化石少女と七つの冒険/麻耶雄嵩
- 「古生物部、差し押さえる」
理科準備室の施錠と新クラブ棟の監視はいかんともしがたいので、渡り廊下からの理科室の廊下の監視に“抜け道”がある(*1)ことは見当がつきますが、その目撃証言では犯人の出入りの有無以上に、
“理科室の前を通り過ぎ”
(22頁)という被害者の動きが状況を不可解にしているのが問題で、それを一気に解決できる、“目撃者が現場から立ち去る犯人を被害者と誤認した”というまりあの推理はよくできています。しかしその原因が、まりあ自身が高萩の背中に貼りつけた差し押さえの赤札を、副委員長だった被害者の赤いタスキ(*2)と見間違えたという脱力もののトリックがすごいところで、そもそもまりあが余計なことをしなければ、という気も(苦笑)。発見された被害者の様子について、
“白地に赤い袖の体操着という体力テストの格好”
(20頁~21頁)と、タスキに言及されていないのが少々気になるところですが、これは直接の描写ではなくあくまでも高萩からの情報なので、手がかりを意図的に伏せた――高萩自身は目撃証言の誤認とその原因に気づいたでしょうし、古生物部員は当然赤札の存在を知っていると考えたはず――ということかもしれません。被害者・東海林{とうかいりん}清花が、クラスメイトに“ショージ”とあだ名で呼ばれ、ニュースでも“しょうじ”と間違えられていたことを利用して(*3)、カウンセリングの順序を逆転させて高萩が被害者より後だったように見せかける、彰の策略が絶妙……ではありますが、まりあが何かの拍子で被害者の正しい名前を知ってしまえばすぐに破綻する上に、高萩は彰にきちんと
““とうかいりん”が正しい読み方”
(20頁)と伝えているので、そこから高萩にも彰の企みが露見するおそれがあるのは確かでしょう。*1: 小木津教師が
“廊下を這って逃げた”
(39頁)というトリック(?)には苦笑を禁じ得ませんが、これは某海外古典((作家名)ジョン・ディクスン・カー(ここまで)の長編(作品名)『曲がった蝶番』(ここまで))へのオマージュでしょうか。
*2: 事前に明示されてはいませんが、体操着の袖の色が学年ごとに“青、赤、黄の三色”
で、二年生の委員長らが“青いタスキ”
(いずれも18頁)となれば、“赤い袖”
(20頁)の一年生が赤いタスキであることは推測できるでしょう。
*3: 実際に、まりあは聞き込みの際に“東海林{しょうじ}さん”
(29頁)と呼んでいます。相手が“勝田”と“佐和”なので、“名簿は私の方が早い”
という言葉が“しょうじ”でも“とうかいりん”でも成立するのが周到です。
- 「彷徨える電人Q」
バイク部員が
“前にあの腕をはめて人を驚かせて”
(74頁)いたこともあって(*4)、“バイク部員が電人Qの腕を持ち出した”と見なされ、それによってバイク部員のアリバイが成立していますが、“電人Q対赤マント”の“七不思議争奪戦”の戦略を検討し、“被害者の方が腕を持ち出した”と構図を反転させることでアリバイを崩すまりあの推理はまずまず。そしてそこから先、犯人が犯行後にクラブ棟の外を通ったことに着目し、雨が降っているにもかかわらず廊下を通れなかったと解釈して、その理由を一階の階段の隅でしゃべっていた“三人組”に見られるのを恐れたとする推理が鮮やかで、ロケハンに行ったバイク部員の中で唯一、“三人組”の存在を知り得た脇本部長が犯人という結論も妥当です。
ここで注目すべきは、まりあが推理する前に必要な手がかりがすべて揃っている点、すなわち、まりあが聞き込みの時点で
“四時台のアリバイを気にしている”
(90頁)点です。犯人の条件も何もわからない段階で事件と直接関係のない時間帯の情報を求める(*5)のは本来不自然で、完全に作者の都合でしかないのですが、他ならぬ麻耶雄嵩の作品ということで、“天然の探偵”
(90頁)の一言で納得させられてしまう部分があります(*6)。最後には、彰だけが目撃した手がかり――三和土の
“濡れた靴跡”
(66頁)を握りつぶすことで、まりあの解決が成立しない状況が作り出されています。前作『化石少女』では主に蓋然性の低さによってまりあの推理が却下されていたのに対して、(「古生物部、差し押さえる」に続いて)彰が“偽の手がかり”を持ち出してまりあの推理を否定する形になっていますが、これはもちろん前作の結末を受けて、まりあの推理を否定する切実な理由が彰に生じたためでしょう。*4: 加えて、まりあ自身がプテラスピスのプラモデルを使って“七不思議”に便乗しようとしていたことも、読者をミスリードするのに一役買っているかもしれません。
*5: “三人組”の動向については、四時台も含めて高萩が事前に説明しています(80頁)が、まりあはハーブ部員に対しても“私が訊きたいのはそこ(注:トイレに行っていた時間など)じゃないから”
(85頁)と前置きした上で、自ら確認しています。
*6: まりあは自分で推理をしているので、“神様”鈴木君(→『神様ゲーム』など)よりも山田正紀作品の佐伯神一郎(『神曲法廷』など)に近いと思いますが。
- 「遅れた火刑」
“遅れた火刑”についてのまりあの推理はまず、犯人がダイイングメッセージの隠滅のために放火したというものですが、普通に考えれば簡単に持ち去ることができるのは確か(*7)。続いて、
“風邪気味”
(133頁)だった安塚朋恵が現場にバニラ・オイルを付着させた可能性に気づいたという推理は、“存在しない匂い”を消そうとした点が逆説的で面白くはあるのですが、彰が考えているように灯油の臭いの方が問題なのも間違いないところでしょう。しかして最後に明らかになる真相は、殺人と放火が別の犯人によるもので――犯人・平川翠の名前を記したダイイングメッセージを、後で発見した国谷夏埜が隠滅するために放火したというもので、“困難の分割”(*8)はともかく、和紙に筆で書かれたダイイングメッセージが畳にまで移ったという、書道ならではの真相がなかなか面白いと思います。
まりあの推理は近いところまでは行きつつ、最終的に的を外したまま終わっています(*9)が、彰が考えているように
“まりあの推理力が鈍っている”
(142頁)というよりも、(特に犯人については)明らかに手がかりが不十分で推理不可能というべきでしょう。これについては、まりあが真相に到達した場合に否定するのが難しそうだということもありますが、“まりあの推理力が鈍った”と彰に思わせるために、意図的に推理不可能な作りにしてあるようにも思われます。*7: 次の「化石女」のような“床に血文字”であればともかく、現場の状況から“手近な紙に筆で書いた”と考えるのが妥当でしょう。
*8: 犯人一人の仕業と見なされた行為を、複数の人物に“分割”することでアリバイが崩れる――という点は、前の「彷徨える電人Q」から似たような解決が続くことになり、やや面白味を欠いている感もあります。
*9: 最初に“平川さん一択”
(134頁)と、犯人だけは当てているといえなくもないのですが。
- 「化石女」
“化石女”というダイイングメッセージに対して、
“花岩安”
(168頁)の上部を犯人が消したという発想は面白いと思うものの、人名としてはさすがに無理がある(*10)というか、文字が消されていないことで否定されるのは致し方ないところ。続く“化石ブ”
(179頁)という解釈もわからなくはないものの、“化石ブ”→“化石女”では偽装の“飛距離”が小さいのが難(*11)ですし、そもそも古生物部の全員にアリバイが成立しているので論外でしょう。最後に明らかになる犯人は一見するとダイイングメッセージとは無関係かと思いきや、グラビア部の小冊子に古生物部と一緒に写り込んでいた
“分厚いメガネのグラビア部員”
(145頁)という意外すぎる犯人――“もう一人の化石女”が完全な盲点から飛び出してくるのが実に秀逸です。しかし、ここでも彰は“まりあの推理は鈍っている”
(181頁)としていますが、ダイイングメッセージの解釈一発なので「遅れた火刑」以上に否定するのが難しいことに加えて、やはりこちらもまりあが推理するのは難しいように思います。ダイイングメッセージが本物であることを前提にずれば、被害者がまりあを知っていたことから、古生物部の別の女子――被害者の勘違いにまで思い至ることは可能かもしれません。しかし、(少なくともある程度)フェアなミステリとして読んでいる読者であれば、作中で唯一示されている勘違いの機会であるグラビア部の一件を“手がかり”として扱っても差し支えないかもしれませんが、実際には勘違いの可能性がそこだけとは限らないわけで、作中の人物にとってはせいぜい“有力な容疑者”止まりでしょう(*12)。
つまるところ、短編「氷山の一角」でみられる作者のダイイングメッセージに関する問題意識も踏まえると、「遅れた火刑」と同じく“まりあの推理が鈍っている”と演出するために、あえて論理的な解明には向かないダイイングメッセージの解釈一本で押し切ってあるのではないかと考えられます。
*10: とはいえ、例えば“花岩安(子)”だった――被害者が最後まで書ききれなかった――と考えると、ちょっとありそうな気もしてきますが。
*11: どちらにしても“化石部”こと古生物部に捜査の焦点が当てられることになるので、偽装するくらいなら消しておいた方が無難なのは明らかです。
*12: “写り込んだグラビア部員”の性別が読者に対して伏せられているのは、読者―登場人物間の“バランス調整”のようにも思われます。
- 「乃公出でずんば」
片理めりの推理では、彰たちが目撃した黒地に白文字の
“SEX研究会”
(190頁)の横断幕が、本来は“SFX研究会”だったという手がかりが愉快。その時点で、被害者が制服を脱がされて白いブラウス姿だった――すでに殺されていたことが明らかになり、無事に彰のアリバイが成立する流れがよくできています。しかし、犯人が被害者の制服を奪って女装したという結論は、その必要性なども含めていささか無理があるのは否めません(*13)。対するまりあの推理は、
“ここ数日、黄砂がひどい”
(183頁)という冒頭の手がかりをもとに、犯人が汚れた自分の制服の代わりに被害者の制服を着て逃げたというもので、盗んだ彰の制服を着ていかなかったので犯人は女子、という結論まで、まずまず妥当といっていいでしょう。しかし、彰の制服のポケットに入っていた被害者のボタンの一件については、序盤に“高浜さんが呼んでるよ。大至急だって”
(186頁)という伏線が張られているとはいえ、そこから制服の取り違えにまで読者がたどり着くのはまず不可能(*14)ですし、片理にとっては完全にアンフェアなのが気の毒(*15)で、苦笑するよりほかありません。手がかり不足で犯人にまでは至っていないとはいえ、彰としてはまりあの推理を否定しておく必要があるはずですが、制服の取り違えという最後の手がかりを得て、“決め手”となるフローラルな匂いの手がかりをすでに手にしている彰は、交流してきた鹿沼亜希子が犯人と知ってそれどころではない状態となっているのが強烈。ただ一人すべての手がかりを入手できたことで、結果として自ら“探偵”をつとめることになった彰が、それゆえにダメージを負ってしまう結末は、何とも麻耶雄嵩らしいといえます。
*13: 手間を考えると、一刻も早くその場を立ち去る方が無難なのは明らかですし、そもそもまりあが指摘するように、
“リボンは盗まれなかった”
(200頁)ことが“女装説”の否定材料といえます。
*14:“フローラルないい匂い”
(183頁)がしていたのがその時だけだった――“今回はフローラルな香りはしなかった”
(221頁)――ことを考え合わせても、さすがに無理ではないでしょうか。
*15: もっとも、逆に“SEX研究会”の情報の方はまりあに伝わっていなかった――“なにそれ、嫌らしい。”
(223頁)という反応からみて、初耳だったことは明らかです――ので、二人の探偵は“痛み分け”といったところでしょう。
- 「三角心中」
事件の構図が選択肢になる(*16)ので多重解決向きなのがうまいところですが、その中でまず片理の推理は、木上瑠衣と交際していた免田圭汰が、新しい彼女と下校したことから、岡留幸輝の自殺を発見した瑠衣を免田が殺して心中に見せかけた――朝霧絵里南の死体には気づかなかった――というもの。あまり面白味があるわけではありませんが、それなりに筋は通っています。
それに対してまりあの推理では、絵里南がカバンとともに
“置き傘”
(254頁)を用意していたことから、免田が“雪が降る少し前”
(258頁)に下校した後、雪が降り始めた時点でまだ生きていたとする時系列の逆転が鮮やかで、第一発見者である岡留の妹・福菜が絵里南を殺したという結論も妥当。これを否定するには、とりあえず置き傘の手がかりを否定しておくしかないのも確かでしょう。ただし、免田が持ち去った岡留の遺書が処分されずに残っているのが問題で、まりあの推理が正しいとすれば絵里南との心中ではないのですから、免田が考えたように
“遺書に心中のことが全く触れられていなかったら怪しまれる”
(265頁)ことになるのは避けられないはず。はたして、免田が絵里南も殺したということで丸く収まる(?)かどうか……。最終的には、まりあの推理を否定する立場を高萩に奪われた上に、高萩とまりあが交際を始めたことでお守り役が不要となり(*17)、さらに交流を深めていた亜希子がついに逮捕されてしまうという、彰にとっては三重の打撃が待ち受けています。あまりにも容赦ない仕打ちはさすが麻耶雄嵩といったところですが、「彷徨える電人Q」まではまりあの推理を否定していた彰が、その後“まりあの推理が鈍った”ことに油断し(*18)、亜希子にかまけて(?)古生物部から距離を置いていた間に立場を乗っ取られるという展開が自然で、よく考えられていると思います。
*16: ざっくりと、(1)全員が自殺、(2)心中+殺人、(3)自殺+殺人+殺人、(4)全員が殺人、の四通りに分けることができます。
*17: まりあに対する恋愛感情はないはずなので、その意味でのダメージではなく、(ひとまず)高萩がまりあの命を狙うことはなくなった――高萩からまりあを守る必要がなくなったことが大きいのではないでしょうか。
*18: 「乃公出でずんば」の序盤の時点では、“安心感”
(186頁)まで覚えている有様です。
- 「禁じられた遊び」
まず目を引くのはやはり、視点人物(高萩)を彰に見せかける叙述トリックで、「乃公出でずんば」までは
“僕から説明しますね”
(200頁)のように“僕”と自称していた高萩が、「三角心中」では“俺にはちょっと”
(242頁)など“俺”と自称するようになっている(*19)ことがうまく利用されています。“新部長”
(*20)や“額と額が当たる距離で”
(*21)(いずれも280頁)、あるいは“フリーな状態で告白されたら”
(286頁)など、彰ではなく高萩であることを示唆する記述もあるのですが、前作『化石少女』から「三角心中」まで一貫して彰の視点で描かれているため、気をつけて読まないと騙されてしまうのではないでしょうか。この叙述トリックはもちろん、彰を容疑の外に置くためのもので、まりあと模型を直していてアリバイがあることもあって、視点人物が犯人でないことは明らかです。さらに、叙述トリックによって動機が見えにくくなっている――というのも、視点人物が事件で窮地に追い込まれているのは確かですが、例えば高萩が、いわば“敗者”である彰をさらに追い詰める必要性は見いだせないので、視点人物(高萩)を陥れるだけのための殺人という恐るべき構図がしっかりと隠蔽されています。
ということで、彰が犯人という真相もさることながら、何とも凄まじいその動機が衝撃的ですが、さらにその先――高萩に疑いが向けば当然まりあが推理することになり、高萩がその推理を否定すれば彰をかばう羽目になる(*22)という、アンビバレントな状況を作り出さんとする“禁じられた遊び”がまた強烈ですし、それがこれからも続いていくことが示唆されるに至っては、もはや言葉もありません。視点人物が高萩に交代し、彰の姿が最後の最後にきて初めて“外”から描かれることで、その変貌が強く印象づけられるのも効果的です。
*19: 「三角心中」でこれに気づいた彰は、
“心境の変化でもあったのだろうか。(中略)たとえば恋愛とか、殺人とか……。”
(243頁)と考えており、それがラストで明かされるまりあとの交際を示唆する伏線となっていますが、それによって、高萩の自称の変化がもう“お役御免”だと思わされてしまうのが実に巧妙です。
*20:“双葉君に部長になってもらおうかな”
(241頁)が伏線となっています。
*21: まりあと彰の間柄はいえ、交際相手の目の前で別の男子にこの距離感は、さすがにないのではないでしょうか。
*22: 最初の「古生物部、差し押さえる」の“裏返し”になっているのが、エレガントというか何というか。