ミステリ&SF感想vol.103

2005.03.29
『不確定世界の探偵物語』 『UMAハンター馬子 完全版1&2』 『鋼鉄都市』 『蚊取湖殺人事件』 『パーフェクト・マッチ』



不確定世界の探偵物語  鏡  明
 1984年発表 (トクマ・ノベルズ・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 エドワード・ブライスが発明したタイムマシンによって、世界はすっかり変貌してしまった。“ワンダーマシン”と名付けられた唯一のタイムマシンを手にするブライスは、神のごとく君臨し、少しずつ世界を作り変え続ける。今、この瞬間も……。
 この、何一つ確定しない世界で、私立探偵を続けるノーマン・T・ギブスン。彼のもとには様々な依頼が持ち込まれるが……。

 タイムマシンによって改変される世界を舞台にした、異色のSFハードボイルド連作です。
 私はあまりハードボイルドを読んでいるわけではないので的はずれかもしれませんが、身も蓋もない表現をすれば、時にマゾヒスティックにも思える“やせ我慢”こそがその本質であろうかと思います。その意味では、いつ、何が、どのように変化するかわからない世界で私立探偵を営み続けるという行為は、それ自体がすでにハードボイルドに他ならない、といえるのかもしれません。
 不確定な世界でミステリを成立させることはかなり困難ですが、作者はいくつかのルールや制限を設けることでそれを可能にしています。例えば、タイムマシンで改変できるのは70年以上前の出来事に限られるにもかかわらず、いわゆるバタフライ効果は思いの外小さく、“現在”が必ずしもドラスティックな影響を受けるわけではないこと。また、改変前と改変後の違いがしばらくの間はほとんどの人々に認識されること、などです。西澤保彦のようなSFパズラーでこそありませんが、謎や真相はなかなかよくできていると思います。

「昨日のない明日」
 驚いたことに、依頼人はエドワード・ブライスその人だった。しかもブライスは、誰か別の人間がもう一つのワンダーマシンを完成させ、操作しているらしいというのだ。ノーマンは調査を始めるが……。
 過去の改変を一手に握り“神”を演じるブライス。そのブライスの身辺に改変が及ぶというあり得ない事態が興味を引きます。いきなり大きな秘密が一つ明かされてしまうのがややもったいない気もしますが、つかみは十分といったところでしょうか。

「暗闇の女」
 依頼人は、ノーマンの目の前でまったくの別人になってしまった。ワンダーマシンによる改変の影響を受けたのだ。しかし、依頼人が変化前と同じ女性の名を口にしたことが気になったノーマンは……。
 発端は魅力的ですが、それが今ひとつうまく生かされていない印象。とはいえ、物語は十分面白いものになっています。

「空白の殺人者」
 20年前に5人の人間を殺した殺人犯が、ワンダーマシンの作動によって別人となり、被害者たちも生き返った。かつて殺人犯を逮捕した刑事は事態に不審を抱き、ノーマンに調査を依頼したのだが……。
 過去の改変が(しばらくの間は)認識可能だという設定が生かされた発端、すなわち、被害者たちが生き返ったことで殺人事件がなかったことになり、それまで収監されていた殺人犯が釈放されるという状況が秀逸です。真相もまずまず。

「凍った炎」
 失踪した恋人を探してほしいという若者の依頼を受けたノーマンは、姿を消す前に娘が通っていた精神科医のもとを訪れる。絶えず変化し続ける世界の中で、娘は変化に対する恐怖症にかかっていたという……。
 世界が不確定な状態となってしまったことで、人間はどのような影響を受けるのか。“SFサイコスリラー”とでも呼びたくなるような、ユニークな作品です。“H.G.ウェルズ”には思わずニヤリとさせられます。

「復讐の女神」
 事務所を訪ねてきた娘が、“ノーマン、助けて”という叫びを残して入り口の前で息絶えた。だが、ノーマンにはまったく見覚えがないその娘は、なぜかもう一人この世に存在したのだ……。
 冒頭に登場する、過去の改変によって生じた珍発明は笑えます。しかし、プロットの巧みさは本書でも随一で、不可思議な発端にスリリングな展開、そして意外な真相と、三拍子揃った傑作です。

「子供の冒険」
 両親が偽者になってしまったという10歳の少年が今回の依頼人。しかしその変化は、ワンダーマシンによる改変の影響ではないらしい。少年を保護しつつ調査を続けるノーマンだが、少年がさらわれてしまう……。
 ノーマンと少年(実は彼の名前もノーマンなのですが)との交流が見どころです。ミステリとしてはやや落ちますが、この世界ならではの、やや苦味を帯びたラストが心に残ります。

「真夜中の死」
 何者かに命を狙われ始めたノーマン。しかもその手口は、レンガの落下に始まり、車の突入、人違いの絞殺という風に、次第に危険なものになっていく。ノーマンが知るブライスの秘密が関わっているのか……?
 進化していく手口というアイデアが秀逸です。そして、思わぬ秘密が明らかになり、驚かされます。しかし結末は……。

「わが最良の時」
 深い絶望を抱え、自暴自棄になったノーマン。そこへ、得体の知れない男たちが姿を現し、ノーマンの絶望の原因を解消することを餌に、ブライス暗殺を依頼してきた。その依頼を引き受けたノーマンは……。
 クライマックスにふさわしい、非常によくできたエピソードです。結末も絶妙。

2005.03.05読了  [鏡  明]



UMAハンター馬子 完全版1&2  田中啓文
 2005年刊 (ハヤカワ文庫JA780/784)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 その風貌や言動はどこから見てもただの“大阪の下品なおばはん”、しかしその実態は一流の芸人、珍しい伝統芸能“おんびき祭文”の継承者・蘇我家馬子。悪態をつきながら、弟子のイルカとともに地方を巡業するその先には、なぜかUMA(未確認生物)と不老不死伝説がつきまとう……。
 「UMA豆知識」やエッセイ「ベストヒットUMA」も収録。

 UMA(未確認生物)を題材にした、田中啓文流の――つまり、奇怪・猥雑・脱力の三拍子が揃った――伝奇小説シリーズで、以前刊行されていた『UMAハンター馬子(1) 湖の秘密』(学研M文庫)及び『UMAハンター馬子 闇に光る目』(学研ウルフ・ノベルス)に書き下ろし2篇を加えて2分冊としたものです。
 主人公の蘇我家馬子は、少なくとも表面的には、“大阪の下品なおばはん”以上の説明は不要とも思える“コテコテ”のキャラクターですが、特定の分野については恐るべき博識を誇るなど、得体の知れないところも備えています。何というか、先に挙げた“奇怪・猥雑・脱力”の三要素を一人で兼ね備えているという感じで、弟子としてつき従うイルカが素直で健気なこともあって、馬子のあくの強いキャラクターが際立っています。
 もう一方の主役(?)となるUMAは、ネッシー型やツチノコからチュパカブラ、グロブスターなど様々。これらのUMAに関して、膨大な薀蓄が盛り込まれ、古文書や伝説の解釈なども交えてその正体に光が当てられるという展開は、強引とはいえ歴史ミステリなどにも通じるもので、非常に興味深いところです。とはいえそこは田中啓文のこと、油断していると脱力ものの笑撃が襲ってくるのですが……。
 なぜか不老不死伝説のある土地ばかりを好んで訪れる馬子に対して、同じく不老不死伝説を追い求める、MIBを従えた財閥の御曹司・山野千太郎。両者の対決を通じて、少しずつ明らかになっていく馬子の秘密もまた見どころです。

「第1話 湖の秘密」
 過疎に悩む龍鳴村にある新龍鳴湖では、ネッシー型UMAがたびたび目撃され、村では“リュッシー”と名づけて村おこしに役立てようとしていた。テレビの取材班も訪れる中、“リュッシー祭”に出演することになった馬子とイルカだったが……。
 リュッシーの正体は、比較的早い段階である程度は見当がつきましたが、残りの部分がよくできていると思います。

「第2話 魔の山へ飛べ」
 山奥の白弥村で開かれる日本伝統芸能祭に出演する予定の馬子とイルカだが、馬子は隣の八戸村・残月寺に用事があるらしい。その途中にある黒孔山にはツチノコが現れるという噂があり、八戸村の村民によって封鎖されているらしいのだ……。
 ツチノコの正体についての考察は、意外にも(?)かなり真面目なもの。形態にやや無理があるようにも思いますが、なかなか面白い仮説です。

「第3話 あなたはだあれ」
 不老不死の老婆が住むという村を訪れた馬子とイルカだが、当の老婆は不在。いつものように、摩訶観山の奥へ入っていったという。老婆を追って山に入った馬子とイルカは、山中で道に迷ってしまい、野生のキツネの群れに襲われたのだが……。
 馬子の秘密の一端(への手がかり)が垣間見える作品。キツネがUMAといえるのかはやや疑問ですが、そこはそれ。“超キツネ”という言葉の何ともいえない語感が笑いを誘います。最後のダジャレには言葉もありませんが。

「第4話 恐怖の超猿人」
 広島県は比婆郡へとやってきた馬子とイルカ。目当ては獣人ヒバゴン……のはずだったが、そこで出会った雑誌のライターとともに、怪物ヒダゴンを探しに奥飛騨へ行くことに。たどり着いた伊豆鼠村では、“ひだりがみ”なる化物が崇められていた……。
 馬子の傍若無人な言動が中心で、UMAの扱いがかなりあっさりしている前半の「ヒバゴン篇」は、本書の中ではやや低調な印象です。しかし、そこから強引に持っていった後半の「ヒダゴン篇」では、前半の物足りなさを補ってあまりある怒濤の展開。そして、さらにあれやこれやを付け加えてまとめ上げる豪腕ぶりが見事です。それにしても、“かっぱっぱー”には脱力。そして最後のダジャレにも。

「第5話 水中からの挑戦」
 今回は貧しい漁村での仕事だったが、仕事を引き受けた馬子が日を間違え、ギャラもふいに。仕方なく、無理矢理村に泊めてもらった馬子とイルカだったが、その夜、村人が浜辺に集まる中、ものすごい悪臭とともに海から奇怪な物体が……。
 今回のUMAは“グロブスター”というあまり聞き慣れないものですが、“海岸に漂着する正体不明の生物”を指すそうです。得体の知れないUMAだけに、物語は今ひとつ割り切れないまま終わりますが、それも致し方ないところか。ダジャレと下品が交錯するラストは圧巻です。

「第6話 闇に光る目」
 相撲の開祖・野見宿禰を祀る野見之村を訪れた馬子とイルカ。折しも、近くの奈良公園では、鹿が次々と血を抜き取られて殺される事件が発生しており、チュパカブラの仕業とも噂されていたのだが、被害はついに野見之村にも及んで……。
 賞金目当ての馬子に命じられ、イルカが相撲を取る羽目になるという発端がまず笑えます。お題であるチュパカブラの正体は実に意外な上に、話のつなげ方が絶妙。その一方で、脱力ものの小ネタも満載です。しかし、「恐怖の超猿人」でも思ったのですが、イルカがやたらと“アレ”に詳しいのが気になります。

「第7話 ダークゾーン」
 仕事を離れ、知多半島の突端にある常世島を訪れる馬子とイルカの二人。そこで出会ったのは、父親を巨大な海の怪物に殺された少年だった。そして常世島の神社には、浦島太郎が竜宮から持ち帰った巻物があるというのだが……。
 今回のUMAはクラーケンですが、作中で示されるその正体には個人的に違和感があります。とはいえ、なかなかよくできていることは間違いありません。そして、師匠と弟子との心温まる(?)交流と、ささやかなロマンスにも注目です。

「最終話 史上最大の侵略」
 長らく病に臥せっていた山野財閥会長が死去。その妄執を引き継いだ御曹司・山野千太郎は、妹たちとともに“ヨミカヘリ”の儀式を行おうとする。一方、イルカを厳しく仕込む馬子の様子には、どこか焦りが感じられるようになり……。
 これまでのエピソードを通じて張られてきた伏線が一気に回収され、様々な秘密が明らかになるとともに、壮絶かつ無茶苦茶な最後の決戦へとなだれ込む最終話。真相の一部には完全に意表を突かれてしまいました。ほろりとさせられるようでいてずっこけさせられるエピローグも、感慨深いものがあります。祝・完結。

2005.03.06 / 03.07読了  [田中啓文]



鋼鉄都市 Caves of Steel  アイザック・アシモフ
 1954年発表 (福島正実訳 ハヤカワ文庫SF336)ネタバレ感想

[紹介]
 人類の一部が他の惑星に移民する一方、地球では鋼鉄のドームで覆われた“シティ”の中に人々がひしめき合って暮らす時代。ニューヨーク・シティの刑事イライジャ・ベイリは、地球を訪れていた宇宙人が殺害された事件の捜査を命じられる。かつて宇宙に進出した移民の子孫である宇宙人は、その進んだ科学技術によって地球人を圧倒し、人々の職を奪うロボットの使用を強いることで地球人の反感の的となっており、事件は政治的にも重大な意味を持っていた。ベイリは、宇宙人側から送り込まれたロボットのR・ダニール・オリヴォーとともに、真相究明に乗り出すが……。

[感想]

 黎明期に書かれたSFミステリの古典であり、またSFミステリという(サブ)ジャンルを確立したといっても過言ではない作品です。ロボットものの短編などのようにミステリの要素を取り入れたSFを書き、また後には純然たるミステリも発表しているアシモフならではというべきか、SFとミステリの均等なバランスが見事です。

 本書は、例えば西澤保彦の諸作品のようにミステリにSF設定を導入したものではなく、SFの舞台上で展開されるミステリといえます。舞台となるのは、管理・統制された都市の中に過剰な人口がひしめき合うという、どこか暗鬱な未来社会(H.ハリスン『人間がいっぱい』ほどではありませんが)で、さらに地球人を抑圧するかのような宇宙人の存在により、閉塞感に拍車がかかっています。このようなディストピアSF的社会を背景にしながらも、一人の刑事を主役に、そして殺人事件の謎を中心に据えた物語の骨格は、警察小説の性格を備えたミステリそのものとなっています。

 しかしその中でも、宇宙人が地球上に築き上げた“宇宙市”が殺人現場となり、SF設定が原因で不可能状況が生じているところは、SFミステリならではといえるでしょう。また、宇宙人側のロボットであるダニールが地球人の刑事であるベイリとコンビを組むことで、ミステリにつきものである事件の捜査と同時に、異質な存在との相互理解というファーストコンタクトSF的ストーリーが展開されるところも見逃せません。このように、SF要素とミステリ要素が入り混じり、しっかりと結びついているところが、本書がSFミステリとして高く評価される所以ではないでしょうか。

 事件の真相はさほど複雑なものではなく(個人的には、これもSFミステリとして優れた点の一つだと思います)、真相を見抜くことも難しくはないかもしれません。しかし、その真相がある意味エレガントなものであることは間違いありませんし、それがSFとしてのテーマにつながるところもまた見事です。前述のように古典的な作品ではありますが、決して歴史的意義だけではない、一読の価値がある傑作です。

2005.03.10再読了  [アイザック・アシモフ]
【関連】 『はだかの太陽』 『夜明けのロボット(上下)』 『SFミステリ傑作選』(短編「ミラー・イメージ」を収録)



蚊取湖殺人事件  泡坂妻夫
 2005年発表 (光文社文庫 あ12-10)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 ミステリ・職人もの・奇術ものと、バラエティに富んだ短編を収録した作品集です。
 個人的ベストは、「蚊取湖殺人事件」

「雪の絵画教室」
 テレビでも大人気の画家が、雪に閉ざされたアトリエで殺害された。門からアトリエまでの間には犯人らしき人物の足跡はなく、ただ自転車の車輪の跡が2本残されているだけだった。しかし、なぜか肝心の自転車は影も形も見当たらない……。
 「煙の殺意」『煙の殺意』収録)でも活躍したテレビ狂の刑事・望月と死体フェチ(?)の鑑識係・斧のコンビが登場。相変わらずいい味を出しています。泡坂妻夫のミステリ(特に短編)の大きな魅力の一つである、論理の飛躍が楽しめる作品ですが、少々強引さが目立つのが残念。

「えへんの守」
 奇術マニアの紋章上絵師のもとに、紋見本として持ち込まれた見事な色留袖。その持ち主はやがて病で亡くなったのだが、遺品の中にはなぜか色留袖だけが見当たらない……。
 職人ものでもあり奇術ものでもあるユニークな1篇。作者ならではの独特の味わいというべきでしょうか。

「念力時計」
 奇術道具コレクターの鬼沢が亡くなり、その膨大なコレクションが形見分けで奇術協会の会員たちの手に渡ることになった。鬼沢の友人だった青瀬は、珍しい“念力時計”を手に入れたのだが……。
 奇術道具にまつわる怪異譚。ミステリではありませんが、他の作品でおなじみの人物たちが登場する、泡坂妻夫ファンにはうれしい作品です。念力時計はぜひ一度目にしてみたいものです。

「蚊取湖殺人事件」
 慶子と美那は蚊取湖近くのスキー場にやってきたが、慶子が足を痛めて病院に行くことに。そこで出会った東京から来たという男が、翌朝、湖の氷の上で死体となって発見されたのだ。その首には、前日男の手首に巻かれていた包帯が……。
 犯人当てとして書かれたものですが、ある意味非常に泡坂妻夫らしい作品だけに、ファンならば真相を見抜くのはさほど難しくないように思います。とはいえ、何とも大胆なその真相は秀逸です。

「銀の靴殺人事件」
 娘の春香とともに、藤形少女歌劇団のレビューを見に来た片谷。春香に色々と説明を受けながらショウを見ていたが、ラインダンスの最中に、片谷の目の前に舞台から銀の靴が飛んできた。実はその時、舞台裏では殺人事件が……。
 この作品にも鑑識係の斧技官が登場。また、藤形少女歌劇団といえば曾我佳城絡みでもおなじみです(「白いハンカチーフ」『奇術探偵 曾我佳城全集』参照)。やや状況がわかりにくいところがあるものの、意表を突いた真相は鮮やかです。

「秘宝館の秘密」
 民宿・伊藤荘に夫婦が泊まりに来たが、その様子がどうもおかしい。伊藤荘の主・惣太郎は、夫婦が偽名を使っていることを見抜いたが、夫婦は切り立った崖まで続く足跡を雪の上に残し、姿を消していた……。
 作者らしいユーモラスな味わいのミステリですが、真相が今ひとつ面白味に欠けるのが残念なところです。

「紋の神様」
 留袖を仕立てる仕事を引き受けた呉服屋の更精は、なじみの紋章上絵師に紋を入れてもらおうとしたが、廃業したということで別の上絵師を紹介される。その上絵師は外出中だったが、そこで人身事故があり……。
 非ミステリの職人もの。見事な職人技の描写が印象に残ります。

2005.03.15読了  [泡坂妻夫]



パーフェクト・マッチ A Perfect Match  ジル・マゴーン
 1983年発表 (高橋なお子訳 創元推理文庫112-02)ネタバレ感想

[紹介]
 町を襲った嵐の翌朝、絞殺された女性の死体が湖畔で発見された。被害者は、莫大な遺産を相続したばかりの未亡人、ジュリア・ミッチェルだった。ジュリアの義弟ドナルドの友人である青年クリス・ウェイドが、前の晩に被害者を車で送っていったきり、失踪していることが明らかになり、警察は容疑者としてクリスの足取りを追い求める。しかし、捜査を担当するロイド警部とジュディ・ヒル部長刑事は、事件に腑に落ちないものを感じていた……。

[感想]

 ジル・マゴーンのデビュー作で、ロイド警部とジュディ・ヒル部長刑事を主役としたシリーズの第1作にあたるようです。

 本書でまず目を引くのは、多視点によるその叙述で、さほど数の多くない登場人物たちの心理が克明に描かれ、物語に深みを与えています。特に、逃亡中の容疑者であるクリスの半ば混乱した心理描写を通じて、何が起こったのかが少しずつ明らかになっていくあたりはなかなか面白いと思います。また、なぜか現場周辺の様々な動物たちの擬人化された視点による描写が時おり挿入されていますが、事件に翻弄される人間たちを突き放すかのような淡々とした文章が、独特の効果を上げているところも見逃せないでしょう。

 事件は比較的地味ながら、意外に真相は見えにくくなっています。中心となるネタはかなりシンプルなものであるにもかかわらず、全編に張りめぐらされたによってそれを見事に隠し通す作者の手腕は、卓越したものといっていいでしょう。あるいは勘のいい人であれば途中で気づいてしまうかもしれませんが、それでも作者の罠がよくできていることは間違いありません。

 一方、物語のモチーフとなっている結婚生活の破綻については、人によって好みが分かれるのではないかと思います。中心となるのは被害者の義弟であるドナルドと妻のヘレンの冷え切った関係ですが、さらに捜査にあたる側のジュディ・ヒル部長刑事やロイド警部など、作中で言及された夫婦関係のほとんどが(死別も含めて)うまくいっていないという徹底ぶり。少々くどく感じられてしまうのは確かですが、これはこれでいいのかもしれません。

2005.03.16読了  [ジル・マゴーン]


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