STEEL

最終更新日03/06/18

コラム

コラム114

閉鎖的

 私が他人に対して比較的重視したのは人間性ですが、案外、人間性を重視すると言う状況は一般社会の中では少ないと言わざる負えません。
それは、人間性を重視すると言う環境は個人のプライバシーでの場合であり一般的に、仕事など不特的多数の人が入り乱れる環境下では個々の人間性は無視されやすいからです。

そして人間性を重視している人は現実世界と自分が考えている人間のズレ(ギャップ)を感じる事で他人との接点を面倒になって人と接する事を避けてしまう人も中にはいます。
他人との接点を小さくしている人は「友達が少ない」とか「会話が下手」とかだけでは判断出来ませんが、独りの時間を多い人にその傾向がみられる気がします。
私自身、過去に人との接点を自ら避けた経験があるので言えますが人との接点を狭めれば、人に触れる事による苦悩は無くなっても人として成長する事も孤独も無くなりません。

正しいとは別にしても、どちらの道を取るかは人それぞれですが、「他人の中の自分がどうなのか?」と言う形で自分を探求していく事は人の成長にとって大きいはずです。

私としては今も昔も自分に合わない人と無理してまで交流をするような事はしていませんが、人の接点は大切にするようになりました。
人の接点を小さくすればそれは人の出会いが少なくなる事なので・・・。
社会に人はあふれていても友達以上になれる人は中々居ないですから機会があれば人と会って話をするようになって行きました。

そうした経験と結果が、今の私になっていますが、もし、「他人は自分を理解してくれないから他人と話をしても疲れるだけ」とか言うような考え方のままならば今の私は無かった筈です。
自分自身を追及していった中で今の考えが生まれて人の接点を自分から繋ぐようになりました。

でも、人と接する・・・多くの人と接すれば色んな事があります、楽しい事ばかりではなく嫌な事、悩む事があります。
それが嫌になって閉鎖的になる人もいますが、人と接する事が楽しい事だと分かっている人ならば嫌な事や辛い事が有っても多分、大丈夫でしょうね。
恐らく、
このコラムを読んでいる人は他人の付き合いが上手な人ばかりではない人もいると思います(失礼ですが)。
僕の考えでは人の接し方は上手じゃなくても極端に言えば不器用でも良いんだと思っています。
ちゃんとした気持ちで人に接していれば、その接し方を評価してくれる人が必ずいますから・・・・。

私は周りの人に「人付き合いが上手い」と言われる事もありますが、自分自身としては上手だとはとても思えません、自分は下手だと言う事実を嫌に為る位知っていますから・・・(苦笑)・・自分自身の考えで人と接しています。
その結果、人と接する事で悩んだり疲れたりするとしても人の中で自分が成長した事の方がもっと大切な事です。

もし、このコラムを見ている人が10、20代の若い方でどちらかと言うと閉鎖的だと自分で分かっている人ならば自分自身の考え次第でいくらでも人と仲良くなれたり外交的になる事が出来る筈です。
それをすぐ行動に移せる簡単なものでは無い事を私も経験で知っていますが、今自分の周りにいる友達を大切にする事から始めてみれば次に繋がっていくと思います。(少し生意気な事を言っていますが、私の経験ではそう思っています)
何故、若い人に言っているかと言うと若い方が変える事が楽だからです。歳取ると変えるの大変になりますから・・・(笑)

コラム113へ  ▲コラムトップへ  ▼コラム115へ