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わたしたちが少女と呼ばれていた頃/石持浅海

2013年発表 ノン・ノベル(祥伝社)
「赤信号」

 小春が赤信号の言い伝えを姉から聞かされたタイミング――“中学を卒業してから”(20頁)だったという事実が、優佳の推理の端緒となっているわけですが、その直前に“今年から高校に進学するわたしに(中略)教えてくれた”(20頁)とあり、また高校と中学の間での情報の断絶の話が間に挟まれていることで、それが目立たないように隠されているのが巧妙です*1

 そこからの優佳の推理は、まず“姉が赤信号の言い伝えに引っかかった”という前提を覆す方向に向かい、背理法のような形になっているのが興味深いところ。そして、言い伝えを信じていなかったにもかかわらずそれを小春に伝えた姉の心情を、きっちりとトレースしていくところもよくできています。

 しかし何と言っても、その推理の行き着く先――“姉がどのような事態を予期(あるいは期待)していたか”が強烈。結末でタイミングよく起こりかけた事故が、その恐るべき結論をしっかりと裏付けているのはもちろんですが、同時に、そこまで読みきった上で冷静な態度を見せる優佳自身の恐ろしさもうかがえるのが見事です。

「夏休み」

 〈ショージ〉の成績が上昇したのもさることながら、“学園祭、楽しみだね”という一言と笑顔(48頁)が、彼氏の身元につながる手がかりとなっているところがよくできています。そして、〈ショージ〉が彼氏と別れることになると優佳が予測した根拠が、苦手科目の克服だというのがまたすさまじいところです。

「彼女の朝」

 〈ひなさま〉の“二日酔い”が物語の中心に据えられてはいるものの、解かれるべき謎がはっきりしないまま進んでいく、今ひとつとらえどころのないエピソード。優佳による“解決”で、“二日酔い”が演技だったことは見当がつきますが、そこにあるはずのメリットが見えにくく、ここでようやく〈ひなさま〉にまつわる“謎”――“なぜ二日酔いを演じていたのか”――が明示される、ともいえるでしょう。

 その真相は、私が思い至らなくてもおかしくない(苦笑)というか、何とも微笑ましいものですが、“目が生きているか死んでいるか”という風変わりな手がかりが面白いと思います。

「握られた手」

 女子高に“百合”は付き物(?)という先入観を取り払うことで、〈ひらひら〉と〈大學〉の“真の姿”が見えてくるのが実に鮮やか。〈ひらひら〉が駅の階段で転落したエピソード(94頁)が伏線となっているところもよくできていますし、他の級友たちに対する心理的な“壁”が一因となっていたことにも納得させられるものがあります。

「夢に向かって」

 〈ひなさま〉の忠告にそのまま従っただけのように見せかけた、〈カッキー〉の計画はなかなか巧妙。志望校変更の陰に隠れて、密かに“前提”が変化していたことに気づかされたのは、優佳の“おめでとう”(129頁)という一言で、すっかりしてやられた感があります。

「災い転じて」

 〈サッサ〉の豹変に対して、まずは〈ひなさま〉が推理を披露していますが、“ハンディであるギプスがメリットになる”という考え方は面白いものの、優佳が指摘しているように試験監督はかなり厳しいはずですから、カンニングという推理にはさすがに無理があるでしょう*2。一方で、序盤に〈サッサ〉の彼氏の存在が明かされていることから、そちらに絡んだ真相であることは見え見えです。

 しかし、この作品で謎解き以上に重要なのはもちろん、〈ひなさま〉の“誤った推理”が表立っては正されることなく、〈サッサ〉の疑いを晴らす推理が優佳と小春の間で共有されるだけで終わっている点で、それが次の「優佳と、わたしの未来」での展開につながる伏線となり、また小春による推理の中で強力な手がかりとして再利用されています。

「優佳と、わたしの未来」

 「夏休み」から「災い転じて」までは、同級生たちに焦点が当てられていましたが、最後のエピソードではいよいよ“碓氷優佳自身の謎”がお題に。そして同時に、一貫して“ワトスン役”を担ってきた小春がここで“探偵役”に転じるのも見逃せないところです。

 まず、優佳の好きな相手が誰かを当てる“推理合戦”は、誰をとってもそれなりの理屈がつけられるとはいえ、それぞれが(ただ“何となく”ではなく)判断の理由を示しているところはやはりなかなか見ごたえがあります。そして、優佳を最もよく知るがゆえに見事に正解したはずの小春が、その根拠として持ち出した――“推理合戦”がなければ強く意識することもなかったかもしれない――“冷静で熱い”という人物評に自ら疑念を抱いてしまう展開が皮肉。かくして、これまでの“解決”が改めて見直されることで、その印象が次々と反転していき、探偵・碓氷優佳の“正体”が明らかにされる仕掛けが実に秀逸です。

 実際のところ、シリーズ既読者、特に『扉は閉ざされたまま』を読んだ方にとっては、優佳の好きな相手が〈切れ者〉であること、そしてもちろん優佳が“頭は冷静で、心が冷たい人間”(194頁)であることまでも明らか*3なのですが、それを連作の“オチ”として持ってきてあるところに脱帽。よく考えてみれば、小春が優佳の“正体”に気づかなかったのもある意味当然で、級友ということで一種のフィルターがかかっていたということもあるように思いますが、それ以上に“日常の謎”風という形式によるところが大きいといえます。つまり、倒叙ミステリの形式で“犯人にとっての恐怖”を強調することに重点が置かれた感のある*4長編三部作に対して、本書では“日常の謎”風であるために“追い詰められるべき犯人”が存在しない*5――そしてもちろん語り手の小春は“犯人”ではない――わけで、(シリーズ既読者からみれば)探偵・碓氷優佳の真価が表れにくい形式といっても過言ではないでしょう。それを見事に逆手に取ってみせたのが本書の仕掛けで、非常にユニークな企みだと思います。

 最後の“優佳。じゃあね”(197頁)という小春の言葉は、何の変哲もない挨拶のようでもありますが、高校卒業後という時期を踏まえると、優佳に対して距離を置き始めている、というよりもむしろ“その場に自分がいない”(197頁)という独白ではっきり決別を予感している小春からの、最後の挨拶であってもおかしくはないでしょう。そう考えると、そのたった一言に込められている(かもしれない)複雑な思いに、こちらも心を動かされずにはいられません。

* * *

*1: ついでにいえば、小春自身も試験を受けて合格した(11頁)という事実が、外部からの入学者である優佳との対比によって目立たなくなっている感もあります。
*2: 作中で優佳が指摘しているように、〈ひなさま〉にとっても“試験のプレッシャーは大きかった”(162頁)ということなのでしょう。
*3: その意味では、“犯人”視点でこそないものの、本書の最終話もまたシリーズ既読者にとっては倒叙ミステリに通じるところがある、といえるかもしれません。
*4: 『扉は閉ざされたまま』では(以下伏せ字)“事件が発覚しないまま追い詰められていく”(ここまで)『君の望む死に方』では(以下伏せ字)“用意した仕掛けがことごとく何事もなかったかのようにつぶされていく”(ここまで)、そして『彼女が追ってくる』では(以下伏せ字)“被害者が犯人自身の命を狙っていたことまで解き明かされる”(ここまで)という具合に、それぞれに形は違いながらも、いずれも通常の倒叙ミステリよりさらに強い“犯人にとっての恐怖”が生じる趣向となっており、そこに探偵・碓氷優佳の特異な造形がぴったりとはまっています。
*5: もっとも、「赤信号」での小春の姉に対しては、“犯人を追い詰める姿勢”の一端が表れていますが……。

2013.05.25読了