ミステリ&SF感想vol.247

2025.11.20

叙述トリック短編集  似鳥 鶏

ネタバレ感想 2018年発表 (講談社タイガ ニB03)

[紹介]
 詰まってしまった会社の女子トイレが、いつの間にかこっそり直されていた。“トイレの神様”は一体誰なのか……「ちゃんと流す神様」
 大学生の堀木輝は、好意を抱いた写真同好会の平松詩織に接触しようとするが、その矢先に不可解な事件が……「背中合わせの恋人」
 散弾銃を持った四人組の強盗が、人里離れた山荘に逃げ込むが、そこで一人が殺されてしまう……「閉じられた三人と二人」
 殺人事件の捜査の末に、ようやく見つかった容疑者にはアリバイが――というミステリ本の真相は……「なんとなく買った本の結末」
 国際色豊かな貧乏学生たちが住むアパートで、盗難事件が発生した。容疑者は住人たちに限られるが……「貧乏荘の怪事件」
 各地のモニュメントに悪戯を続ける犯人を捕まえてほしいと、元大物政治家の依頼人が……「ニッポンを背負うこけし」

[感想]
 『叙述トリック短編集』という直球すぎる題名はもちろんのこと、巻頭に置かれた「読者への挑戦状」の冒頭で、“収録されている短編にはすべて叙述トリックが使われております”と豪快に宣言されている、実験的かつ意欲的な異色の作品集です。“叙述トリック短編集”と銘打たれているだけに、巻末の「あとがき」には自作解説なども含まれていますので、絶対に本篇より先に読まないようご注意ください

 巻頭の「読者への挑戦状」では、前述の宣言に続いて“叙述トリックとはどういうものか”が丁寧に説明されているのですが、そこで挙げられている“叙述トリックの例”が、私見では叙述トリックに該当しないので頭を抱えてしまいます(以下引用)。

 「叙述トリック」とは、小説の文章そのものの書き方で読者を騙すタイプのトリックです。たとえば、

 犯人は「事件の時に一人だった人間」である。主人公は事件の時、「松方」という人物と話していた。だから犯人ではない、と読者は思ったが、実は「松方」という人物は実在せず、主人公が作り出した妄想であった。つまり主人公は、客観的には事件時に「一人」だったのであり、犯人は主人公である。

 こういうやつです。この作品は主人公の視点で書かれており、「主人公にとっては松方は存在する」のだから、「松方が言った」とか書いても嘘ではない訳です。(後略)

  (8頁)

 この例では、読者が騙される直接の原因はあくまでも主人公の妄想であって、主人公はその妄想をそのまま語っているだけ。読者は叙述によって騙されるのではなく、叙述を介して騙されるにすぎず、叙述そのものには何らトリックが仕掛けられていないわけですから、叙述トリックとはいえないと考えます*1。本書を読んでみると、どうやら作者はいわゆる“映像化困難なトリック”全般を叙述トリックととらえている節があり、“叙述トリック観”の違いに困惑させられます。

 ついでにいえば、“最初に「この短編集はすべての話に叙述トリックが入っています」と断る”ことが、“アンフェアにならずに叙述トリックを書く方法”(いずれも10頁)とされているのも少々首をかしげるところ。叙述トリックの存在が明かされたとしても、必ずしも読者に謎が解けるとは限らない――例えば、叙述トリックの種類にもよる*2し、手がかりの強度にもよる*3――ため、直ちに“フェア”とはいえないと考えているので、“フェアプレイ観”の違いもあるように感じられます。

 最初の「ちゃんと流す神様」は、早速“フェアプレイ観”の違いが表れているというか、読者に向けた手がかりが不足気味に感じられます。叙述トリック自体もインパクトが薄いきらいがあります*4が、作中での謎解きとの組み合わせはまずまず。

 「背中合わせの恋人」は、一部気になるところがないでもないですが、地味に工夫されたトリックといい、叙述トリックだけでなく作中での真相解明も併せた効果の鮮やかさといい、本書の中ではベストではないでしょうか。

 「閉じられた三人と二人」は、(一応伏せ字)メインのネタとしてはあまり見ない(ここまで)ユニークなトリックで、なかなかうまく処理されていると思います。が、平たくいってしまえば(一応伏せ字)“それだけ”(ここまで)なので、そこが物足りなく感じられるのは否めません。

 「なんとなく買った本の結末」は、作中作形式の一篇。叙述トリックそのものはさほどでもありませんが、その使い方には興味深いものがあります。しかし、“外枠”部分で言及される“ヒント”にやや問題があるような気が。

 「貧乏荘の怪事件」は問題作。本書の中でおそらく最大の破壊力を誇るネタで、個人的には一番面白かった作品……ではありますが、このトリック、効果は確かに叙述トリックに通じるところがあるとはいえ、(「読者への挑戦状」の“叙述トリックの例”とは違った形で)叙述トリックではないですよね?

 「ニッポンを背負うこけし」は、意図はわからなくもないのですが、軽めの作風にそぐわない政治色がやや前面に出されており、それが(失礼ながら)薄っぺらく感じられる*5ところにまずげんなり。肝心の叙述トリックも、「読者への挑戦状」での“ヒント”でかなりわかりやすくなっていることもあって、正直なところ微妙な印象です。

 今となっては叙述トリックの新機軸を打ち出すことがかなり困難だと考えられる*6ので、致し方ないところもあるのでしょうが、『叙述トリック短編集』という題名で勝手にハードルを上げてしまったせいもあってか、全体的に小粒で目新しさもあまり感じられなかった*7のが残念。どちらかといえば、叙述トリックにあまり慣れていない読者の方がより楽しめるのかもしれませんが、しかし前述の“叙述トリック観”の問題で“叙述トリック入門書”としてはあまりおすすめしたくない、というのが困ったところで、個人的には扱いの難しい一冊です。

*1: 「1-2 「叙述トリック」の定義――似鳥鶏と我孫子武丸 - 新・叙述トリック試論(孔田多紀) - カクヨム」でも指摘されているように、この例はいわゆる“信頼できない語り手”に該当するように思われます。
*2: 叙述トリックは基本的に、叙述の中で真相を伏せて“偽の真相”へ読者をミスリードするものですが、“地の文の嘘”を回避するために、往々にして真相に関わる部分の“あいまいな記述”を伴います。“叙述トリックが使われている”ことが明かされると、読者がこの“あいまいな記述”に気づきやすくなり、真相が露見しやすくなる……のですが、叙述トリックの種類(真相が何に関するものなのか)によっては、真相の周辺に関して言及しなくても不自然ではないため、“あいまいな記述”も必要なくなります。もちろん、“叙述トリックが使われている”というのが重大な手がかりなのは確かですが、必ずしもそれだけで十分な手がかりとまではいえない、ということになるのではないでしょうか。
*3: 読者に謎が解けるかどうかは、端的にいえば、手がかりとミスディレクションのバランスにかかっている、と考えています。
*4: 表に現れた状況と、叙述トリックによって隠された真相との“落差”があまり大きくない、といえばわかりやすいでしょうか。
*5: フィクションなのでいちいち突っ込んでも仕方ないかもしれませんが、少なくとも“私が子供の頃は、日本はこんなにひどくなかったと思う”(247頁)というのは、“今どきの若い者は……”というアレと本質的には変わらないと思えるので、避けてほしかったところです。
*6: 叙述トリックはかなりシンプルな機構のトリックなので、改良の余地が限られてしまうのが難しいところです。
*7: ユニークな手法もあるにはあるのですが、実際にはその部分はあまり効果的といえないように思います。

2023.02.07読了  [似鳥 鶏]

化石少女と七つの冒険  麻耶雄嵩

ネタバレ感想 2023年発表 (徳間書店)

[紹介]
 京都の名門高校・私立ペルム学園。事件が起きれば奇天烈な推理を披露する化石オタクの部長・神舞まりあと、お守り役の後輩・桑島彰――部員二人だけの古生物部に、なぜか新入生男子・高萩双葉が加わることになった。理科室での密室殺人、クラブ棟での“七不思議”をめぐる殺人、書道室での時間差放火殺人、そして学園の裏手にある縁結びのクスノキでの男女三人の不可解な心中……と、相次ぐ事件に対して、まりあの推理は……?

[感想]
 京都の名門高校を舞台にした異色の学園ミステリ『化石少女』の続編で、随所で前作の内容に触れられているので、必ず前作からお読みください

 新学年となり、生徒会との対立も解消されていますが、事件が頻発する殺伐とした学園生活は相変わらずで、前作同様に連作短編風*1にエピソードを積み重ねながらも、長編としての流れがより強まった形となっています。ミステリとしては、前作の“古生物学的推理”がなくなっているのが少々残念ではあります*2が、一方で、(一応伏せ字)前作の結末を受けた物語の要請上(ここまで)、しばしば多重解決に通じる様相を呈しているのが注目すべきところではないでしょうか。

 まず最初の「古生物部、差し押さえる」では、新入部員候補の高萩が“依頼人”として登場し、施錠と監視が組み合わされた密室状況が扱われています。聞き込みの過程で彰が“すごい”と言われる一幕には苦笑を禁じ得ませんし、ある意味で脱力を余儀なくされるトリックも印象に残る、なかなか愉快なエピソードといっていいかもしれません。

 続く「彷徨える電人Q」は、夜のクラブ棟で遭遇した“七不思議”にまつわる事件が描かれたエピソード。謎解きは一見するとさほどでもないようにも思われますが、読み返してみるとまりあの探偵としての特性というか、(一応伏せ字)“天然の探偵”ぶり(ここまで)が浮かび上がってくるのが見逃せないところです。

 「遅れた火刑」ではまず、まりあをめぐるまさかの展開(失礼)に驚かされます。そのせいもあってか、物語は(ミステリとしても)異色の展開をみせた末に、何ともいえない結末を迎えます。地味ながら問題作*3だと思われますが、おそらくはそれも作者の掌の上でしょう。

 次の「化石女」は、被害者が残した“化石女”という、色々な意味で強烈なダイイングメッセージが中心に据えられた……というか、麻耶雄嵩作品にしては珍しくダイイングメッセージ一本で進んでいくエピソードで、意外すぎる犯人がやはり秀逸です。

 「乃公出でずんば」では、彰が意外な形で事件に巻き込まれる発端から、自らを“乃公”*4と称する“ペルム学園のヘンリー・メリヴェール”こと片理めりが登場*5して、“推理合戦”に突入するのが見どころ……と思っていると、(伏線は張られているものの)最後になって唐突に出てくる“アレ”がもたらす破壊力が強烈。

 「三角心中」は、題名のとおりに男女三人での心中死体が発見されたところから始まるエピソードで、不可解な状況を解き明かす鮮やかな推理が光ります……が、ここまでの積み重ねの結果として生み出された、本書の“クライマックス”ともいうべき凄まじすぎる結末が、すべてを持っていってしまっている感があります。

 最後の「禁じられた遊び」は、これまで同様に事件の顛末が描かれつつも、同時に「三角心中」での“クライマックス”を受けた“エピローグ”的な味わいも備えています。その見せ方も含めて、決して忘れられない結末が圧巻です。

 探偵役とワトソン役との関係に一石を投じた前作も麻耶雄嵩ならではの作品となっていましたが、その前作の趣向をさらに思わぬ形で展開してみせた本書は、前作以上に麻耶雄嵩ならではの一作となっており、心して読むことをおすすめします。

*1: 前作と同じく、各エピソードは「第一章」「第二章」……とされています。
*2: とはいえ、前作でも特に終わりの方は“こじつけ”がだいぶ苦しくなっていたので、やむを得ないところでしょう。
*3: いやまあ、どれもそれぞれに大なり小なり問題作ではあるのですが……。
*4: 男性の一人称。ちなみに、カーター・ディクスン『この眼で見たんだ』(長谷川修二訳 別冊宝石63号;→『殺人者と恐喝者』;創元推理文庫新訳版では麻耶雄嵩が解説を書いています)で、探偵役のH.Mことヘンリ・メリヴェール卿の一人称が乃公{わし}と訳されていたので、そのあたりを意識したものではないでしょうか。
*5: “ペルム学園のヘンリー・メリヴェール”という呼称(自称?)だけは、最初の「古生物部、差し押さえる」から出てきますが。

2023.12.06読了  [麻耶雄嵩]
【関連】 『化石少女』