〈しゃべくり探偵〉

黒崎 緑




シリーズ紹介

 副題に“ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソン”と書かれているように、関西弁の軽妙なやり取りによる漫才風ミステリのシリーズです。その主役は保住純一(ボケ・ホームズ)と和戸晋平(ツッコミ・ワトソン)という二人の学生で、和戸君の話を聞いた保住君がボケ倒しつつ謎を解くというのが基本形の、安楽椅子探偵ものになっています。

 個人的な印象としては、事件の結末自体は見えている作品が多いように感じられるのですが(ダジャレに分量を取られてミスディレクションを入れる余地が少ない、というべきかもしれません)、どうやってそこへ持って行くかというところがなかなか面白いと思います。

 前述のように、大半の作品では関西弁のやり取りが中心となっているのですが、会話・書簡・電話・独白など、叙述のスタイルに工夫が凝らされているところも見逃せません。また、随所に盛り込まれたダジャレは、中にはややすべり気味なものもありますが、やはり独特の雰囲気を盛り上げるのに貢献しているというべきでしょう。




作品紹介

 現在のところ、『しゃべくり探偵』『しゃべくり探偵の四季』の2冊が刊行されています。またその他に、「甲子園騒動」『新本格猛虎会の冒険』収録)と「しゃべくり探偵のゴルフ騒動」ミステリーズ! vol.1掲載;未読)が発表されています。
 ちなみに、保住君と和戸君の会話は、密かにこんなところにも。


しゃべくり探偵 ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの冒険  黒崎 緑
 1991年発表 (創元推理文庫418-01)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 最後のエピソード「分身騒動」で全体が一つにまとまる〈連鎖式〉の作品です。
 個人的ベストは「煙草騒動」

「番犬騒動」
 ロンドンへのゼミ旅行に参加するために、講義そっちのけでアルバイトに勤しむ和戸。仕事は朝晩二回の番犬の散歩だったのだが、雇い主の払う日当は二万円という気前のよさだった。散歩の最中に、謎の男に後をつけられたという和戸に、保住が示した真相は……?
 気前のよすぎるアルバイトといえばA.C.ドイル「赤毛連盟」を思い起こしますが、この作品でも裏に思わぬ秘密が隠されていて、その真相はなかなか意外なものになっています。

「洋書騒動」
 ロンドンに到着した和戸ら一行だが、早々に現地で騒動が起きた。学生の一人が購入した高価な洋書が、煙のように消え失せてしまったのだ。だが、持ち主は洋書をスーツケースにしまい込み、その鍵もしっかりと保管していたという。一体誰が、どうやって……?
 消失トリックはややわかりにくいところもありますが、よくできていると思います。

「煙草騒動」
 ゼミ旅行の日程もようやく終わりが近づき、ロンドンの大学ではお別れパーティが行われたが、その最中に殺人事件が起きたのだ。なぜか被害者はいまわの際に煙草に火をつけており、持ち主の学生が容疑者となってしまった。和戸は再び保住に助けを求めるが……。
 死に際に煙草を吸うという被害者の不可解な行動の真相が、非常に秀逸です。また、犯人を特定するプロセスも面白いと思います。

「分身騒動」
 無事に帰国してきた学生たちを待ち受けていたのは、謎のドッペルゲンガー騒ぎだった。ロンドンに滞在していた間に、何人かの学生の分身が、その住居の周辺に姿を現していたのだ。頭を悩ます学生たちから話を聞いた保住は、鮮やかに事件の謎を解く……。
 全体をつなぐ最後のエピソード。大がかりな計画には少々無理がないでもないのですが、それでもラストはきれいに決まっています。

2003.07.15再読了



しゃべくり探偵の四季 ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの新冒険  黒崎 緑
 1995年発表 (創元クライム・クラブ)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 前作とは違って仕掛けのない普通の連作短編集ですが、その分バラエティに富んでいるともいえます。ただ、和戸君の出番が少ないのが残念。また、個々の作品が短くなっていることもあって、ミステリとしてはやや軽めになっています。
 個人的ベストは「怪しいアルバイト」

「騒々しい幽霊」
 先日亡くなった和戸の祖母が遺した家で、何とポルターガイスト現象が起こっているらしい。誰もいない家の中で明かりが灯ったかと思えば、ひとりでに物が壊れたりするというのだ……。
 ポルターガイスト現象そのものには面白いところもありますが、最終的には予想の範囲内に収まってしまうのが、やや苦しいところでしょうか。それにしても和戸君の妹が散々な言われようで笑えます。

「奇妙なロック歌手」
 ロックバンドをやっている和戸の友人が、奇妙な泥棒にあったという。現金は盗まれてしまったものの、一旦盗まれた高価なギターが近所に捨てられていたのが幸いだったというのだが……。
 まず、作中に登場するバンド名に爆笑。さらに“本格ロッカー”が次々と繰り出す無茶苦茶なネタが強烈です。事件そのものはまずまずといったところでしょうか。

「海の誘い」
 沖縄の体験ダイビング・ツアーに参加した“ぼく”は、恋に落ちた。相手はインストラクターのユミさん。美しい海の中で至福の時を過ごしていたぼくだったが、海底でとんでもないものを発見してしまった……。
 味のある作品ではありますが、真相があまりにも見え見えなのが残念です。

「高原の輝き」
 避暑地の高原でのテニス合宿に参加した“ぼく”は、恋に落ちた。相手は近くに滞在中の深窓の令嬢。彼女と少しずつ親しくなっていったぼくだったが、謎の“火の魂”に殺人事件と、騒動に巻き込まれて……。
 「海の誘い」と対になった作品です。結末はある程度予想がつくのですが、“火の魂”の真相は鮮やかです。

「注文の多い理髪店」
 髪を切りに行くと言い残して出かけた暴力団幹部が、空き地でむごたらしい死体となって発見された。警察は被害者の足取りを追ったが、近所に二ヶ所ある理髪店には、被害者は訪れていないようだった……。
 何といっても動機に唖然とさせられますが、さほど無理がなさそうに見せているのはさすがです。

「戸惑う婚約者」
 学園祭にやってきた“わたし”は、“ギリシア式棺占い”の模擬店に足を踏み入れた。新興宗教にはまった上に、突然結婚すると言い出した兄のことを占ってもらうのだ。だが、わたしの話を聞いた占い師は……。
 推理に少々飛躍があるようにも感じられますが、真相はなかなか面白いと思います。ところで、確かに占い師は安楽椅子探偵に向いていると思うのですが、よりによって“ギリシア式棺占い”とはすごい。

「怪しいアルバイト」
 探偵に尾行されている最中に、公衆便所に入って行った女。焦った探偵が、ドアを一つ一つ叩いて調べたが、女は忽然と姿を消していたのだ。探偵は、掃除をしていたおばさんが怪しいと考えたのだが……。
 奇怪な消失事件ですが、ネタの組み合わせ方がお見事です。最後の最後で“例のアレ”(←一応伏せておきます)につながるところもよくできています。

2003.07.17再読了



未収録短編
「甲子園騒動」 (有栖川有栖・他『新本格猛虎会の冒険』(東京創元社)収録)
 甲子園に野球観戦に来ていた和戸は、隣の親子連れのバッグにビールをこぼしてしまった。と、先方はどこかおかしな様子で他の席に移動していった。ビール売りのアルバイトをしていた保住は、その話を聞いて……。
 “星野監督のサイン入りバッグ”から始まる謎は、やや強引にも感じられるものの、あの手この手の演出が楽しめます。また、このシリーズのファンならば、最後の“宣伝”にもニヤリとさせられるでしょう。



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