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おとり捜査官5 味覚/山田正紀

1996年発表 朝日文庫 や23-5(朝日新聞出版)/(『女囮捜査官5 味覚』幻冬舎文庫 や6-5(幻冬舎))

 まず、ボストンバッグの中の死体については、変装による“入れ代わり”トリック自体はさほどのものでもありませんが、死体が詰め込まれたボストンバッグを運ぶために“動く歩道”の向きが切り替わるのを待っていたというのが面白いところで、ボストンバッグの重さがごまかされることでトリックが補強されていますし、“何を待っていたのか?”という新たな謎が生み出されているところもよくできています。

 “三重の密室”殺人の真相は、遷延性窒息死という特殊な現象に基づくもので、残念ながらあまり面白味のあるものとはいえませんが、不可能性が高すぎる状況を考えれば致し方ないところでしょうか。それでも、解明の途中で“黄色い部屋”(朝日文庫版292頁)、すなわちガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』という古典に言及されている(ネタバレ気味ではありますが)のはミステリファンとしてニヤリとさせられるところですし、ミスディレクションとなっている早瀬水樹の時ならぬ悲鳴――被害者が犯人をかばうという図式によって、(以下伏せ字)二重の意味で『黄色い部屋の謎』のオマージュとなっている(ここまで)のも秀逸です。

 そして“遠藤慎一郎”の死体のトリックは“顔のない死体”のアップデート版といった趣で、DNA鑑定にまで踏み込んでいる点で柄刀一『ifの迷宮』などに先駆けるものといえます。実のところは、兄と妹といえども鑑定結果がすべて一致する確率は思いのほか低いと考えられる*1のですが、それでもあり得ないほど低いというわけではありませんし、そもそも犯人自身はDNA鑑定までは想定していなかった――犯人ではなく作者が仕掛けたトリックなのですから、さほど大きな難点とはいえないように思います。

 これら事件の謎の大半が、シリーズを通じて謎解き役をつとめてきた主人公・北見志穂ではなく、井原や袴田を中心とする刑事たちによって解明されていくのが異色ですが、捜査に対する強い圧力、ひいてはその主体である〈美食倶楽部〉への反発心と意地が原動力になっているところに、何かしら説得力のようなものが感じられます。しかしそれだけに、その捜査活動が原因で、〈美食倶楽部〉に対抗していた検事長・遠藤茂太が失脚したという大いなる皮肉が何ともいえません。

 その〈美食倶楽部〉*2という敵はややもすると陳腐にも映ってしまいますが、裏を返せばそれだけ現実的な(?)存在ということもできるかもしれません。それに対する遠藤慎一郎の、“毒をもって毒を制す”ような計画も非常に強烈ですが、特別被害者部そのものが計画の一要素として創設されたという真相はやはり衝撃的といわざるを得ないところです。

 “パーティ壊滅”という結末は、山田正紀のSFや冒険小説でしばしば見受けられるものですが、本格ミステリ色の強い警察小説というジャンルにおいてはかなり異質で、そのミスマッチ感覚が面白いところです。

*

 なお、麻耶雄嵩氏が解説で示唆しているように、シリーズ第1巻である『おとり捜査官1 触覚』の中に、“初老の男”(同書109頁)こと〈美食倶楽部〉の一員である検事総長(同書113頁)がすでに登場しています。作者の当初の意図がどのようなものだったのかは結局不明のままですが、この時点では“西条介”の正体は〈美食倶楽部〉に知られることなく、〈美食倶楽部〉と遠藤慎一郎は表向き無関係だったにもかかわらず、“検事総長”が捜査会議で遠藤慎一郎を――特別被害者部によるおとり捜査を――後押ししているように見受けられるのが興味深いところで、何かネタが仕掛けられる予定だったことがうかがえます。

*1: 作中の“第六染色体とかのDNAを(中略)念のために十一番染色体を使って鑑定もした”(朝日文庫版321頁)という記述から、二つの遺伝子座について鑑定が行われたものと考えられます(「DNA鑑定の方法@法科学鑑定研究所」の説明中の【SLP検査法】でしょうか)。一つの遺伝子座に関して、一組の両親から生まれる子の遺伝子型は最大で4通りなので、兄と妹で二つの遺伝子座についての鑑定結果が一致する確率は最低で16分の1――血液型まで含めると最低で64分の1となります。
*2: 某漫画を連想させずにはいられないネーミングもいただけませんが、“汚職倶楽部”との語呂合わせでやむを得なかったのでしょうか。

2000.10.13再読了
2009.07.08再読了 (2009.07.16改稿)