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増補版 三度目ならばABC/岡嶋二人

2010年刊 講談社文庫 お35-29(講談社)
「三度目ならばABC」

 美郷の思いつきそのままに、いかにもな容疑者が登場してくる展開には苦笑を禁じ得ないところがありますが、ボウリングの投法とライフルによる狙撃のアナロジーから真相解明に至る“気づき”は、なかなか巧妙だと思います。そして、好都合な児童公園ではなく歩道橋の上から狙撃されたという不自然さの裏に、被害者が席を替わっても対応できる周到な計画が隠されているところがよくできています*1

 アガサ・クリスティ『ABC殺人事件』を下敷きにしているだけに、ネタバレはやむを得ないところではありますが、元ネタを生かした最後のオチは面白いと思います。

「電話だけが知っている」

 “固定”の電話機でも外装部分だけを取り外すことができるというのは、当時としてもあまり一般的な知識だったとはいえませんし、交換可能な部分を交換したという真相は少々面白味を欠いている感もありますが、“なんとなく埃っぽい部屋の中で、その電話だけが浮き上がり、光って見えた。”(83頁)という手がかりが実に鮮やか。一見すると、犯人が指紋を拭き取ったためにきれいになったように思えるのもうまいところですが、絵の具の微粒子で時計の文字盤がかすんでしまったこと(93頁)と考え合わせれば、真相に思い至ることも不可能ではないのではないでしょうか。成瀬の家の電話に“ピンクのカバーがしてあった”(80頁)*2というさりげない伏線もよくできています。

「三人の夫を持つ亜矢子」

 盗まれた車が五分後に四〇キロ離れたところで発見されたという、車のアリバイが問題にされているのが非常に面白いところです。“替え玉”を利用して時刻をごまかすというのは、アリバイトリックとして比較的陳腐なものであるのは確かですが、最大のポイントはやはりエンジンをかけずにファンを手で回して車を動かす豪快なトリックで、バカミス的なインパクトが何ともいえません。そして、“オンボロ車”の故障を利用して巧みにヒントを提示する作者の手際も鮮やかです。

「七人の容疑者」

 少なくとも美郷が口にしたトイレについての疑問(187頁~188頁)によって、狂言誘拐という真相はほとんどバレバレになっていますし、最後の決め手となる証拠も――“誘拐されて”いながらつい買い物をしてしまうお間抜けぶりには呆れますが――今ひとつ面白味を欠いている感があります。しかし、身代金の受け渡しというクライマックスに善意の第三者が闖入する愉快なトラブル、そして“なぜ犯人だと思われなかったのか?”という疑問がなかなかよくできていると思います。

「十番館の殺人」

 そもそも表面的な解決に少々無理があるのは否めないところですが、終いには外山ディレクターまでが推理を始めるという展開が愉快。そして、仮装パーティーという状況を生かした入れ替わりトリックがなかなか巧妙です。最後のオチも印象的。

「プールの底に花一輪」

 有栖川有栖『マジックミラー』中の“アリバイ講義”によれば“遠隔殺人”に該当するトリックですが、一定時間後に作動する仕掛けではなく、一定時間だけ被害者を生かし続ける*3仕掛けになっているのがなかなかユニーク。とはいえ、トリックがシンプルなこともあってかなり見えやすく、サプライズに乏しいのが残念なところです。

「はい、チーズ!」

 鷲尾殺しが物語の中心になるかと思いきや、さらに別の事件が掘り起こされていくという、ひねりの加えられたプロットが巧妙です。そして、脅迫写真の撮影者が殺された鷲尾ではあり得ないことを示す、“シャッター・チャンス”の手がかりが鮮やか。しかもそれが、実際に鷲尾が撮影したスターの写真と重ね合わせることで初めてその意味が明らかになる、凝った手がかりになっているところに脱帽です。

*1: もちろん、公衆電話を使わざるを得ない時代ならではの、現在では成立しないネタではありますが、それが逆に味わい深いともいえるように思います。
*2: 当時の電話機は味気ない“黒電話”(→「黒電話 - Wikipedia」を参照)だったので、手製や市販の電話機カバーがしばしば使われていました。
*3: 氷などを使って一定時間だけ仕掛けの作動を止めておくような前例はあったかと思いますが、被害者を積極的に生かし続けるための仕掛けは、あまり例がないのではないかと思います。

2010.04.29(再)読了