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ここから先は何もない/山田正紀

2017年発表 (河出書房新社)

 作者がジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』に抱いたという不満は定かではありませんが、それが本書において、『星を継ぐもの』との顕著な差異として表れている、と考えることはできるでしょう。そして実際に両者を比べてみると、最も目を引く違いはやはりAIの存在/不在*1ではないかと思われます。

 そちらのシリーズをお読みになった方はご存知のように、『星を継ぐもの』の続編『ガニメデの優しい巨人』以降は(“ガニメアン”製の)AIが登場するのですが、おそらく『星を継ぐもの』に限っては“AI抜き”でなければならなかった――というのも、そこにAIが存在すれば人間より先に謎を解くことができないはずはないと考えられるので、人間から“探偵役”をさらってしまうことになりかねないからです*2

 ということでAIが登場する本書の場合、人間に“探偵役”を割り振るためにAIが“犯人役”に据えられるのは必然ともいえそうですし、それによって山田正紀の“トレードマーク”といっても過言ではない“神”との対決が描き出されるところまで、当然の流れといっていいかもしれません。また発端の“三億キロの密室”からして明らかに人間業ではないわけで、そちらの方向からも予想可能な犯人像といえるのではないでしょうか*3

 それにしても、二階堂先生の“犯人はいるのか。犯人はなんだったのか(102頁)という言葉が伏線として用意されているとはいえ、生命そのものの誕生(38億年前)、スーパー細胞の出現(15億~20億年前)、そしてホモ・サピエンスの大躍進(5万年前)といった地球生物史の謎の“犯人”まで、AIに“押しつけて”しまう豪腕はさすがというべきですが、“本家”『星を継ぐもの』と同様に*4人類の“来し方”が明らかにされるのは納得です。

 加えて本書では、人類の“行く末”――“ここから先は何もない”という絶望的な結末まで示されることになり、結果として“本家”『星を継ぐもの』とは大きく読み味が違ってくるのですが、人類から星を継ぐもの”の存在が示唆されていると考えてみれば、本書は“本家”をさらに――山田正紀流に――推し進めたともいえるわけで、まさに“山田正紀版『星を継ぐもの』と謳われるにふさわしい作品ではないかと思われます。

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 さて、人間ではなくAIが“犯人”となれば、ハウダニットについては(人間に比べれば)“何でもあり”のように感じられてしまうきらいもありますが、それでも物理的な障壁はいかんともしがたいわけで、三億キロ彼方を舞台にした豪快な物理トリックも本書の大きな見どころでしょう。あまりにも不可能性が高いこともあって、〈ノリス2〉が“エルヴィス”を投下したことまではかなり見え見えかもしれませんが、水銀の痕跡を手がかりとして解き明かされる、小惑星〈ジェネシス〉を裏返して〈パンドラ〉に仕立てたトリックは何とも大胆ですし、本来の推進剤であるキセノンとの重量差“四キロ”が、“エルヴィス”が〈ノリス2〉の積荷だったことを暗示しているのも巧妙です。

 一方、“三億キロの密室”の真相はさらに輪をかけて大胆すぎるものです。〈ノリス2〉の双方向通信システムを再起動させた一ビット通信――〈パンドラ〉の地上から発せられた“別の光点”(355頁)の正体は、火星由来の電気合成ウイルスということで、火星からの生命現象の伝播と結び付けつつAIの“祖先”を“共犯者”に仕立ててあるのもさることながら、考えてみればあり得ない理論を、“電気合成ウイルス”という造語のイメージ一つで*5読者に飲み込ませてしまう豪腕に脱帽。そして真相が明かされてみると、(“エルヴィス”の出所と併せて)鋭二が“密室なんか最初からどこにもなかった(386頁)と口にするのも納得です*6

 またホワイダニットについては、壮大なフェイクを仕掛けてまで“AIが何を隠したかったのか”が焦点となっていますが、フランケンシュタイン・コンプレックス(→Wikipedia)への対策といえる真相そのものよりもむしろ、それを読者に明かす手順が面白いところ。すなわち、“ここだ。ここにトリックがあった。そのためにこそ、すべてのことが準備された。”(358頁)という鋭二の言葉で“トリックと真相の所在”を匂わせておいて、クライマックスでは分離コマンド・シグナル”(400頁)AIへのメッセージとなったことを伏線として示し、「エピローグ」での“犯人”の独白へとつなげる手際が秀逸です。

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 「エピローグ」では、AIが神澤鋭二・藤田東子・任転動の三人を奪還チームのメンバーに選んだ理由が明かされますが、“人類安楽死”(294頁)につながる安楽死という共通点が先に示されている(327頁)のが巧妙で、その陰から――「プロローグ」で話題に出た後に本篇のラストで再びクローズアップされたことを一種の“伏線”*7として――O・ヘンリー『最後の一葉』という“もう一つのミッシングリンク”が取り出されるのが鮮やか。そして最後は“愛”で終わる結末が、実に山田正紀らしいところだと思います*8

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*1: 作中では“ASI(超人工知能)”などと表現されていますが、ここでは“AI”で統一しておきます。
*2: ちなみに、『ガニメデの優しい巨人』にも謎解きが盛り込まれているのですが、そちらには(にも?)AIが“探偵役”をつとめない理由が用意されています。
*3: 神澤鋭二が“させられ体験”(285頁~286頁)との類似を感じ取っていることも、人類を操ることができる“犯人”の正体を暗示している伏線といえるように思います。
*4: 『星を継ぐもの』という題名で暗示されているので、未読の方にもそこまでは明かしても大丈夫かと……。
*5: 作中では“それは現実に地球上に生息しているんだ。ウイルスではなしに、微生物ではあるけど”(370頁)とされています(詳しくは「電気で生きる微生物を初めて特定 | 理化学研究所」を参照)が、体制がまったく異なる微生物とウイルスの“すり替え”はもちろんのこと、“(必要な物質を)電気合成する”能力を、“電気合成する”能力だと読者に思い込ませるのが“トリック”の肝です。
*6: 同時に、ここで言及されているガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』に通じる印象があるのも確かでしょう。
*7: 東子と任転の二人が『最後の一葉』を読んでいたことを事前に示すと、さすがに“もう一つのミッシングリンク”があからさまになってしまうので、“伏線”としてはこれがぎりぎりではないかと思われます。
*8: 初期の長編(以下伏せ字)『最後の敵』(ここまで)の結末を思い起こした方もいらっしゃるのではないでしょうか。

2017.07.18読了