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四神金赤館銀青館不可能殺人/倉阪鬼一郎

2007年発表 講談社ノベルス(講談社)

 本書に仕掛けられたメイントリック――“金赤館”と“銀青館”がいずれも屋形船だったという、とんでもない叙述トリックには唖然とさせられました。拙文「叙述トリック分類」中の[C 場所・状況に関するトリック]とも[D 物品に関するトリック]ともいえそうですが(曖昧な分類で申し訳ありません)、いずれにしても知る限りは類例のないトリックだと思います。

 よく考えてみると、屋形船を“館{やかた}”と呼ぶのはまだいいとしても、屋形船の名前(○○館)を“○○かん”と読ませるのは、“屋形”から離れすぎで若干アンフェアに感じられる部分がないでもありません*1。が、“屋形”と“館{やかた}”では口で言う/耳で聞く分には区別できないわけで、“○○かん”という読み方とセットになって初めて“○○館”という表記が定着するという流れがむしろ自然なのかもしれません……閑話休題。

 いわゆる“館”と屋形船は大きく異なるものですから、真相を隠蔽する――屋形船を“館”と誤認させるためには、描写の中で多大な情報を欠落させる必要があり*2、ひいては描写そのものを極度に制限せざるを得ません。それが端的に表れているのが「金赤館」のパートで、殺戮という行為そのものや登場人物の内面などに焦点が当てられる一方で舞台に関する描写はほとんどなく、結果として「金赤館」のパートの分量がかなり少なくなっています。

 本来であれば「銀青館」のパートも同様の状態となり、とても長編にはならない……はずなのですが、それを可能にしているのがミステリ劇――[銀青館ミステリーナイト]――という秀逸な設定です。つまり、「銀青館」のパートそのものを〈銀青館という“館”を舞台とした虚構〉とすることで、そこが屋形船であることに登場人物たちが言及しないどころか、そこが“館”であるかのように振る舞うことで、読者の誤認が補強されることになっているのです。

 さらに本文58頁から始まる、ミステリ劇の台本をそのまま挿入した部分が巧妙。これはもちろん、ミステリ劇が行われていることを示唆する伏線でもあるのですが、同時に(“演じられる虚構”ではなく)“完全な虚構”をそのまま盛り込むことで、“嵐の館の屋上”(82頁)“風はいよいよ強く、森のほうから激しく吹きつけてくる。”(83頁)といった具合に地の文(に相当するト書き)に“嘘”を記すことまで可能になっている*3のも見逃せないところです。

 そんな中、金赤館から銀青館へ死体が飛んでくる無茶苦茶な不可能状況が盛り込まれているわけですが、これもなかなかよく考えられていると思います。というのは、叙述トリックを利用した“不可能状況”が金赤館から銀青館への単なる人の移動程度では、金赤館と銀青館が屋形船であることを知っている登場人物たちがさほど不思議がるはずがないところ、“死体が飛んでくる”という常軌を逸した状況であるがゆえに登場人物たちも本物の困惑と動揺を見せることになり、結果としてそれが不可能状況であると読者がミスリードされることになります。

 このように、屋形船という真相が巧みに隠蔽される一方で、真相を示唆する伏線も数多く配置されています。最もインパクトがあるのはやはり、屋形の新作『泉水館第四の秘密』の真相――“古色蒼然とした館かと思われた泉水館は、実は、潜水艦だったのだ!”(23頁)――ですが、“潜水艦の仕掛けには気づかれましたか?”(44頁~45頁)という屋形の問いに対する花輪炎太郎の“ええ。あれは……蛇の道は蛇と申しますか”(45頁)という答えもなかなかのものです。

 無論、主人公の“屋形”という名字も真相を暗示するものといえますが、“宣治{のぶはる}(54頁)という本名が示されるとともに“やかたせんじ”というペンネームの読みが(台本の中の折句で)暗示されているとはいえ、“屋形船二”というあまりなペンネームには脱力。

 「プロローグ」もいかにも怪しげではありながら、“女体盛り”だったとはさすがに見当もつきませんでしたが、これについても序盤に女体盛りならぬ男体盛りのモデルを全裸で務めているようなものだ”(23頁)といった伏線が配されているのに脱帽です。

*1: “金赤館”と“銀青館”では難しいですが、訓読みでもいけるネーミング、例えばそれこそ“黒鳥館”と“白鳥館”として、それぞれ“こくちょうかん”と“はくちょうかん”だと思わせておいて最後に“くろとりやかた”・“しらとりやかた”とルビを振る、という手もあったかもしれません。
*2: 拙文「叙述トリック概論#図4」を参照。
*3: 当然ながら、“花輪炎太郎が倒れている。血を流して事切れている。”(66頁)のように、“ミステリ劇”という仕掛けについても効果的に使われています。

2009.10.16読了