天正マクベス/山田正紀
2003年発表 ミステリー・リーグ(原書房)
- 「颱風{テンペスト}」
- 写実的な西洋絵画を利用したトリックは、現代人の目で見ればやや物足りなく感じられる面もありますが、この時代・舞台にはよく合致しているというべきでしょう。
ただ、解決については少々説明不足な箇所があるのが残念です。例えば、信耀はなぜ犯人が戸に錠をかけなければならなかったのかを気にしていた(115~116頁)はずなのですが、最終的にはこの点は説明されていません。これはおそらく、壊された引き戸の破片によって、石つぶてで砕かれた板布の破片を隠蔽するためだと思うのですが……。
- 「夏の夜の夢」
- 脱獄トリックには、ジャック・フットレルの“あれ”を思い起こさせるところがありますが、石牢の構造をうまく使っているところは見逃せないでしょう。そして、“隠れ頭巾”の真相と居杭の心情が胸を打ちます。
- 「マクベス」
- “本能寺の変”の裏に隠された竹中半兵衛(ひいては豊臣秀吉)の陰謀という構図は、“利益を得る者を探せ”という鉄則を考えると、誰しも思いつくところといえるかもしれません(山田正紀自身も、かつて『闇の太守II~IV』で似たような構図を描き出しています)。
しかし、その具体的な“操り”の手段、すなわち光秀に吹き込まれた、信長を神として復活させるために殺すというアイデアが秀逸です。そしてさらに、信長の死体を回収して神なのか人間なのかを確認するという光秀の真意は、敬虔な信仰の裏に隠された戦国武将としての凄みのようなものを感じさせます(余談ですが、この光秀の動機を考えると、この作品はもう一つの“神狩り”といえるのかもしれません)。
作中で明示されてはいませんが、結末で信耀が命を落とし、信長の死体が回収されなかったために、光秀は頭を抱えたものと思われます。それが、豊臣秀吉の迅速な対応に遅れを取った理由となっているのかもしれません。