ミステリ&SF感想vol.44 |
2002.10.06 |
『木乃伊男』 『時の歩廊』 『時と次元の彼方から』 『デッド・ロブスター』 『双月城の惨劇』 |
木乃伊男 蘇部健一 | |
2002年発表 (講談社ノベルス) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 前作『動かぬ証拠』ではラストのオチを文章ではなくイラストで表示するというアイデアが採用されていましたが、この作品では里中満智子によるイラストがさらに効果的に使われています。題材が“ミイラ男”ということで、包帯の下に隠された正体が誰しも気になるところですが、それを例えば“すると、包帯の下からあらわれた顔はなんと……。”(本文157頁末尾)というところまで文章で書き、次の頁にイラストを配置するというような手法で表現してあるため、一見してわかりやすい上にインパクトのある結果となっています。このアイデアは間違いなく成功しているといえるでしょう。
内容の方はどうかといえば、同じように“怪人”の登場する江戸川乱歩の“少年探偵団”ものにも通じる雰囲気で、全体的にやや古めかしい印象は否めませんが、それが逆に怪奇/探偵小説のような魅力を醸し出しているともいえます。多少無理が感じられる部分もありますが、事件の手がかりはよくできていると思いますし、“ミイラ男”の正体をめぐる謎も一筋縄ではいきません。そしてある意味衝撃的なラストが印象的です。イラストの多用という趣向をうまく生かした、意欲的な作品といっていいのではないでしょうか。 2002.09.10読了 [蘇部健一] |
時の歩廊 The Corridors of Time ポール・アンダースン |
1965年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ・SF・シリーズ3143・入手困難) |
[紹介] [感想] ポール・アンダースンお得意の(?)タイムトラベルSFです。タイムマシンを使うのではなく、タイムトンネルというところが何となく懐かしさのようなものを感じさせますが、物語はかなりシリアスです。
“時間戦争”に巻き込まれた主人公のマルカムは、人類学者志望ということでそれぞれの時代の文明とそこに暮らす人々に興味と愛着を抱きながらも、ストームの指示を受けて戦いに勤しむことになります。その背景にはストームへの思慕があるのですが……個人的にはここに大きな不満があります。ストームがさほど魅力的に描かれているとはいえないため、マルカムの葛藤が単なる優柔不断に思えてしまいます。 脇役たちはそれぞれに魅力的で、彼らとマルカムが信頼関係を築き上げていく様子は十分に感情移入できるものになっていますし、マルカムの最後の決断は納得できるものなのですが、どうもそれが遅すぎるように感じられてなりません。タイムトラベルならではの仕掛けもよくできているとはいえ、効果がやや損なわれているように思えます。かなりもったいない作品という印象です。 2002.09.20読了 [ポール・アンダースン] |
時と次元の彼方から 海外SF傑作選 福島正実 編 |
1975年発表 (深町真理子 他訳 講談社文庫BX9・入手困難) |
[紹介と感想]
なお、本書は茗荷丸さん(「瑞澤私設図書館」)よりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。 2002.09.21読了 [福島正実 編] |
デッド・ロブスター 霞 流一 | |
2002年発表 (角川書店) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 『フォックスの死劇』、『ミステリークラブ』に続く、“紅門福助シリーズ”の第3弾です。題名からもお分かりのとおり、今回のお題は“エビ”ですが、例によってお題に関する蘊蓄と裏テーマへの発展、奇怪な見立て殺人と豪快な(無茶ともいう)トリック、そして意外にすっきりしたロジックによる犯人の特定と、霞流一らしさ満載の作品です。特に今回は犯人を指摘する場面が出色の出来で、鮮やかなロジック(ただし一点だけ問題がありますが)と、劇団という世界にふさわしいプレゼンテーションが見事です。
その反面、ハウダニット(トリック)に関しては手がかりや証拠が少なく、その解明は単なる可能性の提示にとどまっているという印象を受けます。真相解明の手順としてはまず先に犯人の特定があり、次にその特定された犯人に可能な手段を検討していったという形になっていて、最終的には犯人自身が認めているから問題ないともいえるのですが、やはり犯人指摘の充実度と比べると物足りなく感じられます。 また、話の都合上、見立てがややまとまりを欠いたものになっていて、結果として作品全体がやや散漫になってしまっているようにも思えます。「エビ」の意味はなかなか面白いと思うのですが。 2002.09.25読了 [霞 流一] |
双月城の惨劇 加賀美雅之 | |
2002年発表 (カッパ・ノベルス) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 登場人物の名前こそ変更されているものの、もともとはJ.D.カーのアンリ・バンコランものの贋作として書かれた作品です。ライン川流域の古城を舞台とし、探偵役とライバルが事件の解決を競う点など、あからさまにカーの『髑髏城』が下敷きにされ、さらにカーの持ち味の一つである怪奇趣味が強調されていますが、カーというよりは新本格ミステリ的な要素が随所に顔をのぞかせています。カー作品と新本格ミステリのハイブリッドといったところでしょうか。
猟奇的な事件と視覚的にも鮮やかなトリックは、十分なインパクトを備えています。特に〈満月の部屋〉の事件は、色々な意味で非常によくできています。その反面、それ以降の事件にはやや無理が感じられますし、フーダニットとしてはかなり物足りないという弱点もあります。しかしながら、全体的に見ればまずまずの作品といっていいでしょう。 ただし、解決場面で同じような表現( 「――ベルトラン、貴方は……貴方はまさか……」「やっと気がついたようだね、パット。そう、その通りだよ」)が何度も繰り返される点、そして“カーの贋作”でなくなったにもかかわらず、ギデオン・フェル博士(単に“フェル博士”と書かれていますが、同一人物と考えて間違いないでしょう)に言及されている点(本文225頁)はいただけませんが。 2002.09.27読了 [加賀美雅之] |
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