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屍人の時代/山田正紀

2016年発表 ハルキ文庫や2-29(角川春樹事務所)
「神獣の時代」
 まず、カグヤを犯人とする“ダミーの解決”は、有名な海外短編*1の変奏曲である凍った凶器*2が目を引きますが、さらにその後、“神ごもり”をしていたカグヤが小屋の外に出ないことを前提とした、しめ縄による“逆密室”ともいうべき状況が――説得力には欠ける(苦笑)ものの――なかなか面白いと思います。
 その後、ミステリとしてはあまり面白味のない、しかし穏当な“解決”が示されて事件は一応決着しますが、最後に(いかに神獣とはいえ)アザラシが“犯人”というとんでもない真相が明らかにされるのが強烈。ウエンカムの賢さを大げさに表現しただけとしか思えない、トガシの“人サもかなわん知恵を持ち、人の心のうちサ巧みに読み、未来のごどサ読み取る”(25頁)という言葉が、そのまま事実だったということに唖然とさせられます。
 正直なところ、手がかりがそれだけではやや納得しがたい部分もあるのですが、読者に対してはさらに、叙述トリックを逆用したような*3叙述によってしか示せない手がかりが用意されているのが非常に秀逸。すなわち、まず冒頭の“これまで長く生きてきた(中略)お目にかかったことがない。”(9頁)で“視点”の存在を示し、さらに“その視線を、こちら、眼下の水路のほうに”(16頁)でその所在を、“霊太郎の頭のなかで思考がめまぐるしく回転するのがわかった。”(52頁)でその能力を示す、といった具合に、作中の登場人物が認識し得ない叙述の視点を介して読者に手がかりが与えられているのがユニークです。
 一方で、視点“人物”がウエンカムであることを隠蔽すべく、ウエンカム自身に関する描写や言及が抑制されている結果、一人称を三人称に偽装する“視点人物の隠匿”トリック(→「叙述トリック分類#視点人物の隠匿」)のような雰囲気になっているのも面白いところで、特にウエンカムの“人の心を読む”能力を利用して呪師霊太郎の内面描写を挿入してあるのが目を引きます*4。そして、一場面だけウエンカムが堂々と登場している箇所(33頁~34頁)も、さらりと読むと別人の視点からの描写かと思わされるように書かれている――その中にも“目のなかに泡がはじけた。(中略)頭上で氷が砕けた……”(33頁)のような伏線が配されている――のがお見事です。

「零戦の時代」
 長内佐樹を主役とする本篇では、タナカに対する供述(“嘘”が含まれる)と、内面での回想(“嘘”はないものの、供述の“嘘”と矛盾する“真実”は省略される)とが混在し、虚実が錯綜した状態となっていますが、さらにタナカの側がもたらす情報の中にもささきと呼んだように聞こえた。”(105頁)という高村軍医の勘違いが入り込む一方、長内が語った“零戦心中”の真相だけは真実だったというのが何ともややこしいところです。
 その“零戦心中”を足がかりにして、本来は直接関係のない二つの秘密――清水晶子の“真の恋人”と、零戦に夏椿が持ち込まれた理由――を、佐々木二飛曹にまとめて押し付けることで、真相をしっかりと隠蔽してあるところがよくできています。前者については、長内が仕掛けた“操り”殺人*5の結果で高村軍医の勘違いを補強してあるのが巧妙。また後者については、“椿の色が変わる”という佐々木の“妄想”はおろか、“椿芸者”の話までが丸ごと“嘘”だったというのが豪快です。
 本篇最後の、呪師霊太郎の“ぼくはやむをえずあなたを逃がすのですよ。”(172頁)という言葉は、それ自体、長内が隠し通した秘密の二重性――本来罰せられるべき個人的な罪と、占領軍に対して秘すべき機密――を示唆しているともいえます。しかし霊太郎の思いとは裏腹に、“操り”殺人を悔いるどころか清水晶子を自ら手にかけ、毒ガスのデータを売り渡した長内に対して、霊太郎の“審判”を下す結末は凄絶な印象を与えます。
 ところで、「プロローグ」で緋口結衣子が遭遇する謎は、サスペンスフルで魅力的な発端なのは確かですし、警察署での違和感の正体などは面白いのですが、これ自体の謎解きよりもむしろ、本篇の謎が解き明かされ前に公安警察の関与が示されることこそが重要ではないかと思われます。つまり、“平成六年(一九九四年)八月もなかば”(76頁)という時期に公安警察が動いていたことで、“あの事件”との関連を疑うに足るもの――毒ガスが“零戦心中”の背景にあることを示唆する、一種の伏線として機能しているといえるでしょう。
 また、“東長崎はなぜ東なのか”の答は「東長崎駅#駅名の由来 - Wikipedia」に記されていますが、東長崎に住んでいる緋口結衣子にそれを問うのはともかく、霊太郎が長内にも尋ねている(151頁~152頁)ところをみると、何らかの意味があると考えられます。ということで強引にこじつけてみると、“さき”と“ささき”の勘違いを暗示するために、長内の名前に読者の注意を向けるヒント*6だったのではないでしょうか。すなわち、長内の“名が佐樹(ながさき)”……*7

「啄木の時代」
 “呪師霊太郎”の突然の死には驚かされるものの、それが偽者であること――赤木圭一郎の扮装をして“黒いネコを抱いていた”(233頁)男の方が本物の呪師霊太郎であることは、誰しも予想するところではないかと思います。本来は年齢がネックになるところですが、すでに「零戦の時代」で、平成六年に“二十代にも五十代にも見える年齢不詳”(185頁)とされている霊太郎ですから、昭和三十六年に“若者の姿”(243頁)であっても不思議はないでしょう。
 面白いのは、被害者が偽者というだけでなく、“啄木の歌に見立てた密室殺人”という事件の様相までがすべてフェイクだった――殺人ですらなかった――という点で、人を食った趣向にニヤリとさせられます。特に“密室”については、映画の撮影所という舞台がうまく生かされていると同時に、銀座のサロン(238頁)というミスディレクション+手がかり――店名を伝えずに待ち合わせが成立しているので、本物の“銀座のサロン”でないことが示唆される――がよくできています。
 徳永が“顔をピストルでぶち抜いて死んだ”(227頁)とされる状況は、典型的な“顔のない死体”であるため、徳永の方が小山田を殺したことは予想できますが、石川啄木の日記の“狂へる巡査”(231頁)という記述をもとに、“啄木に殺人を目撃された(かもしれない)”という状況を作り出してあるのが巧妙。と同時に、「プロローグ」にさりげなく記された墓参り(209頁)が伏線だった*8ことに驚かされます。
 「エピローグ」で明かされる“真っ赤な嘘”には苦笑。

「少年の時代」
 犯人が“少年二十文銭”であることは明らかで、“誰に変装しているか”といった犯人探し(フーダニット)ではない――となれば、“いかにして盗むか”(ハウダニット)、そして“何のために盗むか”(ホワイダニット)が焦点となってきそうなところですが、小栗虫太郎「完全犯罪」とV.L.ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」のトリックがほぼそのまま使われることで、ハウダニットがいわば“放棄”されているところがまず目を引きます。
 一方、ホワイダニット――“何のために土嚢を盗んだのか”については、御厨刑事が“盗まれた“白鳥の涙”が隠されている”と推理しているものの、序盤から再三言及されている東辰砕石工場のための犯行であって、差し押さえられていた石灰粉を移送させることが真の目的であることは、かなり見え見えといっていいでしょう。
 というわけで、ミステリとしてどこに着地するのかが予想しづらくなっているのですが、(事件の“黒幕”に回った呪師霊太郎に代わって)“探偵役”をつとめていた御厨刑事が共犯者でもあったという真相は、(それが明かされる時点ではすでに驚きはないのですが)何とも印象深いものがあります。そして、「完全犯罪」「ギルバート・マレル卿の絵」、さらに宮沢賢治「注文の多い料理店」が、犯人からの指示を伝えるメッセージとして使われた*9ところが、なかなか面白いと思います。

*1: (作家名)ロアルド・ダール(ここまで)(作品名)「おとなしい凶器」(『あなたに似た人』など収録)(ここまで)
*2: カワグチの頭部に残った“氷のかけら”(51頁)に符合するのもうまいところです。
*3: 作中の登場人物が知り得る情報の一部が欠落した状態で読者に伝えられる叙述トリック(登場人物>読者)に対して、作中の登場人物(の大半)が知り得ない情報が読者に伝えられる(登場人物<読者)点で、いわゆる“逆叙述トリック”に通じるものがあります。
*4: 一人称では本来、他人の内面描写は不可能であるため、内面描写を伴う三人称だとミスリードされることになります。“視点人物の隠匿”トリックが使われた某国内長編((作家名)詠坂雄二(ここまで)(作品名)『電氣人間の虞』(ここまで))を思い起こさせる手法です。
*5: 読み返してみると、佐々木に“清水看護婦はきみのことを好きなんだよ”(120頁)と告げる直前に、伊関二等兵の様子をみて“この若者は佐々木のためなら何でもするだろう。(中略)そうであるなら……そういうことだって十分にありうるんじゃないか。”(117頁)と、計画を思いついたことがうかがえます。
*6: 作中での霊太郎は、親しかった高村軍医から物干場での一件を聞いていてもおかしくはないので、長内に“清水晶子の恋人”の正体をほのめかした、ということではないでしょうか。
*7: 作者のtwitterを参考に。
*8: 宮崎郁雨の不倫の話(211頁)は、単なるレッドヘリングでしょうか。
*9: この真相であれば、ハウダニットに既出のトリックが使われるのは必然といえるでしょう。

2016.09.22読了