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絶望的 寄生クラブ/鳥飼否宇

2015年発表 ミステリー・リーグ(原書房)
「処女作」
 “蛸ミルヨ”(横田ルミ)による「処女の密室」[問題編1]では、“沓路”(都筑)・“知名”(那智)・“元丘”(岡本)の三人が容疑者として明示されていますが、“沓路”に犯行の機会がないのはいいとして、“知名”がローマ字で“CHINA”になるために〈ノックスの十戒〉(→Wikipedia)の第五項により除外されるという、予想外すぎる謎解きが強烈です。
 一方、[問題編2]の“主人公が犯人”という真相は、三人の容疑者の存在により盲点になってはいるものの、(二人称に書き換えられていても)いささかアンフェア気味*1。トイレでの“犯行”の場面はさておくとしても、最後の“なぜ赤ちゃんが死んでしまったのか、その理由を考え続けたんだ。その結果、きみは気づいた。これは巧みに仕組まれた殺人だと。”(55頁~56頁)という部分は、二人称といえどもアンフェアといわざるを得ないように思います。
 しかして、この作品の最大の見どころはやはり、「処女の密室」への反応をもとに横田ルミが指摘した真犯人――部長の岩谷薫が、〈ノックスの十戒〉の第一項に反しないよう「処女の密室」の冒頭から登場していたことが、に助けを求めたのも無理もない。”(43頁)という一文で示されるところでしょう。まさに“神の視点”となっているのも面白いところですが、視点人物の存在を隠匿する叙述トリックが一般的に三人称に偽装される*2のに対して、この作品では二人称の形になっているのがユニークです。実際のところ、主人公に二人称で呼びかける“語り手”が存在することは明らかなのですが、それが“記述者”、すなわち“作者”と同一視されてしまうことで、作中の“語り手”の存在が隠される、巧妙なトリックといえるでしょう。
 この「処女作」の登場人物たちが、増田米尊の所属する研究室の学生たちと同名であるために、作中作中作「処女の密室」・作中作「処女作」・本書の“現実”が交錯し、三重構造の犯人探しとなる趣向も面白いと思います。

「問題作」
 この作品は、“挑戦状”で大堀健作が事件を起こした目的が問われるホワイダニットとなっています。ホワイダニットは極論すれば“何でもあり”なので、“読者への挑戦”にはあまりそぐわないのですが、この作品では“神の視点”での脚注によってメタレベルから保証されることで、確度の高い推理が可能となっているのが巧妙です。
 具体的には、注67と注69で首藤琴子への純愛(?)が大堀を動かす動機であることが保証されるとともに、注48で“恨みはない”(117頁)こと、さらに注58で“別にテレビに出たいわけじゃない”(121頁)こと*3がそれぞれ保証され、大堀の目的をかなり絞り込むことが可能となっています。
 見逃せないのが、注10でも言及されているように、原幸三に襲いかかると“逆効果になってしまうかもしれない”(101頁)こと、その一方で“撮影クルーごと皆殺しにする”(103頁)という選択肢が検討されていることで、すべてを考え合わせると、大堀の凄まじい計画に思い至ることも不可能ではないかもしれません。とはいえ、事件の様相と“純愛”との間の落差が大きすぎるために、異様とさえ思える真相を想定しづらくなっている感もありますが……。
 この作品についてはさらに、膨大な脚注を手がかりとして作者のプロファイリングが行われているのも見どころで、作中では増田米尊に当てはめられていますが、本書の読者の頭にはもちろん〈あの作家〉の影が浮かんできたのではないでしょうか。

「出世作」
 この作品では、三つの章に“8月13日”と日付が記され、同じ日の出来事だと誤認させる叙述トリックが仕掛けられています。これはもちろん、それぞれの章に登場する三人の男を別人だと見せかけるためのものですが、日付だけでなく、第1章と第2章の間で“部長の妻・展子”・“部長の京都出張”・“部長の浮気相手・トモコ”などが共通しているのも巧妙で、特に“部長の妻・展子”は強力なミスディレクションとなっています*4
 しかし、叙述トリックを見抜くための手がかりとしてオリンピック関連の記述が用意され、ある程度スポーツの知識がある読者にとってはかなり見え見えの“親切設計”。そしてもう一つ、“セイゴ”(172頁)“フッコ”(185頁)ときたら出世魚(→Wikipedia)、という知識があれば、“日本人の姓でベスト五には確実に入る私の苗字”(197頁)も見当がついて、“挑戦状”で問われている“主人公の男の現在のフルネーム”(198頁)を(漢字まではともかく)答えることもできるでしょう。
 ……といいつつ、私自身は“オオタロウ”までは知りませんでしたし、ボラの方にも気づかなかったので、完全正解には至らなかったのが不覚。

「失敗作」
 殺人事件の犯人は見え見え(というか他に容疑者がいません)ですし、その動機が『どのミステリがすげえ?』に掲載されたコラム「完膚なきまでの失敗作」にあることも明らかですが、そこに込められた“碇有人”の企みが何ともすさまじいものになっています。
 パロディ風の作品において、実在の人物などの名前をもじったネーミングが採用されるのはよくあることですが、この作品では単なるパロディ以上の具体的な目的があるところがよくできています。が、それが架空の作家“烏餌杏字”と間違えて鳥飼否宇の作品を読者に購入させるためというのが何とも……。
 加えて、斜め読みする読者向けのメッセージまで仕掛けられているところに脱帽ですが、その内容がまた……(小山正・編『バカミスじゃない!?』を読んだ時に作った表を、せっかくなので以下に再掲しておきます)。

[227頁]
鹿

[227頁]
鹿

[228頁]

[229頁]

[230頁]

 さて、この「失敗作」ですが、初出ではアンソロジー中の一篇だったのが、本書の中に取り込まれた作中作とされることで、さらに効果的なものになっているのが見逃せないところです。
 まず、本書の中にあっては“碇有人”(=鳥飼否宇)の死が――「失敗作」単体よりもテキストレベルが一つ下がって――“作中の現実”から完全な“虚構”へと転じ、“本書の登場人物(?)としての鳥飼否宇”は健在なまま*5作品外の“実在の鳥飼否宇”とリンクすることになり、“鳥飼否宇の作品を購入させる”ための仕掛けもより真に迫っている感があります。
 そして、「処女作」「問題作」「出世作」「完膚なきまでの失敗作」のペンネームや、「問題作」についてのプロファイリングによって暗示されてきた、“鳥飼否宇”の名前がついに登場してくると同時に、アンソロジー収録時の“鳥飼否宇”から作者名が“増田米尊”に変更されることで、本書の仕掛けの一端である“増田米尊≒鳥飼否宇”の関係を、鮮やかな形で暴露するものになっているのが秀逸です。

 というわけで、最終章に入る前には大方の真相が明らかになりますが、それでも最終章では悪夢のような寄生虫の妄想で読者を打ちのめした後、増田に寄生していた“鳥飼否宇”が新しい宿主に乗り換える“絶望的”な結末が用意され――かと思えば一転、“作中の登場人物”として開き直ったかのように読者へ挨拶する増田の姿で幕を閉じるあたり、最後まで一筋縄ではいかない怪作といえるでしょう。

*1: もっとも、「処女の密室」の“外側”には“ルミは誰にも知らせずに堕胎処置をおこなった。”(42頁)という記述があるので、「処女作」の読者からすると必ずしもアンフェアとはいえないかもしれません。
*2: 拙文「叙述トリック分類#[A-3-1]視点人物の隠匿」を参照。
*3: にもかかわらず、大堀がTVAのニュースを気にしている(121頁~122頁)ことも、もちろん大きな手がかりといえます。
*4: 一方で、第1章ラストの“妊娠フラグ”が、展子が部長と離婚して主人公と結婚したという真相を、すんなりと納得させるものになっているのがうまいところです。
*5: 「失敗作」単体で読む場合には、“碇有人”=鳥飼否宇が作中で殺されてしまうため、“実在の鳥飼否宇”から切り離されてしまうように感じられるのは否めません。

2015.03.13読了