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  4. 屍人荘の殺人

屍人荘の殺人/今村昌弘

2017年発表 (東京創元社)
・○○について
 まずは本書で重要なガジェットとなっている○○ことゾンビについて、ゾンビマニア・重元充が語るゾンビ映画の知識に登場人物たちがそのまま従って行動し、それがうまくいってしまうのは安直ではないか、と考える向きもあったようですが、どうもゾンビらしき“未知なるもの”に襲われた際に何を行動指針にすればいいのかと考えてみると、結局はゾンビ映画くらいしか参考にできそうなものはないように思います。実際、作中でも重元が解説しているように(182頁~184頁)比較的近年に設定が作られただけあって、ゾンビの“生態”(?)にある程度は合理的なところがあるのも確かで、“心臓でダメなら脳を破壊する”などは特に納得しやすいところでしょう。

 ただし、スタミナに限界がない(157頁)というのは明らかにあり得ない話で、筋肉を動かすエネルギー自体はどうやっても有限なはずです。血流も呼吸もないのですから、エネルギー源や酸素が筋肉に供給されることはなく、しばらくは――場合によっては一部の細胞を分解してエネルギー源にしながら――無酸素運動を続けるにしても、早晩“ガス欠”に陥って動けなくなるのは確実……のはずですが、生物学を超越した“謎のメカニズム”によって動き続けることになっている*1のは、話の都合上やむを得ないところではあるかと思います。

 ゾンビウイルスについても、『ゾンビサバイバルガイド』を参照しつつ“増殖しながら前頭葉を破壊し、心臓を止めて感染者を『死亡』させる”(154頁)とされていますが、これはあくまでも“ゾンビありき”の話で、運動能力という点ではできるだけ心臓も呼吸も止まらない方が好都合でしょうし、サベアロックフェス会場での感染の経緯を考えてみても*2、心臓を止めている場合ではない(?)と思われます。というわけで、発症しても直ちに肉体が死ぬわけではない――進藤歩や立浪波流也は、全身をゾンビに噛まれて失血死(もしくはショック死)した――とする方が合理的ではないでしょうか*3

・〈第一の事件〉について
 一連の事件の中では、やはり〈第一の事件〉(進藤殺し)が秀逸。[人間が犯人]とするには殺害方法に無理があり*4、[ゾンビが犯人]とするには密室への侵入と、現場に残された“ごちそうさま”・“いただきます”のメッセージがネックとなる、“人間にもゾンビにも不可能”という魅力的な謎は、アイザック・アシモフのSFミステリ『鋼鉄都市』にも通じるもので、、特殊設定ミステリの王道といってもいいかもしれません。また、顔を特にひどく食いちぎられた無意味な顔のない死体”も見逃せないところで、身元判別には支障がないために“なぜなのか?”が非常にユニークな謎となっています。

 さらに、「第四章」冒頭に置かれた犯人の独白――“これは天啓だ。(中略)行こう。奴は部屋にいる。(118頁)――によって、犯人が標的(進藤)を殺しに行く、あるいはゾンビが襲ったにしても犯人(人間)の意向が働いているように思わせてあるのが巧妙。真相が明らかになってみると、“行こう”が“ごちそうさま”のメッセージを仕掛けに行くことを意味しているのがうまいところです*5し、“ゾンビの出現を“天啓”として進藤殺しに及んだ”のではなく、“ゾンビによる進藤殺しを“天啓”として以降の犯行計画を立てた”という順序の逆転が鮮やかです。さらに、人間の犯行に見せかけるための“ごちそうさま”のメッセージに、死体の発見を早めることで進藤がゾンビとして復活するのを防ぐ*6という、もう一つの狙いが込められているのがお見事。

 真相解明については、ベランダの手すりまで続く血の跡(123頁)で“進藤を殺したゾンビがベランダから転落した”ことまで示唆されている*7ので、“どうやって密室に侵入したのか”が問題となってきますが、進藤の部屋にある掛け布団の裏側の血痕を手がかりに*8解明される、ゾンビに噛まれた星川麗花を進藤が匿っていたという真相はなかなか意外で、密室をめぐるハウダニットのようでいて実質は“密室をクリアできるゾンビは誰なのか”という形のフーダニットとなっているのが面白いところ。また、進藤の顔の傷がひどかったのもこの“犯人”ゆえの理由によるもので、それが殺された進藤の意外な(?)一面を浮かび上がらせて、犯人に対する葉村譲の心の叫び(298頁)にまでつながっていくのが印象的です。

・〈第二の事件〉について
 続く〈第二の事件〉(立浪殺し)では、〈第一の事件〉のせいでゾンビの侵入を疑わざるを得なくなっている部分もあるとはいえ、エレベーターが現場なので被害者が一階で殺されたことは予想できるでしょう(エレベーターの扉が開いていたことも含めて、それを確認する手順はよくできていますが)。そしてそこから先は、“九偉人のブロンズ像”がいかにも意味ありげなので、葉村の重量オーバー(245頁)というヒント(?)を待たずともおおよそ見当をつけやすいのではないかと思います。

 〈第二の事件〉ではさらに、“犯人が(例えば『比留子法』(220頁)よりも)面倒な方法をとったのはなぜか”がクローズアップされていますが、“死体を回収できる”のは『比留子法』とのわかりやすい違いですし、出目飛雄“殺し”(247頁~248頁)でゾンビ化した人物を“もう一度殺せる”ことが示唆されている*9ので、犯人の狙いが立浪を“二度殺す”ことにあるというのはわかりやすいように思います。“二度殺す”理由については手がかりがありませんが、既視感のある理由ではありますし、殺害の動機の延長線上にあるので予想も不可能ではないでしょう。

・〈第三の事件〉について
 〈第三の事件〉(七宮殺し)は、七宮が密室内に閉じこもっていたことを考えれば毒殺を疑うのはさほど難しくないものの、肝心の毒薬の入手が難題。本書がいわば“ゾンビづくし”の作品だと考えて、〈第三の事件〉へのゾンビの関わりを見出そうとすれば真相に思い至ることも可能かもしれませんが、〈第一の事件〉〈第二の事件〉ではゾンビが[実行犯]としてのみ使われていることによって、ゾンビの[凶器]としての属性がうまく隠されている感があります。

 “毒薬”たるゾンビの血を混入した目薬をすり替えるという手口もうまいところですが、そこまで解明すると“同じ目薬”(159頁)を使っていた人物に疑いが向いてしまうので、〈第三の事件〉の解明が犯人特定より後回しにされたのも納得できるところです。

・犯人の特定について
 犯人特定の糸口となる、〈第二の事件〉で立浪の部屋に侵入するためのカードキーのすり替えについては、立浪が部屋で鳴らしていた音楽が途切れたことがよくできた手がかり/裏付けとなっていますし、名張純江から管野理人の手に渡ったマスターキーや、部屋に残されたままだった進藤のキーが使われた可能性が、しっかりと否定されているのが周到です。

 かくして探偵役・剣崎比留子は、“カードキーを使って自室に戻った人物は犯人ではない”という[カードキーの条件]を持ち出しますが、これがなかなかのくせもの。というのも、〈第二の事件〉前夜の描写(187頁~191頁)をみれば明らかなように、比留子自身は自分以外の誰一人として[カードキーの条件]を確認できていないからで、名張・管野・重元の三人がアリバイなどで事前に除外される*10ところまではいいとして、比留子自身を除く高木凛・静原美冬・葉村については“証言待ち”の状態*11となり、最終的には静原の実質的な自白によって犯人が明らかになるのが、謎解きとしてはかなり異例です。

 前述のように比留子自身は[カードキーの条件]を確認できていないにもかかわらず、“犯人がわかっている”ことを認めた態度(261頁~262頁)をみると、後に持ち出されるように別の手がかりがあることが示唆されているといえるのですが、しかしそれでも比留子があえて[カードキーの条件]の方で押し通したのは、静原と葉村の二人を追い込んで静原の自白を促すことで、ゾンビとの最終決戦(?)に備えて一致団結するためにできるだけわだかまりを解消する狙いがあったのではないでしょうか。これは、“生き延びるために謎を解く”という比留子のスタンス(199頁)にも合致すると思います。

 このあたりをもう少し考えてみると、クローズドサークルものでは珍しく“誰が狙われるのか”がはっきりしていることが、生き残った面々の犯人に対する“安心感”につながっているように思いますし、事件の背景としてベタに胸糞の悪い事情(昨年の合宿の顛末)を用意してあるのも、犯人の心情に“納得”して受け入れやすくする計算に基づいているように思われます――閑話休題。

 “本命”である別の推理は、“四時半少し前”(209頁)という“失言”から葉村が腕時計を回収していたことをまず解き明かし、次いで隣室のドアを開けた“静原さんと目が合って”(209頁)という証言の矛盾――見取図が手がかりとして機能するのがお見事――をもとに、二人がいた場所が三階の自室ではなく二階の二〇六号室(犯人が電話をかけた部屋)と二〇七号室(出目の部屋)だった*12ことを明らかにする、思いもよらない攻め筋が実に鮮やかです。

 この部分、読者に対しては「第五章」冒頭で描かれた問題の場面の中で、“時計を見ると、は四時半になる寸前だった”(193頁)と、はっきりと“針”に言及されているのですが、その直前に置かれた独白の仕掛けのせいで目立たなくなっているのが難しいところです。
 (前略)
 奴もその一人。あの憎き男どもの同類だ。
 だから、やった。今しかなかった。
 (中略)
 彼女が必死に事件解決に奔走していると知りながら、俺は平気で嘘をつこうとしているのだから。
  (192頁)
 「第四章」と同様に犯人の独白かと思いきや、“彼女”が明らかに比留子を指している最後の一行をみると、葉村の独白だと見当がつきます……が、“葉村を犯人と見せかける”仕掛けにしてはあからさまにすぎますし、前頁――「第四章」のラストに“だがその時の俺は知らなかった。/すでに犯人の魔の手は、二人目の標的に及んでいたことを。”(191頁)とあることから、葉村が犯人ではないことは明らかなので、作者が何を狙っているのか困惑させられてしまうのは否めません。

 もちろん、この独白に込められた葉村の意図を考えてみれば――葉村が“あの憎き男ども”と表現するのは火事場泥棒であり、“奴”は出目を指している――盗まれた腕時計の回収だと見抜くことはできそうですし、独白の直後の一幕の真相にまで思い至ることもできるかもしれません。そうすると、(あわよくば[葉村が犯人]というミスリードまで狙いながら)基本的には読者への手がかりとして用意されたもの、と考えるのが妥当かと思われます……が、しかし。

 気になるのは、最後の一行と独白のタイミングです。最後の一行をみると、葉村が事件解決に影響を与える“嘘をつこうとしている”ように読めるのですが、それはこの時点で予想できる出来事までのはず。この後に描かれる静原との遭遇ではなく、出目の部屋に忍び込んだこと自体を指しているとしても、そもそも事件が起きなければ前夜の行動を説明する必要はないわけですから、葉村がその時点で〈第二の事件〉の発生を知っていた*13ようにも受け取れます。いずれにしても、このタイミングで“嘘をつこうとしている”ことで、それ以降の出来事に目を向けにくくなっているのが難点です。

・結末について
 明智恭介の早々の“退場”で、助手をめぐる二人の探偵の対決がお流れになるまさかの事態でしたが、最後の最後に思わぬ“探偵対決”を用意して葉村と明智の別れをしっかり描いてあるところが、何ともいえない印象を残します。しかも、葉村が事件解決のために比留子の“ワトソン”役をつとめながら、比留子に嘘をついた上にそれをきっちり見抜かれる“ワトソン”失格ともいえそうな展開を経て、それでもなお比留子に“彼は、私のワトソンだ”(302頁)と宣言されるのは、これ以上ないほど複雑な心境ではないかと思われます(読者としても“お腹いっぱい”といったところです)。

 最終的に比留子の助手になることを断り、二人で明智亡き後のミステリ愛好会会員として活動していくという結末は、実に見事な落としどころというよりほかないでしょう。
* * *

*1: 本書と同じく“ゾンビ+ミステリ”の山口雅也『生ける屍の死』では、死者の復活に合理的な説明がされず“奇蹟”として扱われているので、特に気にならないのですが……。
*2: “感染した場合(中略)錯乱状態になるまで、三ないし五時間かかる”(237頁)というのはウイルスの増殖を考えれば妥当ですが、ゾンビに噛まれた二次感染者が数時間は“戦力外”(発症するまでは感染の拡大に寄与しない)ということですから、感染拡大の程度は最初にゾンビ化する一次感染者の“活躍”(行動不能になるまでにどれだけの人数に噛みつくことができるか)にかかってくるわけで、心臓を止めてゾンビの動きを鈍くするのは逆効果でしょう。
 もっとも、実のところは一次感染者の人数の方がはるかに重要で、“約五万人”(106頁)のうち“何十人”(61頁)に感染させた程度では、ゾンビといえども圧倒的な人数比で取り押さえられ/行動不能に追い込まれそうです――“逃げるに逃げられない状態”(61頁)ならばそうするしかないでしょう――し、噛まれた二次感染者が発症する前に一次感染者が制圧されてしまえば、二次感染者は順次病院へ搬送されることになると思われます(搬送先で発症して感染が拡大する可能性はありますが)。つまるところ、本書で描かれたようにサベアロックフェス会場で爆発的な感染が起こるには、他人に噛みつく行動ですぐに異状が判明すること、二次感染者の発症まで数時間のタイムラグがあること、一次感染者の人数の少なさ、そして未感染者との人数比がネックとなるのではないでしょうか。
*3: “ウイルスに感染して発症しただけでは死なない”となれば、七宮兼光“殺し”が犯人にとって不本意なことになってしまうかもしれませんが、脳が破壊されることで“実質的な死”を迎えるので、大勢に影響はないといってよさそうです。
*4: 進藤の傷口の血が“微妙な緑色に変色している部分もあった”(124頁)という描写が、人間の仕業ではないことを露骨に示唆している――後に重元が“血液そのものが変質して流動性をなくした状態じゃないか”(154頁)と考察している――ようにも思います。
*5: ただし、メッセージを仕掛けに行くだけであれば、“奴”――進藤でもゾンビでも――部屋にいるかどうかは無関係なので、“奴は部屋にいる”とまで書かれているのはあざとく感じられます。
*6: 進藤がいつ死んだのかはっきりしない以上、死体がもっと早い段階で発見されたとしてもやはり“ゾンビ化疑惑”(124頁)は生じたでしょうから、死体が放置されてゾンビとして復活することにはならなかったと考えられます。
*7: 作中では、重元がいち早くその可能性を口にしています(131頁)
*8: 鞄の中にあった星川の白いパンプスは、推理の裏付けととらえることができますし、これが事前に読者に示されないのも妥当でしょう。
*9: ついでにいえば、本来ならば出目は明らかに標的の一人だったはずで、犯人は自らの手で殺せなかった出目にとどめを刺す動機を持っている――と考えると、ここで犯人の見当がついてしまうきらいがあります。
*10: 葉村が帰室を確認できなかった人物をうまく除外しておくことで、[カードキーの条件]について読者に十分な情報が示されるようになっているところがよくできています。
*11: 読者に対しては、〈第二の事件〉前夜の描写の中で彼女に見送られて俺は部屋に戻り”(191頁)と、葉村が静原より先に部屋に入ったことが示されています(厳密にいえば、葉村がカードキーを使ったことまでは記されていませんが……)。
*12: 問題の場面、管野が二階の廊下を走りながら、わざわざ二階の非常扉が破られたぁ!”(193頁)と叫んでいるのは少々気になりますが、この時点で二階の東エリアには人がいないことになっているので、三階にいる人々に向けての叫びだと考えれば、不自然ではないでしょう。
*13: 例えば、出目の部屋を訪れる際に立浪の死体を目にした、などが考えられます。

2017.10.21読了