ミステリ&SF感想vol.70

2003.08.22
『狐火殺人事件』 『私という名の変奏曲』 『テネブラ救援隊』 『解体諸因』 『ガニメデの優しい巨人』



狐火殺人事件 The Will-O-the-Wisp Mystery  ミスターX (エドワード・D・ホック)
 1971年発表 (風見 潤訳 ハヤカワミステリマガジン1974年9月号(No.221)−1975年2月号(No.226)・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 女囚1人を含む6人の囚人たちを乗せた護送車が、ガスマスクをつけたギャングに襲撃され、囚人たちは一人残らず脱走してしまった。誰が、何のために6人もの囚人を脱走させたのか? 襲撃者に関する手がかりはまったくつかめず、脱走犯の行方も杳として知れぬ中、卓越した人捜しの才能から“マンハンター”の異名をとる、〈逮捕課〉の長デヴィッド・パイパーが捜査に乗り出したのだが……。

[感想]

 E.D.ホックが“ミスターX”名義で発表した作品で、単行本にまとめられていないために入手はかなり困難です。護送車襲撃・脱走事件の謎を中心としたやや短めの長編ですが、全体が6人の囚人たちに対応して「歩{ポーン}から「王{キング}までの6つのパートに分かれており、それぞれにほぼ独立した謎と解決が用意されているという、いわゆる〈連鎖式〉の形になっています。実際には、メインのネタだけでは長編にならないので、それぞれの囚人に関するプロットを付け加えることで強引に長編の長さに仕立て上げた、というところかもしれませんが……。

 連載1回分の分量がさほど多くない上に、本筋の脱走事件に関わる出来事までもが詰め込まれているため、それぞれのパートはやや物足りなく感じられるところもあります。しかし、最初の「歩{ポーン}こそ比較的シンプルな人捜しで終わるものの、次の「城{ブロック}の意表を突いた発端や、囚人が意外な形で姿を現す「騎士{ナイト}、囚人の無実を証明する「僧正{ビショップ}、殺人事件の奥に隠された真相を探る「女王{クイーン}と、それぞれに工夫が凝らされて飽きさせない作りになっています。また、毎回の終わりに配置された次回への“引き”が非常に強力なところも見逃せません。

 「女王{クイーン}の終わりに挿入された“読者への挑戦”を経て、最後の「王{キング}で明らかになる真相は、注意深い読者ならば見破ることができるかもしれませんが、それまでに登場した伏線がうまく生かされており、まずまずの出来といっていいのではないでしょうか。特に、途中で起きるある出来事についての説明が非常に面白いと思います。

2003.08.11読了  [ミスターX][エドワード・D・ホック]



私という名の変奏曲  連城三紀彦
 1984年発表 (新潮文庫 れ-1-7)ネタバレ感想

[紹介]
 交通事故で顔にひどい傷を負いながらも、整形手術を受けて美しく生まれ変わり、その美貌を武器に世界的なファッションモデルへとのし上がった美織レイ子。だが彼女は、自分を現在の境遇に押し上げた7人の男女に激しい憎しみを覚えるようになり、彼らの弱みを握って脅迫することで復讐心を満たしていた。レイ子の容赦ない脅迫に追いつめられた7人の男女は、やがてレイ子に対する殺意を抱くようになっていく。そして今、遂に“誰か”の殺意が爆発した――レイ子の思惑通りに……。

[感想]

 技巧を駆使して作り上げられた精緻な騙し絵というべきか、あるいはやはり題名の通りに、“私”という主題を鮮やかに展開した変奏曲というべきか。いずれにしても、巧みな心理描写と企みに満ちた仕掛けが組み合わされた傑作です。

 まず、レイ子の視点で書かれた冒頭の「私」の章では、自ら死を望むレイ子が仕掛けた罠にはまり、犯人が彼女を殺害する場面が描かれています。やがて死体が発見され、警察に追われる容疑者は自らの犯行を否定し、信頼する部下に犯人探しを依頼して……と、このあたりまではまだオーソドックスともいえるのですが、そこから先はものすごいことになっていきます。犯人の視点で書かれた「誰か」の章で犯人の正体が明らかにされてしまうにもかかわらず、眩暈がするほどの強烈な謎が生み出されているのです。予期せぬ状況に戸惑う犯人。しかしそれ以上に、“神の視点”に位置する読者の目に映る事態は、幻想的ともいえるほどの不可解さに満ちています。

 物語が進行するにつれて、少しずつ霧が晴れるように明らかになっていく事件の構図。その後に残るのは、死してなお物語の中心であり続ける主役・レイ子の存在です。冒頭で激しい心情を吐露している彼女の人物像が、事件そのものと一体不可分に結びついて、見事な相乗効果を上げています。周囲に向けられた強い恨みや憎しみの奥にかいま見える、何とも救いようのない哀しみが強く印象に残ります。

2003.08.13読了  [連城三紀彦]



テネブラ救援隊 Close to Critical  ハル・クレメント
 1958年発表 (吉田誠一訳 創元推理文庫SF819・入手困難

[紹介]
 地球の3倍の表面重力を持ち、気温370度で800気圧という、硫化物の混じった濃厚な大気に包まれた惑星テネブラ。金属がすぐに腐食してしまい、宇宙船の発着すら困難なこの世界にも、知性を備えた生物――8本の手足を持ち、全身を鱗に覆われたテネブラ星人が発見された。以来、地球人は地上に送り込んだロボットを通じて彼らに教育を施してきたのだが、子供たちだけが乗り込んだ着陸船〈バチスカーフ〉が地表から離陸できなくなるという予期せぬ事故に、ロボットとテネブラ星人たちが救援に向かうことになった……。

[感想]

 傑作『重力の使命』の系譜に連なる、舞台となる世界そのものの面白さに重点が置かれた“異世界紀行SF”という趣の作品といえるでしょう。しかしながら、主役となるはずの惑星テネブラという舞台の魅力が、今ひとつ伝わりにくいものになっているのが難点です。作中で説明されている環境は確かに特殊ではあるものの、『重力の使命』の舞台となったメスクリンに比べると、わかりやすいインパクトに欠けているのは否めません。このあたりは、描き方の問題でもあると思うのですが……。

 また、登場する異星人・テネブラ星人たちがあまり魅力的でないところも大きな弱点です。地球人に協力するテネブラ星人たちは、生まれた時からロボットを通じた教育を受けてきたという設定もあってか、知識がやや不足しているだけでほとんど地球人と変わらないように感じられます。また、『重力の使命』の主役であるメスクリン人・バーレナン船長などは、科学知識を教わる立場でありながらも、地球人に一杯食わせようとするだけの気骨があり、そこが大きな魅力でもあったのですが、本書のテネブラ星人たちは地球人(のロボット)に頼り切っている状態で、悪くいえば“おとなしく植民地支配を受ける原住民”のようにも見えてしまいます。かえって、地球人による教育を受けていない本当の“原住民”の方がよほど魅力的に思えるのが皮肉です。

 作中ではもう一つ、調査隊に同行している別の異星人と地球人との間に高まる緊張感も重要な要素となってはいるのですが、作者が意図したほどの効果が上がっているようには感じられない上に、物語の焦点がぼやけてしまっているように思えます。

 全体的にみて、クレメントのファンであれば一読の価値はあるとは思うのですが、残念ながらあまりおすすめできる作品ではありません。

2003.08.15読了  [ハル・クレメント]



解体諸因  西澤保彦
 1995年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 西澤保彦のデビュー作にして、バラバラ殺人に徹底的にこだわった作品です。収録された9篇ではいずれもバラバラ殺人(ないしそれに準ずるもの)が扱われており、さらにそれが最後につながってくるという〈連鎖式〉の構成になっています。

 全篇が“解体”というテーマのもとに統一されているにもかかわらず、謎解き役を含めた登場人物や事件の状況などのバリエーションによって、作品そのものがかなり“バラバラ”な印象を受けます。最後のエピソードで明かされる〈連鎖式〉としての仕掛けもやや強引で、まとまりを欠いているようにも感じられます。しかしこれは、“解体”というテーマに沿った意図的なものであるのかもしれません。その意味でも注目すべきなのは、解体の理由そのものもバラエティに富んでいることです。解体に限らずとも、ある一つの行為の目的にこれだけのバリエーションを用意した作品集は、例を見ないのではないでしょうか。

 事件の話を聞いて推理するという安楽椅子探偵形式が基本となっていることもあって、作中で展開される推理には憶測(妄想?)で隙間を埋めている部分が目立ちますし、提示される真相自体も少々怪しげなものがないではないのですが、前述のバリエーションとの絡みもあり、結論の説得力を多少犠牲にするのと引き換えに大胆な飛躍が追究されているとみるべきでしょう。いわゆる“リアリティ”などは気にせず、ひたすら作者の奇想を楽しむべき作品です。

「第一因 解体迅速」
 被害者は、手足に手錠をかけられた状態で柱に縛りつけられ、解体されていた――殺される寸前に命拾いした第二の被害者の証言をもとに、有力な容疑者が逮捕された。だが、事件の解決を告げる新聞記事を読んだ匠千暁は……。
 この作品は比較的オーソドックスな方だといえるかもしれませんが、それでも大胆な飛躍が散見されます。

「第二因 解体信条」
 青酸ソーダで毒殺された上に、全身を34個ものパーツに細かく分断された死体となって発見された主婦。ボーイフレンドに容疑がかかっているという教え子から相談を受けた辺見祐輔は、死体切断の謎を解こうと頭をひねる……。
 飛躍を伴う推理はまったく思わぬ方向へと展開されますが、切断の理由には十分納得できます。
 余談ですが、講談社ノベルス版(初版)の梗概には341個に解体された主婦”と書かれていたため、中身を読んだ時には少々がっかり(?)してしまいました。

「第三因 解体昇降」
 8階でエレベーターに乗り込んだOLが、1階に着くまでのわずか16秒間で解体されてしまった。しかも、切断された首と左手足は階段に転がされていたのだ。奇術のような謎に頭を抱える平塚刑事に対して、入院中の中越警部は……。
 エレベーターでの殺人・解体の謎は魅力的に感じられますが、残念ながらその真相そのものは拍子抜け。しかし、それ以外の部分のインパクトが強烈です。

「第四因 解体譲渡」
 辺見祐輔は、見合いの相手から奇妙な話を聞かされる。ある婦人が、一度に100冊もの成人雑誌を買っていったというのだ。一方、隣の席の男たちは、恋人を殺害して解体し、ゴミ袋に詰め込んで捨てようとした男のことを話題にしていた……。
 かなり強引ではあるものの、これだけかけ離れた出来事を一つにまとめた手腕は見事です。

「第五因 解体守護」
 高瀬千帆が匠千暁に語るのは、家庭教師先で起きた奇妙な事件だった。幼い男の子のお気に入りだったぬいぐるみの腕が切り取られ、中学生の女の子が大切にしているハンカチが消え失せたのだ。そして、その翌日……。
 前半と後半をつなぐブリッジ的な、かなり毛色の違う作品です。真相には納得しがたい部分もあるのですが、ほのぼのとした雰囲気は好印象です。

「第六因 解体出途」
 娘と婚約者を別れさせてほしいと叔母に頼み込まれた匠千暁。その傍若無人ぶりに辟易しながらも、深夜、その婚約者のマンションを訪れたのだが、そこで目にしたのは、段ボール箱を運び出す怪しい人物と血まみれの部屋だった……。
 匠千暁の叔母の強烈なキャラクターが強く印象に残ります。また、最後の身も蓋もない独白が何ともいえません。使用されているトリックはなかなかユニークだと思います。

「第七因 解体肖像」
 マンションの広告のポスターに仕掛けられた悪質な悪戯。何十枚ものポスターの、モデルの女の子の顔の部分だけが次々と切り取られていたというのだ。被害者の知り合いの娘たちから詳しい話を聞かされた匠千暁だったが……。
 「解体守護」と同様、死体以外のものがバラバラにされる変化球の作品ですが、真相は予想の範囲内。やや物足りないところです。

「第八因 解体照応 推理劇『スライド殺人事件』」
 女性ばかりが殺され、首を切り取られるという猟奇的な事件。しかも、第一の被害者の首は第二の被害者の胴体と組み合わされ、以下順送りに首のスライドが行われていたのだ。次々と増える犠牲者は7人にものぼったが……。
 バカミス風の戯曲仕立てで書かれた中編で、質量ともに本書の中で特異な位置を占めている作品です。7人もの犠牲者の切り取られた首が次々と“スライド”していった果てに提示される真相は、あまりにも途方もないものです。フィクションであることを強く意識させる戯曲形式を採用したのは正解でしょう。

「最終因 解体順路」
 匠千暁のもとを訪れた中越警部は、二つの死体の首がすげ替えられた奇怪な事件について意見を求めてきた。自殺した犯人は、いったい何のために切断した首を入れ替えたのか? 詳しい事情を聞いた匠千暁が導き出した結論は……?
 全体をまとめる要となる1篇。個々の作品の連結には伏線も何もなく、かなり強引といえるのですが、示される構図は印象的。そして、壮大な前フリを経て明かされる最後の真相は、非常によくできていると思います。

2003.08.16再読了  [西澤保彦]



ガニメデの優しい巨人 The Gentle Giants of Ganymede  ジェイムズ・P・ホーガン
 1978年発表 (池 央耿訳 創元推理文庫SF663-2)

[紹介]
 木星の衛星・ガニメデで発見された2500万年前の宇宙船には、当時の地球の生物たちが多数積み込まれていた。その秘密を突き止めるべく調査を行っていた探査隊は、やがて、宇宙の一角から飛来してきた正体不明の宇宙船を発見した。早速コンタクトを試みる隊員たちの前に姿を現した、異様な姿の巨人たち。それは、相対論的時差による2500万年もの長い旅を経て、ようやく故郷である太陽系に戻ってきた“ガニメアン”だったのだ……。

[感想]

 SFミステリの最高傑作の一つである『星を継ぐもの』の続編です。前作では“月面で発見された5万年前の死体”の謎が解明されていきましたが、その謎にも一役買っていた“ガニメアン”とのコンタクトが本書では描かれています。その扱い方は、いかにも初期のホーガンらしい楽天的なもので、あまりにもとんとん拍子にいきすぎているために、読んでいてどこか気恥ずかしくなってしまう部分もあるのですが、それはそれでガニメアンの善良さが表れているともいえます。

 そのガニメアンですが、異相の巨人というその外見に比して、その性質はひたすら温厚で善良。これほど極端な平和主義の異星人は、あまり例を見ないように思います。しかも、その特徴的な性質が生物学的な基盤に裏付けられているところが秀逸です。このあたりの進化論的な説明は鮮やかで、非常に興味深いものになっています。

 コンタクトが順調に進行する一方で、ダンチェッカー教授は前作と同様に謎解きに挑みます。前作ほどインパクトのある謎ではなく、またガニメアンとのコンタクトによってやや脇へ押しやられている感はありますが、最後に示される真相はやはり大きなスケールを感じさせてくれるもので、前作には及ばないまでも、なかなかの佳作であることは間違いありません。

2003.08.18再読了  [ジェイムズ・P・ホーガン]
【関連】 『星を継ぐもの』 『巨人たちの星』


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