹底してシビアですが、心情的にはともかく、筋は通っているように感じられます。後世の人々の善意を期待するのは、おそらく甘えにすぎないのでしょう。

 次の第2章では、初期の作品「銀河の〈核〉へ」『中性子星』収録)を思わせる銀河系の中心への旅が描かれています。本書での銀河系の中心の様子は、「銀河の〈核〉へ」とはまったく違って、新しい科学知識を取り入れてアップデートされたものになっていますが、それが物語の展開に直接関わってくるところがうまくできています。また、コーベルと宇宙船のコンピュータ(に転写された人格)とのやり取りも見ものです。

 そしてメインとなる第3章以降は、客観時間で300万年の旅を経て地球に戻ってきた“浦島太郎”コーベルの冒険です。環境・生態・文明のすべてがすっかり変わり果てた地球は、もはや“異世界”に近く、冒険の舞台にぴったりといえるかもしれません。ただし、分量の問題もあって、その“異世界”の説明は駆け足気味。300万年の間に開発され、失われていった超技術の産物〈独裁者の不死〉をめぐる、宝探し/謎解き的な興味が中心となっており、焦点がはっきりしている反面、ややもったいない印象も受けます。が、“宝探し”の結末そのものは非常に鮮やか。コーベルの長い長い物語の終わりに、思わず労をねぎらいたくなってしまうのは、おそらく私だけではないでしょう。

2003.07.29再読了  [ラリイ・ニーヴン]
【関連】 『インテグラル・ツリー』 『スモーク・リング』



殺意の団欒 Assault and Matrimony  ジェームズ・アンダースン
 1980年発表 (北村太郎訳 文春文庫275-67・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 シルヴィアは、夫の殺害を決意した。だがその前日、夫のエドガーはすでに妻の殺害を決意していた――イギリスの小さな田舎町の外れにある〈楡の木荘〉に住んでいた二人だったが、すぐ隣にある、シルヴィアのまたいとこ・チャールズが所有する〈樅の木荘〉の売却話をきっかけに、二人の意見の食い違いが表面化し、やがてそれは密かな殺意につながっていったのだった。だが、お互いを殺そうとする二人の計画は、なかなか実を結ぶことなく……。

[感想]

 妻が夫を、そして夫が妻を、互いに殺そうとする物語、といえばかなり殺伐とした印象を受けるかもしれませんが、互いに相手の殺意を知らないまま計画を立て、しかもそれがなかなかうまくいかないとなれば、一気にシチュエーションコメディのような様相を呈してきます。というわけでこの作品は、夫婦間の殺意のすれ違いを描いた、ユーモラスな雰囲気の漂う犯罪小説となっています。

 主役の二人は、いずれも内心に自己中心的な不満と憎悪を抱えて、互いに相手を殺す計画を立てるわけですが、その殺意だけでなく空回りぶりまでもが完全に互角。まさに“どっちもどっち”としかいいようがなく、読者としては両者を突き放した第三者的な視点で事件を眺めることになり、それによって凄惨なものにもなりかねない“殺し合い”がオブラートに包まれているともいえます。

 途中の展開から、最終的な落としどころが難しいのではないかとも思ったのですが、鮮やかで印象的な結末には納得。肩の力を抜いて楽しめる、軽妙な佳作といっていいのではないでしょうか(状況はだいぶ違うのですが、岡嶋二人『殺人者志願』などに通じるところがあるように感じられます)。

 なお、この作品は1990年に火曜サスペンス劇場でドラマ化(倍賞美津子主演)されているようです。

2003.07.31読了  [ジェームズ・アンダースン]



新本格猛虎会の冒険  有栖川有栖・他
 2003年発表 (東京創元社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 プロ野球・阪神タイガースの熱烈なファンである作家たち(エドワード・D・ホックはさすがに違うでしょうが、訳者の木村二郎氏が阪神ファンのようです)による、“阪神タイガース熱烈応援ミステリ・アンソロジー”です。“阪神タイガース”というお題の扱い方は様々ですが、いずれもまずまずの出来といっていいでしょう。タイガースのファンはもちろんのこと、プロ野球に少しでも興味があれば十分に楽しめるのではないでしょうか(もちろん、タイガースが嫌いだという方は別ですが)

 ホークスとカープのファンである私としては、このような企画は素直に羨ましいと思います。ご存知の通り、現在タイガースは首位を独走中。果たして本書が後押しになったのか……? → 結局、タイガースはそのまま優勝してしまいました(日本シリーズでは敗れましたが)。

「五人の王と昇天する男達の謎」 北村 薫
 なぜか煉獄へと招き寄せられたミステリ作家・有栖川夫妻は、二人の男たちが昇天する直前に見せた“シェー”のポーズを手がかりに、彼らが最後に面会した野球選手が誰かを推理するよう依頼された……。
 非常にユニークなダイイングメッセージもので、“シェー”のポーズのインパクトが強烈です。そして解決もお見事。個人的にはこの作品がベストです。

「一九八五年の言霊」 小森健太朗
 1986年。連覇を確信する阪神ファンの大学院生・神津真理に対して、後輩の星野君江が冷や水を浴びせかける。昨年の阪神の優勝は“言霊”が実現したためなのだと……。
 1985年の優勝を一風変わった角度から検証する、ある種の歴史ミステリにも通じるところのあるような作品です。まあ、かなり強引で恣意的にも感じられるのですが……。

「黄昏の阪神タイガース」 エドワード・D・ホック (木村二郎訳)
 阪神ファンを取材するために来日したアメリカ人の記者が遭遇した事件。何と、当日先発予定だったタイガースの投手が誘拐されてしまったのだ。彼の兄は殺され、球団には身代金を要求する連絡が……。
 アメリカ人の視点からみた阪神タイガースという設定が、今ひとつ生かされていないのが残念。また、ある意味で意外な真相ではあるものの、ミステリとしてもやや物足りないところがあります。

「虎に捧げる密室」 白峰良介
 熱烈な阪神ファンの老人が、優勝のかかったまさにその日に、自宅で頭を殴られて死んでいた。だが、別件で付近に張り込んでいた刑事によれば、現場に出入りした怪しい人物はいなかったというのだ……。
 正直なところ、密室の謎はさほどでもないのですが、犯人の動機が強く印象に残ります。

「犯人・タイガース共犯事件」 いしいひさいち
 阪神の球団役員が殺害され、トレードに出されたことを恨みに思う元阪神の投手に容疑がかかった。だが、犯行時刻は阪神戦の真っ最中。彼はその頃、甲子園のブルペンでリリーフの準備をしていたという……。
 ぬけぬけとしたトリック(というほどのものではありませんが)、そして意外なオチが笑えます。

「甲子園騒動」 黒崎 緑
 甲子園に野球観戦に来ていた和戸は、隣の親子連れのバッグにビールをこぼしてしまった。と、先方はどこかおかしな様子で他の席に移動していった。ビール売りのアルバイトをしていた保住は、その話を聞いて……。
 〈しゃべくり探偵〉シリーズの作品です。関西弁による漫才風のやり取りという形式は、まさにこのアンソロジーにうってつけといえるでしょう。
 “星野監督のサイン入りバッグ”から始まる謎は、やや強引にも感じられるものの、あの手この手の演出が楽しめます。また、このシリーズのファンならば、最後の“宣伝”にもニヤリとさせられるでしょう。

「猛虎館の惨劇」 有栖川有栖
 外側は黄色と黒の縞模様に塗られ、中には虎にまつわる品物が満ちあふれた“虎屋敷”。そこに住む熱狂的な阪神ファンの男が、首のない死体となって発見された。一体誰が、なぜ……?
 阪神ファンならこのくらいの家は本当に建ててしまいそうに思えるのですが、それはやはり偏見でしょうか。単に奇をてらっただけでなく、その使い方がよくできています。解決はお世辞にも論理的とはいえませんが、説得力は十分。

2003.08.01読了  [有栖川有栖・他]



アイスワールド Iceworld  ハル・クレメント
 1953年発表 (小隅 黎訳 ハヤカワ・SF・シリーズ3278・入手困難

[紹介]
 麻薬捜査のため、密売組織に潜入したソールマン・ケン。その恐るべき麻薬は、途方もない低温の惑星で生産されているらしい。無人艇を使った原住民との小規模な取引に甘んじてきた組織は、大量生産を目指して本格的な調査を行うため、ケンを“氷の惑星”へと送り込んだ。かくして、カリウム、銅、錫はおろか、硫黄までもが凍りつく氷の世界――地球――に、摂氏500度の世界に住むサール人・ケンが降り立ったのだ……。

[感想]

 “アイスワールド”という題名から、人間にとっての超低温の世界での物語を想像していたのですが、実際には超高温の環境で生活する異星人から見た地球を指しています。このような視点のずらし方が、いかにもクレメントらしいと思います。

 クレメントの作品に対しては、異星人の考え方が人間的すぎるという批判がしばしばみられるのですが、本書に登場するサール人も、“異なる環境で育った人類”といってもいいほど人間的な存在として描かれています。しかしこの点は、ファーストコンタクトの心理的・文化的な困難よりも、それ以前の問題である物理的障壁とその克服に重点を置くという、作者の姿勢の表れとみるべきではないでしょうか。さらにいえば、ある程度共通する心理的基盤がない限り、そもそもコンタクトなど不可能だという考え方があるようにも思えます。

 本書の見どころは、主人公であるケンが主に化学の知識をもとにして、地球というまったく異なる環境、そしてそこに暮らす地球人を理解していくプロセスです。残念ながら、物語としての起伏に乏しいという欠点はあるのですが、それでも科学の面白さは十分に伝わってきます。その意味で、科学の教科書/解説書的な作品といえるのかもしれません。

2003.08.02読了  [ハル・クレメント]


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