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双月城の惨劇/加賀美雅之

2002年発表 カッパ・ノベルス(光文社)

 まず、〈満月の部屋〉での事件は非常に秀逸です。

 死体から切り落とされた首と両手首が焼かれていたという状況は、実際に当初は被害者がカレンとマリアのどちらなのかわからなくなっていることもあって、一見すると犯人が被害者の身元の隠蔽を図ったようにも見えます。にもかかわらず、犯人の真の狙いが被害者の身元を特定させることにあったという逆説的な構図がよくできています。犯人、すなわちカレンの最大の目的はあくまでもマリアの妊娠を隠す、というよりも正確にはマリアが妊娠していなかったことを示すことにあったわけで、歯形によって首がマリアのものだと特定されることを見越しつつ、実際にはすり替えた胴体までもマリアのものと誤認させるという計画は見事です。首と両手首を焼いたのも決して身元の隠蔽ではなかったのですが、結果的に真の目的が巧妙に隠されているところも見逃せません。

 カレンが自分自身の首と両手首を切り落とすのに使ったギロチンのトリックは、非常に鮮やかなイメージを残すよくできたものです。さらに、城の特殊な構造を利用したのではなく、その目的のために特殊な構造の城が建てられたという点、つまり、まさにトリックのための建物だったという真相は、構造の不自然さを緩和するとともに、城に伝わる伝説をうまく説明しているという意味で効果的です。

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 一方、〈新月の部屋〉での事件の方は、わざわざ投石器という確実性に欠ける手段を使ったこともやや疑問ですが、何より〈新月の塔〉の出入口をパットが施錠してしまったことが問題です。犯人を特定するためにはどうしても必要だったとはいえ、パットの行動には説得力が感じられず、ご都合主義に思えてしまいます。

 ただ、押し開けられた南側の窓や、螺旋階段の違和感といった手がかりはよくできていると思います。

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 その後の事件ですが、共犯をつとめたフリーダの自殺はともかく、トマソン殺害はどうも余計なものに思えます。犯人にとって予定外の犯行だったのはもちろんですが、探偵にとっても犯人の特定に役立っているわけでもなく、物語構成上の必要性があまり感じられません。単にトリックを披露するための事件になってしまっているように思えてなりません。しかもこの事件があるために、カーのある作品(以下伏せ字)『帽子収集狂事件』(ここまで)を模した結末が、何とも受け入れがたいものになっています。ラインハルト殺害はともかくとして、それ以降の事件については犯人に同情の余地はないでしょう。

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 ところで、この作品はJ.D.カー『髑髏城』を下敷きにしていますが、これは一種のミスディレクションを狙ったものかもしれません。『髑髏城』に登場するアルンハイム男爵は純粋に探偵役として登場している(まあ、このくらいはネタバレではないでしょう)ため、こちらを読んだことのある読者にとっては、アルンハイム男爵に対応する登場人物であるストロハイム男爵が犯人であるとは考えにくくなっているのではないでしょうか。

 しかし、このミスディレクションにもかかわらず、フーダニットとしてはかなり弱いといわざるを得ません。まず、ストロハイム男爵が双月城に到着した時の“吹き抜けの回廊を通らなければならない”(本文107頁)という台詞は、余りにも露骨です。しかも、〈新月の部屋〉の事件でパットが出入口を施錠してしまったことで、ストロハイム男爵以外の人物に疑惑が向きにくくなってしまっているのです。

 逆に、ストロハイム男爵を犯人と断定する根拠もこの2点しかないのですが、これまた物足りないところです。フーダニットよりもハウダニットに重きを置いた作品だということは理解できるのですが、例えばC.ディクスン『ユダの窓』ほどハウダニットに特化した作品とも感じられないため、やや中途半端な印象を受けてしまいます。

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 ついでに、カーらしくない点をいくつか挙げておきましょう(ネタバレには十分留意するつもりですが、勘のいい方はお気づきになってしまうかもしれません。ご注意下さい)。

 まず、カーは本書のような意味での“館もの”はあまり書いていません。古城、甲冑、幽霊、そして(以下伏せ字)城の構造がトリックに関わっている点(ここまで)など、総合的にみて最も本書と共通点が多いのは『弓弦城殺人事件』だと思いますが、伏せ字にした点を備えているのはこの作品くらいのものでしょう。旧家の因縁話という点では『魔女の隠れ家』『プレーグ・コートの殺人』『赤後家の殺人』などがありますが、その因縁話が“館”と密接に結びついているのは『赤後家の殺人』のみ。そして、動機が“館”(あるいは“家”)に強く関わっているのもあまりカーらしくありません。このあたりはむしろ日本の新本格ミステリの方に多く見受けられるように思います。

 また、死体の切断もカー作品ではあまり扱われていません(『夜歩く』(以下伏せ字)「妖魔の森の家」(ここまで)くらいでしょうか)。死体をパズルのピースのように扱う手法も新本格ミステリの方が顕著だと思います。

2002.09.27読了

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