ミステリ&SF感想vol.44

2002.10.06
『木乃伊男』 『時の歩廊』 『時と次元の彼方から』 『デッド・ロブスター』 『双月城の惨劇』


木乃伊男  蘇部健一
 2002年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 入院療養中の布部正男がある朝目を覚ますと、隣のベッドには全身を包帯でぐるぐる巻きにされたミイラ男が横たわっていた――布部家には、ミイラ男が復讐にやってくるという、曾祖父の代に端を発する不気味な伝説があった。実際に、正男の兄が5年前に隣家の鏡の迷路の中で不審な死を遂げるという事件も起こっていた――しかし、隣のベッドのミイラ男は、病気で全身がひどい状態になっているだけで布部家とは何の関わりもないと説明し、さらに正男の話を聞くやいなや、兄の死の謎を鮮やかに解き明かしてみせたのだ。だが、それは正男を襲う恐るべき事件の始まりにすぎなかった……。

[感想]

 前作『動かぬ証拠』ではラストのオチを文章ではなくイラストで表示するというアイデアが採用されていましたが、この作品では里中満智子によるイラストがさらに効果的に使われています。題材が“ミイラ男”ということで、包帯の下に隠された正体が誰しも気になるところですが、それを例えば“すると、包帯の下からあらわれた顔はなんと……。”(本文157頁末尾)というところまで文章で書き、次の頁にイラストを配置するというような手法で表現してあるため、一見してわかりやすい上にインパクトのある結果となっています。このアイデアは間違いなく成功しているといえるでしょう。

 内容の方はどうかといえば、同じように“怪人”の登場する江戸川乱歩の“少年探偵団”ものにも通じる雰囲気で、全体的にやや古めかしい印象は否めませんが、それが逆に怪奇/探偵小説のような魅力を醸し出しているともいえます。多少無理が感じられる部分もありますが、事件の手がかりはよくできていると思いますし、“ミイラ男”の正体をめぐる謎も一筋縄ではいきません。そしてある意味衝撃的なラストが印象的です。イラストの多用という趣向をうまく生かした、意欲的な作品といっていいのではないでしょうか。

2002.09.10読了  [蘇部健一]



時の歩廊 The Corridors of Time  ポール・アンダースン
 1965年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ・SF・シリーズ3143・入手困難

[紹介]
 窮地に追い込まれていたマルカム・ロックリッジを救い出したのは、ストーム・ダロウェイと名乗る見知らぬ女だった。ストームはマルカムを連れてデンマークの森の奥深く、注意深く隠された奇妙な地下道に潜り込んだ。今までに見たこともない不思議な照明の中を、風変わりな乗り物でしばらく進んだ後、再び地上に出た彼らの前に広がっていたのは、紀元前1827年の世界だった――かくしてマルカムは、〈監理者〉と〈巡察者〉との壮大な時間を戦場とする激しい戦いに巻き込まれていったのだが……。

[感想]

 ポール・アンダースンお得意の(?)タイムトラベルSFです。タイムマシンを使うのではなく、タイムトンネルというところが何となく懐かしさのようなものを感じさせますが、物語はかなりシリアスです。

 “時間戦争”に巻き込まれた主人公のマルカムは、人類学者志望ということでそれぞれの時代の文明とそこに暮らす人々に興味と愛着を抱きながらも、ストームの指示を受けて戦いに勤しむことになります。その背景にはストームへの思慕があるのですが……個人的にはここに大きな不満があります。ストームがさほど魅力的に描かれているとはいえないため、マルカムの葛藤が単なる優柔不断に思えてしまいます。

 脇役たちはそれぞれに魅力的で、彼らとマルカムが信頼関係を築き上げていく様子は十分に感情移入できるものになっていますし、マルカムの最後の決断は納得できるものなのですが、どうもそれが遅すぎるように感じられてなりません。タイムトラベルならではの仕掛けもよくできているとはいえ、効果がやや損なわれているように思えます。かなりもったいない作品という印象です。

2002.09.20読了  [ポール・アンダースン]



時と次元の彼方から 海外SF傑作選  福島正実 編
 1975年発表 (深町真理子 他訳 講談社文庫BX9・入手困難

[紹介と感想]
 時間及び異次元をテーマとした、海外SFアンソロジーです。四半世紀前に刊行されたこともあって、基本的にはワンアイデアの素朴な作品という印象を受けますが、逆にいえばそのわかりやすさは魅力です。
 個人的ベストは、「時間がいっぱい」「歪んだ家」
 なお、ポール・アンダースンの「タイム・パトロール」は短編集『タイム・パトロール』に収録されているので、ここでは割愛させていただきました。

「時間がいっぱい」 All the Time in the World (アーサー・C・クラーク)
 泥棒を稼業とするアシュトンのもとに、奇妙な女の依頼人がやってきた。大英博物館から様々な所蔵物を盗み出してほしいというのだ。不可能だと断るアシュトンに彼女が手渡したのは、周囲の時間の流れを極端に遅くしてしまう装置だった……。
 周囲の時間の流れを遅くする(あるいは止める)というアイデア(一種の超人願望でしょうか)は一般的だと思いますが、この作品では皮肉なラストが秀逸です。

「歪んだ家」 And He Build the Crooked House (ロバート・A・ハインライン)
 奇妙な思いつきにとらわれた公認建築士のティールは、四次元の家を建て始めた。だが、ようやく完成した家は、いつの間にか何の変哲もない立方体に変化してしまった。彼がおそるおそる中に入ってみると……。
 数学SFアンソロジー『第四次元の小説』(C.ファディマン編)などにも収録されている、トポロジーSFの古典です。といっても、さして小難しい話ではなく、素直にドタバタぶりを楽しむべき作品でしょう。

「虎の尾をつかんだら」 Tiger by the Tail (アラン・E・ナース)
 その女は、大胆な万引きの現行犯で捕らえられた。店を一つ開けるほど大量の品物を、次々とハンドバッグに放り込んでいったのだ。だが、取り上げられたハンドバッグの中身は、まったく空っぽだった……。
 某“四次元ポケット”を思い起こさせる謎のハンドバッグが登場しますが、やはり中身を調べたくなるのが人情。しかし……という話です。“虎の尾”の比喩が秀逸です。

「追放者」 Exile (エドモンド・ハミルトン)
 酒を飲みながら雑談していた4人のSF作家たち。いつしか話題は現実世界の居心地の悪さに移っていった。だが、自分たちの創造する架空の世界も、居心地の悪さという点では似たようなものではないのか? と、その時……。
 オチは予測可能とはいえ、なかなかよくできています。もちろん、単なるホラ話ともとれますが……。

「もし万一……」 "What If..." (アイザック・アシモフ)
 ノーマンとリヴィの夫婦が列車の中で出会った奇妙な男は、“もし万一”と書かれた黒い箱から取り出した板ガラスを二人の方へと向けた。そこには、二人が知り合った時の様子が映し出されていた。“もし万一、あの時電車が揺れなかったら……”
 些細なことで運命が変わってしまうものなのかどうか。これは誰しも気になるところだと思いますが、アシモフはファンタジックな仕掛けによってその疑問に関する答えを描き出そうとしています。寓話的ともいえる作品です。

「もう一つの今」 The Other Now (マレイ・レンスター)
 ジミイの妻・ジェインが不幸な事故で亡くなってから3ヶ月。ジミイの周囲で奇妙なことが起こり始めた。開いたはずの扉が閉まり、灰皿には吸った覚えのない煙草が出現する。そして、ジェインの日記帳に真新しい書き込みが……。
 メカニズムはやや違いますが、上の「もし万一……」と似たような読後感です。

「クリスマス・プレゼント」 Child's Play (ウィリアム・テン)
 サムのもとに、不思議な荷物が配達された。それは、2161年からのクリスマス・プレゼントだったのだ。中身は〈模型人間組立セット〉。気味悪く感じながらも、サムは模型人間を組み立て始めた。だが、やがてサムの周囲に未来からの影が……。
 どこへ着地するのか、なかなか見えない作品ですが、展開がうまいと思います。ラストはまあ、ありがちというところなのかもしれませんが。

「観光案内」 Tourist Trade (ウィルスン・タッカー)
 ある晩、ジュディの寝室に姿を現した幽霊。それは、未来からの観光客を引き連れたガイドだった。憤慨したジュディの父親は、何とか観光客たちを追い払おうとするが、どんな手段も通用しない。万策尽きた父親は、最後に一計を案じるが……。
 観光客を追い払うために奮闘する父親と、涼しい顔で観光案内を続けるガイドの落差がユーモラスに描かれています。そして、ラストのカタルシスが見事です。

「プレイ・バック」 Play Back (J.T.マッキントッシュ)
 バーでの雑談の最中、時間旅行は可能なのかという話題をめぐって議論は白熱した。話を振られたバーテンのバートは、それとなく自分の意見を述べておいたが、客たちは普段から意味ありげな彼の生活態度に興味を持ち……。
 上の「追放者」と似たような状況ですが、一味違ったアイデアが魅力です。

「漂流者」 Castaway (バートラム・チャンドラー)
 無人島に狼煙を発見し、救助のために近づこうとした船が難破してしまった。唯一生き残った男は、狼煙をたいた漂流者を探し求めるが、なぜか漂流者は姿を現さない。やがて男は、島の密林の中に奇妙なロケットを発見した……。
 主人公が陥ってしまった窮地が印象的な、なかなかよくできた作品です。

 なお、本書は茗荷丸さん「瑞澤私設図書館」)よりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2002.09.21読了  [福島正実 編]



デッド・ロブスター  霞 流一
 2002年発表 (角川書店)ネタバレ感想

[紹介]
 公演を間近に控えた劇団〈建光新団〉のメンバーのもとに、二週間前に怪死を遂げた看板俳優・神島の名前で恵比寿像が送りつけられた。神島は深夜、近所の中学校のプールで警備員とともに溺死していたが、なぜか死体は全裸だったという。調査の依頼を受けた紅門福助は、神島の生前の奇行と「エビ」という謎の言葉に頭を抱える。唯一手がかりを握っていると思われた劇団員は「エビ」を思わせる奇怪な死体となって発見され、やがて見立て殺人が連続し……。

[感想]

 『フォックスの死劇』『ミステリークラブ』に続く、“紅門福助シリーズ”の第3弾です。題名からもお分かりのとおり、今回のお題は“エビ”ですが、例によってお題に関する蘊蓄と裏テーマへの発展、奇怪な見立て殺人と豪快な(無茶ともいう)トリック、そして意外にすっきりしたロジックによる犯人の特定と、霞流一らしさ満載の作品です。特に今回は犯人を指摘する場面が出色の出来で、鮮やかなロジック(ただし一点だけ問題がありますが)と、劇団という世界にふさわしいプレゼンテーションが見事です。

 その反面、ハウダニット(トリック)に関しては手がかりや証拠が少なく、その解明は単なる可能性の提示にとどまっているという印象を受けます。真相解明の手順としてはまず先に犯人の特定があり、次にその特定された犯人に可能な手段を検討していったという形になっていて、最終的には犯人自身が認めているから問題ないともいえるのですが、やはり犯人指摘の充実度と比べると物足りなく感じられます。

 また、話の都合上、見立てがややまとまりを欠いたものになっていて、結果として作品全体がやや散漫になってしまっているようにも思えます。「エビ」の意味はなかなか面白いと思うのですが。

2002.09.25読了  [霞 流一]



双月城の惨劇  加賀美雅之
 2002年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 ライン川流域の古城〈双月城〉。カレンとマリア、双子の姉妹が城主をつとめるこの城で、不可解な毒殺未遂事件を皮切りに惨劇が幕を開けた。〈満月の塔〉にある密室状態の部屋で、この城に伝わる不気味な伝説をなぞるかのように、首と両手首を切り落とされた無惨な死体が発見されたのだ。被害者はカレンとマリアのどちらかなのだが……。やがて、対になった〈新月の塔〉でも伝説は再現される。宿命のライバル、パリ警察予審判事シャルル・ベルトランとベルリン警察のストロハイム男爵の対決の果ては……?

[感想]

 登場人物の名前こそ変更されているものの、もともとはJ.D.カーのアンリ・バンコランものの贋作として書かれた作品です。ライン川流域の古城を舞台とし、探偵役とライバルが事件の解決を競う点など、あからさまにカーの『髑髏城』が下敷きにされ、さらにカーの持ち味の一つである怪奇趣味が強調されていますが、カーというよりは新本格ミステリ的な要素が随所に顔をのぞかせています。カー作品と新本格ミステリのハイブリッドといったところでしょうか。

 猟奇的な事件と視覚的にも鮮やかなトリックは、十分なインパクトを備えています。特に〈満月の部屋〉の事件は、色々な意味で非常によくできています。その反面、それ以降の事件にはやや無理が感じられますし、フーダニットとしてはかなり物足りないという弱点もあります。しかしながら、全体的に見ればまずまずの作品といっていいでしょう。

 ただし、解決場面で同じような表現(「――ベルトラン、貴方は……貴方はまさか……」「やっと気がついたようだね、パット。そう、その通りだよ」)が何度も繰り返される点、そして“カーの贋作”でなくなったにもかかわらず、ギデオン・フェル博士(単に“フェル博士”と書かれていますが、同一人物と考えて間違いないでしょう)に言及されている点(本文225頁)はいただけませんが。

2002.09.27読了  [加賀美雅之]


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.44