セブンのスタイル
セブンは製作者コーリン・チャップマンが「4輪のモーターサイクル」と呼んだ通りただ走る事だけを目的に作られた車です。
現在のモデルではヒーターは備え付けられていますが、クーラーはいうに及ばず、ラジオも灰皿も時計も付いていません。
サスペンションはひとえにグリップを得る事だけを目的に作られたもので乗り心地や居住性のことは全く考えてありません。
トランクというものは一応ありますが、下手にここに荷物を積むとアルミパネルをへこませてしまう危険がありますから実際には荷物を置ける場所はナビシートだけです。
ヒーターにしても、真冬にドライビングシューズを履いた凍える足を少しでも正確に動かそうとした場合の事を考えればこれとて快適装備と言うよりは走るための装備と言うべきでしょう。
さらにヒーターには、電動のクーリングファンが動かなくなった場合にはその代わりをするという大事な役目もあります。
実用性や居住性といったもろもろのしがらみを振り切ってただ走る事だけを考えて作られたというところに何とも言えない潔さを感じます。
その潔さの結果実現した500s台(スーパーライトでは400s台)の軽量さがセブンの最大の魅力でしょう。この軽量さがセブンならではの運動性能の良さを実現しています。
しかし単に軽量で運動性能が良いというだけなら少数ですが他にもこうしたクルマは存在します。
セブンのセブンたる所以はあの外観にある事は多くの人が認めるところでしょう。
セブンは1957年にロータス・セブンS1が発表されたのが始まりで今日までずっとあのスタイルのまま生産が続いています。
フロントの長いボンネットの中にエンジンを積みドライバーは一番後ろに座るというあのスタイルは30年代から50年代のレーシングカーのスタイルです。
1932年のアルファ・ロメオP3、1946年の同じくアルファ・ロメオ158、1951年のフェラーリ375、といったクルマ達があのスタイルでした。
(勿論例外として名手ベルント・ローゼマイヤーだけがまともに走らせる事が出来たと言われるV16をミッドに積んだポルシェ博士設計のアウト・ウニオンがあります)
戦後、F1GPの世界でこのスタイルを打ち破ったのが1957年のクーパー・クライマックスであり、1962年の他ならぬロータス25でした。
その後F1はすべてミッドシップとなりフロント・エンジンは過去の物となっています。
スポーツカーの世界でもミッドシップは珍しくなくなり、あるいは技術の進歩により様々なハイテク兵器で武装したクルマが主流となりました。
こんな時代において50年代以前のレーシングカーを思わせるセブンのスタイルが人々の郷愁を誘うという事は確かにあるでしょう。
私も4、5歳の頃に親から買い与えてもらったおもちゃのレーシングカーは確かに前輪のすぐ後ろからエギゾースト・パイプが出ていて、セブンのそれを見ると懐かしく思います。
しかし単に旧いものに対する郷愁というだけではないものがこのスタイルの中にはあるのです。
それはひとつには50年代のレーシングカーのあのスタイルがミドシップでは出し得ない独特の趣(おもむき)を持っているという事です。
長いボンネットの後ろに座ったドライバーがそのクルマを完全に征服し、コントロールしているといった印象を受けます。
アルファ・ロメオ8C2300モンツァのドライバーズシートにおさまり、左手を挙げ白い歯を出して笑っているいるマエストロ(名人)、タツィオ・ヌボラーリの姿は印象的です。
そしてもうひとつは、こうした50年代のレーシングカーのスタイルを採ったセブンの現実のスタイルが、殆どどこも動かしようがないほど完成したものだという事です。
私は以前にはセブンのあのいかにも空気抵抗がありそうな平面のフロントスクリーンは何とかならないのだろうかと思った事もありますが、自分が乗るようになってよく分かったのですが、あの平面のスクリーンは外すためにあるのです。
現在のケイターハム・スーパーセブンのスタイルは直接にはロータス・セブンS3を受け継いだものですが、そのさらに原型はS1というよりもS2でしょう。
S1はいかにも手仕事で叩き上げたという外観ですが、S2に於いてはこれを公道用も想定して販売するためにかなり熟慮してデザインされたようです。
S1とS2とではノーズコーンとフェンダーの形状が違うだけで随分と違った印象を受けます。
この当時のロータスのデザイン担当者はフロントエンジン・レーシングカーのスタイルは知り尽くしていたでしょうから最も完成されたものを作り得たのではないでしょうか。
S3になった時にリアフェンダーが幅広になり、ケイターハムになってからは70年代末頃にこのリアフェンダーが外上がりになった以外はほぼS2のスタイルが40年もそのまま続いてしかも多くの支持が得られているという事実が、このデザインの完成度の高さを証明するものでしょう。
セブンの乗り味
セブンに乗ってすぐに気付く事は〔良い音がする〕という事です。
特にウェーバーの吸気音はドライバーの戦闘意欲を掻き立てます。
この音の正体は良く分かりませんが、一升瓶に水を入れて逆さにした時に〔グビグビ〕という音を出して水が落ちますが、あの音をもっと盛大にして連続的にしたような音です。
という事は、負圧によって吸い込まれる空気の脈動音というものではないかと思います。
各シリンダー当り独立したスロットルを持っていてバタフライ式のスロットルバルブの時に出るのかな、という気はしますがそれだけでもないようです。
昔S600に乗っていた頃、テレビのナポレオン・ソロでEタイプ・ジャガーが1速から2速へシフトアップする時に〔バオン〕と音を出したのがカッコ良くて早速自分もやって見ましたがS600ではどうしてもその音が出せませんでした。
それがウェーバーの吸気音だと後で人から聞きました。
(SのキャブレターはCVキャブでバキュームピストンです)
この吸気音というやつはアクセルを踏んだその瞬間から発せられアクセルを戻した瞬間に消えるというところが排気音とは違うところです。
音質も排気音は力を誇示するような音ですが吸気音は一種の刹那さを伴っています。
特にセブンの場合には(Kを除いて)音源が外に露出していますから痛快さも格別です。
4速150km/h位でクォーンという快音を聞きながら走る気分は正に堪りまセブンです。
乗り始めの頃は特にこの音が聞きたくてつい街中でも不必要にアクセルを踏んでしまいがちで、この点は注意すべきでしょう。
私はウェーバー・アルファを装着して本調子を取り戻してから何度かジムカーナにも参加しクラス3位を獲得した事もありましたが、腰椎への負担が大きいようなので現在はもっぱらツーリング専門です。
ハンドリングはとてもシャープで最初は戸惑うくらいですが、特に高速道路では注意していないと車線を割ってしまいそうになりますが、これはいずれ慣れて来て今ではちょうど良いと思うようになりました。
セブンに乗るんだったらサーキットを走らなきゃ意味がない、といった事を書いた隔月発売の自動車雑誌もありますが、(隔月だから雑誌ではなくムックと言うのですか?) 別に私がレースに出られないから言うのですが、セブンの一番の楽しさは良くすいた適度に屈曲のある(出来れば英国のような)カントリーロードを必ずしもシャカリキになってではなくセブンと対話しながらそこそこにスピーディーに走る時に得られるのではないかと思います。
こうした走り方ではアクセルの踏み加減によりセブンから発せられる快音とクルマの動き具合がシンクロしてとても良い気分に浸る事が出来ます。
真直ぐ走っても面白い、というのがセブンではないでしょうか。
歴史的に見てもS1は確かにサーキット用でしたがS2では公道用として作られており、実際にセブンがこれまで人気を保ちつづけ現在に至っているのは公道で走って楽しいというところに最大の要因があったものと思います。
ただし英国あるいは日本でのセブンレースで得られた数々のノウハウが常に市販車にフィードバックされている事の重要さを見落とす事は出来ません。
セブンのフレームは昔ながらの鋼管スペースフレームですから剛性(特に捩り剛性)が低い事は否めません。
1990年のモデルからアーチモータースでコンピュータを用いたFEM(有限要素法)による構造解析を実施して捩り剛性が60年代のクーパー・クライマックスF1より高くなったと言われており、さらにその後も継続的な改善が進んでいるようですが、もともと鋼管スペースフレームで、しかもリアアクスルのすぐ前が大きくくびれたあの形では改善にも限度があるでしょう。
上でも述べた通りセブンはもともとは50年代のレーシングカーです。
しかも第二次大戦後1946年にグランプリが再開されてからしばらくは(戦争で負けて技術者が航空機に取られずに自動車の開発が出来たダイムラー・ベンツを除いては)レーシングカーの開発はあまり進まなかった訳ですから、セブンは事実上戦前のレーシングカーとさほど違いはありません。
ホンダがF1に進出する際にもシャシーの捩り剛性は高い方が良いのかどうか社内で真剣に議論したと言うくらいですから50年代あるいはそれ以前は剛性というものをさほど重要に考えていなかったようです。
こうした事を考えれば剛性に関してセブンに多くを望む事は適切ではないように思います。
昔ながらの格好のクルマがいまだに最新のスポーツカーに負けずに走っている、という事で納得したいと思います。
私は通常はレーシングスクリーンを付けて走っています。
雨の多い梅雨の季節だけ幌を使う必要が出来ますからフロントスクリーンを付けます。
レーシングスクリーンでは風が来て大変ではないかと思われがちですが、実はこのレーシングスクリーンというものはあまり風が来ません。
帽子を被っていても80q/hまでは大丈夫です。
ただし小石が飛んできますからサングラスなどの眼の保護は必要です。
フロントスクリーンを付けた時の方が風の巻き込みは多く帽子を被ったままでの運転は事実上不可能です。
(一度帽子を吹き飛ばされて拾いに行った事もあります)
よく雑誌の写真で帽子を被ったままフロントスクリーンの付いたセブンに乗っているものを見ますが、これは雑誌掲載用の写真ではないか思います。
ただしサイドカーテンをつければ殆ど風は入りません。
この状態がセブンで一番快適な状態です。
しかし峠を走る時にはサイドカーテンの上縁が視界の邪魔になりますから少なくとも右側を外す必要があります。
外した右側は助手席に置きます。
1997年頃以降のものではサイドカーテンが折畳式になりましたから外してトランクに入れることが出来ますが、この折畳式のものはそれ以前の物と違って小窓がありませんから、幌を上げた状態で料金所を通るような時にはいちいち開けなければなりません。
一度開けたものはきちんと閉め直さないと雨が入ってきますからこれは恐らくかなりの面倒さだと思います。
この小窓は走行中に冷風を入れる役目もあります。
雨の日に幌を上げたセブンで走るのはいかにも苦痛のように思われますが、少し暑い事さえ我慢すれば慣れてしまえば意外と居心地は良いもので、包まれたような感じが何とも乙なものです。
勿論スピードを上げれば水が入ってきます。
ウィンドーはすぐに曇りますからクリンビューを時々塗りながらの走行となりますが、車内が狭いためにウィンドーにはすぐ手が届きますからさほど苦にはなりません。
ただし幌を上げた状態での雨天の夜間の運転というものは慣れるという事はないでしょう。
夜間はこちらのミラーより高い位置に後続車のライトがありますからもろに光軸を受けます。
また雨中走行で帰ってきた時にはすぐに車体の水を拭き取って車体カバーをかけるようにしないとアルミが酸化して真っ白になってしまいます。
なおブルックランズタイプのレーシングスクリーンは高速では風圧で倒れてきますからヘルメットの着用が必要になります。
この状態である程度の速度になるとヘルメットの受ける風圧はかなりのもので、オートバイの経験がない人では最初は息が出来なくなるかも知れません。
ジョン・サーティースのようにコクピットにうずくまるような姿勢が必要です。
このレーシングスクリーンは車体に取り付けたバンドにビスで小さなスタンドを取り付け、このスタンドの穴にスクリーンを差し込むようになっていますが、写真で見ていただければ分かるようにスタンド自体もさほどしっかりと取りつけられる物ではありません。
通常バンドの方にネジを切ってビスで留めますが、これだとすぐに緩んでしまうので、写真のようにビスを下から通して袋ナットを用いて留めています。
フロントスクリーンにする時はバンドごと外して30分ほどで付け替えが出来ます。
付け替えの時には車体に傷をつけないようにビニールテープで養生するなどの配慮が必要です。
このレーシングスクリーンは最初に購入した店でひどい仕事をされ車体に傷をいっぱいつけられてしまったという私にとってはいわく付きのアイテムです。
(困ったセブンショップ)
なおサイドミラーにはリアフェンダーがいっぱいに映りますが、必要な視界は確保されており慣れてしまえばさほど不都合は感じません。
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